花編みと研究室
―――13話―――
「紹介するよ。うちの娘のレアン」
友人がそう言って連れてきたエルフの少女は、
友人の服の裾をつかみ、半身だけを覗かせてこちらを恐る恐る確認している。
一方自分の隣に居る歳の離れた妹は、まるで物怖じしない態度で相手をじっくり観察している。
少し前、友人に娘がいると聞かされた時も驚いたが、
今こうして紹介された10歳前後の子供に、また驚かされている。
一体この子は幾つぐらいなのだろう。
エルフなだけに、下手すると自分とあまり変わらない歳なんじゃないかと不安になる。
「確かに、同じぐらいだけど…人間の成長は早い。あっという間にラグリアは、その子より大きくなるよ」
苦し紛れに言って見せたが、研究一筋で育てられた自分と、まだ歩き始める前の妹を残し他界した両親に代わって、
妹のこれまでの成長に沢山の助力をくれた目の前の友人には、分かりきった話だろう。
しかし自身にも娘がいると言うのなら、こちらにそんな沢山の時間を割いていいのだろうかと不安になった。
そこで友人が笑いながら提案したのだ。妹が娘と友達になってくれればいいと…
「安心してくれ、エルフだって子供の成長は結構早いから」
「君の言う早いは信用できない」
彼…エルフにとって、自分たち兄妹に割いた時間はほんの少しのことなのかも知れない。
ちょっと遊びに来たと言ってこの研究所に丸三日は居座り、
またすぐ来ると言って、1週間から数カ月と大きく期間を開ける。
友人だけかもしれないが、エルフは時間にルーズなのだろうか…
ためしに時計を渡して時間指定の約束をしたことがあるが、約束の時間まで1日中時計を眺めている始末。
もはや時間という概念が無いのかとさえ思う。
「ねえ」
突然横で二人を観察していた妹が口を開く。
「エルフの子は皆花編みが得意だって聞いたわ、教えてちょうだい」
若干横柄に聞こえる妹の言葉を受け、少女は一瞬きょとんとしたのち目を輝かせて頷く。
「わっ私でよければ!!」
そういうと庭を指さし、二人はその方向へ掛けて行く。
「花編み…だって!?」
「なんだ?知らないのか?」
「いや、なんか、女の子っぽいじゃないか」
「何処に驚くポイントがあった?」
不思議そうに首をかしげる友人は、その長い髪、中世的な顔立ちと、女性的な事が得意そうな外見だが、
今まで妹の面倒を見てくれている時にそう言った話をすることはまるでなく、
一体いつ妹がそんな言葉を、遊びを覚えたのかと不思議に思ったのだ。
ちらりと庭の方を見ると少女たちは仲良さ気に茎の長い花を手の中で操っている。
「妹は俺の研究に興味は示しても、花だ手芸だっていういかにも女の子っぽいことには全く無関心だっただろ?」
それはこの飾り気のない環境のせいもあるのかも知れない。
幼いころから親の研究を手伝わされ、はじめから用意されたレールに乗っただけの自分が教えてやれる知識は偏ったもので、せめて母親だけでも生きていればと何度思ったことか、
それとも妹にもまた、父の跡を継ぐよう英才教育を施しただろうか…
「そもそも自分の女の子っぽいって言うイメージがあってるかどうかも怪しいが」
難しい顔をつくって友人を見やると、突然、おかしくてたまらないと言った風に笑いだした。
「なっ!今俺そんなに変な事言ったか!?」
焦る自分に友人は頭を振る。
「いやいや、君の妹がレアンに効率について語り出すものだから、本当に似ているなって」
「えっ!?あ…ここからでも聞こえるのか?」
それは建物の中と外、厚いガラスの壁で隔てられた向こう側に居る少女たちの話だ。
「まあな」
そう言って友人は愛おしそうにその情景を眺める。
黒髪の少女が、小ぶりの花をつけた付いた草を数本、手に取って言う。
「これなら、すごく長い茎の物だけを必死に探す必要がなくなるわ」
「でも…それだと沢山の花が摘まれることになってしまうわ、待てば来年にはもっと長くなって花をつけるのに」
薄翡翠色の髪の少女は少し困ったような表情を見せている。
「人間に年単位で物を待てるほどの時間があればいいのだけどね」
そういう少女の口調は、年の割に落ち着いた見た目と同じように、やや冷たい。
「…でも」
「いいわ、こういう話が苦手なら、別のことをしましょう」
編んだ花を興味が失せたとでも言うように地面に捨てる。
「待って、折角編んだのだから」
捨てられた花編みを拾い上げて平らな地面の上に置き、呪文を唱え始めると、
少女の翡翠色はふんわりと揺れ、花から水蒸気のようなものがキラキラと舞いあがる。
光が収まると花は心なしか小さく。平たくなっている。
「後、樹脂で周りを覆えば長持ちするわ」
花編みを手渡された黒髪の少女は、黙って手の中の物を眺めた。
「ああは言ったけど、ラグリアが作ったものの方が、沢山の花を使った分華やかで素敵ね」
そう言ってほほ笑む少女の笑顔は一点の穢れもない、穏やかな春の陽気の花畑のようだった。
眺める友人をまねて、目を細めるようにしても、少女たちの会話は自分には聞こえてこない。
エルフの聴力が、今だけ少し羨ましい。
「妹にとっても、見た目年の近い女友達がいた方がいいのかもしれないな」
「君がそう言ってくれるなら、次も娘を連れて遊びに来るよ」
そうやって横で笑う友人の澄んだ笑顔は、確かに面影がある。やはり親子なのだ…
閉じた研究所に身を置く自分に青空を与えてくれる存在。
大切な宝物…
小さな機械音に四方を取り囲まれた薄暗い部屋、
椅子に凭れかかる壮年のエルフの男性が小さく笑みを漏らすと、
彼の脈を取っていた青年…カリウに拾われる。
「今日は調子がよさそうですね」
「ああ、昔のことを思い出せる程度には…」
「では魂継ぎの儀は今日執り行いましょう」
「…たのんだよ」
「はい」




