学園編・3
「それって……どういう意味?」
由綺の告白に、朔が唖然としながら言葉を発する。
由綺は目を背けずに、そのままの意味だよ――と言った。
「何だよそれ。じゃあ僕達が見ていた由綺は幻だったとでも言うのか?」
奈津雄が苛立たしそうに詰め寄ってくる。
「違うよ。……ある意味、クラスの皆が見かけたおれは、幻みたいなものだけど」
二人はその言葉に顔を見合わせる。
「ちょ、ちょーっと待った由綺! 俺、全然理解できないんだけど」
「そうだぞ。朔はアホだからともかく、僕にも理解不能だよ、そんなの」
朔が何やら言いたげな目で奈津雄を見るが、由綺はそんな二人のやり取りについ笑ってしまった。
「ごめん、二人とも。ちゃんと説明するよ。……というか、学校行かなくて大丈夫?」
もう授業はとっくに始まっているはずだ。
しかし朔は、ウィンクしながら親指を立ててオーケーサインを出す。奈津雄も、
「いつもサボッてるし」
と、平然と言ってのけた。さすがは学園の問題児だと苦笑する。
「とりあえず立ち話も何だし、ブランコにでも座ろうぜ!」
「ブランコかよ」
朔の提案に奈津雄が突っ込みながらも、三人はブランコに腰を下ろす。話の主役、由綺を間に挟んで。
全員座ったのを確認した奈津雄は、で?――と由綺に説明を促す。
由綺はゆっくりと口を開いた。
「……おれ、神様に嫌われてるんだ」
『神様あ?』
予想外の言葉だったのか、二人は口を揃えてポカンとする。
「クラスの皆が見かけたのはね、天使なんだよ」
「天使って、世界のそこら中でうようよしてるとかいう……?」
驚く奈津雄に、うん――と頷き返す。
「おれは小さい頃から、天使が見える体質だったんだ」
そう。普通の人には見えないそれが、由綺には見えていた。現に今だって、視界に天使が入ってくる。
「じゃあ、由綺は天使ってこと!? だからそんな美貌を持って……!」
「話の腰を折るな、アホ」
朔は不満気な顔をしながらも口をつぐむ。
「おれは天使じゃないよ。ただ天使が見えるだけの普通の家庭に生まれた一般人。でも、おれの姿をした天使は、いつの間にかおれの前に現れるようになった。そして――おれの周りに不幸をもたらす」
過去を思い出しながら、地面を見つめた。
「……つまり、その天使が今までの事件を起こしていたと?」
そうだよ――そう言って、奈津雄の言葉に頷いた。
「ちなみに質問なんだけどさっ、天使って皆、由綺みたいに美人なのっ?」
「どこに食いついてんだお前は」
こんな話をしていてもいつも通りな様子の二人に、由綺は呆れながらも可笑しくなってしまう。
「いや、他は発光体……って言えばいいのかな? いろんな色をしていてね、白い羽がついてるんだ」
ジャングルジムにも、一匹。黄色い光を放った天使がとまっている。
朔は感心しながら、へえ~と相槌を打つ。
「それよりも、なんで由綺の姿をした天使がそんなことするんだ? というか何で由綺の姿をしてるのかも謎だな。しかも僕達にも見えてるし」
奈津雄は納得がいかないといった様子で腕を組む。
「それは……おれにもわからないんだけど」
「え!? わかんないの!?」
朔の驚きに、由綺は曖昧に笑った。
それは由綺も知りたいところだった。何も思い当たる理由がないのだ。由綺が生まれて間もない頃は、神様に気ままに会うことができたらしいが、由綺は今まで一度も会ったことがない。しかも独裁者となってからの神様に会うことができるのは、精鋭部隊の人達くらいである。
「とりあえず『神様に嫌われてる』と判断したわけだ」
奈津雄の言う通りだった。それも、かなり嫌われているのだろうと由綺は思う。天使の所業がとにかく悪質なのだ。由綺本人ではなく、その周りに危害を及ぼす。しかも由綺の姿をした天使は、何故か全ての人間に見えてしまう。
「前の学園でも今みたいなことになっちゃってさ。両親にもいろいろ不幸が起きて、これ以上は家にいられないと思ったんだ。だから、寮がある天宿学園に転校した。そしたら天使も追ってこないかもなんて、甘い期待をしてたんだけど」
駄目だったね――今にも泣きそうなのをぐっと堪え、笑ってみせる。
その時、急に朔が立ち漕ぎを始め、勢いをつけて前方へと飛び降りる。見事なジャンプだった。朔は由綺が羨むくらい運動神経がいいのだ。
彼は無言のまま由綺と奈津雄を振り返る。
両の拳を震わせながら握りしめていた。
「なんて……」
由綺と奈津雄が注目する中、朔は顔を空へと向けて、
「なんて極悪非道の神様なんだー!!」
突然、絶叫し始めた。
「さ、朔! 神様の悪口は……!」
世界を天使によって監視されている現状では、神様の悪口を言うことはタブーとされていた。とはいえ、それで制裁を加えられたという話は聞いたことがないのだが、それでも由綺には天使が見えているから気が気でない。慌てて朔に取りすがる。
「由綺!」
そんな由綺の肩を、朔は勢いよくガシッと掴む。
「俺達に任せろ!」
「…………………………へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
それを見た奈津雄もブランコから立ち上がる。
「神様に一発ガツンとお見舞いしてやれば済む話だしな」
「ええ!? 奈津雄まで何言って……!」
「ふっ、由綺。何の手だてもなしに俺が神様へ喧嘩を売るとでも?」
黒縁眼鏡に手を当てて知的さをアピールしながら、朔は得意気に言う。
いや、彼なら有り得る。由綺は思った。
「安心しろ、由綺。僕もついてる。問題はない」
「どういう意味だ!?」
「で、でも一体どうする気なのっ?」
朔の突っ込みは置いといて、由綺は戸惑いながら問い掛ける。
まだ十五歳の学生である自分達に、一体何ができるというのか。心に不安を募らせる。
すると朔がニヤッと笑った。
「俺、姉ちゃんがいるんだけどさ」
いきなり脈絡なく言われたので、再び戸惑ってしまう。まあ確かに、朔は弟っぽい気質に見えるなと思った。
「実は姉ちゃんの彼氏が、神様対抗組織のチームリーダーをやってんだ」
続いて発された言葉に驚いて絶句する。組織といえばかなりガラの悪い連中ばかりだと噂では聞いている。人殺しはよくある話で、麻薬にも手を出しているらしい。見たことも会ったこともないのだが、由綺は朔のお姉さんが何となく心配になってしまった。
「でもまあ、最後に姉ちゃんに会ったのは三ヶ月まえだからなー。まだ付き合ってるかは謎だけど」
「でも結構、長いんだろ?」
奈津雄が口を挟んでくる。
朔は腕を組んで、三年くらいかな――と独り言のように呟いた。
「奈津雄は朔のお姉さんに会ったことあるの?」
由綺は素朴な疑問を口にする。
「まあな。朔とは幼馴染だし」
それは知らなかった――今になってようやく、奈津雄が前に言った『不本意』という言葉の意味を理解する。
「でさ! とりあえず、その人のとこ行って神様に会う方法を聞いてこようぜ!」
「聞いてどうするの?」
「乗り込むんだろ」
奈津雄に当たり前のように返される。
それは……手だてがないも同然なんじゃ――しかし由綺は口にしない。
この二人は一度立ち上がったら止められない。それをこの二週間でよく理解していたからだ。
でも一つだけ、由綺はどうしても二人に聞いておきたいことがあった。
「どうして二人は、そんなにおれに協力してくれるの?」
まだ出会ってからたったの二週間。しかも相手は神様だ。危険なことは二人だって重々承知のはずである。いや、神様の恐ろしさをまだ理解できていないのかもしれない。
二人はポカンと由綺を見つめていたが、すぐにニッと笑みを見せた。
「だって俺達」
「親友だろ?」
驚いて二人を見上げる。
親友――その言葉は、由綺の冷えた心を一気に温かくしてくれた。
「あ、でも。俺はその内、由綺の恋人に昇格するからな!」
「言ってろ、アホ」
相変わらずの二人を眺めて、由綺は目頭を熱くさせながら微笑んだ。
「――ありがとう」
その笑顔に朔と、この時ばかりは奈津雄も照れたようにはにかんだのだった。




