広がる空と閉じた村
残酷な描写は避けていますが死人怪我人がちらほら出ます。御了承ください。
接触の悪くなった電灯がチカチカと点滅する薄暗い部屋の中、
辺り一帯に配置された機械からは煙が上がり、
そこかしこに横たわる事切れた人間達の苦痛に歪む表情が
研究室らしいその場所に起こった惨劇を表していた。
「どうして……どうしてこの体が!?」
この空間には似あわず、傷一つない、一糸纏わぬ姿の青年が、
酷くうろたえた様子で言葉を発した。
先程まで青年の横たわっていた場所に満たされた液体の影響か、
その黒髪はしっとりと濡れ、白く瑞々しい肌を震わせている。
言葉の向けられた先に立つ人物はそれとは対照的に、
この部屋で起こった惨劇を目の当たりにしたかのような格好…
酷く傷だらけで、服も、豊かに伸ばされた金髪も、
埃や血に汚れて悲惨な姿をしていた。
黒髪の青年は覚束無い足取りで、自身が収まっていたらしい円筒の容器を這いだし、相手に歩み寄る。
「ラグリアは?私の体は?」
ふらつく青年の体を支え、汚れた人物は躊躇いがちに答える。
「あの体はもう使い物にならない…」
使い物にならない体とはどれのことを指すのだろう、
足もとに散らばる無数の屍に青年の目が泳ぐ。
「じゃあっ…村の皆は?外の世界は!?」
すがるように尋ねる青年に、相手は力なく首を振る。
「今はとにかく……ここから逃げよう」
そう言うと状況が読めないといった表情の青年を抱えあげ、
その部屋を、建物を脱した。
―――1話―――
鋏を動かす音が一定のリズムで響き、
切られた黒髪が床へと散っていく。
鏡の前の少年は徐々に整えられてゆく自分の髪を見て
不機嫌そうに唇を尖らせて文句を垂れた。
「全然短くなってないじゃん、もっとサパァーっとしようよ!サパァーっと!」
後ろで挟みを動かしている金髪の青年は、
困ってますと言いたげな微妙な笑みで返答する。
「あんまり短髪にするとレアンが悲しむよ」
「またそれかよ、何で俺が会ったこともない
もう一つの人格なんかに気を使わなきゃならないんだ?」
「そう言わないで、僕にはアレンもレアンも、
大切な友達なんだから」
それを聞いた少年は尖った唇をやや緩めながらも文句を続ける。
「はいはい、年中同じ格好で飽きないクラムには、俺の気持なんて判りませんよー」
クラムと呼ばれた金髪の青年はわざとらしく渋い顔を作って
これまたわざとらしい呻き声を漏らす。
鋏の手が止まったのを見て少年は椅子から降り、
肩についた髪をてきとうに払い落すと
壁に立て掛けてあった木造の剣を掴み、走り出す。
「とりあえず!デルクと手合せする約束してるからさ!」
元気の良い少年の後ろ姿をクラムは肩をすくめて見送った。
四方を森で覆われた小さな村、20人ばかりの住人の中で、
少年アレンは目立っていた。
一つは黒髪ということ。
村の住人の殆んどが明るい色の髪を、長く伸ばしている。
好奇心の盛りで色々な事に首を突っ込みたがるアレンにとって
長い髪は邪魔でしかなく、定期的に散髪をするのだが、
温和で、大人しい村人たちにはアレンの
髪が邪魔だと思う気持ちは、分からないのかもしれない。
もう一つは2重人格ということ。
アレンは幼い頃から強いショックや衝撃に弱く、
気絶する度にもう一つの人格が顔を覗かせるのだった。
村人たちの穏和な性格のせいか、ここに住む全員が
彼の人格の切り替わりに柔軟に対応してくれている。
奇妙なことかもしれないが、
2重人格と言う体質に疑問を感じているのは当の本人だけなのだ。
ところで、剣の手合わせの約束、というのはウソである。
こののんびりとした村で、わざわざ遊びにアポイントを取る必要などどこにもない。
アレンが行けば、皆いつでも相手をしてくれるのだ。
先程の発言は、いわば外出の口実だった。
アレンは走って森に入りその中で一際大きな木を見据えると、
スピードも落とさずその木を一気に駆け上った。
重力に負けそうになる、すんでのところで両手も使い、器用に登って行く。
別に木登りが趣味というわけではない。
アレンは生まれてこの方、村を出たことが一度もない。
村からどの方向に走っても、深い霧に撒かれて迷ってしまい、
最後はクラムが迎えにくる。
その度にきつく叱られるのだが、
未だ外の世界を諦められないアレンは昨日の夜
木々の上を伝って脱出してはどうかと思い立ったのだ。
せっかくなら空一面に広がる青を見てみたい。
普段は上方さえも木々に阻まれ、
空もとぎれとぎれにしか見たことが無いのだ。
一面に広がる森の一点から、アレンは勢いよく顔を出した。
その景色、スケールのなんと大きなことか、
障害物無しに直接受ける風がこんなにも力強いのかと感動する。
しばらく緑と青の2色に目と耳を、そして心を奪われていた。
どの方角を見ても途切れなく続いていたように感じた森が、ふと、南側だけ途中で途切れているのを見つけた。
「あっちに突っ切ればこの森を抜けられるのか…?」
瞬間、風とは違う空気の音を感じて空を見上げると
車輪のついた謎の飛行物体が青い火を吹きながら飛んでいる。
「何だあれ…!?」
飛行物体に気を取られていると、突然目の前が白く点滅し、
驚きのあまり木から滑り落ちる。
「まったく!何度言ったらわかるんだ!!
森の外へ出るような真似は…!」
フラッシュを炊いたのは今目の前で怒っている声の主、クラムだろう。
落下位置を想定して、地面には大量の藁が用意されていた。
そのおかげで着地の衝撃は和らいだかもしれないが、
沢山の枝に阻まれながら滑り落ちるのはなかなか辛い。
「いたたた、あ、クラムくん」
藁に埋もれながら恥ずかしそうに姿勢を整えるアレンの異変に気づいたクラムは慌てて藁をどけるのを手伝い始める。
「あぁレアン、ごめん、今の言葉は忘れて」
レアン、それがアレンのもう一つの人格の名前だった。
「ううん、またアレンくん脱走しようとしたんでしょ、
思いっきり叩いてアレンくん呼び出してくれていいよ、
私引っこんでますから」
「いや…荒っぽい真似は…」
「だめだよ!悪いことしたんならちゃんと叱らないと!」
そういって頬を膨らめるその表情は、
アレンの物より随分と幼さを感じさせる。
「いや、悪いことっていうかね……
いいよ!どうせ寝ればアレンに戻るわけだし、
せっかくだから今日一日はレアンの好きにしなよ!」
「……好きにって言ってもなぁ…
アレンくん、また髪短く切っちゃったんだね…」
少し不機嫌そうに毛先を指でいじるレアンに、クラムも困ったような表情を作る。
「うん、一応、レアンの要望も伝えておいたんだけどね」
「まぁいいや、お言葉に甘えて、今日の晩御飯は私作るね!
この前ミリアさんに新しいレシピを教えてもらったの、
作ってみたいんだ!」
満面の笑みで言うレアンに、少年アレンらしさはかけらもない。
「へぇ、じゃあ楽しみにしてるよ、必要な物は何かある?」
「大丈夫!でも一応、確認しに先に家に戻ってるね!」
手を振り、クラムから離れてから胸をなでおろすレアン。
クラムの姿が見えなくなったあたりで一つ溜息をつくと
木々に阻まれた空を見上げた。
レアンはもちろん、アレンにも、
人格が入れ替わっている間の記憶は一切ない。
一方が行動している時、もう一方は完全に眠っている状態だ。
同じ体を有していながら、情報も、感情も、全く別々の物が蓄積された、赤の他人だった。
レアンと話している時のクラムは時折辛そうな顔する。
そのことを考えると家への足取りは重くなる。
アレンとクラムが二人で暮らしている小さな家、
いつからこの村で、そういう生活をしていたのか、
物心ついた時から2重人格だったのはレアンも同じだが、
レアンは漠然と、自分こそが場違いな存在なのだと思っている。
「やっぱり、見た目は男!心は女!なんていうのより
純粋に男の子同士の方が気兼ねなく話せるのかな…」
レアンはその口調、その行動の通り、女の子だった。
村人たちと同じように髪を伸ばし、
こんな機能性だけで造られた服ではなく、
もっとふんわりとした可愛い服が着たいなんて考え程度には…
しかしこんな髪型では似合わないだろう。
家に着き、鏡を見て、レアンは肩を落とした。
―――――――
暗く、小さい機械音の立ち込める部屋で何かが動く
「やりました!シフィル様!見つけましたよ!」
声の主は人ではない。丸いフォルムの胴体に一つ目玉。
細かい作業は出来なさそうな大きな手が二本。
足はキャタピラー、背中にはジェットを背負ったロボットだ。
一方シフィルと呼ばれた人間は、周囲に色彩がないせいか
肌の色素は薄く、目にも生気がない。
「そうか…RB-20、ケシャを呼んで来い、
明日にでも回収に向かう」
椅子に座り、ゆっくりと足を組み直しながら命じると、
大きな目玉ロボットは機械音を立てながら暗闇に消えていった。




