挑発と無への憧れ
押し寄せる一つ目玉のロボットを薙ぎ払いながら進み、シフィルの喉元に剣を突き付け静止する。
「間違ってるだろ、戦争を起こして、沢山の犠牲者を出して、
復讐?そんなことしたって失われた人も時間も戻ってきやしないんだぞ!!」
「使い古された文句だな…」
追い詰められたはずのシフィルは不敵な笑みを浮かべたまま、アレンの言葉を否定する。
「私のこの行為は、失われた者のためではない」
アレンの行動を止めようとする心の一部分、
負い目を感じているらしいアゼットを瞳からくみ取り、嘲笑うようにシフィルは続けた。
「私自身の、楽しみのためなのだから!」
「いい加減にしろよ!!」
そういって剣を投げ捨て、胸倉を掴んでくるアレンに、ことさら可笑しそうに顔を歪めて見せる。
「過去を知る人間に私を討つことは出来ない、知らない人間は…私の存在にすら気付かないだろう」
武器を捨て、丸腰のアレンを後ろから狙うモノは不思議と居ない。
「エルフは…そう言えば人の手の加えられていない純粋なエルフはもう存在しないんだったか…」
突如、足元に巨大な魔法陣が現れ、そこに縛りつけられたかのようにアレンは動けなくなる。
「なんだっ!?」
「人間よ、共に楽しもう。己の不始末が再び世に戦乱を招こうとしているのだ。
今度は自分の目で、しっかりとその光景を見届けると良い」
広い部屋の壁一面にどこかの街が映し出される。
武装した沢山の兵が、用意された何艘もの船に乗り込んでいく。
「これは…ヴィゲル軍…」
一つ目玉との攻防を続けるトトの目にも映像は映り、何か恐ろしいものでも見たように震えた声を出した。
「これは、今起こっていることなのか!?」
状況を読めたらしいのは他に商人とラグリアだけだ。
商人は期待と興奮に目を輝かせ、頬を紅潮させている。
「ついさっき、ヴィゲル王が進軍の許可を出した。豊穣の地、第一大陸を手に入れるべく…」
シフィルは身動きの取れないアレンの手元をふらりと離れて言う。
「王は私のコントロール下にある…」
束縛の術に抗うようにもがくアレンを見つめて問いかける。
「私を倒して指揮権を奪うという手があるが、果たして間に合うかな?」
「くそぉぉっ…」
一つ目玉の群れから突破口を切り開いたヨウが駆け、シフィルに蹴りをまわそうとするが、
透明の壁に弾かれ、防がれてしまう。
蹴りの威力がそのまま全て足への衝撃となり、声にならない痛みにうずくまるヨウ。
「あの船の機動力なら第一大陸に着くのに3日は掛かる。ゆっくり楽しもうではないか」
「3日!?どんなに急いだって1週間はかかる航路だぞ!?」
驚きの声を上げるマオにラグリアが緊張の声で語る。
「人間に技術を譲渡したのね…私が必死に、この世界から消し去ろうとしているものを…」
「俺が…暇をとっている間に…国が…」
不届きな商人を捉えるのに国を持ち出すわけにはいかず、私事として休みを取ってここまで来たトトの表情が一層険しくなる。
「何か…何か手は…」
そう呟くレアンが何かを思い出したように屈み、地面に両手をつけた。
「お願いアレンくん!!」
言うと、アレンの足もとに描かれた巨大な魔法陣が地面を滑り、レアン達の真下に来て止まる。
「ちょっ!!何しているのお譲ちゃん!!」
突如身動きの取れなくなったマオは戸惑い、レアンを咎める
「すみません!!術を使うのが久々すぎて、うまく調節が!」
そう言うレアンも地面に両手をつけた姿勢のまま動けずにいる。
レアンだけでは無い。トトや、カリウ、そして彼らを取り囲んでいた一つ目玉のロボットまでもが動きの取れない状態になっている。
解放されたアレンは地面に放られた剣を取り、シフィルに向って振り下ろす、が、
またも寸でのところで止めてしまう。
「どうしてだよ…」
その言葉はヨウの時のように透明の壁を出さなかったシフィルに対して、
そしてチャンスがあるのに討てない自分自身に対して。
「多くを不幸に陥れる要因を作りながらも、自分の手は汚したくない。結局はそれだろう」
溜息交じりに、肩をすくめて見せるシフィル。
「そういう甘えた所をミゼルは気に入ったんだろうな、本当にお似合いだよ…」
良いながら腕を伸ばし、アレンの頬に指を這わせ、弄ぶように輪郭をなぞる。
転げていたヨウが治癒が済んだのか立ち上がると、何かに気づいたようにその場を離れる。
次の瞬間、地面から突き出た鉄の槍にシフィルは腕を貫かれた。
それを認め、腕を引きちぎるようにしてシフィルもまた椅子を離れると、
間髪入れずに複数の槍が椅子から天に向かって突き出した。
アレンだけを綺麗に避けて、次々と飛び出してくる槍。
カリウの術だった。
「アレン。あなたはそのままでいい。汚れ役なら、私が引き受けます」
魔法陣に体の動きは縛られても術までは縛れない。
一つ目玉のモノたちからの攻撃が無い今、カリウはその術の全てをこちらに向けることができた。
「ふん…イレギュラーか…私の計画では、ミゼルの死を受けてお前も消滅を選んだはずだったが…」
「人の心など分かるはずが無い、あなたにならなおさらだ!」
そう啖呵を切るカリウの瞳は力強く、意志が灯っている。
「人?操り人形風情が、笑わせる」
「今の私は誰にも操られてはいない。ミゼル様に…アレンに!自分で選ぶことを教えていただいた、一つの人格です!」
「まぁ好きにするがいいさ、来ると分かっている攻撃なら、いくらでも対処できる」
再び繰り出される槍を、全方向に展開された透明な壁ではじいて見せる。
「どうせ、お前たちにはこれを止めらはしないのだから…」
壁に映し出された映像が、進む沢山の船から、第一大陸、ヴァレーン城に切り替わる。
一人の兵が王の前に駆け現れ、慌てた様子で報告する。
ヴィゲルの軍が総力を挙げて出動した。三日を待たずにこちらに到着する。と。
ざわつく城内。対抗策を立てるべく集められる兵。
「おかしい…」
トトが青ざめた表情で疑問を口にする。
「ヴィゲル軍の動向がそんなに早く掴めるはずが無い。あの兵は3日と言ったか?なんでそんなことまで知っている!?」
その様子を見てシフィルは満足げに頭を指で叩く。
「この国の裏口の入国管理は笊だからな。人を攫うのも、入れるのも、わけないことだ」
「また…操っているのか…」
アレンが震えるように声を絞り出した。
ラグリアの施設で正気を取り戻した人たちの大半は、その記憶を破棄した。
大きな空白の時間を抱えて故郷に帰ることになった彼らを…
同じような境遇の人間をつくるような真似を、見過ごすことは出来ない。
「だからと言って、君にはなにもできまい」
そう笑みを向けられ、破裂しようとする感情のままに剣を振ろうにも、やはり手が止まる。
「威勢がいいのは恰好だけだな」
そう言って目の前で止められた剣をシフィルがつまむと、そこから赤く光り出す。
「…っ!!?」
剣全体が高温を発し、アレンが慌てて手を離すと、剣がグニャグニャと曲がり地面に落ちた。
「いくら魔力が衰えたとはいえ、止まっているもの相手ならこのぐらい。造作もない」
シフィルは器用にカリウからの攻撃にのみ壁を出し、こちらには何の防御も取らず挑発する。
「まごまごしていたからハードルが上がったな、その煮えたぎる曲った剣を拾って、もう一度挑戦するか?」
悔しさに唇をかみしめるアレンの目の前に、一本の剣が現れた。
時の流れにすり減った柄の繊細な装飾、今なお白く輝く刀身
クラムの剣だった。
「兄さん!受け取って」
ラグリアの声がする。レアンが施設に置いて行ったものを、彼女が小型端末を受け口に転送したのだろう。
アレンがその柄に手を伸ばすと、先程の火傷が癒えていく。
「新しい武器か…それもまた使い物にならなくしてほしいか?」
笑うシフィルに向けて剣を構える。
と、その手を覆うように支えられる感覚があった。
昔の記憶が流れ込む。
何度挑戦しても、まるでデルクに勝てなくて、とうとうクラムに泣きついた時があった。
クラムは笑いながら手を取り、剣の構え方を教えてくれた。
僕が教えたって言うのは、レアンには内緒だよ。
そう言っていた。その時はレアンと話すことも叶わないのに、何を言っているんだとは思ったが、
相手より短い自分の間合いに誘い込むように、嘘の隙を作り、反撃する。
微妙なタイミングを計るのにも練習が必要だ…
そう言われたら、なんだか勝てそうな気がして来て、わくわくした。
剣を教わったのはその一回きりで、もうすっかり忘れていたが…
「随分と物がよさそうだが…その剣、どこかで見覚えが…」
そう言って剣に触れようと近づいたシフィルに一突き、
本当にそうなることを予想していなかったとでも言いたげに目を見開いたシフィルから流れる血が、剣を伝い、アレンの手を染める。
「そ…うだ…あの時…モノが…苦戦を強いられていると聞いて…見に行った時…いたな…この剣を持っているエルフが…」
剣が引き抜かれ、支えを失った体はその場に崩れる。
「私を見て…驚いていた…失礼な奴だ…エルフの汚れ役を買って出ると言いながら…肝心な時に姿を消した…使えん奴が…あの時…始末したと…思ったいたの…だがな…」
槍に貫かれた腕では震える体を支えられず、そのまま倒れ伏した。
床に描かれた魔法陣は消え、解放されたモノたちは指揮官を失い右往左往する。
「アレン!!あれを止めるのに俺は何をすればいい!?」
焦った様子で駆け寄るトトの方を見ると後ろで顔を覆い蹲っているレアンが見える。
彼女はこういう事が苦手なのだ。だからクラムもその剣を抜くことは避けていたのだろう。
「ラグリア、船の進行方向途中に移動できるポイントはないのか」
アレンの問いにレアンの持つ小型端末は答える。
「あるとしたら地殻変動で海に沈んだ地域ね。研究施設もそのまま残っているでしょう」
「海の底!?使えないじゃん!?」
声を上げるマオにレアンが息を整えるようにして提案する。
「とにかく、兵たちを止めるなら、操られている王様を元に戻さないと」
「そうだな、とりあえず遠隔操作に使われた機材を探そう」
「探して?それでどうするのよ、今から王様操りなおしたって間に合わないでしょ!?」
うろたえるマオに肩を揺さぶられて嫌な顔をしながらも、カリウは協力してくれるようマオに言い聞かせる。
「これだけ広い塔の中を探すにはマオさんの力も必要です。万が一、万が一にもここであの船を超える機動力の乗り物でも見つけられれば状況は変えられますから!」
「万が一って二回も言ってーわかったわよ!!今出来る事をやりますよ!」
一つ目玉のモノたちが襲ってこない今、各人は方々に散って探索を始めた。
ふとアレンが足もとのシフィルを見る。
腕を折り、這うようにして倒れている既に事切れたそれを仰向けに寝かせ、腕を組ませる。
レアンがケシャにやっていた様に。
服の内に隠されたモノを操作する機械を取り上げ、アレンは溜息をついた。
村を失い、エルフとしての威厳も失い、それでも生き続けた結果得た感情がこれなのだろうか
復讐心とも、支配欲とも、ただの破壊願望とも取れる、その行動…
カリウに教えられた、耳元に取り付けられた機械の操作方法を思い出しアレンは手を伸ばした。
これまでの記憶を全て消すスイッチ…
それを押した所で、彼の中に溜まった積年の負の感情は消えることはないのだろう。
その機械のありようを欠陥品と呼んだ彼は全て消されることを望んでいたのだろう…
シフィルの死に顔を見てそう思い至ったアレンは形だけの操作をして、その場を離れた。




