エルフと人の心
アレンたちを乗せた船は幻覚の霧を抜け、
順調にネモン島へ進路をとっていた。
今は夕食時。5人で囲む卓には姉妹の手料理が並べられている。
「で、リクのやつは空を飛べる気がしたなんて言ってるんだ」
マオが楽しげに話すのは昼頃の出来事。
幻覚の霧で一同混乱に陥った際の話だ。
「も、もうその話はやめてくれっ!」
話を制止しようと両腕を振るリク。
先程からマオはリクの見た幻覚をネタに
ずっといじり倒しているのだ。
「でも、皆が見たのは嫌な幻覚だったのに、
一人だけ空飛ぶ夢とかずるいきがする」
話を聞いていたヨウはむっとしながら料理をつつく。
彼女が見たのは過去のトラウマらしいが、
本人が話したがらないので明確ではない。
「霧で周りが真っ白になったとき
雲の中にいるような感覚にならなかった?」
誰か共感者はいないものかと発言するリクに、
全員首を横に振る。
「そんなぁっ」
大層ショックを受けたという様子のリクを慰める者はいない。
彼はいちいちにもってリアクションが大きいのだ。
対するようにまるで感情を表に出さないカリウがポツリと呟く。
「彼には嫌な記憶が無いんでしょう」
言われてリクは首をかしげる。
「うーん?まぁ、幼少期から貧しいながらも充実した日々だったけど…」
「じゃあ、幻覚を見なかったカリウは?」
昼から考えていた疑問を口にするアレンに、マオが答える。
「そりゃあれだ、シャーマンの術で予防したとかだろ?
何気にずるい奴だ」
なるほど、と納得しかけたアレンに
カリウはゆるりと首を振った。
「…私はそもそも記憶がありませんから」
「記憶喪失…?」
不思議そうにカリウの顔を覗き見るアレンの横から
ヨウが率直に言う。
「何それ…変なの」
変…言われてみれば確かに、カリウの持ち合わせている
シャーマンとしての知識はなかなかのもので、
とても過去の記憶が無いとは思えなかった。
アレンが首を傾げると、
カリウは失礼しますと小さく言って席を立った。
自分の食器を片づけ部屋を出ていくカリウを目で追い、
マオは小声でヨウをたしなめた。
「(バカ野郎、変なのとか言うな!本人気にしてるだろ!)」
「(そ…そか)」
アレンは尚も首をかしげていた。
食事後、アレンが甲板に出ると、カリウは水面を眺めて佇んでいる。
「ごめん…なんか、さっきは失礼なこと聞いたみたいで」
隣に並び、声をかけるとカリウはキョトンとした顔をする。
「失礼なこと?何がです?」
「いや、記憶がどうとか…」
「ああ、あれですか、別に気にしなくてもいいですよ」
本当に大したことではないという物言いに、
逆に恥ずかしくなるアレン。
「私自身、記憶が無いことを疑問に感じずここまで来たので
何故だろうかと考えていた所です。」
考え事をするには一人が一番です
などと言いながら再び水面に視線を移す。
「こちらこそ、急に席を立って驚かせてしまったようで、
申し訳ありません。」
そういうカリウの表情からは、なんの感情も読み取れない。
アレンが所在無げにしていると察したのか
「謝るためだけにここに来たんじゃないでしょう」
と話を振った。
「…いや、実はその、聞きたいことがあって」
「何です?」
「レアンを、ここに移した術のことなんだけど」
アレンは自分の首に下がったチェーンの先、
ぼんやりと光る筒状の容器をつまみ上げて言った。
「魂継ぎの術ですね」
「魂を継ぐ…?」
「ええ、古代種族エルフが使っていた、
死ぬ前に自分の記憶や感情を相手に受け継ぐ術ですよ」
「古代種族?」
「知りませんか?多くの文献によれば自然を愛し、
長い耳が特徴的な少数種族で今は絶滅したと…」
絶滅、というワードにピンと来ない。
マオに珍しい種だと言われた時に不思議にも思ったが
アレンの知る限り、村人全てがそのエルフだったのだから。
それともあの人たちが最後の生き残りだったのだろうか?
色々考えを巡らせるアレンを見て、カリウは付け足した。
「まあ、世に出ている文献は情報が偏っているのが常ですから、実際にはいるのでしょう。私に術を教えてくれた方もエルフでしたから」
さらりと出された情報にアレンは目を丸くする。
「ほかにもいるんだ…どんな人なんだ!?」
「文献に書かれているように、驚くほど長寿で、博識な方です。あの方がいたから、今の私がある…」
アレンは幼いころに手をつないだクラムと、最後に戦っていたクラムが全く年を取っていないことを思い出し、それがエルフの特徴なのかと納得した。
「じゃあ、カリウのさっき言った記憶消失って」
「ええ。何も覚えていません。自分の出生や、
師であるエルフにどうやって出会ったのかなど…
気がついたらそこに居て、そこで全てを学んだので」
「それでなんで疑問に思わないんだ?」
「それだけ私は師を信頼しているんだと、
さっき考えが纏まったところですよ。」
そう言って微笑むカリウは
珍しくアレンにもわかる表情をしていた。
「あなたは…例の幼馴染と」
急に振られた話題にアレンは驚く。
「あなたの反応から察するに、その幼馴染がエルフなんでしょう?興味がありますね。あなたはエルフと一体どんな話をして、どんな関係を築いていたのか」
訊かれてアレンは思い返すように空を仰いだ。
クラムは、それこそカリウが言ったように、
村を出るまでのアレンにとっての全てを教えてくれた人だった。
こうして外に出て色々なことを知るほど
彼の存在は謎に包まれ、見えにくくなっていった。
「…クラムか……どうなんだろう、
あいつが俺のことをどう思っていたかとか、
全然、わからない」
少しうなだれて、悄気げる様に言うアレンに
カリウはあっけらかんと返した。
「何当たり前な事を言っているんですか
相手が自分をどう思っているかなんて考えるだけ時間の無駄、
判るはずのないことです」
「そう…なのか?」
確かにアレンは村を出るまで自分のことを
クラムがどう思っているかなど考えることなく
それで日常が回っていたのだ。
そう割り切れれば精神的にも楽だろう。
でも一度考え始めるとそうも行かない。
「ではアレン、あなたは私のことをどう思っていますか?」
複雑な表情をするアレンを見かねて
カリウは唐突な質問を投げかける。
「え!?…いや、その」
いきなりのことにあたふたしたがカリウに目で急かされ、
思いついた言葉を口にした。
「変な奴だな…と…ごめん」
怒られるかと思ったが、カリウは笑いながら返した。
「まぁ、そんなところでしょう。
正直でありたくても対面では言葉を選んでしまうものです」
「え、いや、今のは気を使ったとかじゃなくて、
本当に変な奴としか思ってなかったから、あの…」
それ以上でもそれ以下でもなく、ただ変。
なんて普通に考えたら失礼な発言だっただろう。
だがカリウは全く気に留めていない様子で
「では実に正直な言葉だったんですね、ありがとうございます」
「いや…ははは」
何故かお礼を言われて照れるアレン。
カリウはこうも続けた。
「私は…あなたのこと、結構気に入っているんですよ」
「へ?」
予想していなかった言葉に今日一番の間抜けな顔を晒すアレン。
カリウはさらに言葉を付け足す。
「相手がどう思っているかなんて判らなくて当然。
それは私から貴方に対しても同じことです。
私の発言の真偽すら、今の貴方にはわからない」
「いや、あの、それってどういう」
自分は今告白されたのだろうか?
それともカリウは勝手に嘘つき宣言ではじめたのか?
混乱を隠さないアレンにカリウは笑いながら言う
「難しく考えず、ただ見えたものだけ信じればいい
少なくとも私はそう思っています。
それで、第三大陸での幼馴染との生活についてですが」
「あ…」
カリウにさらりと話を戻され、混乱から引き戻されるアレン。
「気になっているのはマオさんたちだけではありませんよ」
「そ、そうなのか…」
何から話せばいいのだろうか、
村での自給自足の生活
脱走しようとしては怒られる日々
カリウには自分が見てきたままのクラムを話すことにした。




