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君の心と廻る廻る形  作者: ほくる
15/26

繰り返される死と残された剣

「大変なの!!アレンくんが連れて行かれちゃった!!」

「どこか分からない、分からないよ!!でもこのままじゃ危ないことに巻き込まれちゃう!!」

マオは船の舵を握りながらレアンの言葉を頭の中で繰り返す

「…どこ行けばいいか分からないんじゃ、お手上げじゃないか」

観念したかのように手を額に当てて一息つく。と、操縦室にヨウが入ってくる。

「どうだった?」

「落ち着いた風を装ってるけど、食欲も全然ないみたいで…正直…」

ヨウの表情には疲れの色が見える。レアンの心配もあるだろうが、山道を女三人だけで下ったのだ。

ずっと戦い詰めだったヨウは行きとは比べ物にならないくらい消耗していた。

隠れ港に留めておいた船について、ひとまずは安全なのだから、ゆっくり休んだらどうかと勧めもしたが、

レアンの状態に気が気でないらしい。

「無理もないよ…アレンの事もそうだけど、急に色々思い出したんだ。記憶の整理が必要、なんてもんじゃないでしょ」

マオはあの時からレアンとろくろく話ができていない。

ヨウと近しい年齢に見えるほど成長したレアンを見た時は、もう何もかもが分からなかった。

村で沢山の事を思い出し、その情報量に比例するように成長を遂げたレアンの体を、

説明できるものはここにはいない。

「…何千年分の記憶なんて…全然想像できない…」

少しずつ、少しずつ、帰り道で聞かされたレアンの記憶。

必死に理解しようと、必死に受け止めようとしたが、ヨウには毛ほども掴みとれなかった。

「はるか昔に人間と戦争をして絶滅においやられたエルフか…」

マオも過去に読んだことがある文献に類似した話だけをかき集め、

組み立てようとしたが、頭は矛盾の霧に包まれてしまった。

「こんなにも知らないことだらけなのに、わくわくしないのは初めてだな…」


―――11話―――


個人に分け与えられた船室の中、レアンは毛布にくるまったまま、壁に立て掛けたクラムの剣を眺めていた。

剣に触れたあの時、流れ込んできたのはクラムの記憶だった。

クラムの、レアンに関する記憶。

それは疑似的な魂継ぎの術が行われたことを示していた。

剣を容器にした、あまりにも不完全な、祈りにも似た術。

「ごめんなさい。クラム…あなたをそんな風にしたのは…私だった…」

腕の中の毛布を握りしめると、ゆっくりとまどろみに飲み込まれてゆく。

キラキラとした木漏れ日、まだ村として形をなしていない頃の森を夢見る。


「何を作っているの?」

そう声をかけるのは髪を長く伸ばしたアレン…いや、レアンだ。

「人…」

ぶっきらぼうに答えるのはクラム。

手の中の小刀を器用に動かして木を削ってゆく。

不思議そうに作業を見つめるレアンとの、沈黙に耐えられずに言葉を探す。

「ずっと二人いるのも…嫌だから」

森の中、やや開けた土地。そこに居るのは本当に二人だけだった。

「一人でいる方が気が楽だなんて言っていたクラムらしからぬ発言ね」

笑いながら答えるレアンに、「そういう意味じゃない…」と小声で漏らしながらも、

クラムは手元の完成したらしい小さな木彫りの人形に向けて呪文を唱える。

すると、目の前に40半ばに見える女性が姿を現す。

「おや、お二人さん、何の話をしていたんだい?私も混ぜておくれ」

現れるなりケタケタと笑いながら話しかけてくる女性に、レアンは目を輝かせる。

「すごい…マルムおばさんそっくり!」

それは昔よく世話になっていたエルフだった。

イメージして、形作り、術を吹き込むと現れる、触れる幻。

「それより私の家はどこだい?」

女性があたりを見渡しながら言うと、クラムは「ないよ」と一言、無愛想に返す。

「もー、先に家を作ってくれなきゃ、不便だろう」

幻は幻であることを弁えている。しかしイメージした人物に、しっかり性格まで似てしまう。

「生意気だ」

「でもすごいわ!本当に生きてるみたい!!お父様は信じてくれなかったけどやっぱりクラムは村一番の術師よ」

大層気に入ったらしいレアンははしゃいでいる。

「人に見せびらかすための術じゃない」

「そう言って…恥ずかしいだけでしょ」

「どうだっていいだろ…今はもう無いものなんて」

「…」

自分たちの元住んでいた村は…森は、もうない。

当然目の前に居る女性も…だからこうして幻を作る他ないのだ。

「あんたたち!まさかずっとここで野宿してたなんて言うんじゃないだろうね!?早く家を造るのを手伝っておくれ!!」

「はっはい!!」

呼ばれてレアンは女性についていく。

クラムは何をするでもなく、ただそれを眺めた。

昔のクラムは、人を寄せ付けない、無口で、無愛想な人だった。


どこからともなく拾って来ては、森の空き地の中心に種を植える。

花畑と呼べるほどになったのは何年経ってからだろう。

クラムは全く変わっていなかったが、アレンの体のレアンは、確実に年齢を刻んでいった。

「毎年だんだんお花が増えてるね」

そう口にするレアンに若々しさは欠片もない。

現実を受け止められず、視界に入れるのが辛いとでも言いたげに顔を背けるクラム。

少し寂しそうにするレアン。


生き残るために手に入れた体は人間基準で歳をとり、

終わりの日はすぐに訪れた。

「だから言ったんだ、早く君の体を探しに行こうって」

皺くちゃになったレアンの手を取り、クラムは言う。

「こうして君が弱って行くのを見ているぐらいなら、僅かな希望に掛けて身を削った方が良かった」

横たわるレアンは小さく、ゆっくりと息をしながら微笑む。

「…でも、最後にここで、二人、穏やかな時を過ごせて。私は幸せだった」

もしクラムが、レアンの魂を自分の体に移していたら、二度とかなわなかったかも知れないこの時間。

「君は本当に勝手だ。残される僕のことなんてこれっぽちも考えていないだろう」

クラムは力のないその手を、ぎゅっと握りしめた。

「私がいなくなったからって、暴れたりしちゃ、だめだよ…」

「知らないよ。監視の目がなくなるんだから。好きにやらせてもらう」

「もう…」


空気の重さに息苦しさを感じ、一度は閉じかけた目を再び開くと、

目の前に居たクラムはこれでもかというぐらい泣いていた。

「僕は…っ僕にこれ以上どうしろって言うんだ!!」

クラムの目の前には赤子のように小さくなったレアンがいた

「く…らむ…?」

いつも、何があっても、つまらなそうにしていたクラムが、

その両目から大粒の涙を零しているのに、

手を伸ばしても届かない。

彼のそんな顔を見たのは初めてだった。



再び時は流れだし、5歳ぐらいの背丈になったレアン。はその手を引く人物を見上げる。

「やっぱり、前にクラムに言われたとおり。私は怖いだけなのかも知れないわ」

閉じたこの森を出、体を探しに行く。

それはとてもいい考えのはずなのに、結果は絶望的に思えた。

「それに気づいた所で、君の考えは変わらないんだろ」

「ええ、こうして何度も繰り返し、生きていくことができるなら、待つことは苦じゃないわ」

あの子は死んだと聞かされた。

それが事実なら、外に出るのは無駄足だ。

「やっぱり僕には…逃げているようにしか見えない」

目を閉じ、待ち続けていれば、本当は生きているかもしれないと、妄想を抱き続けられる。

「そう…なのかもね」


それからレアンは、何度繰り返し老いたのだろう。

当然のように、待ち人は来ず、クラムの見た目はあの日のまま。

またあの時のように、手の中で小刀を動かし、木彫りの人形を作っている。

「何を作っているの?」

「人だよ」

「どういういみ?」

不思議そうに手元を覗き込むレアンに違和感を感じるクラム。

「昨日君がもう少し畑を広げたいから人手が欲しいって言ってたじゃないか」

「言ったけど…」

出来あがった木彫りの人形に術をかけると50半ばに見える男性が目の前に現れる

「畑仕事なら、もう少し若く作ってくれても良いんでねぇの?」

「無駄口は良いから、仕事して」

「はいはい…」

男とクラムのやりとりを見て、レアンは驚く様に、目を見開いている。

「すごい!!今の、どうやったの?」

「え…」

「すごいなークラムは何でも知ってるだけじゃなくって、こんなこともできちゃうんだ」

「…」

言われて、クラムは表情を曇らせる。

レアンは繰り返し死を迎えるうちに、少しずつ、昔の記憶を失っているようだった。


「クラム…どうしたの?」

気付けばクラムは部屋の隅でうずくまるようにして肩を震わせている。

「…お願いだから…話しかけないでくれ…」

「…でも、」

心配になったレアンが肩に手を添えようとすると振り払われる。

「やめてくれっ!!」

何度も繰り返し死を迎え、慣れたのか、その事象で泣くことはなくなったクラムが今、

また泣き出しそうな顔をしている。

「私がっ…私が何かしたの!?」

「っ…」

口を噤み、首を横に振るクラム。

何も話してはくれなかったが、

レアン自身、記憶が飛んでいることがあると自覚し始めるのと同時に、

クラムは泣くことが多くなった。


「…あぁ、レアン、僕のこと、分かるよね」

目を覚ました時、時折すがるように言われるこのセリフ。

「ぼくは、君に忘れられるのが怖いんだ」

大丈夫。安心して。消して忘れたりはしないから…

そんな言葉を口にすることは出来なかった。

「怖いんだ…君がそのうち、別の人になってしまうのが…」

別の人…過去の記憶、思い出全てを失って、違う体で…

それは確かに、別人かもしれない。


クラムから口にすることはなくても、気付いた。

レアンの使っている体に、いつからか、もう一つの人格が住んでいる事に。


「ねぇ、名前をつけましょう」

「名前?」

「この村に、と、この体に生まれたもう一つの人格に…」

「…名前なんか…」

必要ないだろうと、不満げなクラムに、レアンは笑いながら続ける。

「そうねぇ、村は、イエリナなんてどうかしら、平穏を願うイェと、幸せのリナ…」

「それを言うならイメリナだよ」

「あら?そうだった…じゃあ、イメリナね。あと、もう一つの…」

「僕は反対だよ。君の言うもう一つの人格は、人格なんて呼べるほどの知能なんてないんだから」

言葉を遮るように言うクラムに、レアンは負けじと反論する。

「まぁ、酷い物言いね、あなたがそんなだから、心を開いていないだけよ」

「心を開く?」

「村の人たちから時々話を聞くわ、籠の編み方を教えたらすぐにできるようになって手伝ってくれたとか、野菜の種類を全部覚えてて、ちゃんと言った物を持って来てくれる、とか」

「…だからなんだっていうんだ」

それを知ったところで、まずこちらから心を開く気がさらさらないのだからと、そっぽを向く。

「うーん、なんていうかね、クラムには、もう一つの人格とも仲良くなって欲しいの」

「いやだよ…」

「そんなこと言わないで、あの子も、もう立派なこの村の住人だわ!」

「やめてくれ!!」

クラムの突然の大声にレアンは縮こまる

「もう一つの人格、そいつのせいで、きみの魂は弱まっているんだ」

それは、そうなのかも知れないが、元より魂に合わない身体だ。

二重に人格が存在しなかったとしても、ゆるやかに魂が消耗することは止められない。

「そして僕のことを、少しずつ忘れていく原因なんだ…」

それもきっと、この体が生と死を繰り返す限り、

もう一つの人格など関係無しに、止められない。

術を掛けた本人が一番良く分かっているだろうに…

きっと僅かでも、抵抗したいのだ。

「クラム…私は…」

「それともこれは、君を守れなかった僕への罰なのかな」

「クラム、お願い、そんなことを言うのはやめて」

「それはこっちのセリフだ!いつもいつも、君は僕のことなんて、全然!!」

全然、考えていなかったかも知れない。

一人じゃ寂しいだろう、笑顔でいた方が楽しいだろう、と

いつも自分の考えを押し付けて、

「…ごめんなさい」


それがどれだけクラムの心を歪めたのだろう

気付けばクラムはレアンの望んだとおり、作り笑いが上手くなり、

もう一つの人格とも良好な関係を築けるようになった。


「最近、アレン君とはどう?」

そうクラムを見上げるようにして訊ねるレアンの姿は幼い。

「ああ、ようやく普通に会話ができるようになったんだ」

「やっぱり…あなたには教育の才能があるわ」

「さすがに何百年もやらされれば慣れるよ」

そう溜息を洩らしつつも笑みを添えるのを忘れない。

「ふふっ、お疲れさま。でも大変ね、アレン君は歳を取って、また最初からになると、嫌でも全部忘れちゃうなんて」

「そう言う君も、最近物忘れが激しいけどね」

「むうう、じゃあ私もアレン君みたいにクラム先生に色々教えてもらおっかな」

「かんべんしてくれよー」

笑って冗談を言い合って、

心の内を置いてきぼりにして、

その魂は繰り返す死の中で全ての記憶を失った。


続きは明日7時投稿予定。

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