学園編・4
「でもさ、やっぱり無謀だと思うんだけど……」
由綺達三人は、公園からそのまま朔の家へと向かっていた。
二人の好意を素直に受け取りはしたものの、やはり由綺の不安は消えなかった。どう考えたって、組織の人達ですら敵わない神様に、どうやって近づいて『一発ガツンとお見舞い』できるというのだろうか。
「今さら何言ってるんだよ、由綺! とにかくやれることはやろうぜ!」
「僕達もこのまま由綺を放ってはおけないし」
嬉しい言葉なのだけれども、どこかやるせない。由綺はとりあえず、二人の後をついて行く。
辺りを見回すと、すっかり住宅街に辿り着いていた。と言っても、ボロ家のアパートが立ち並ぶどんよりしたムードではあるのだが。道行く人々も、若干荒っぽいオーラを醸し出している。由綺はその雰囲気に呑まれて、ごくりと喉を鳴らした。
「……ここに朔の家があるの?」
「ん? っていうか、姉ちゃんの家。一人暮らしなんだ」
「由綺は育ち良さそうだもんな。こういう場所、初めてか?」
他人から聞けば奈津雄の言葉は嫌味に聞こえるかもしれないが、由綺はそうは思わない。素直に自分の思ったことを言っているだけなのだ、奈津雄は。それに彼の言うことは当たっていた。そこそこ裕福な家庭で育ったことは事実である。だから由綺は特に気分を害することなく、まあね――と、しかし小さい声で返事をした。
「大丈夫だよ、由綺。こんなとこでも、結構いい人多いんだからさ」
朔が振り向いて笑顔を向ける。もちろん由綺も、それを否定するつもりはない。ただやはり初めての場所だから圧倒されてしまうのは仕方がない。
すると朔は、あそこだぜ――と一軒のアパートを指差した。やはりボロい。
朔を先頭に、三人は今にも崩れそうな階段をギシギシいわせながら二階に登り、一番手前の扉の前で立ち止まる。名札には可愛らしい丸い文字で『ミナ』と書かれていた。
どうやらそれが、朔の姉の名前らしい。
「姉ちゃん! 俺、朔だけど! いる!?」
ドンドンと荒々しく戸を叩きながら、大声で呼び掛ける。
しかし反応が返ってこなかった。
「平日の昼間だし、出掛けてるんじゃないの?」
由綺がそう言うと、いや、いる!――と、朔はやけに自信たっぷり言い切った。そして思いきり息を吸い込んで、
「ああ! 道端にすっげーイケメンがいるっ!」
と叫び出す。その瞬間、ドタドタと扉の向こうから音がして、
「どこどこどこどこ!?」
何やら薄着の女性が、扉を開けて飛び出してきた。
耳や口やヘソにピアスをしている褐色の女性だった。腹出しミニスカの姿を見て、寒そうな格好だなと由綺は思う。
「やっぱいたな、姉ちゃん」
「……騙したわね、朔」
頭の後ろに手を組んで得意気な顔をする朔を、ミナはジロリと睨み付ける。
「何か……面白い人だね」
「いつものことだな」
由綺の言葉に、奈津雄はさらりと答えた。
「あ、奈津雄も来てたんだ。久し振り~って……」
ミナは奈津雄に向き直りニコッと笑顔を見せたのだが、由綺に視線を移した途端、その目を点にする。
何事かとびくびくしていると、
「な、何、この超絶美少年!? あんた達の友達!? 名前は何、何なの!?」
物凄い勢いで由綺の手を掴み取るミナ。
さすがは朔のお姉さん――由綺は一歩後ずさる。
「ちょっと姉ちゃん、離れろよ! 由綺は俺のなんだから!」
「へえ、由綺っていうの……って何、あんた達、そういう関係!?」
「いえ、ただの友人です」
由綺はキッパリハッキリ否定した。
撃沈する朔に、何故か少し残念そうなミナ。
「……でさあ、ミナ姉。僕達、遊びに来たわけじゃないんだよね」
奈津雄が髪をぽりぽり掻きながらそう言うと、
「へ?」
ミナはすっとぼけた声を上げたのだった。
「ここが竜の兄貴の家かあ……」
朔が小さな廃墟を見上げながら呟いた。
『竜の兄貴』というのは、ミナの彼氏の名前である。彼女曰く『元』ではあるのだが。
ミナに竜の話をしたところ、すでに二人は別れてしまったそうである。しかも強制的にミナから振ったらしく、彼女はもう二度と会いたくないと言い切った。
朔は、とにかく竜の家だけでも教えてほしいと懇願し、何とか聞き出しはしたものの、ミナには竜に会いに行くことを止められた。別れ方が別れ方なので、竜が逆恨みで朔に危害を及ぼすかもしれないという心配があったからだ。朔は竜と何度か会ったことがあり、気が合う仲だから大丈夫だと、ミナの忠告を全く聞こうとしなかった。由綺も危険だと思い彼女に賛同したのだが、奈津雄が朔に加勢したおかげで、竜の家へと向かうことになってしまった。
「……ったくもう、昔っからあんた達はアタシの言うことを聞かないんだから……」
朔の隣で、ミナが何やらぶつぶつ独り言を漏らしている。結局、心配して彼女もついてきたのだ。
「だいたい何の用があんのよ、あいつに」
「それはどうせ竜の兄貴に話すって」
朔の答えに、由綺は初めてその事実を知る。まあ確かに、理由を言わずに神様の居所を教えてもらうというのも無理な話だろう。
「竜の兄貴ー! 俺だよ、朔だよー!」
ドンドンと黒ずんだ扉を思いきり叩く朔。
「……仮にも組織の拠点だろ。あんな軽くていいのか?」
「別に平気よ」
奈津雄は呆れてミナに問うが、彼女は腰に手を当て平然とそう告げる。
するとガチャリと扉が開け放たれ、がっしりとした体格の男が姿を現す。その表情は、どこか気まずそうだった。
朔はその男を見て、竜の兄貴!――と嬉しそうに名前を呼んだ。
「よ、よう朔……ってミナ!?」
竜という男は、ミナの姿を確認すると一気に慌てふためき出した。その男の表情は何だか嬉しそうだと由綺は感じる。
「勘違いしないでよ。あんたに用があるのは、うちの弟だから」
えっ――と言って、竜は戸惑いながら朔を見る。
「逆恨みで朔達に何かしたらタダじゃおかないからね! 昨日の征哉の言葉も忘れないでよ! あんた、あっという間に地獄行きよ!」
「な、俺だってんなことしねえよ!」
二人に一体どんなことが起きたのかは知らないが、情けない声を出す竜に、由綺は少し同情してしまった。
「とにかく、中に入れてよ! 竜の兄貴!」
朔はそんな二人のやり取りに全く取り合わず、無理矢理竜の背中を押して中へと誘導する。わかったわかった――と竜は毒気を抜かれたように由綺達四人を中へと迎え入れる。
とても組織のリーダーとは思えない――由綺は呆気に取られながらも〈チーム・RYU〉の拠点へと足を踏み入れた。
中は想像通りの廃墟らしい内装だった。壁は黒ずんだシミだらけである。
そしてかなり荒れ果てていた。辛うじて歩く道は確保されているのだが、ゴミなのか何なのか判断がつかないくらい物が溢れている。
「相っ変わらず、汚いわねー」
ミナがうんざりしながら部屋を見渡す。
「うるせー。男所帯なんだから仕方ねえだろうが」
「他の皆は?」
朔が問うと、仕事だ――と竜は無愛想にそう答えた。
「とりあえず、ここならマシだろ。座れよ」
案内されたのはリビングのようで、確かに他に比べてマシではあった。大きなテーブルが一つと、椅子が八つ並べられている。
「お茶なんかいらないわよ。どーせ汚いコップなんだから」
「出さねえよ」
かなりギスギスした雰囲気の二人に、由綺は何だか落ち着かない。とにかく五人は適当な席へと腰掛けた。
「で、何だよ話って」
テーブルに肘を乗せて頬杖をつき、竜は視線を空中に彷徨わせる。真面目に聞く気がないようだった。しかし朔は気にすることなく、
「神様の居場所を教えてよ」
直球で投げ放つ。そんな切り出し方でいいのだろうか――由綺が不安に思っていると案の定、竜とミナは開いた口が塞がらないといった様子で凝視してきた。
「……何言ってんだ、お前」
「そ、そうよ! そんなの聞いてどうするつもり!?」
呆れる竜とは対照的に、ミナは憤怒した様子で大声を出す。
「いくら何でも直球すぎるだろ、朔」
奈津雄がフォローするように朔を手で制し、竜とミナを真っ直ぐに見つめる。
「僕達、神様に一発ガツンとお見舞いしたいんだ」
「それも十分、直球だよ!?」
由綺が慌てて突っ込んだ。
ミナがふるふると両手を震わせている。
「……あのなー、お前ら。理由を言えよ、理由を」
竜の言葉に、朔が由綺にチラリと視線を寄越してきた。
話していいか――そう言いたいのだろう、由綺は力強く頷いた。朔もそれに頷き返し、竜に向き直る。
「俺――由綺と結婚しようと思うんだ」
「何の話!?」
由綺はまたもや慌てて突っ込んだ。
真顔で何を口走ってるんだこいつは――ついつい心の中で毒づく由綺。
「お前の弟も相当キテるな」
「アタシは由綺くんなら大歓迎だけどね」
この弟にしてこの姉ありか――由綺はテーブルに突っ伏した。
「えーっと……まあそんな先の話は後にして――」
「先も何も一生有り得ないから!」
「由綺、お前突っ込みのスキルが格段に上がってきたな」
奈津雄の言葉に、由綺はまたもやテーブルに突っ伏す。
「とにかく、竜の兄貴! この薄幸の美少年の辛く悲しい出来事を聞いてくれ!」
勢いよく立ち上がり、朔はまるで演説するように語り始めたのだった。
数分後。
長いようで短い朔の演説が終わり、すっかり聞き入っていた竜とミナは、お互い涙を流して泣き合っていた。ちなみに語り手だった朔も泣いている。
「ゆ、由綺くん……なんて、なんて可哀想な子なの……!」
「全くだぜ……! 極悪だ極悪だとは思っていたが、神の野郎がここまで極悪だとは……!」
「そうだろそうだろ、二人とも……! 本当にひどい奴なんだよ、神様は……!」
同情してくれるのは嬉しいのだが、由綺は彼らの感情の入りっぷりについていけない。奈津雄もさすがに呆れていた。
すると竜は、腕でぐいっと涙を拭いて、
「でもな、安心しろ! 近々、俺達組織は〈神の城〉に殴り込むことになってんだ!」
と、力強く声を張った。
「〈神の城〉って、神様の居所のこと?」
奈津雄が片眉を上げて竜に聞くと、そうだ!――と、何故か得意気に彼は返事をする。
『へえええ~』
それを聞いた朔と奈津雄はお互い、にんまりと微笑んだ。
これは何か嫌な予感がする――由綺は即座にそう思う。
「よっしゃ! 俺達、竜の兄貴の組織の一員になるぜ!」
「そうだな」
「二人とも、何言って……!」
由綺の予想通り、やはり二人は突拍子もないことを言い出した。そんなの危険に決まっている。自分のために、二人を危険なことに巻き込みたくはなかった。まあ今さら感は否めないのだが。
竜もそれを聞いて、急に困惑し始める。
「いや、さすがにそれは……お前らガキだし」
しかしそんな彼に、意外な人物が喝を入れた。
「竜! あんた今の話聞いたんでしょ!? 連れて行きなさいよ! それでも男なの!?」
ミナだった。
『ええ!?』
由綺と竜が驚いてミナに振り返る。
「それに、朔達はもう立派な男よ! 友情のために覚悟を決めた男達を、あんたは止めるっていうのね!?」
ミナの迫力に、竜はただ怯むばかり。
由綺もそう言われてしまっては、反対などできるはずもない。
「ってことで、よろしくな! 竜のあ・に・き!」
「迷惑は掛けないから、安心してよ」
朔と奈津雄はとても爽やかとは言えない腹黒い笑みを竜に向ける。竜は助けを求める子犬のような眼差しで由綺を見るが、
「……よろしくお願いします」
と、由綺も観念したように竜に一礼した。
「ええええ~!?」
沈痛な叫びを上げて、彼はがくりと肩を落とすのだった。




