シャーマンとレアンの容器
今まで特に触れていませんでしたが、旅の道中普通に魔物が出てきます。ファンタジーですので。
「うううー寒!!」
第二大陸の港、空気は乾燥して肌寒い。
マオはガタガタと震えるヨウの背を撫でながら提案する。
「ここらの皆さん服装が違うもんね、
王様に貰った小遣いもあるし、街で買い物と洒落こみますか」
「さんせー」
アレンも頷いたが、トトは首を横に振った。
「俺は別行動させてもらう」
「え?」
「本来の偵察の仕事がある」
10日を超える航海ですっかり慣れ親しんだ気でいたが
彼は彼で別の目的があるのだ。
「ああ、そうだったね、宿も取ろうかと思うけど、
あんたの分の部屋も必要?」
「頼みたい」
「りょーかい!」
―――7話―――
3人はそれぞれ必要な物資を買い出しに街を回った。
マオは第2大陸全体の詳細な地図を入手。
アレンとヨウは防寒具を購入した。
その後宿屋で落ち合い、第3大陸までの道中について
作戦会議を開いていた。
「つまりさ、このきっつい山道が
唯一第3大陸へ繋がってるのよ」
地図を指差し説明するマオにヨウは口を曲げて不満を漏らす。
「あーやっぱり空飛べた方が楽だー」
「無茶言うな。飛竜手懐けるにもあの山のが死んでたんじゃ、
他はいるかもわからないんだ」
「めんどー」
二人のやり取りに混じらず、
黙って地図を見つめるアレンにマオが声をかける。
「どうした、テンション低いな」
「あっ…いや、やっぱり、戻らなきゃ駄目なのかなって…」
アレンはマオの探るような視線が心地悪いのか口どもる。
「村に着いて、人格入れ替えて…レアンは、
…レアンにそれで通じるのかな」
「まぁ、実際のことは私もよくわかんないけど、
レアンは起きる度に村に戻らないとって溢してる
戻ってやらなきゃあの子は納得しないんじゃないか?」
「そうなのか…」
尚も迷っているらしい表情でうつむくアレンに
マオはため息混じりに言う。
「まぁしょうがないよな…幼馴染みが殺された?
そんな場所に戻ろうなんてドMかと思うもん」
「それを推し進めるマオ姉はドSか」
「いやー照れるね」
思い空気を払拭するためか軽口を叩き始める姉妹には乗らず
アレンは幼馴染みの最後を記憶から追い出すように頭を降る。
「ほんと……気が乗らないのはわかる。
もう何泊かここに滞在して気持ちの整理付けるでもいいよ、
別に急ぐ旅でもないからね」
そう言いうマオの表情は言葉とは裏腹に
早く第3大陸に行きたいと訴えていた。
――――――
翌日
装備を整えた一行は早速第3大陸への山道に向かった。
この一帯は魔物が凶暴という情報もあり、
トトも仕事の手を止め同行してくれている。
マオはそんなトトに昨日の調査結果を聞かせろとつつく。
「結局、この国の状況ってのは
王様が心配してるような事態を
起こしそうな感じだったりするわけ?」
「…年中寒い土地だ、作物は育たず出る魔物は凶暴。
民衆の生活は脅かされ不満は積もる一方だからな」
「こんなとこ、住まなきゃいいのにって思っちゃうけど」
「生まれ故郷はそう簡単には捨てられないのだろう」
「まぁねー、新しい土地で上手く行くとも限らないし、
足も重くなるかー」
王の心配とは主に第二大陸の大国、
ヴィゲルとの貿易関係についてだった。
天然資源の少ないヴィゲルに対しヴァレーンは
援助に近い形で食物、生活用品を輸出していた。
輸出費用を上乗せしない、ヴァレーンと同じ価格での取引に
ヴィゲルの人々は始めこそ喜んだが、
ヴィゲルには輸出できるような物がろくになく
(毛皮産業は盛んだが比較的温暖なヴァレーンでの
需要があまりない)
一方的な輸入が続いた結果更なる財政難に陥った。
それでもヴァレーンは援助を続け、
取引なしに食料品を乗せた船を出していたが、
最近ここ第二大陸付近でいくつもの貨物船が行方不明になった。
海の魔物の仕業かもしれないが、
船乗りたちも第二大陸に近づくのを嫌がるようになり
ついにヴァレーンからのヴィゲル行きの船は途絶えた。
二国の関係は冷えたと言うより完全に凍結状態である。
話をしながら山道を進んでいくと次第に吹雪き始め、
視界が悪くなってきた頃には
周囲を魔物の群れに取り囲まれていた。
マオを守るようにして3人が応戦することにしたが、
慣れない気候のためか動きは鈍り、疲弊していく。
山道なだけあって魔物もかなりの数が出てきてきりがない。
と、ヨウが雪に足を取られ、バランスを崩した。
魔物の攻撃を避けきれないと見て慌てて助けに入ったアレンが
別の方向からの攻撃をまともに受けてしまう。
その動きは一対一の訓練しか受けずに戦場に放り込まれた
素人兵士と同じだった。
「アレン!!」
大きな傷を受けて倒れこむアレンを抱え、
急いで敵から距離を取ったヨウはトトに目配せをした。
治療をしたいから時間をくれと、
トトは無茶を言うなと言いたげだったが、
慌ててマオが街で買っていたらしい狩猟用の銃を取り出し
トトに加勢することでなんとか持ち直す。
ヨウが治療をすると言いだしたのは、
彼女の気功には人を癒す力もあるからだ。
吹雪の中だが、指先が熱くなるぐらの集中を手に集めて
アレンの傷口にかざす。
気功の力で本人の持つ自然治癒力を強化し回復を速める
はずだった
「そんなっどうして!?」
確かに手のひらには十分な力が集まってきているのに
アレンの体はその力を無視するようにまるで反応がない。
ヨウの力の恩恵を過去に数度受けたことのあるマオも困惑する。
「その術!この吹雪の中じゃ使えないとか!?」
「いや、そんなはずは!!」
その時、深い傷を負ってぐったりしていたアレンが目を覚ます。
「いっ!!?何?痛い!痛いよっ!!っあああっ!!」
いや、正確にはレアンだ。
目覚めるなり痛みに襲われ苦しみ悶え始める。
レアンの悲痛な声に一行はより絶望感に包まれた。
ヨウが涙目になりながら意味のない治療を続ける。
レアンに繰り返し大丈夫だと言って聞かせるが
傷口は一向に塞がらない。
瞬間、周囲にまばゆい光が立ち込めた。
周りを取り囲んでいた魔物が弾け飛び遅れて聞こえてくる轟音
「な、何…」
吹雪の中、戸惑う一行に近づいてくる人影が見える。
「悲鳴が聞こえるから何かと思えば、魔物の群れに、人間…」
「誰だあんた!」
姿を認めたヨウが声を上げる。
「4人もいてこれですか、無様ですね」
現れたのは黒いローブに紫の髪、血の気のない、無表情な顔。
呻き声を漏らしながら震えるレアンに真っ直ぐ近づき杖をかざす。
「な、何をする!!」
間に割って入ろうとしたヨウは相手の冷ややかな瞳に見つめられ、動きを止める。
「気功の使い手ですか、面白い。
しかしそれでは彼を治療できないでしょう」
何やら見慣れない光の文字が宙に浮かぶと
レアンの震えは次第に収まり、荒い息も整い始める。
「な、なんで、私の気合いじゃ…でも、良かった…」
状況に当惑しながらも、回復したらしいレアンを抱きかかえ、
安堵のため息を漏らすヨウ。
それを見るなり、術者は踵を返し、立ち去ろうとする。
「まって!クラムくん!」
まだ少し唇の青いレアンが呼びとめると
術者はゆっくりと振り返る。
「人違いですよ、私はカリウ。クラムという人物は知りません」
「えっ…あ…ごめんなさい」
顔を下げるレアンを見て再び歩み寄るカリウ。
「それより、なぜあなたはそんな不釣り合いな所にいるんですか?」
「え?」
懐から紐付の小さな筒状の容器を取り出し、
レアンの首にかけると、そこに手を当て何やら呪文を唱え始める。
ふっと糸でも切れたようにレアンが気を失い、倒れる。
慌てて支えるヨウ。
「何をした!!」
「一つの体に二つの魂。あまりに窮屈そうだったので
移して差し上げたんですよ」
「移す!?どういう意味だ!!」
見ればレアンの首に掛かっている容器は
先程と変わってうっすら光を帯びている。
「先刻の術といい、お前、シャーマンか」
先程からやり取りを訝しげに眺めていたトトが口を挟む。
「シャーマン!?」
珍しい物好きのマオが目を輝かせるが
ヨウは未だ当惑している。
そこに入れ替わるようにアレンが目を覚まし、起き上がる
「…一体何が ……クラム!!?」
「またですか…」
二度も知らぬ名で呼び止められた術者は
観念したように肩をすくめた。
――――――
「なるほど。それでクラムという人物は私に似ているんでしょうか?」
一度街に引き返し、取った宿で宅を囲んだ。
命の恩人(?)の術者も交えての夕食会だ。
「いや、今こうして落ち着いてみると、全然似てない」
ヨウは4人と離れた席からそりゃそうだろうよと呟く。
彼女は先程からどうにも機嫌が悪いようで、
新たな顔触れに対し、気が読めない、まるで死人のようだ、
気持ち悪いなどと毒づいている。
「でも、正直助かったよ。傷を治して貰ったのはもちろん、
その、レアンのこと、知らない間に勝手に体使われるの
正直気分良くなかったし」
「アレン!お前なんて酷いこと言うんだ!!」
「えっ…でも」
ヨウにものすごい剣幕で咎められて
アレンは小さく本当のことだし…と漏らした。
「レアンがこの容器に入れられてるってことは
アレンが気絶してもレアンは出こないってことで合ってる?」
息の荒いヨウをたしなめつつマオはカリウに訊ねた。
「ええ、今のアレンさんは、二重人格でも何でもありません」
「じゃあ第3大陸行ったとして、肝心のレアンとは…
話できるのか?」
首をかしげるマオにその通りと頷くカリウ。
ヨウはじゃあさと提案をする。
「せっかくのところ悪いけど、やっぱりレアンを
元通りアレンの体に戻してくれない?」
「ちょっ!ちょっと待て!なんでそうなるんだよ!!」
思わず身を乗り出すアレンにカリウは小さく咳払いをする。
「ご安心ください…と言って良いかわかりませんが、
レアンさんは元には戻せません」
「え…」
その言葉に女性陣の表情はわずかに青ざめる。
「元通りといいますが、レアンさんは最初からこの体に
住んでいたわけではありません」
今度は全員が頭に疑問符を浮かべている。
「あなたの体にレアンさんの魂を移した術者がいるんです。
かなり力のある方でしょう…」
「どうしてそんなことがわかるんだ」
状況がわからないながらも理解しよう説明を促すアレン。
「情報の書き換えをする以上、
先に書かれた情報は読まなければいけませんから」
「訳が分からない」
そう言って肩をすくめるのはマオだ。
「術能力を持ち合わせていないあなたには
理解できなくて当然でしょうね」
同じように肩をすくめ返すカリウにマオは頬を膨らめた。
「何か腹立つ言い草だな」
「その力ある術者がいないのも大きいですが、
一番はレアンさんの精神力が弱まっているのが原因です」
「弱まってる?…なんで?」
先程からずっとレアンの心配をしていたのだろう、
ヨウも質問に参加する。
「先ほど申し上げた通り、一つの体に二つの魂では
窮屈すぎるんです。あのまま同居状態を続ければ、
互いに互いの魂を削り合い、どちらか弱い方が消滅していた」
「そんな!!」
消滅とはつまり死だろうか、レアンの消滅を想像したのか
ヨウの声色が強ばる。
さっきから黙って考え込んでいたアレンも暗い顔になった。
「尤も、その容器は簡易的な容れ物なので、
彼女の精神消耗はむしろ前より加速しているでしょうね」
悪びれもなく言うカリウに我慢ならなくなって
胸倉をつかみ上げ声を荒げるヨウ。
「いい加減にしろ、さっきから聞いていれば、
レアンに酷いことばかり!!」
「アレンさんのことはどうでもいいんですか?
少なくとも、これで彼の精神消耗は止まったわけですが」
「それは…」
戸惑いに目を伏せ、掴む力を弱めるヨウにトトが口を開く。
「昼のことを考えると、俺はカリウの行動を支持したい。
あれだけの大怪我を負えば、気絶は精神安定の意味でも
正しい反応の筈。しかし入れ替わるように目を覚ました
レアンはどうだ…」
カリウ以外の全員が一様に表情を曇らせる。
「俺は2度とああいった光景は見たくない」
ヨウは諦めたように手を離すとカリウと目を合わせずに尋ねた。
「その容器で、どれぐらい持つ」
「持って2か月」
「くそがっ!」
吐き捨てるようにしてヨウは食堂を出て行く。
おそらくこの宿に取った自室に行ったのだろう。
マオが気にしなくて良いというので
アレンはカリウに続きを促した。
「何か…2か月と言わず、出来ることはないのか」
「そうですね、先程、あのまま同居を続けたら
どちらか弱い方が消滅すると言いましたが、
アレン、あなたの体がもし女性のものであれば
間違いなく彼女の精神が勝っていたでしょう。
いくら弱まっているとはいえ彼女、
レアンさんの精神力はあなたを遥かに上回っている。」
「どういうことだ?」
「精神に見合った容れ者、つまり女性の体を用意すれば、
彼女の精神消耗は免れます。」
簡単でしょう?とでも言いたげに
口元だけで笑ってみせるカリウにマオが慌てて言葉を挟む。
「ば!馬鹿言うな!ヨウが今の話を聞いていたら
何を言い出すか分かったもんじゃない!!」
女性の体であれば誰でもいいと言われて
真っ先にマオが心配したのはそこだった。
自分が消滅するかもしれないリスクを背負って
2重人格になりたがるやつなど普通いない。
先程から真剣にレアンの心配をしているヨウを除けば…だが。
「…誰かの精神を食い潰し乗っ取ることに抵抗があるのなら、
比較的状態の良い死体を探すという手もあります」
これもまた簡単なこと、とでも言いたげにカリウは言う。
「ヨウさんのような気功を扱える人がいれば
屍の腐敗を遅らせることも可能でしょう」
到底普通の人間が考えないだろう方法を次々と提示され
若干の吐き気すら感じるが、
これがシャーマンというものなのだろうか?
僅かに浮かんだ疑問をマオは口に出さずにはいられなかった。
「もしかして…あんた」
その体も死体なのか…そう口にする前に
どうでしょうねぇ?と、はぐらかされた。
――――――
話が終わり、アレンが宿の自室で休んでいると
扉がノックされる。
同室のトトは今、本来の任務遂行のため外出中だから、
自分への客人だろう。
どうぞ、と一声かけると扉をあけたのはヨウだった。
「アレン、明日からはその…レアンが安心して入れる器を…
探しに行くんだよな…」
酷くもじもじした様子のヨウに疑問を感じだが、
そう言えば彼女は男と話すのが極端に苦手なのだと思い出し
とりあえず納得する。
最近はそんな素振りを見る機会も減りすっかり忘れていた。
少し苦笑いしながら返事を返す。
「そうだよ、とりあえず二か月あるし、
納得いくまでちゃんとした体を探そうと思う。」
「あ、あのな!」
言葉を遮るようにやや大きめの声で切り出すと
部屋の中に入り、アレンの座るベッドの正面のまで来て
立ち止まる。
「もしちゃんとした体が見つからなかったら、その」
「?」
「私の体を使ってくれないか!?」
ある意味予想できたといえばそのとおりである発言に、
ややのけ反りながら一応問い質す。
「そ、そんな話誰に聞いたんだ」
しかし帰ってきたのはあまり予想していない答えだった。
「カリウからだ…」
聞くに彼女は全員が食堂から解散したあと、
個別にカリウの元を訪ねたらしい。
しかしヨウは彼のことを気が読めない、死んでいるみたいだ
などと評し、毛嫌いして居たのではなかったか?
そんなことも構わず行動できる程
彼女はレアンのことを案じていたのかと考えると
アレンは僅かに感じた疑問を口に出さずにいられなかった。
「そこまでしようと思う程、ヨウはレアンと仲がいいのか?」
ヨウは一瞬何を今更な…とでも言いたげな表情を見せたが
一息つくと説明をし始めた。
「それはもう。お互い足つぼマッサージしたり、
違う種類のデザートを二人で頼んで半分交換したり、
銭湯で背中流しあったりするほど仲良しだな」
「ちょっと待て!最後のはなんだ!」
「安心しろ、寂れた宿で貸し切り状態だったときの話だ」
「やめろっ!!まさか女湯に連れ込んだなんて
言うんじゃないだろうな!!」
「まさか私に男湯に入れというのか」
「そういう問題じゃない!!やめてくれ!!」
ベッドの上でのたうち回るアレンを
にんまり覗き込むヨウはもはや悪魔にしか見えない。
「まだあるぞ、この前間買い出し中に服屋に寄ったんだが、
レアンは結構可愛い系が好きなんだな」
「わかった、そこまでだ、それ以上言うなよ」
「意外や意外、中々似合って…」
「やめろって!!」
言うとともに勢いよく起き上がろうとすると、
にやにやとアレンを覗き込むヨウの額が己の額とぶつかった。
視界に星が飛んだのが確かに見えた。
ただいつもと違ってそう簡単に気絶しない。
すでに赤くなり始めている自らの額を抑えたヨウは
頬を思いっきりふくらませ、舌を出すと部屋を出て行った。
「いてえ…」
いつもなら痛みを感じる間もなく気を失っていただろうと
考えながらベッドに倒れ込む。
先程の会話を思い出すと額だけでなく顔まで赤くなってくる。
銭湯だ?デザートの半分個だ?なんて要らぬ情報だったろう。
ヨウに体云々の話を吹き込んだカリウに、
一体何のつもりだと握り拳を固めていた気持ちなどどこへやら
2重人格という恐ろしい状況から解放してくれた事実に
感謝するばかりだった。




