お姫様と国の伝説
無骨な岩肌が続く緑寂しい山道を見つめて呟く
「これで私もヴィレーン国の王女として認められるのね」
決意を胸に少女が握りこぶしを固めていると、
どこからともなく2、3人の男が現れて口々に騒ぎ始める。
「ハハッ噂は本当だったんだな」
「毎年この時期になると王家の女が宝を担いでやってくる…
まさに鴨葱だぜ」
男たちが言うとおり、少女は一国の姫だ。
手入れの行き届いた育ちの良さ、その身なり、
一人出歩くには狙ってくださいと言っているようなものだった。
「な、なんなんですかあなたたちは!?」
状況が読み込めないらしい姫の抵抗空しく、
男たちに呆気なく自由を奪われてしまう。
「さぁ、お姫さま、大人しくついて来てもらおうか」
姫は口を塞がれた青い顔で一つ、頷いた。
―――4話―――
『至急!腕が立ちフットワークの軽い国民を募集する』
城下町の大通りに設置された大型掲示板に、
ことさら大きく掲示されたポスターを認めてマオは口を開いた。
「これだ!これ!国王からの極秘任務、
報酬は願い事何でも一つ!面接試験にて選考!」
並んで歩いていたアレン、ヨウも足を止め、掲示板を見る。
「その面接会場って、どこにあるの?」
「もしかして、あの人だかりがそれ?」
アレンが指さした先は城の従業員が出入りする小門だった。
確かに、不自然な行列ができている。
「そうそう!それだよ!じゃあさっそく行こう!!」
沸き立つマオの横でヨウは口元を抑えてつぶやく。
「うう…男いっぱいで、吐きそう…」
彼女の男嫌いは姉曰く筋金入りらしく、
アレンが近くにいる状態でここまで拒絶反応反応なしに歩いてきたのは奇跡とのことだ。
アレンは少し困った顔で、がんばれ…と小さく声をかけた。
「では、お主たちの望む報酬は何だ?」
天井の高い謁見の間に通された一行は
王自らが一組づつ面接をしていることに驚いた。
「はい!船を一隻いただきたいと思いまして!」
三人を代表して一番年上のマオが発言すると、
横に立っていた臣下らしき人物が口を開く。
「どのような舟かな」
「第二大陸まで渡れれば大きさは問いません。」
仕事内容はまだ聞いてはいないから、
船が報酬として見合うかどうかはわからないが、
三人の目的はそこにあるのだ。
「なるほど、第二大陸との貿易、その他一般観光のための船は
今現在出ておらんからな。しかし、船だけあっても進めぬぞ」
言われるなりマオは嬉々として答える。
「そこはお任せください!わたくし、
航海士の免許も持っております!」
「ふぉふぉふぉ、なるほど面白い、決まりじゃ」
今、決まりと言っただろうか、
あまりにあっさり出た言葉に三人はもちろん、
横に居る臣下も驚き、声を上げる。
「なんですと!?」
「そなたたちに決まりじゃ!!」
「よよよよいのですか!?こんなどこの馬の骨とも知らぬ
者たちに重要機密を教えることになるのですよ!?」
重要機密、その言葉にマオは目を光らせる。
「仕方あるまい。報酬は何でもと書いてしまったばっかりに、
どいつもこいつも無理難題をいいおる。
こ奴らは三人そろってたった船一隻じゃ、
彼ら以外はありえんわい」
「男だけじゃなく、女も混じったメンバーだから
安心して姫を任せられるとか、そういう尤もらしい理由じゃ
ないんですか!!」
「おお、それもそうじゃな」
王と進臣下のやりとりに、痺れを切らせたマオが口をはさむ。
「私達で決まりなら、任務の内容を教えていただけますか?
聞くところによると、お姫様と関係があるそうですが」
「そうじゃったそうじゃった、
では大臣よ、後の者を皆帰らせてくれ。
ここからは秘密の話じゃからの」
大臣が謁見の間を出て行くと外からブーイングの嵐が聞こえる。
王は外の声を無視して咳払いを一つすると話し始めた。
「お主ら、この国に古くから伝わる飛竜の伝説を知っておるかな?」
「空腹のあまり竜の卵を食べた城の騎士が竜になっちゃう話?」
問いに答えたのはヨウだった。
小さい頃よく姉に読んでもらった絵本の話だと言い添えた。
アレンはまったくわからないと首をかしげている。
「竜になっても国への忠誠を忘れずに、
戦争がある度に火を吹いて協力してくれるんだよ!」
ヨウが得意気に答えると、王は大きく頷いた。
「うむ。その通りじゃ」
しかしマオは訝しげな顔で物語に訂正を入れる。
「正確には、姫が騎士に想いを寄せていると知った国の重役が
騎士を殺そうと刺客を送り、異常に固く刃物を通さない
騎士の特異体質を竜化が進行しているとか難癖付けて
竜の住む危険な山に隔離した話ですよね」
「え…!?」
アレンだけでなく、ヨウも驚きの声を上げる。
「そ……そう言う伝もある、なんせ大昔からある伝説じゃ」
困り果てたような表情で頷く王にマオは言葉を続ける。
「想いを諦めきれなかった姫は毎年この時期に一人で
竜の住む山へ騎士に会いに行っていたとか何とか…」
「これはこれは、物知りなお嬢さんですな」
いつの間にか王の隣というポジションに戻ってきていた大臣が
感心し、頷いている。
「で、その話がどう関係があるんです?」
「じ…実はな…それは伝説じゃなくて、実話なんじゃ」
アレンとヨウは再び驚いたような声を上げる。
先程から所在投げにヒゲを弄る王に変わって大臣が答える。
「伝説の詳細はともかく、この国は窮地に陥る度に
幾度も山の竜に助けられてきた歴史があります。
そのため伝説に則って、今も王族に女の子が生まれると
成人してから結婚まで毎年山に一人で行かせているのです」
「お姫様一人で飛竜の山にって…危険じゃないの?
まさか…生贄!!?」
ヨウの疑問に王は慌てて訂正を入れる。
「そ、そんな物騒なものでは無いわい!
うちには年頃の娘がいるからどうか守ってくださいと
飛竜にお願いしに行くだけじゃ!」
「本当にそこに危険な竜がいるなら
毎年なんて行けませんからね」
マオの話が初耳だったのかヨウは
そんな裏話があったなんて…等と呟いている。
「一般国民に飛竜山が危険だと教えているのは、
姫が安全に一人で山参り出来るように情報操作をしているまで」
「しかし近年いくら恐ろしい場所だと言っても、
そう言うところにこそ行きたがるバカたれも出始めての…」
困った困ったとヒゲを弄る王に思わずヨウは
ツッコミを入れてしまう。
「だから、なんでわざわざ一人で行かせるんだ!!」
「歴史書にはこうも書かれている。姫の身を案じ、
兵士数十名が後ろからこっそり登山について行った年は、
大戦、飢饉等国難があったにも関わらず竜は現れなかったと」
大臣の説明にアレンまでもポカンとして素直な感想を口にする。
「もしかして、飛竜へそ曲げちゃうのか!?」
「だとしたらすごいイメージ像を壊された気分なんだけど…」
絵本の話からどういう想像をしていたのか、ヨウは疲れた顔で肩をすくめる。
「じゃから決まりは変えられん、
最近は第二大陸との摩擦もあるし、
何としても儀式を成功させたいのじゃが…」
「姫はもう1週間帰ってきておりません」
「ええええ!?」
両手を地面に付けわざとらしく絶望のポースを取るヨウ
「おまけに最近臣下が闇市にて姫の身に着けていた装飾品を見つけたと、こちらを…」
そう言って大臣は召使に細やかな装飾が施された首飾りらしきものを持ってこさせる。
「ぜ…絶望的だ…」
アレンのつぶやきを尻目にマオは参考にと渡された宝飾品を
じっくりと品定めし始める。
「じゃが、じゃがわしは信じておる、娘は無事じゃと!」
「それで、そのお姫様を連れ帰ることが依頼内容ですか?」
端正な作りのネックレスから目を離し、王の答えを促す。
「その通りじゃ!もちろん!無傷でよろしく頼むぞ!!」
「無傷…」
そう言われてマオもヨウやアレンと同じ表情になる。
「(…たしかに、報酬までの道のり、絶望的だわ…)」
――――――
「うぅっどうして私がこんな目に…」
身にまとった宝飾品は殆ど剥がれ、
ぼろ布のようになってしまった成人式のための法衣、
薄汚れてじめじめした鉄格子のなかで囚われているこの状況。
これまで蝶よ花よと育てられてきた姫にとって、もう明日も見えないような気分だった。
鉄格子の外では荒くれ風の男たちが上機嫌で酒を煽っている。
「ちっせえ宝石からでっけえ被り物まで!!
これだけあれば一生飲んで暮らせる!俺達ゃついてるぜ!!」
「しかもまだメインの女も残ってるしなぁ!」
「しっかしボスはすっげえぜ、飛竜山のネタだけに飽き足らず
こんないい案を持ってるなんてなぁ!!」
「ああ!人買に売り渡すより、敵国に売り渡した方が
姫も高く売れるなんてなぁ!!」
「でもそりゃ下手したら戦争になるんでねぇの?」
「ばーか、戦争になったらなったで武器の輸入業を
他より早く初めてまたひと儲けよ!!」
「もしかしてボスはそこまで込みで俺達に
入れ知恵したってことかぁ?」
「こりゃ恐ろしいお人だ、がっはっは!!」
荒くれたちの言葉に姫は肩を震わせる。
ヴァレーンとウィゲルが戦争とは、なんて物騒な発言だろうか
しかもそれが自分の失態が原因で引き起こされようとしているのだ。頭を巡る恐ろしい想像に姫は耳を塞いだ。
姫の悩みなどお構いなしに、男たちは好き勝手言い始める。
「でもただ売っておさらばじゃ勿体ねぇよなぁ、こんな上玉」
「それもそうだ、ちっと味見する位良いんじゃね?」
「ばれないように丁寧に扱えばいいんだろ?ぐへへへ」
下衆な笑みを浮かべながら荒くれ達が鉄格子の扉を開ける。
「おじょおさーん、僕たちと遊びましょー」
「?なっ…」
戦争と言う言葉に飲まれていた姫は
荒くれたちの突然の接触に狼狽える。
「やめなさい!!私は大切な取引材料なんじゃないの!?」
顔を真っ赤にして必死に抵抗するも力で敵うはずがなく、
べたべたと身体中を触られる。
「ああ、だから大切―に扱ってやるよ、安心しな」
「やめてっ!それ以上は!しっ…死んでやる!!」
「姫さんにそんな勇気があるもんかぇ?
おら!念のため猿轡でも咬ませとけ」
「いやっ」
力任せに押さえ込まれ絶望に瞳を泳がせた姫の視界の端で動く人影。
と、鈍い音と共に荒くれが一人倒れこむ。
「なっ!?なんだ!?」
残った二人の荒くれが振り返るとそこには
荒くれとは対照的に細身の青年が立っている。
「いやーさすがに黙っていられないよ」
青年が困ったように頭を掻いていると
荒くれたちは青年に向かって騒ぎ立て始める。
「きっさまっ!!いついからこの船に乗って居やがった!!」
「そりゃ、船が出港する前からだけど」
さも当然とでも言いたげに答える青年に
荒くれたちは逆上する。
「くっそ!!族の船に無断乗船たぁいい度胸じゃねぇか!!」
「捉えるぞ!!」
「おうよ!!」
男たちの手から解放された姫はその場に力なくしゃがみ込んだ。
目の前ではまたも鈍い音が打ち鳴らされ、
大男が次々と気絶していく。
「ざっとこんなもんか、さて」
青年は姫に歩み寄り、笑顔で手を差し出す。
「大丈夫?立てそう?」
「…腰…抜けちゃって…」
手を取って立ち上がろうにも、できないと姫が力なく訴えると、
青年はおもむろに姫を抱きかかえた。
「えっあの…」
「じゃ、行きますか」
そう言ってまた笑顔を向ける青年の身なりは
薄汚れていて見窄らしい。
そこらじゅうに傷を作っている様子を見るに、
こういう場所に乗り込むのが日常なのだろう。
しかしよく見れば端正な顔立ちで、
笑顔は一片の曇りもないさわやかなものだった。
それを真近で受けた姫は顔を赤らめつつ
震える声を咳払いで何とか整え質問した。
「行くって…何処へ?」
「そりゃ勿論、逃げるんだよ、
こいつら気絶してるだけだからね」
「まぁ…」
――――――
小さな寂れた港の隅にボートを付け。青年と姫が降り立つ。
「まだ…足もとがくらくらしますわ」
「贅沢言わずに、ここまで一人で漕いできた僕を労ってよ」
船酔いか、足取りのふらつく姫を青年は支えて歩いている。
頼りすぎたと気付いた姫は慌てて身を離す。
「っ…すみません。助けていただいて、どうお礼したらいいか」
慌てふためく姫に青年は笑って答える。
「いや、お礼はまだいいよ、ここは荒くれが多い港、全然安全じゃないからね」
「そうですか…」
怯えた表情で姫は頭を覆っていたぼろ布を深く被り直す。
「しっかしここからヴァレーン城までだと距離あるなぁ、
目的地がどんどん遠のく…」
「目的地?」
「ああ、商売をしに第二大陸に渡ろうと思って、
でもヴァレーンからは船が出てないんだよね」
「それなら!わたくしがお父様に掛け合って!」
目を輝かせる姫の言葉を、青年はため息混じりに静止した。
「ああいや、僕、城って苦手なんだ、
生まれたっての無法者には場違いな場所だろ?」
「でも…」
「安心してよ、安全なところまでは送るつもりだから」
「いいえ、そうじゃなくて、城に来られないではお礼が…」
「そんな所まで行かなくたって出来るだろ、お礼ぐらい」
そう言ってずいと顔を近づけ意地悪っぽく笑う青年
さっきまで置かれていた状況が状況だけに姫は慌てふためく。
「まさか!!あなたも私の体を!!」
「自意識過剰」
そういう話じゃないよと唇を尖らせてみせる青年に
姫は顔を真っ赤にして俯く。
「心をこめて、ありがとうございますの一言。
お礼なんてそれでいいの。」
そう言うと青年は一人歩みを進めてしまう。
「…」
そうだ。ごく当然のお礼の言葉を、自分はまだ述べていない。
姫は自分を恥じ、置いていかれないように歩みを速める。
と、急に立ち止まった青年にぶつかってしまう。
「きゃっ…」
「でも、姫様がどうしてもって言うなら、
ほっぺチューぐらい貰ってもいいかな?」
そんなくだらないことを言うために立ち止まったのか、
姫は一瞬唖然としたがすぐに言葉を返した。
「馬鹿っ!!」
「姫様がそんな言葉使っちゃだめだよー」
ニヤニヤと笑う青年の服の裾を掴むと、
それを支えに背伸びをする。
「…なに?」
姫が振り返った青年の頬にキスをすると
予想していなかったのか青年の顔がみるみる赤くなっていく。
「なっ…」
「さぁっ!行きますよ!!」
姫も心なしか赤くなった顔をプイと背けて先を歩きだす。
「まっ、まって!姫様のキッスってそんな安売りしていいの!?」
寂れているといっても港町。
人並みに紛れないよう青年が距離を詰めるも、姫はどんどん歩いて行ってしまう。
「ねぇっ!!待ってってば!!」
その日速歩きの鬼ごっこをしている男女がいたという情報は、
アレンたちの耳に入ったところで
どうでもいい情報として片付けられてしまうことだろう。
夕日がゆっくりと小さな港街を染めていった。
この国は15歳で成人。
アレンは15~6歳、ヨウは16歳、マオは22~3歳ぐらいのつもりで書いています。結構な速さで日数が経過するので、どんどん歳をとっていく予定。




