姉妹と落下物
天高く、どこまでも続く崖の麓。
不要になった金属片や木材が散らばる埃っぽい空気の中
それらを積んだ一輪車を放りだし、
一人の少女が空手のような動きで素振りに励んでいる。
強くなりたい。それが少女の願い。
小遣い稼ぎにこの荒れ地で瓦礫を拾い集める日課の合間、
人目を忍んで特訓に明け暮れていた。
すぐそばには雲の上まで続く断崖絶壁。
この地がこうも荒れ果て寂れているのは
上から何か降ってきたら危ないから、
ただそれだけである。
しかし毎日ここに通う少女に言わせれば、皆ただの心配性だ。
時々風に乗って砂埃や、ここいらでは見かけない種の
木の葉などが降ってくることはあるが、
こうも寂れる理由になるほど危険なものが
降ってくる気配はまるでない。
「万が一、大岩が降ってきたって私の気合いで…」
少女が力むと両手の平が僅かに熱くなる。
船のエンジンに使われていたと思わしき鉄の塊に
両手を向けるとふわっと浮き上がる。
塊は少女の手の動きに沿って宙を泳ぎ、
1輪車の真上に着くと糸が切れたように落下する。
少女の言う気合いとは、
超能力と呼べるほどにまで強化された気功だった。
高い位置で二つに結われた長い髪を揺らしながら
少女は次の獲物を捜し歩く。
ふと、小石が頭に当たり、振り向くと
はるか上空に見慣れない一点の影が見えた。
はじめは鳥かと思ったが、見る見るうちに大きくなっていく。
落下物だ!気付くなり自分の真上から落下軌道をずらすべく
両腕を挙げるがすぐに異変に気付く。
違う、これは、人間だ!
―――3話―――
「マオ姉!!大変だ!!空から人が!!」
血相を変えて家に飛び込んできた妹に、姉は呆れ声で答える。
「何バカな事言ってるの」
「ほんとなんだ!見てくれ!」
見ると妹が運んできた台車には廃材と共に
荷物のように積まれた少年がいるではないか。
その体に外傷こそ見当たらないが、
力なく垂れた腕にただ事ではないと感じた。
「バッ!!馬鹿!ヨウ!怪我人をそんな運び方しちゃだめでしょ!」
「え、でもこいつ怪我なんて」
「いいから!早く降ろしてなさい!!」
「あっ、うん」
その運び方の非常識さに今頃気付いたのか、
妹は慌てて自分よりやや体格のいいその少年を
近くにあるベッドに降ろす。
「ヨウ…あんた、いつから男平気になったの?」
「え?」
「その子、どっからどう見ても男…」
言い切る前にベッドに寝かされた少年が目を覚ます。
「あれ…ここは…」
状況が理解できないと言った風にあたりを見渡し、
眼を擦る少年を見たヨウはおかしな事を言い出す。
「マオ姉、私が見る限り、これ、女だよ」
「は?」
女としてみるには広い肩幅、太い首、襟元から覗く喉仏、
これは将来良い男になりそうだなど下世話な観点から
目の前の人物を観察している自分自身に、
そしてそれを女だと言い張る妹にマオは困惑した。
「あの…どちらさまですか?」
とぼけた声を出す少年(?)に若干の苛立ちを感じる。
それはこちらのセリフだ…
「私はヨウ!あんたが空から降ってきたから、
受け止めて、ここまで運んできたの!」
何の疑問もないと言うのか、事も無げに状況を説明する妹に
呆れつつ、ふと浮かんだ疑問を投げかける。
「空って…もしかして、第3大陸から落ちてきたってこと?」
「たぶんね」
「だ、だいさん?」
状況が読めないのか困惑の表情を隠さず
おどおどと姉妹の会話に疑問符を挟むその様子は
どうにも女々しい。
もしかするとヨウの言う事ももしかするのだろうか?
「いま私たちがいるのは第一大陸。
海の向こうに第二大陸があって、
それを跨る様にはるか上空に存在しているのが第三大陸!」
歪んだ丸や四角等を紙に書いて説明を始めるヨウ。
達者とは言えない絵だが、大体合っている。
第三大陸と呼ばれる場所だけが恐ろしく標高が高く、
ここと向こうの大陸を繋げるように存在している。
正確には地続きなため、それぞれを大陸と呼ぶのはおかしいが
第一大陸と第二大陸の間は海に阻まれ、
二つを結ぶ第三大陸は人が立ち入る事を許さない断崖絶壁だ。
事実それぞれの大地は大陸と呼ばれる程はっきり分断されてる。
「私…一度も村を出たことが無いから…よく…」
村、と言った少年の言葉を聞いてマオは、
第三大陸から人が降ってきたとの妹の主張は
間違いだと言いたげに説明を入れる。
「第3大陸に人は住んでいないと言われてるんだ、
あれだけ高い位置なら、空気は薄くなるし、寒いだろうからね」
「え…」
「そういえばそうだった!でも実際に人が降ってきたんだから
住んでたってことだよな!」
主張を曲げない妹にマオはやれやれと首を降る。
「ヨウが言ってることが嘘じゃなけりゃ、
世にも珍しい第3大陸人!ってことになるわけだが、
話を聞かせてもらいたいな」
「あの……私!村に帰らないと!」
少年の発言にヨウは困惑し、マオは失望した。
おかしな話だ。妹の話を嘘だと決めつけながら
もしかしたらまだ見ぬ土地の話が聞けるかもと期待していた。
この子はただの迷子た。そう納得し、質問を変えるマオ。
「…そうか、で、なんて言う村だい?」
地図を探すため棚を漁るマオの横で
ヨウは自分のペースで話を続ける。
「帰るってどうやって?あれ登るの?」
「登る?…あ、イメリナ村です…」
広げた地図から聞いた名前を探し始める始めるマオ。
未だ困惑顔だったヨウは何か閃いたように手を打ち鳴らした。
「わかった!第3大陸人は空を飛べるんだな!」
「は?何言ってんのあんた」
妹のおかしな発言に村の名前を探していた目線を上げる。
「無理ですよ、空なんて飛べませんから」
「えぇ…じゃあどうやって…」
少年の帰る村が第三大陸にあると信じて疑わない妹の肩を叩き
二人に地図を見せるマオ
「悪いがこの地図にはイメリナなんて名前はない。
少なくともこの近くに君の言う村はないな」
「そう…ですか…」
少年の表情が暗くなってゆく
「クラムくん、すっごく心配するだろうな…」
「クラム?誰それ」
「いいか、こう言うとき聞くべきはまず少年、君の名前だ」
姉妹の質問に、何から話せば良いのかと少年は頭を抱えた。
村では皆が少年の事を知っていて、
自身について説明を求められたことなど一度もなかった。
「…私はレアン…といっても、この体はアレンっていう
別の人のもので、多分、村を出て、ここまで来たのは
アレンで、クラムは、アレンが勝手に村を出ようとする度に
すごく心配して、すごく怒ってくれる、私たちの幼馴染…です」
上手く伝わる気がしなくて、少年の声はどんどん小さくなる。
現にマオは頭に疑問符を浮かべている。
「なるほど!第三大陸人にはスイッチがあって、
それを押せばもう一人のアレンってやつが出てくるんだね!」
ヨウは自己流に言葉を解し、少年の体をまさぐり始める。
遠慮の欠片もないその行いに女々しい悲鳴を上げる少年。
「やめてください!!やめっ!あの!!やめてー」
「なんでヨウはそんなに順応が早いんだ、
私なんかさっぱりなのに」
マオが分かったことといえば、少年を見た目で男と判断した
自身の目に誤りはなく、妹の少年を女だという発言は
今涙目で悲鳴を上げているレアンの心の性別の話らしい
ということくらいだ。
「たたたた!助けてください!!」
「あーはいはい」
暴走する妹を少年から引放すマオ。
「た……助かりました…」
なんておかしな状況なのだろう。
普段男性が視界に入っただけで物陰に隠れてしまう妹の、
男嫌いが無くなったのではと僅かな希望を抱いた自分が
マオは虚しくなった。
――――――
白み始めた空の向こうから、朝の風が潮の香りを運んでくる。
嗅ぎ慣れない匂いにアレンが目を覚ますと、目の前には薄手の肌着一枚で寄り添うように寝ている見知らぬ少女がいた。
まるで経験の無いその状況に、嫌な汗が流れる。
その体の反応は、直後の出来事を予測していたからか。
少女が一つ身じろぎすると、あくびをしながら目を覚ます。
「…」
目があった。
少女もこの状況に戸惑っているのだろうか、見開いた眼のまま固まり、空気も凍る。
何分経っただろうか、あるいは一瞬の間だったかもしれない。
寂れた町一杯に少女の甲高い奇声が響き渡った。
「つまり俺の人格がレアンだったから気を抜いて
同じベッドで寝たと」
浮浪者やならず者が多く、全体的に朝に弱いこの町が
一瞬にして目覚める程の叫び声を間近で聞かされたアレンは
机に両肘をつき、がっしりと頭を抱えている。
「ごめんね、うちの妹バカでさ」
あらかじめ予測して着けていたのであろう耳栓を手に
マオはニヤニヤとしている。
「いや…」
ふとアレンが視線を向けると、ヨウは奇声を上げ
壁向こうに隠れてしまう。
「お世話になった上に気分を害したみたいで…」
「気に病むことはない、それよりあんたに聞きたいことが
色々あるんだ。あんたが住んでた土地、第3大陸の話とか」
「第3?」
「あぁ、なんて言ったっけ、レアンちゃんの言う幼馴染、
クラムくんとやらの話とか、村の話とか」
昨夜一晩中ヨウの質問攻めに合っていたレアンの話を聞き
マオは妹の第三大陸発言を信じ初めていた。
間違っていたとしても、イメリナでの生活の様子から
マオの知らない土地の話であることに違いはなく
興味をそそられる話題である。
「もうないんだ…」
アレンは自分が気を失う前の光景を思いだし、
表情に影を落とす。
「え…?」
「よく分からない奴らがいきなりやってきて、
火を付けて破壊して…全部…」
口に出すたび、一つ一つ脳裡に蘇る光景…
「ま、待て、それじゃレアンの言ってた
帰らなきゃって言うのは!?」
壁向こうに隠れていたヨウが僅かに顔を覗かせ発言する。
「クラムも、村の人も死んだのに、どこに帰るって言うんだ…」
アレンの怒っているような震える声を向けられ
ヨウは小さな悲鳴を上げ再び壁向こうに隠れる。
その様子を見たマオはため息をつきながら言った。
「レアンは何も知らない風だったよ…」
「それは…俺がこうして動いている時、
あいつは眠っているから…」
「本当のこと、伝えてあげないと」
マオの真剣な声色に、アレンは俯いていた顔を僅かだが上げる。
「どうやって?俺も、レアンも、お互い全く面識が無いんだ」
下手につつけば今にも泣き出しそうな表情になるアレン。
「そうはいっても、私やヨウみたいな第三者の口から
出す話じゃなさそうだしな」
アレン自身が状況を把握できてないのだろう。
昨日出会ったばかりのマオでは助言しようにも言葉が出ない。
「帰ればいいんだよ、第3大陸に」
再び壁向こうから顔を出したヨウが
簡単なことだと言わんばかりに発言する。
「目にしたものが全て事実だ」
「ヨウ!?」
アレンの話が事実なら彼は村に戻りたくないのではないのか?
無遠慮な妹の発言に狼狽えるマオをよそにヨウは続ける。
「だって酷だろ、幼馴染が自分の帰りをずっと待ってるなんて
思いこみ、いつまでもレアンにさせとくのか?」
「…」
再び俯いてしまったアレンの表情は読み取れない。
マオは観念したように棚から世界地図を取り出し、
少年の前に広げる。
「ここ第一大陸からは第三大陸に通じる道はない。
あの断崖絶壁は海の向こう、第二大陸まで続いているんだ」
見ているか分からないながらも、位置関係を説明するマオ。
横からヨウが話を挟む。
「空を飛べればすぐにでも帰れるな」
「空…」
言われてアレンは空からやってきた敵を思い出す。
「またそれか、伝説の飛竜でも手懐けなけりゃ無理な案だ」
ヨウの発言を軽く却下しつつも、いつの間にかすぐ横に来て
普通に会話に交じっている男嫌いな妹を訝しげに見るマオ。
「あんた、そんなに近くに来て平気?」
「いやーレアンのこと考えてたら自然と…」
心配してやれる程昨日だけでレアンと仲良くなれたのか、
照れるように頭を掻く妹に関心しつつ、マオは話を進める。
「とりあえず、私が押すのは船で第二大陸に渡るルートだ、
向こうには第三大陸へ通じる道があるって噂だからな」
「船って…何だ」
顔を上げたアレンの表情は先刻ほど不安定なものではない。
「第三大陸には船はないんだな」
わくわくした表情で身を乗り出すヨウをたしなめつつ、
おもむろに身支度を始めるマオ。
「じゃあ、これから港に行くからついて来な」
それにならってヨウも外出の準備を始める。
「ありがとう…でも」
放っておけば勝手にどんどん話を進めてしまいそうな姉妹に
眉をしかめ、言葉を濁らせるアレンに、振り返るマオ。
「何?」
でも、何故そこまで見ず知らずの相手に協力してくれるのか、
でも、戻ったところで何も分からない気がする、
でも、戻るのが怖い…
色々な考えが浮かんだが、
どれもこの姉妹に言うのは違う気がして
「何でもない」
大人しくついて行くことにした。
――――――
「ここが港なんだが…」
塩気を含んだ風に高い位置で一つに結った長い髪を弄ばれ、
マオは眉をひそめつつ大きな声で何かを訴える男を指さした。
「現在第二大陸に渡る船は無期運休中だ!
出ている船はアストニア行き、マルク行き…」
「船は出てないそうだ」
第二大陸行きの船は出ない。
周りを見ればそれを聞いて肩を落としている人がちらほらいる。
「船が出てたとしても乗れるお金なんて無いだろ?」
横から今更な突っ込みを入れるヨウに
マオはいたずらっぽく片広角を上げて言う
「そこはスリル満点、無賃乗船ですよ」
「犯罪を勧めちゃいかん!…あれ?」
姉妹漫才を繰り広げるのかと思いきや、
ヨウは二人から離れた所で呆けているアレンに気づく。
アレンの目線の先には一面の海と空、
そこを飛ぶ数匹のカモメが映る。
「そういえば、海、初めてなんだっけ?」
「あぁ、」
今の状況では、初めての海を前にしても
はしゃぐ気にはならないだろう。
暗い表情ながらも、揺れ動くその瞳を見据えて
マオはアレンの肩をがっしりと抱いて言った。
「すごく広くて、船さえあればどこまでも行ける、
そんな気がするだろ」
「?」
当惑の表情に変わるアレンにヨウは話を加える。
「マオ姉は少し前まで船乗り目指してたんだよ」
「航海士の資格も取ったんだ、
結局、女だからどこにも雇ってもらえなかったけど」
自慢げに、でも少し悔しそうに話しながら、
マオはアレンの肩を揺らす。
「受験料馬鹿みたいに高かったのにね」
「それは言わない約束だろ~」
笑い合う姉妹に挟まれ、アレンは小さく溢した。
「…本当は、こうして外の世界を見るのが
ずっと前からの夢だったんだ…」
「そっか…」
聞いて、ヨウは少し微笑み、
マオは一層強くアレンの肩を掴み空を指さした。
「暗い顔するなよ、これからはいくらでも見て回れるんだ」
「…あぁ」
つられてアレンの表情にも、僅かに笑顔が灯る。
「さてっと、じゃあもう少し遠出して、
国の方に掛け合ってみますか」
歩き出したマオを追いかける二人が
頭に疑問符を浮かべていたので説明を加える。
「貿易船が止まってても国の連絡船は動いてるだろ」
「無賃乗船のハードル上がってるよ!!」
ヨウはすかさず突っ込みを入れながらも、
姉共々好奇心に満ちた表情で浮き足立つ
「さあさあ!いくぞー!少年!!」
静かな波の音と賑わう港の人の声との間に
マオの威勢のいい声が響きわたった。




