17歳の誕生日
初めて出逢ったのは、中学の入学式。
席順が紺野 誠司《おれ》と古山 悠也《あいつ》で前後だったのがきっかけで。
だけども、それが一生を変えるものだと俺もあいつも分かった。
その日は俺の17歳の誕生日の一週間前の事だった。
夏の日らしく蝉の声が五月蝿い午後。
からりとした真っ青の空を良く覚えている。
「来週の14日はお前の誕生日だろ?今年はどこに遊びに行く?」
「・・・中学の時から誕生日は毎回お前と一緒にいるな」
「なんだよ不満なのか。彼女もいないくせに」
「うるせぇ。お前だって高校入ってから彼女の一人もつくってねぇじゃねぇか」
「いいのー俺は。・・・つーかお前といる方が楽しいし?」
「ふーん。枯れてんな」
「うるさい!青春を味わってるんだよ青春を!!」
「うわっ似合わねぇ」
188cmと長身の俺とあまり変わらない身長の悠也の頭を小突いて。
「じゃあとりあえず駅前のこの店で待ち合わせな」っと新しく出来たらしいカフェの、
地図を少し大きな付箋に書かれたものを渡された。
その頃には純粋に友情かどうか分からない感情をお互いに持て余し、危うい均等の上で燻らせていた。
もちろん悠也の他に友達もいたし、むこうも同じだった。
ただコイツだけは友達や・・・それこそ恋人なんていう名前だけの存在じゃなくて。
常に傍にいるのが当たり前で、いつも一緒にいるのが日常だと思っていた。
そしてそれはこれからも変わらないことだと信じていた。
悠也が消えたのはそんな話をした翌日だった。
はじめはただの風邪かと思って携帯に連絡してみても繋がらない。
心配になって家に行ってみれば、俺と別れてから家にも帰ってきていないという。
3日目には捜索願が出されて、学校側も悠也の消息を探し出した。
もちろん最後に会っていた俺は警察にも学校にも呼び出され話を聞かれたが、
逆に俺自身が悠也の居場所を教えてほしかった。
5日目には本格的に誘拐などの線が上がって、悠也の両親も悲しみに暮れていて。
なのに、6日目の朝。
古山 悠也という人間は俺以外の記憶からなくなっていた。
学校のやつらも、警察も、悠也の両親も。
最初から存在しなかったように、跡形もなく、誰も覚えていなかった。
俺の前の席、あいつがいつも座っていた席がなくなっていて。
出した筈の捜索願は、誰も受理しておらず。
悠也の家ははじめから息子なんていないと、告げられた。
しまいにはクラス写真にいたはずの、女子に人気だったイケメンな顔で笑っていた
あいつの面影も消しゴムで消されたようにぽっかりといなくなっていた。
俺の携帯に入っていた筈の電話番号も、アドレスもなくなっていて。
あの日貰った付箋も、メモは消えていてただの真っ白い付箋になっていた。
俺は気が狂ったかのように喚き、周囲に訴えた。
実際に周囲からみれば気が狂ったのだと思われていただろう。
なぜなら俺しか覚えていないのだ、古山悠也という人間がいた事を。
誰も知らない人間を捜す俺は、腫れ物を触るかのような態度をとられた。
それこそ途中で悠也という存在は俺の妄想や勘違いかとも思った。
でも、
あいつの男からみてもイケメンだと思う顔や、
意外とさらさらとして触り心地の良い髪や、
スラリとほどよく筋肉が付いた姿や、
俺の、17歳の誕生日を祝ってやると豪語した時の、
ニッと笑った顔が、
脳裏に焼き付いた最後に笑った顔が間違いじゃなく本物だと俺に訴えてきて。
周りからどんな目で見られようが、悠也を探す事をやめられなかった。
だが、無情にも時が流れるだけで悠也は見つからず手がかりもなかった。
1年目は喚き発狂し、2年目は記憶の中にいるお前を渇望し、3年目でどこか諦めが生まれている自分に絶望をした。
あれから3年。
気持ちだけがあの夏の、17歳のままで。
なのに今年で俺は20歳になる。
なぁ、悠也。
俺もう大学生だぜ?お前と言っていた、T大学に入学したんだよ。
ここならお前が行きたい学部と俺が行きたい学部両方があるから絶対にここにしよう。って、お前が言い出したんだろ。
お前の方が頭が良かったし俺に教えてくれた勉強法で受験したんだよ。
あの時貰ったノートも、教科書の書き込みも全部消えちまっていたけれど。
どうすれば面倒くさい公式を覚えられるか、ヤマをはるコツだとか、
俺に教えてくれた時間は、俺が覚えていたから。
あの時のカフェで勉強したんだよ。
もしかしたら、お前が来るかもしれないから。
「ごめんな、遅れて」なんて。
ひょっこり現れるんじゃねぇかって少しの希望をもっていたんだよ。
週に何回も行くから、すっかりマスターとは顔見知りになったけど。
7月14日・・・俺の誕生日には無理言って、朝から閉店まで待たせてもらって。
1年に1回。
俺しか知らないお前との待ち合わせをどうしても実現したくて。
17歳のあの日、結局ゴタゴタしてて忘れていた誕生日。
意外に楽しみにしてたんだぞ。
俺だけじゃなくて、お前にもあげられてない誕生日のプレゼントを持参して。
なぁいい加減に戻ってこいよ。
プレゼントは今年で3つになった。
3つ目のプレゼントを開けながら、二人で酒でも飲んでまた冗談まじりに騒ごうぜ。
俺が20歳になった翌日。
車道に飛びだして脚がすくんで動けない少女を突き飛ばした瞬間。
目の前に迫るトラックを見ながら最後に聞こえたのは、
ずっと聞きたかったお前の声だった。