商人と戦争の企て
沢山の画面が並ぶ部屋。そこではこの灰色の建物の全ての区画を一望することができる。
端末越しのラグリアの指示に従って操作パネルを操っていくアレンは、先程から何度も出くわすエラー画面にため息を漏らす。
「この施設が別の所と連絡していたことはわかったんだけど、肝心なところのデータが全部壊されてるんだ」
横から覗きこむレアンも同様に渋い顔を見せる。
「私たちがここに来るのを予測して先に調べられなくしたみたいね…」
「カリウは何か知らないか?」
言われてカリウは申し訳なさそうに首を振る。
「ケシャの行動はまるで範疇に入れていなかったので…、時々モノを使って手近な人間を攫って来ていたことしか…」
「じゃあさ、この人たちをラグリアさんに治してもらったら何か聞き出せないかな」
一部屋にまとめて閉じ込められていた改造人間を、暴れ出さないように拘束しながらここまで連れてきたヨウが言うと、それを手伝っていたマオが肩をすくめる。
「あの時剣を振り回してた子だって何も知らないって言ってたじゃん、望み薄いよ…そりゃ」
「でも、その人たちも、ちゃんと元に戻してあげないと」
レアンの言葉に一行は頷いた。
―――17話―――
人間達に施された、ケシャの見よう見まねの改造はラグリアにとっては稚拙そのもので、
体を元に戻すこと自体は容易かった。
問題は心だ。彼らは連れ去られてからの記憶全てを正確に覚えていて、
ケシャの命令を受けて残虐な行動を取った者の心の傷は深い。
「時間をもらえれば、記憶を飛ばすこともできるんだけど…」
ラグリアは気が進まないと言った風に言葉を濁した。
一度にやるには骨の折れる人数のうえ、一人先に治療を済ませた元人造人間の少女の言葉が気にかかっている。
あの人を殺したこの手を持ちながら、それを忘れて生きることなど許されない、と。
「本人意思は尊重した方がいいのかしら」
今にも自害しそうなあの言葉を聞いて、そう悠長なことは言っていられないのも事実だが…
今は麻酔で眠っている少女を眺めてリクが言う。
「トレジャーハンターの仲間たちは有無を言わせず記憶を飛ばしたくせに?」
その口を慌てて押えてマオが話を進める。
「とにかくさ、目を覚ました人から何か手掛かりが無いか聞き出すから、その時に私達が本人と相談するよ」
「ええ、ありがとう」
ここに来てからマオに抑えられっぱなしのリクは不満げに唇を尖らせる。
確かに、ここにも無理やり連れて来られたのだし、そろそろ解放されたいと思っているのかもしれない。
「もしかして、あたしたちが船を出すのを待ってたりする?」
「そのもしかしてだよ」
「あーははは」
そのやり取りを見てラグリアは、やはり自分ひとりで何とかしようと言い出した。
「過去の技術の後始末は全て私の仕事だから、無理して付き合う必要はないわ」
「え、いや、無理ってほどじゃ…」
「マオ姉は…」
後ろで聞いていたヨウが見かねて口を開く。
「マオ姉は世界中回るのが夢なんだろ、ここで皆のお悩み相談するんじゃなくてさ」
言われてマオは、そんなに相談役が似合わないのかと頭を掻く。
「とりあえずリクを送るとこ送ってくれば?私はここで待ってるから…」
「え!?あんたはここに居るの!?なんで!あんたの方が似合わないよ相談役とか!!」
「別に、相談どうこうじゃなくて、私はこの人たちが気になるの!!」
「この人たちって…」
良いながら顔を赤くするヨウにマオはわざとらしく肩をすくめて見せた。
「で、リク、あんたをどこに連れてけばいいんだって?」
「とりあえず第一大陸かな」
「なんだとりあえずって!!あとから変更する気か!!」
「いいじゃんかよー、お宝探しの初期ルートに戻るの!まだまだ旅するの!途中ついでがあったら乗せてくれるでしょ!?」
「図々しいなぁ…」
そう言いながらもマオはまんざらではなさそうだ。
二人とも、世界中回れれば良いという点で目的が似たようなものだからだろう。
「じゃあさ、ついでにトトん所寄って、なんか良い情報ないか聞いて来るわ!」
「何かって何だよ、ここでの話言いふらしちゃだめだからね」
ヨウの言葉を聞き終わる前にマオは、リクをひっぱるようにして小島を出た。
――――――
第一大陸に着くなりヴァレーン城下町の騎兵宿舎に赴いたマオは何の予約もなくトトを呼び出した。
舎弟に稽古をつけてやっていたらしい彼が嫌な顔見せずに手早く話し合いの場を設けてくれたのは舎弟の前だからだろう。
秘密の話だといって部屋に二人きりにしてもらった途端露骨に面倒臭そうに溜息をついた。
「まあ、そういう顔するなって、20人近くの拉致被害者が出てたら、この国にも一人二人関係してるだろ?」
「国民全ての動向を国が管理しているわけがないだろう。熱心な家族が国にまで掛け合って捜査を要請した記録があるならまだしも」
「無いのか」
「残念ながらな。その一つ目玉の円筒状の塊の情報も一切無い」
「うーん、やっぱりそう簡単に尻尾はつかめないかー」
唸るマオを見て、そこまで首を突っ込む価値がある話なのかと首をかしげるトトの反応はしょうがないだろう。
外で言いふらすなと妹に釘を刺されていることもあって彼にはあいまいな説明しかしていないのだから。
しかし、価値と言われたら評価は分かれるだろうが、好奇心をくすぐられる度合いは凄まじいものだ。
今まで読んだどんな歴史書よりも本物の過去を知れるチャンスなのだから…
「まぁとりあえず、最近は第二大陸との関係はどうなのよ」
急に振られた話題にトトは訝しげな顔をしながらも答える。
「関係は相変わらずだが、最近下の街各所で不穏な商売をしている輩が多くてな」
「密売か!?」
「いや、それ自体が罪になるようなことじゃない。だから困っているのだが…」
こんなことを話しても仕方が無いと言いよどむトトに良いから続けろとマオは促す。
「ヴァレーンとヴィゲルとの戦争を仄めかして一般国民に武器を売る商人の目撃情報が多数ある」
「不安を食い物にするタイプの商売かー嫌だねぇ」
「実際ヴィゲルとの関係は悪化しているし、向こうでの生活に苦しむ難民がこちらに密航してきて迷惑だとの声も上がっている…だが、いざ戦だという話になったら、俺たちの出番だろう…一般人が武装する必要などどこにも…」
「信用されてないみたいで心苦しいってとこ?」
「…」
言われて視線を落とすトトにマオは仕切り直すように息をつき、席を立った。
「まー商人の問題は商人に聞くのがよさそうだな、情報ありがと!」
そう言って部屋を出ると幾人かの兵士が盗み聞きでもしていたのか、慌てて余所を向き、姿勢を整えている。
トト相手に赤裸々に語らなくて良かったと溜息をつきながら宿舎を出た。
「そういう話なら知ってるよ」
街に出、ぶらついていたリクを捕まえ、先ほどの話をするとあっさりと答えが返ってきた。
「あそこにいる商人にさっき僕も商談持ちかけられたんだ」
「何か買ったのか?」
「いや、別にめぼしいものは無かったし…」
どれもそこいらでよく見る普通の武具だったよ、そう説明するリクを置いてずかずかと指された商人に向かうマオ。
「おーやおやお譲さん」
そんな姿を見とめた商人が機嫌良さ気に声をかける。
「私の自慢の商品を見ていってくれるかい?最近この国も物騒だからねぇ、護身用に女性でも使えるものを一つ…」
「ちょっと、それらの商品をどこで仕入れてるのか聞いても良いかしら?」
「ありゃー仕入れ元に行けばもっと安く手に入るかもって?お嬢さん商売の才能あるねぇ、でも一般人が行ったら逆に高く買わされちゃうよ、わたしが交渉に交渉を重ねて、皆様にお安く…」
「いいから、仕入れ元はどこだって聞いてるの、もしくはその物騒だから~っていう売り文句を吹き込んだやつ」
「えっ?へぁ!?」
いきなり首元を掴み上げられてうろたえた商人は商売文句も忘れて逃げるように説明した
「そんな、仕入れ元っていったら腕のいい加治屋と専属契約をいっぱい持ってる大商人の親方で、これからの時代は武器が売れるってんで、私ゃなにも、はっ離してくれ!!」
「いやまだだ。その親方ってのの居場所は?」
「し、しらねぇ、あの方は神出鬼没で、週一で開かれる会合にも来るか来ないか」
「は?会合?いつやってんだ」
「あ…今日だ」
言われてマオは掴む手をゆるめて満面の笑みをつくって見せる。
「おじさん、もちろん私たちを案内してくれるんだよね」
「なぜ私がそんなこと」
「断ればあんたたちみたいな商人まとめて、反政力を支援する極悪人として牢にぶち込むための知恵を国のお偉いさんに吹き込んでやるよ」
「反政力だなんて私たちはそんな!」
「一般国民の不安を煽って武器ばらまいてれば、そういう見方だって出来るだろ」
「ひっひいいい」
そんな二人のやりとりを眺めていたリクはこっそりと溜息をこぼした。
――――――
「つまりね、兄さんは若くして肉体を失ったのだけれど、私はこの年まで普通に人間として生きていたわけだから」
画面に映し出された女性の話にアレンは未だ持って違和感を拭えないでいる。
彼女が兄さんと呼んでいるのはアゼットのことだろう。
この身体も、半分以上は彼女が兄のために作ったものなのだ。
そして心も半ばアゼットと同化しかけているのか記憶は混同し、妹との確かな思い出もある。
だから彼女が自分をそう呼ぶことに異議はない。
それにしても、それにしてもだ、
「生き別れた妹が自分より年上とか全然納得できないだろう!」
「そんなっ!兄さん!!」
「せめて10年、いや、20年後に再会するべきだった…」
「そんな些細な歳の違いをつつくなんて、兄さんはエルフの体で一体何を学んできたのよ!!」
そんな二人のやりとりを見てレアンは笑いを零す。
「だから私も言ったでしょ、もっとこれくらいの頃のラグの方が馴染みがあるって」
そうやって10歳ほどの背丈を現すレアンを見てアレンも頷く。
「レアンまで…そう言う事言う…」
観念したように映像は乱れ、40半ばの女性に代わって、10代の少女を映し出す。
「わぁっ久しぶりねーラグ」
「白々しいわ…」
はたで見ていたヨウは何かを思い出したように手を打ち鳴らす。
「そうだ!どこかで見たことあると思ったらアレンだ!!」
「ヨウちゃん?」
首をかしげるレアンにヨウは照れ笑いしながら答える。
「この前ラグリアさんの記録を見せてもらった時は話の内容ばっかり気にしてたけど、
やっぱりその女の子の姿だと、雰囲気とかそう、中身がレアンに入れ替わった時のアレンに似てるんだよ」
兄妹って言うのは本当なんだと感心するヨウにラグリアは照れる。
「女装が妙に似合ってたのも今納得できた気がする」
「おい今その話を引きずりだすな!!」
いつの話だ!と突っ込みを入れるアレンにラグリアは冷めた目線を送る
「兄さんの…女装?」
「いや、違う!俺がやったんじゃない!レアンが勝手に!!」
「だって、ラグリアは白衣じゃなくてもっとひらひらした可愛い服も似合うよなーって」
「レアン!?あの時はラグリアのこととか全然覚えてなかったよね!?」
「えへへ、それは言わない約束だよ」
「約束した覚えないよ!えへへじゃないよ!!」
「兄さん…」
画面の少女のため息に二人のやりとりが止まる。
「いつの間に…レアンと仲良くなれたのね」
「え?」
「だってあの頃、紹介されたばっかりの時なんて特に、ミゼルに娘がいたなんてーどう接していいか分からないーってずっと悩んでいたじゃない」
「それは…」
しょうがないだろう。唯一といえる友人ミゼルの、まさか娘がいるという事すら知らずにいたというショックがあったのだから…と考えた後、似たような気持になった覚えがあるなと思いだした。
「エルフって皆大事な事言わないで流してる気がするな」
そう言って視線を落とすアレンの考えていることが分かったのか、レアンが口を開く。
「二人でいる時は、二人だけが真実…だよ」
他の誰かの情報など必要ない。
共通の知人の他愛もない話も面白いだろう。でも何より、その二人でしかなしえない時間が大切なのだ。
「クラムはそんなの難しいって言ってたけど、アレンのこと、ちゃんと一人の人格として、友のように、弟のように、大切にしていたわ」
「そうなの…かな」
いくら思いを馳せても、知りたかった相手はもういない。
本当のことなど分からないままに…
「私も、そう思うよ」
ヨウも遠慮がちに思いを述べる。
「クラムがどんな人かはよく分からないけど、アレンは大切な事ちゃんと分かってるじゃん。言葉も、生活も、人を思う心も…ずっと一緒に居たのが別の人だったら、アレンはきっと、別のアレンになってた…」
自分がもっと違う性格だったら…きっと今、ここには居ない。
「私は今のアレンが好きだから、それでいいんだと思う…」
言い終わるなり、何かに気づいたように顔を赤くして俯くヨウ。
「よかったじゃない、兄さん」
画面の少女に、レアンに微笑みかけられて、何かくすぐったさを感じる。
村を出た時に感じた、自分の居場所が無いような、足もとが見えていないような感覚が消えていく。
「…頑張るよ、あの人たちを開放して、過去のことも清算して、今の自分にやるべきことがあるなら、俺、頑張るよ」
そう言って前を向いたその瞳にはしっかりと意志が宿っていて、力強い。
一行はそれに合わせるようにして頷いた。
続きは明日20時に!お付き合いありがとうございました。




