流れる金と流される血
「すべてはシフィル様のお考えの通りに」
指に大粒の宝石を沢山付けた恰幅の良い男が、黄金の杯を手にしながら話す。
「おかげさまで私の金回りもよくなりまして」
「そうか…順調そうで何よりだ」
答える向かいの男は色素の薄い長髪を、その体を、深く椅子に凭れさせて口元だけで笑う。
「しかしなぜこのような案を私に?あなたほどの財と頭脳を持ち合わせたお方なら、この世の全ての愉悦を得られるでしょうに」
「愉悦か、人の心を知ろうと端から試してみもしたが…」
「ほう」
「私は人の血が流れるのを見るのが好きだ。何よりね」
「これはこれは、良い趣味をお持ちで、私もですよ。ですから武器商人をやっているのです」
「ああ。酒の相手にお前を選んで正解だった。また話を聞かせてくれ、沢山の、人が死んだ話がいい」
「ありがたいお言葉。次は必ず、戦争の話を土産に持ってまいりましょう」
そう言って部屋を出る恰幅の良い男の背に、いずれはお前の血も見たいと心のうちで投げかける。
「その醜く穢れた血は、どんな音をたてて流れ出るのだろうな…」
後ろで笑う男の言葉など知らぬ商人は、その足で会合に向かった。
―――18話―――
戦争を起こすのだ。
北には欲しいものがあるならただ待たずに奪えと焚きつけ、
南には愛する者を守るためには自らが武器を取れと叩き上げる。
初めこそ国の助けに頼りきった国民は相手にもしなかったが、
ヴィゲルの国王が狂ったのだ。人が変わったように税収を増やし、国民はより貧困に喘いだ。
一部が言葉に乗せられ武器を取れば、それに不安を駆り立てられ回りも武器を取るようになる。
その波は未だ衰えを知らない。
下っ端の小売の商人には上手い不安の煽り方を一つ二つ教えてやれば、儲かったと言ってつき従うようになる。
全ては順調だった。
あいつらが来るまでは…
「全部吐けば許してやるって言ってるんだおっさん」
先程から襟元を掴み口汚く詰め寄ってくる女は、思い切り振りはらえば何とかなるだろう、
しかしその後ろには男が二人構えていて、その一人は相当に腕が立ちそうだ。
ここで一つでも抵抗を見せればその腰に下げた剣を抜き、切りつけられるかもしれない。
「護衛の憲兵はっ!?」
「時間を稼いでも無駄だよ、超強力な眠り粉を吸って皆明日の夜まで起きやしない」
「会合の後付けてくるなんて卑怯だぞ!しかもあんな見つけづらい小さな船で!!」
「船の大きさを言い訳にしようが見つけられなかったのはあんたの選んだ憲兵が雑魚だったってことだよ」
「第一誰なんだ!お前らみたいな他所者が会合に入れるよう手引きしたのは!!」
「まずはこっちの質問に答えな!おっさん」
腕の立ちそうな方の男は相変わらずものすごい形相で商人を睨みつけている。
もう一人の方は…やりとりに飽きたのか勝手に部屋にある金銀財宝を物色し始めている。
「知らん、私は何にも知らん!」
「知らんじゃないだろ!民の不安を煽る商売法を進めてるのはあんただって聞いてるんだ、何の目的があって!」
「だから、それが分からないんだ!そう言えば武器は売れる、魔物狩り用なんかよりよっぽど沢山の量が!そう教えられて、ちょうど良く国も戦争ムードになってて…だから私ゃ何にも知らん!」
「また教えられた!?またか、誰にだ!?」
「ひっ!!私は、私は何も言ってないぞ!言っていない!!」
「いいや言ったね、吐け!!」
「離せ、はなせえぇぇ!!」
商人が暴れ出した次の瞬間、トトがその頭をがっしりと掴み、剣の切っ先を向ける。
「吐け。洗いざらい。命が惜しければな」
マオ達の小船が黒い地面の小島に戻ってきた。一人の容認を連れて。
帰りを知っていたのか建物の外で待っていたアレンたちにその人物の経緯を話す。
「自分は足を運ばず、人や機械を操って何かを起こそうとするやり口が似てるだろ、考えすぎかもしれないが」
マオの説明にレアンは首を振った。
「そんなことないわ。すごく良い手掛かりだと思う!」
小型画面のラグリアも頷く。
「じゃあ俺たちも、そこに案内してもらえるのか!?」
「そう思って、ここに寄った訳よ。嫌とは言わせないぞ、おっさん」
がっしりと肩を掴まれた商人はやややつれ、今までの贅沢とは打って変わって、
船旅の間(商人にとって)ロクなものを食べさせられていないことが伺えた。
商人が力なく頷くと、一行は船に乗り込んだ。
ネモン島よりさらに東、平たい大地に聳える塔を目指して。
――――――
「みんなー?どこー?」
世界中のあらゆる財宝を集めた、宝箱のような部屋の中、青年は一人声を上げた。
珍しいものに取り囲まれ、夢中になって商人の屋敷を探検していて、マオに置いて行かれたらしい。
途中目を覚まし出した憲兵が主の不在に気付き、慌てて船を出したのにもリクは気付かなかった。
「金持ちって何で島ごと買っちゃうわけ?船無いと出かけられないじゃん、不便じゃん?」
置いていかれたリクには当然この島から出る船が無い。
「お腹空いたよー、これだけ立派な所ならさー、専属料理人がいたっていいじゃん…」
ふらふらと彷徨うリク。それもそのはず。彼はもう丸3日も何も口にしていないのだ。
世にも珍しいお宝の鑑定に夢中になって時間を忘れるにも限度があるだろうが、彼はその点についての反省は全くない。
「いくら貧しい生まれで一日3粒の豆で我慢してた時期があったといってもねー…何も無しは辛いよー」
この館には宝以外何もなかった。料理人も憲兵も全て出て行ってしまった大きな船で生活している。
ここは建物丸ごとが宝物庫だったのだ。
「お腹空いたよーおなか…」
ふと、彷徨うリクの足が止まる。
目の前には丁重に固定し、飾られた大きな球体がある…
「竜の…たまご…」
伝説の生き物である竜は繁殖能力も低く、その卵は非常に貴重なものである。
「いいやだめだめだめ、これはとんでもないお宝なんだ。見られただけで嬉しい奇跡の代物、それをそんな…」
ぎゅるるるる…
頭での制止に不満を唱えるようにお腹が鳴る。
「そんな…」
――――――
アレンたちがたどり着いた歴史的にもなかなかの価値がありそうなその塔は、
外観、および一階部分の遺跡を思わせる造りと打って変わって、
内部に歩みを進めるにつれ、無機質な灰色と時折交る機械音に包まれていく。
「ビンゴだな」
マオが不敵な笑みを浮かべるのに対し、ヨウは不安げに言葉を零す。
「でも、こんなに簡単に中に入れるなんて、怪しくない?」
「だーいじょうぶだって、そのシフィルって奴はこのおっさんと仲が良いからウェルカム状態なんだよきっと」
お気楽なマオの発言にトトはため息を漏らしながらも、周囲への警戒を怠らない。
「で、でも、私ですらこんな内部にまで入ったことは…」
縮こまる商人。前を歩くアレンやカリウ、そしてレアンまでもが緊張に満ちた表情をしている。
肝が据わっているのか、空気が読めていないのか、あっけらかんとしているマオを見てヨウは頭を押さえた。
「ようこそ、とでもいえばいいのかな」
廊下を渡り、階段を上って広間に出た時。そう声が響いた。
「誰だ!?」
声の主を探し、辺りを見渡すアレンに声は答える。
「誰だ、はないだろう。招かれざる客よ、君たちは私に用があって来たのだろう」
部屋の中央奥に配置された椅子に一人、灰色の背景と同化するほど色のない人物が座っている。
その長い髪、年齢の分からない外見。耳元に取り付けられた機械。
改造エルフだと分かり、レアンが表情を暗くする。
「なぜ戦争を起こそうとしているのか…聞くまでもなさそうだな」
「ふん…物わかりのいい子は好きだよ。そのまま邪魔せずに大人しくしていてくれるのならなおさら…」
「その邪魔をしに、私たちがここに来たのはわかるでしょう?」
レアンが言うと灰色の人物は笑った。
「そうだったね…だからここまで来てもらったんだ。ここで死んでもらうために」
「なっ!!」
言い終わると同時に現れた沢山の一つ目玉のロボットに四方を囲まれ、一行は身を寄せ、構える。
「ミゼルが拠り所にしている人間と分離すれば死を選ぶという事は私にも予測できていたよ。もともとあいつは長が務められる器じゃなかった」
椅子を立ち、ゆっくりと歩きながら男は語る。
「私がいくら人間と関係を断つよう言って聞かせても従わなかった…その結果がこれだ」
耳に取り付けられた機械を指さし、笑う。
「尤も私のはお飾りみたいなものだがね。何の拘束力もない欠陥品を取りつけられて、それでも生き貫くために改造された振りをした。完璧な人形のふりを…」
張りつめた殺気に耐え切れなくなった商人が身を振り、声を発する。
「な、何の話でしょうかシフィル様!?私はこの者たちに無理やり引っ張られてきたので、早く計画に戻りたいと…ひいっ!!」
足もとに突如鉄の槍が突き出し、商人はのけぞった。
そんな様子に目もくれず、男は話を続ける。
「魔法を受け付けない姑息な機械を使う人間には逆らえずとも、戦地に出され、外の人間達と闘わされた時は面白いぐらいあっさり死んだな。蟻を潰すより容易かった」
男の発言に耐えるように剣を握る手に力を込めるアレン。
「こんなに弱い生き物が私たちを苦しめていたのかと考えたら可笑しかった…ささやかながら仕返しができた気になって、楽しくすらあったよ」
そんなことを言うのはやめてと小さく肩を震わせるレアンの持つ端末を見、さらに続ける。
「戦争が終わり、私たちを身に余るものと判断した人間はこれを、一つ残らず処分するよう伝令を出した。だが姑息な人間達は、まだ利用価値があると言ってその令を反した。おかげで私は演じ続け、人々に忘れ去られた今、自由を得たのだ。そうだろう?確かラグリアと言ったかな…?」
名前を呼ばれて端末は驚いたように画面を点滅させる。
「年のせいか魔力は衰えたが、私たちを苦しめた人間の技術は、今、私の手の内にある!」
「させない…」
「今、何も知らずにのうのうと生きている人間達は、私というたった一人の手によって、その平穏に終止符が打たれるのだ!!」
「そんなこと!絶対にさせない!!」
そう叫んで、アレンが駆けだす。
それを止めるようにロボットたちが割り入って、攻撃を繰り出す。
自分の置かれた状況を未だ把握しきれない商人は、その光景をただ呆然と眺めた。
旨い話があると吹き込まれて、気付けば自分はこんな所に居たのか
そして多くの人々が、同じように日常を覆されるのかと…




