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組織編・3

 〈チーム・SEIYA〉の居住地にて、蒼生達は竜を取り囲むようにソファへと腰を下ろしていた。征哉は竜の真正面に座っており、壮一と美影の姿もこの場にあった。

「そ、それで何の話だってんだよ……」

 竜はすっかり畏縮しながら、征哉の顔色を窺っている。

 乱闘騒ぎの後、依頼人のミナはさっさと帰り、蒼生にやられた竜の組員は病院へと向かって行った。

 そして竜一人だけ、征哉の要望――いや、命令でここに連れて来られたのだった。

 一体、彼に何の用なのか、蒼生も知らない。恐らく、にこにこ笑顔の壮一だけは知っているのだろう。美影はつまらなそうに足をぷらぷら振っている。

「単刀直入に言う。オレ達に協力しろ」

 足を組みながら、偉そうに竜を見下ろす征哉。

「何ですか、協力って」

 その言葉に竜ではなく、蒼生が反応した。自分も知らない話を竜にするのが面白くない蒼生は、憮然とした表情で征哉を見る。

 ヤキモチ焼きだな蒼生君――蒼生の心境を読み取ったかのように、壮一が楽しそうに呟いた。すぐさま彼を睨み付けると、壮一はわざとらしく肩を竦めてみせる。

「何だ、蒼生。そんなにオレに構ってほしいのか?」

「征哉さまは人気者だもんね!」

 征哉と美影もノッてくる。蒼生の額に青筋が浮かぶ。

「ちがーうっ! 自分に先に事情を説明しなかったことを怒ってるだけです!」

「だからそれをヤキモチって言うんだよ、蒼生君」

「ボクもわかんないし、大丈夫だよ蒼生くん!」

 この人達といると疲れる――蒼生は脱力した。

「お、おい! 協力って何なんだよ!」

 存在を忘れ去られていた竜が、困惑しながら征哉に詰め寄ると、ああ、そうだった――と彼がクックッと笑いながら竜に向き直る。そして蒼生と竜を交互に見つめ、

「〈神の城〉に乗り込む」

 妙に妖艶な笑みで言い放った。

『ええ!?』

 その言葉に蒼生と竜、そして美影も目を見開いて驚く。

 〈神の城〉とは、その名の通り独裁者として君臨する神の居住地のことである。精鋭部隊によって守られており、今まで誰一人として近付くことができないでいた。

「征哉さま、それ本当?」

 美影が不安そうな面持ちで問い掛ける。美影は神様を嫌っている。それだけは蒼生も知っていた。

「本当だ」

 征哉は簡潔に答える。

 一体どういう風の吹き回しなのか。この七年、神様への対抗手段を碌に考えている様子を見せなかった彼が、何故今になって動き出そうとしているのか。

「そんなこと言って、勝算はあるんですか?」

 当然の疑問だ。竜もそうだそうだ――と、蒼生に便乗する。

「なけりゃこんなこと言うわけないだろ。馬鹿かお前ら」

 思いきり軽蔑した眼差しを向けられ、二人は押し黙る。

「実はね、もうだいたいの組織には話がついているんだよ」

 そんな蒼生達を見兼ねてか、壮一が割って入ってきた。

 何ということだ。自分の知らない間にそんなに話が進んでいたとは――

「そんなこと一っ言も聞いてないですよ、自分」

「今、教えただろ」

 涼しい顔で答える征哉。

 一発殴りたい――蒼生は心の底から思うが、返り討ちに遭うのが関の山。その想いを心にそっと閉じ込める。

「だいたいそれなら、こんな弱小チームに声を掛けなくたって」

 ジロリと竜を睨み付ける。半ば八つ当たりである。

「あんだと、てめえ!?」

 大人しくしていた竜だったが、蒼生の言葉に対してだけは、勢いよく立ち上がってガンを飛ばしてくる。それに蒼生も負けじと睨み返す。

「まあまあ落ち着きたまえよ、二人とも」

 壮一の言葉にも、二人は耳を傾けない。まさに一触即発。美影もハラハラとその様子を見守っていたその時。

 勢いよく地面が鳴り響く。

 驚いた蒼生達は、その音のするほうへ向き直ると、

「てめえら、いい加減にしろよ」

 征哉のタカのような視線が、蒼生と竜を捉えていた。

 どうやら組んでいた足を外し、地面に勢いよく叩きつけたらしい。

「そんなに溜まってんなら、オレが相手してやるよ」

 殺気立ったその言葉に竜は、じょ、冗談じゃねえや――と、びくつきながらソファに座り直し、蒼生も無言でソファに座った。

 昔一度だけ、蒼生は征哉と本気で喧嘩をしたことがあった。正直怖かったし、死ぬかもしれないと思った。というより死にかけた。壮一が仲介に入らなければ、恐らく死んでいたに違いないと蒼生は思う。だからそれ以降、征哉と喧嘩しようとは思わなかった。というかしたくない。本気で。

「征哉君も、そんなに怒らないで。秘密にしてたことは確かに悪かったと思うしね」

 壮一の言葉に彼は軽く溜息を吐き、

「まあ壮一さんが言うならな」

 と殺気を収める。

 壮一の言うことは割と素直に聞くのだ、征哉は。それはつまり、彼をかなり認めているということに他ならない。蒼生は彼のその態度が、何となく腑に落ちないのだが。

「あまり表だって交渉したくなかったんだよ。だから今のところ、他の組織にもリーダーと数名の者にしか話は伝わっていないはずだよ。直前まで秘密にしておきたくてね」

「神様に情報漏洩することを危惧して……ですか?」

 蒼生の言葉に壮一は、その通り――とにこやかに返した。

「でもそろそろと思って、蒼生君や美影君にも同席してもらったんだよ」

 成程と、とりあえず蒼生は納得しておいた。

「で、どうなんだ竜? 協力するのかしないのか」

 征哉の威圧的な態度に竜は顔を背け、

「何でうちみたいな弱小チームにまで声掛けたんだよ」

 と拗ねたように蒼生を睨み付けた。それに応えるように蒼生もまた睨み返す。

 征哉はその様子を見て、面白そうにクックッと笑う。

「おいおい、そんなに僻むなよ。オレは結構、お前を気に入ってるんだぜ?」

「ケッ、反吐が出るな」

「嫌われたもんだな、おい」

 尚も征哉は面白そうに言う。

「今回の作戦は、オレ達組織の一世一代の祭りみたいなもんだ。お前んとこにも協力してもらわないと不完全なもんになっちまうだろうがよ」

 神様に反乱するのだから命懸けの作戦である。それを祭りと称する彼は、やはり奇天烈だと蒼生は思う。

「それにしたって征哉さん。一体どんな作戦を講じてるわけですか」

 いろいろ言ったところで、結局はその作戦次第だろう。それを聞かない限り、蒼生自身も心から賛成できない。

「征哉君の力のことは知っているよね?」

 壮一が代弁してきた。

 もちろん知っている。その力で征哉に助けられたのだから。竜も、おう――と言って頷いて見せた。

 恐らく、組織に属する者で彼の力を知らない者は皆無だろう。だからこそ、四人という少数チームにも関わらず〈チーム・SEIYA〉を馬鹿にする者はいない。蒼生も結構、腕が立つと巷では有名だったりするので、それも高じているのだが、征哉の影に隠れてしまってあまり目立つことはない。

 壮一はそこで、こほんと一つ咳払いをし、

「……実はその力、他人にも与えることが可能らしいんだ」

 ね、征哉君――と壮一は同意を求める。まあな、と事も無げに相槌を打つ征哉。

『ええ!?』

 もう幾度目の驚きだろうか。蒼生と竜の声が再び重なる。

「征哉さま、それって――」

「ただ精鋭部隊と同等の力を持つってだけの意味だ」

 美影は何を思ったのか、そっか――と言ってまた足をぷらぷらさせた。

 精鋭部隊と同等の力。それはつまり、人間離れした体力と筋力を手にすることができるということだ。

「す、すげえじゃねえか! それなら精鋭部隊なんて目じゃねえぜ!」

 竜が濁った目を輝かせて、身を乗り出してきた。

「一体いつそんなことできるようになったんですか!?」

「二週間前?」

 何故疑問形なんだ――蒼生は疑いの眼差しを向ける。

 それにしたって二週間前というのもよくわからない。というか征哉の力自体、謎が多すぎて一つも理解できない。

「とにかくそういうことだと納得しとけばいいんだよ、蒼生君。私も最初聞かされた時は驚いたしね」

 小声で壮一が言ってくる。

 ということは、壮一もよくわかっていないのだろうか。七年、同じ屋根の下で暮らしてきたというのに、この征哉という男を全く理解できない。蒼生は、「はあ」と曖昧に返事をした。

「よっし! それなら協力してやろうじゃねえか! で、いつその力をくれるんだよ!」

 すっかりやる気になった竜は、興奮した様子でソファから腰を上げる。

「それは〈神の城〉に乗り込む直前にくれてやる。後の細かいことは、もう少し時間を置いてからだ」

 征哉は再び足を組み、悠然と答えた。

 しかし蒼生は一つだけ納得することができた。

「誰でも強くなれるから、弱小〈チーム・RYU〉に協力を仰いだわけですね」

「てめえ、喧嘩売ってんのか!?」

 またも蒼生と竜が睨み合いを始める。

「……若いっていいねえ、征哉君」

「オレも若いんだが」

「蒼生くんは、ちょっと年寄り臭いけどね!」

 美影の言葉に征哉は吹き出し、盛大に笑い出す。壮一も口を押さえて笑いを堪えている。

「誰が年寄り臭いんだっ!?」

「ご、ごめんなさ~い……」

 蒼生の鬼の形相に、美影は征哉の腕に掴まって恐る恐る謝った。

「お前、相当溜まってるだろ。一回、竜とヤッてこい」

『何を!?』

 ニヤリと笑う征哉の言葉に、またもや蒼生と竜の声が重なったのだった。

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