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儚き命

 時は少々、遡り。

 征哉の号令によって、大勢の男達が〈神の城〉へと突入して行くのを眺めた後、蒼生は精神を統一しながら時を待っていた。

 〈チーム・SEIYA〉と、指揮官である壮一のサポートをする数名の男達が、ここで待機している。連絡は無線機で行うため、それぞれの組織のリーダーに一つずつ手渡されているのだ。

「……どうやら無事、〈神の城〉の中へ突入できたみたいだよ」

 無線機での通信を終え、壮一が蒼生達を振り返る。

 それはつまり、門番である精鋭部隊を倒したということだ。

 本当に力を得たということか――蒼生は感心して征哉を仰ぎ見る。

 彼は〈神の城〉をただじっと、真っ直ぐに見つめていた。いや、睨み付けていると言ったほうが正しいかもしれない。

『多分、何か神様と関係があると思うんだよね――』一昨日の美影の言葉が脳裏に過ぎる。それは蒼生も同じ思いだった。神様と少なからず因縁はあるのだろうと。でなければ、彼の力のことも説明できない。

「あ、そういえば」

 不意に壮一が声を上げた。

「学生服を着た少年が三人ほど混じっていたんだけど、あれは誰だったのかな?」

 わざとらしく人差し指を顎に当て、何故か征哉にそう告げる。

 組織に入っている者で、まともに学校に通っている人間なんてまずいない。

「本当ですか?」

 蒼生が訝しげに壮一に問うと、彼はうん、と頷いて、

「あの制服は確か……蒼生君が昔、通っていた学園のだと思うよ」

 にこやかな笑みで返される。その意外な言葉に蒼生は面食らってしまった。

 〈天宿学園〉とは、蒼生が七年前まで通っていた学園だ。征哉に組織に誘われ、退学してしまったのだが。

「そろそろ行くぞ」

 するといきなり征哉がそう言って、〈神の城〉に向けてすたすたと歩き出してしまう。それまでぼうっとしていた美影がすぐにその後ろを追いかけたので、蒼生もそれに続こうとすると、肩を後ろから掴まれた。

「蒼生君、ちょっといいかな」

 壮一があまりにも真剣な表情だったので、蒼生は息を呑んで素直に頷いた。

「……私もね、征哉君の過去は知らないし、あの神様とどういう関係があるのかもわからない。本当は私もついて行きたいところだけど、残念ながら私は戦闘向きじゃないからね――」

 そう言って彼は一拍の間を置いて、

「最後までしっかりと見届けて来てほしい」

 その目はとても真剣だった。

「征哉君と美影君――二人のこと頼んだよ」

 言い終わると、いつもの優しい笑顔の壮一に戻る。

「――はい」

 蒼生はしっかりと頷いて身を翻し、征哉のもとへと走り出した。



 城内の空気は冷たかった。薄暗い中に、淡く光る謎の球体がそこら中に浮かび上がっており、一体これは何なのかと蒼生は驚く。

「……天使の抜け殻みたい」

 美影がよくわからない例えをして、その淡く光る球体にそっと白い手を伸ばす。

 まるで幻想的な一枚の絵を見ているような錯覚に陥った蒼生は、ついその姿に見惚れてしまっていた。

「とっとと上行くぞ」

 征哉の無愛想な言葉に、蒼生ははっとする。美影は慌てて征哉の後を追い、蒼生もその後ろについて階段を上っていく。

 その途中、あちこちに精鋭部隊が転がっているのを発見した。組織の連中は下の階の精鋭部隊を粗方やっつけてしまったようである。

 その時、蒼生のポケットから無線機の電子音が鳴り響いた。

『蒼生君、聞こえるかい?』

 無線機を取り出すと、壮一の声が発せられた。

「はい、聞こえます」

『今、組織のリーダー達に確認したんだけどね、ほとんどのチームが五階の広間で足止めを食っているらしいんだ。まあ方法は任せるけど、そこを突破しない限り先には進めないそうだから頑張ってね』

 壮一は用件だけ伝えると、一方的に通信を切った。

「……だそうです」

 征哉の後ろ姿に視線を向けて蒼生が言うと、そうか――と、征哉は振り返りもせずにただ短く答えるだけだった。蒼生は何となく、さっきから征哉の様子がおかしい気がしていた。

 もしかして、学生が三人混じっているという話が原因だろうか――思えばあの時、壮一が意味ありげに征哉に質問するように投げ掛けていたが、征哉はそのことには全く反応を示さず、さっさと〈神の城〉へと向かってしまった。

 本当に一体何なのだろう――蒼生が疑問に思っていると、いつの間にやら壮一の言っていた広間に辿り着いたらしい。荒々しい男達の声と、武器と武器とが交錯する金属音が激しく鳴り響いていた。

 瞬間、蒼生はゾクリとする。

 征哉が恐ろしいほどまでの殺気を放っていた。

 広間にいる全員の動きが止まり、こちらを振り向く。

 征哉が何やら偉そうなことを振り撒いて、広間を堂々と歩いて行き、美影も躊躇うことなくその後ろをついて行ったので、蒼生も後れを取るまいと足を踏み出す。

 美影はよく平気だな――後ろ姿なので表情は見えないのだが、足取りは先程までと変わらず軽そうだった。征哉の威圧的な殺気がこちらに向けられていないとはいえ、蒼生すら圧されているというのに。

 無邪気な子供には効かないのだろうか――

 そんなことを考えながら広間を歩く途中、蒼生は目を見開いた。天宿学園の制服を着た三人の少年がいたのだ。壮一の言っていたことはどうやら本当だったようである。

 蒼生は黒髪の少年に目が留まっていた。美影に負けず劣らずの美少年だったというのもある。しかし、それだけではない。周りの目は畏怖の感情を露わにした者ばかりだというのに、彼だけはどこか好奇の視線を征哉に向けていたからだ。

 征哉を見れば、彼もその少年を一瞥していたようだった。あまりに一瞬のことだったので表情はわからなかったが。

 蒼生は何か心に引っ掛かりながらも、そのまま広間を後にした。



 道が二手に分かれていたのだが、征哉は迷うことなく左の道を選んで突き進む。

「道、わかるんですか?」

「わかんねえよ」

 蒼生は唸る。まあ知っていたら知っていたで、また謎が増えるだけではある。

 そのまま無言で進んでいくと、またもや大きな広間に出た。

 そこには一人の人影があった。白い鎧に身を包み、長剣を構えている。

 精鋭部隊であることは明らかだったが、その白い鎧は他とは違って少し豪奢な作りになっている。

 もしかしたら隊長クラスかもしれない――蒼生は彼から発せられる殺気に、ただならぬものを感じていた。

「ここは通さん……」

 低く籠った声が、鎧の中から漏れ聞こえる。

「蒼生、お前がやれ」

 征哉は白い鎧の男を顎で指し示して言った。

「はい」

 蒼生は即座に頷き、征哉と美影を追い越して鎧の男の前へと出る。そして懐から棍棒を取り出した。

 素早くそれを振って伸ばし、蒼生は構える。

「愚かな人間が……!」

 鎧の男は憎々しげにそう言うと、長剣を構えながら蒼生に向かって走り出す。

 蒼生もそれに応えるように駆け出した。

 棍棒と長剣が勢いよく交錯する。

 甲高い金属音が響いた後、金属同士が擦り合わせるような耳をつく音へと変化する。

 お互い一歩も退かずに睨み合うようにして、己の武器に力を込めていた。

「っ……はあ!」

 一瞬、長剣に押し負けそうになる蒼生だったが、気合を入れて棍棒にありったけの力を注ぎ込む。

 鎧の男は舌打ちをして、わざと圧されるままに長剣を引き、すぐに蒼生と間合いを空けて飛び退る。

 神様の精鋭部隊と武器を互角に交えることができ、蒼生は静かな昂ぶりを感じていた。

 しかしその余韻に浸る間もなく、鎧の男が驚くほどの速さで向かってくる。

 蒼生の胴体へと長剣を振るってくるが、棍棒を床へと叩きつけ、その勢いで高く跳躍してその攻撃を躱す。そして空中からそのまま蹴りを鎧の男の頭へと叩き込む。

 鎧の男は避けきれずに、もろに蒼生の蹴りを食らって後ろへとたたらを踏む。

 着地した蒼生はその隙を逃さず、棍棒を鎧の男の首に向けて振り切った。

「がはっ……!」

 白い兜と鎧の間を蒼生の棍棒が物の見事に食い込んでいた。

 鎧の男は低く呻いた後、意識を失くしたのか床へと倒れ伏す。鎧の金属音が派手に鳴り響いた。

「さっすが蒼生くん! もうやっつけちゃったね!」

 美影が嬉々としながら両手を振り上げ、蒼生はそれに苦笑で返した。

 征哉も陽気に口笛を吹いて、

「オレの予想以上だな」

 面白そうに蒼生を見やる。

 蒼生自身、少しあっけなさを感じていた。精鋭部隊と同様の力を得ただけで、こうも形勢が逆転するとは思わなかったのだ。

 恐らく神の力に過信した彼らは、剣術の訓練などを疎かにしていたのだろう。毎日欠かさずトレーニングしている蒼生が彼らと同様の力を得てしまえば、その差は歴然だ。

「次、進むぞ」

 征哉がポケットに手を突っ込んで、広間の奥へと進み出す。

 そこには階段がまた配置されており、蒼生達はひたすらそれを上り続けて行った。

「そろそろ最上階じゃないですかね」

「かもな」

 相変わらず緊張感もやる気も感じられない征哉の言葉に、蒼生は肩透かしを食らう。

 辿り着くと、そこにはまたもや大きな広間が目の前にあった。

 生活感の欠片もない構造だな――蒼生は呆れながら辺りを見回す。

 窓も何もなく、謎の球体の光のみで照らされているため、ここが最上階なのかどうかもよくわからなかった。

「っ! 征哉さま」

 美影が何かに気付いたように征哉に視線を送る。ああ――と、征哉はそれに頷いて足を止めた。

「何ですか?」

 二人の様子が理解できず、蒼生は問う。

「美影、蒼生にくっついてサポートしてやれ」

 しかし征哉は美影にそれだけ言うと、蒼生が手にしたままだった棍棒を奪い取った。

「ちょ、ちょっと征哉さん?」

 困惑していると、征哉は棍棒に手を翳して何やら真剣な表情になり、棍棒を端から端へとその手で撫でるように触れていく。

 すると、白く淡い光が棍棒全体に宿った。

「な、何ですかこれは?」

「それで天使を殺せる」

 蒼生は絶句して征哉を見上げる。

 瞬間、背中に重いものが乗り掛かってきた。

「蒼生くん、ボクが天使の居場所を教えてあげるね!」

 急に耳元で声が発せられ、驚いてしまう。美影の腕が首に回され、無理矢理おんぶさせられてしまった。

 蒼生は思考がついていかず、言葉を紡げない。

 その様子を見て、征哉は面白そうに口の端を歪めた。

「美影は天使が見えて、お前の得物は天使を殺せる。つまりはそういうことだ」

 そういうことだと言われても――

「み、見えるのか?」

「見えるよ!」

 蒼生の戸惑いの言葉に、美影は無邪気に微笑んで蒼生の顔を覗く。

「来るぞ」

 征哉はそう言って、懐から鉄甲を取り出した。征哉の得物の一つで、先の丸い相手を突くための武器である。

 両手にしっかりそれを嵌めると、拳を握りしめて駆け出した。

 何もない空中へと拳を振りかざしている様子を眺めて、蒼生が立ち竦んでいると、

「蒼生くん、正面!」

 美影が耳元で大声を出してきた。

 こうなったら自棄である。蒼生は棍棒を正面に振り下ろす。

 その途中で、放電したように棍棒の先端部分が光った。美影が少し呻いた気がした。

「……っ! 右上!」

 すぐに次の指令が耳元で発せられる。

 今の放電が天使に当たったのだろうかと推測しながら、蒼生は美影の指示通りに棍棒を振り上げた。

 また放電する。そしてまた美影が呻いた気がする。

「美影、大丈夫か?」

「う、うん! 蒼生くん、すごい的確なところに当ててるよ!」

 そういうことを聞いたわけではなかったのだが。やはりどこか元気のなさそうな美影の様子に蒼生は疑問を持つ。

 その後もこちらに襲い掛かってきているのだろう天使を、次々と棍棒で薙ぎ払っていく。正直、蒼生には実感が持てないのだけれども。

「あっ!」

 不意に美影の焦った声が上がる。

 それと同時に蒼生の頬を何かが掠め、若干の痛みを感じた。

 頬に手をやれば、血が滲んでいる。

「右後ろ! 胸の辺りだよ!」

 蒼生はすぐさま指示通りに棍棒を振り回す。

「蒼生くん! 左右から来てる!」

 頭では分かっているが、体が追いつかない。しかも見えない相手だから余計に危機感を感じられない。

「ここか!?」

「違う! もっと下!」

 棍棒を下へと振るが、放電しない。

 また空振りか――そう思っていると、左足に痛みが走った。服を切り裂かれ、血が飛び散る。

 しかしその瞬間を狙って、蒼生は天使がいるであろう位置に棍棒を叩きつける。

 放電した。

「右! 蒼生くんの頭の高さにいる!」

 足で踏ん張り、勢いをつけようと棍棒を振りかざすが、傷を負った左足が疼く。

 そのせいで狙いが外れる。

 思っていた以上に傷は深かった。

「うわ!」

 美影が驚きの声を上げ、まずいと思ったその時、

 目の前に征哉の長い足が突き出された。蒼生の鼻先すれすれである。

 蒼生が慌てて後ろに下がると、征哉の足が放電していた。

「これで一段落、だな」

 蹴り上げた足を下ろして征哉はニヤリと笑った。

 そうなのか――実感の湧かないまま終わったようで、何だか放心する。足の傷によって少しはそれも感じるのだが。

 背中も軽くなった。美影が飛び降りたのだ。

「蒼生くん、足大丈夫?」

 心配そうに覗き込む美影に、蒼生は笑顔で頷いた。さっきはつい予想以上の痛みに驚いてしまったのだが、この程度の痛みだと分かってしまえば十分我慢できる。蒼生はそう判断した。

 じゃあ――と征哉が言い掛け、

「……チッ、次から次へと」

 舌打ちをして面倒臭そうに広間の奥に目をやった。

 また天使か?――そう思っていると、今度は蒼生にもその姿が目に入る。

 それはとても見覚えのある人物だった。

 蒼生は目を見開く。

「み、美影?」

 思わず、隣の美影と見比べてしまう。

 金色の髪をした白い肌の少年。美影の顔だ。

 しかしその表情には、まるで生気が宿っていなかった。

「悪趣味な奴だな。また天使を使いやがって」

「え、天使……なんですか?」

 吐き出すように言い捨てる征哉に、蒼生は驚く。

 しかし征哉が答える前に、天使が口を開いた。

『美影、あなたにチャンスを与えましょう』

 まるで美影とは思えない、毅然とした女性の声だった。

 美影が顔をしかめる。

『私のもとに来なさい。そうすれば、あなたに危害は加えません』

「――ボクは行かない」

 美影はきっぱり言い放つ。

「あなたは間違ってるよ! 天使を物みたいに扱わないで!」

『……彼らを殺しておいて何を言うのでしょう。それに、彼ら〈天使〉は私のもの。どう扱おうが私の勝手です』

 まさか、神様か?――二人のやり取りに蒼生は悟る。美影は神様に気に入られ、そして嫌われたと言っていた。理由は拒んだからだと。それは本当にそのままの意味だったというのだろうか。

 美影は悔しそうに拳を握りしめている。天使を殺したことを悔やんでいるのかもしれない。あの呻き声は天使を悼んでのことだったのか。

『……残念です。あなたも、その男を選ぶのですね』

 冷徹な視線が征哉へと向けられた。

 征哉は無言で天使を睨み付けている。

 一瞬の沈黙。

『仕方がありません。あなた方を殺します』

 とても〈神様〉と呼ばれる存在とは思えない宣告を下し、天使が蒼生達に向けて真っ直ぐに向かってくる。しかしその足は全く動いていない。浮いているのだ。

 征哉が前へと出て、手を翳す。

『同じ手は二度通じません』

 天使が無表情でそう言うと、征哉の前から姿が掻き消える。

 しかし、征哉は慌てることなく右方向に拳を繰り出す。

「ふん! 気配が丸わかりなんだよ!」

 すると、丁度その拳の先に天使が姿を現した。

『ぐああああ!』

 腹を直撃し、天使は白い光に包まれ消える。

「!?」

 征哉が何かに気付いて驚く。

 そして蒼生を――いや、美影を見た。

「そっちが狙いか!」

 忌々しそうに吐き捨てる。

「蒼生、美影から離れろ!」

「え!?」

 突然のことに、蒼生の反応が遅れる。瞬間、風に吹き飛ばされるように蒼生は壁にぶち当たる。体全体に痛みが走り、低く呻いた。

 何が起きたのかわからなかった。

「さっきのは囮だ! もう一人、天使が紛れ込んでやがった!」

 それはつまり――どういうことだ?

 蒼生は痛みを堪えながら何とか立ち上がり、美影を見る。

 先程の場所で佇んだままだった。

 無事だったかと蒼生が安堵したその時。

 美影がこちらを目掛けて突っ込んでくる。

「な!?」

 勢いよく美影に押し倒され、細く小さな手が蒼生の首を絡め取る。

 美影は無表情だった。

「ぐうっ……!」

 その手が強く首を締め付け、蒼生はもがき苦しむ。

 強い――蒼生よりも圧倒的に美影の力が勝っていた。

「美影に天使が憑りついてる!」

 征哉が蒼生のほうへ駆け寄ってくる。

 が、征哉の両腕が掴まれた。

 美影の姿をした二人の天使に。

「どんだけ量産すりゃ気が済むんだ……!」

 征哉は仕方なく足を止め、その二人を払い除けようとする。

 そんな中、蒼生の意識は段々と薄れてきていた。

 憑りつかれていると言っても、体は美影自身のものだろう。殺してしまうわけにはいかない。とはいえ、すでに棍棒は吹き飛ばされた時に落としてしまったので、今は手元にない。

 だがここで意識を失ったら終わりだ。

 蒼生は気力を振り絞って右足を大きく振り上げた。そしてその足を美影の体目掛けて振り下ろす。

「ぐあ!?」

 横腹にうまくヒットしたのか、美影は首から手を離して床に転がっていく。

 蒼生は咳込みながら、ゆっくりと立ち上がる。

「……せ、征哉さん! どうしたら美影を元に戻せるんですか!?」

 未だ天使二人を相手にしている征哉に、大声で問い掛ける。

 だがしかし、征哉は答えない。答える余裕がない――というわけではなさそうだった。

 その間にも、美影が体勢を整えて立ち上がろうとしている。

「征哉さん!」

 蒼生はもう一度、彼の名を呼ぶ。すると、立ち上がりかけている美影がクスクスと笑い出していた。

『……彼は知らないようですね。ついこの間完成した技ですし、そんな方法は存在しませんから当然でしょう。けれど……これは力の消費がかなり激しいのです』

 ですから――そう言って、美影とは思えないギラギラした笑みを湛えて、

『早く死になさい』

 またも美影が蒼生目掛けてダッシュする。

 繰り出してきた拳を蒼生が受け止めると、

「な……!?」

 拳から溢れる光が、蒼生の両手を切り刻んでいく。

 すぐに後ろへ飛び退り、手を庇う。血がダラダラと垂れ流れてゆく。

 素手では圧倒的に不利だ。蒼生は辺りを見回し、棍棒を探し当てる。

 すぐにそこへと走り寄り、屈んで棍棒を手にするが、いつの間にかやってきた美影の足が蒼生の手を踏み潰していた。

 切り刻まれた手が余計に痛みを増す。

 だが痛がっている余裕はない。もう片方の手で何とか棍棒を掴み取り、美影の足へと叩き込む。

「ううっ!」

 美影が呻いて後ろへと倒れ込む。

 美影の足から血がドクドクと流れ出した。

「っ!?」

 蒼生は驚愕とする。まさか美影自身に棍棒の力が働くとは思っていなかった。うまくいけば、中の天使を追い出せるだろうと思っていたのに。

『……残念でしたね。最早、美影と〈天使〉は同一の存在』

 むくりと起き上がる美影。その表情には感情がない。

『引き剥がすことはもう無理です』

 美影を……殺すしかないのか?――

 蒼生は思いきり首を振った。

 ありえない、そんなことは絶対にしてはならない。それは蒼生の理に反することだ。

 家族の仇は討ち果たしたい。もちろん強く願っている。だがそれは、自分の仲間を殺してまですることなのか。

 違う。絶対に違う。

 蒼生とて仕事上、人を殺したことはある。それはれっきとした犯罪をおかした人間だから殺せたし、納得はできた。それが間違っているのか正しいことなのか、そんなことまでは蒼生もわからない。自分だって組織に入ってからは、犯罪者の片棒を担いで生活しているようなものだ。

 でもだからと言って、蒼生の中にも曲げられないものがある。

 いずれ美影は、明るい太陽の下で生きて行くのだ。彼にはまだ未来がある。選択できる未来が待っているんだ。

 でも。

 それが無理だというのなら。

『何をぼうっとしているのですか!?』

 美影が蒼生に向かって拳を振り上げながら走り出す。

 蒼生は美影を正面から見据えた。

 ――一人で逝かせるわけにはいかない。

 それが蒼生の結論だった。

「ぐ!?」

 再び拳から白い光が放たれて、蒼生は腹でその拳を受け止めた。

『っ?』

 避けようとしない蒼生に、美影の表情が微かに歪む。

「お前を、一人で……死なせるか!」

「!?」

 蒼生の一喝に、美影は今度こそ目を大きく見開いて蒼生を凝視した。

 蒼生の腹から血が溢れ出す。

「……だ、めだ……! あお、いくん……!」

 美影だ。美影の意識が戻った。

 だけど、体の自由は解かれていない。

「ボクを……ボクだけを、殺して!」

「そんなこと、できるか……!」

 白い光が大きく広がっていく。

 蒼生は棍棒を強く握りしめる。

 美影は身を捩ろうと必死にもがいてるようだったが、ピクリとも体が動かない。

 美影は涙を流し、顔を上げ、

「征哉さまあ!!」

 広間全体に響き渡る声で泣き叫ぶ。


 どしゅっ。


 嫌な音がした。

 急速に白い光が消えていく。

 同時に美影の拳の力も弱まっていく。

 床にぼたぼたと滴る音が煩い。

 血だ。

 でも。

 流れ出る血の量が、おかしい。

 蒼生の腹は、まだそこまで深く抉られていない。

 そこで蒼生は、ゆっくりと――美影を見下ろした。

「っ!!」

 愕然とする。

「み……か、げ……」

 拳があった。

 美影の――腹を突き破って。

 ズブッと、いやにゆっくりと引き抜かれる拳。

「あ……」

 美影がよろめき、倒れる寸前。

 背後にいた者の腕の中に抱き留められた。

 ――征哉だ。

 美影を抱える彼の拳は、真っ赤な血で汚れていた。

 それは美影の体の中から溢れ出る血と、全く同じ色。

「せ、征哉さん……何で……!」

「リーダーとして、正しい判断だろ?」

 冷静な――嫌になるほど冷静な征哉の物言いに、蒼生はただ茫然と立ち竦む。

 何故この男は平然とそんなことを言っているのだろう。

 確かに彼は、いつだって迷うことも取り乱すこともなかった。殺すことに躊躇う素振りを見せたことだってなかった。

 でも。

 美影は仲間だ。『リーダーとしての正しい判断』って何なんだ。普段はリーダーらしい言動など全然しない癖に。

 何故、いつも通りなんだ。

「これで……いい、んだ……蒼生、くん」

 征哉の腕の中で、美影が微かに息を吐きながらそう言った。

 笑っている。とても穏やかに。

「ありがとう……征哉さ、ま……」

 征哉は屈んで美影をゆっくり床へと座らせ、背中を抱えながら顔を覗き込む。

「美影、先に行って待ってろ。オレもいつか、そこに行ってやる」

「うん……待ってる……」

 美影は征哉の腕の中で、苦しそうな、だけれどもとても幸せそうな表情をしていた。

「時間は掛かるだろうがな」

 ニヤリと笑う征哉に、美影はクスクスと力のない笑い声を上げた。

「ずっと……ずっと、待ってるから……征哉、さま……」

 その言葉を最後に、美影の瞳が閉じられる。

 征哉はその白い瞼に、そっと口づけた。

 白い、白い肌。ピクリとも動かない美影は、まるで陶器の人形になってしまったかのようだった。

 蒼生の視界が滲む。

 頬に一筋の涙が零れた。

 泣いたのはいつ以来だろう――

 家族が殺された時。きっとそうだ。それ以降、泣かないことを蒼生は決めたのだ。

 征哉は美影を床へと眠らせ、ゆっくり立ち上がる。

「オレは〈神〉を殺す」

 低い声で、そう宣言した。

 思えば美影の姿をした天使はもういない。

「お前はどうする?」

 真っ直ぐに見つめられ、蒼生も征哉を見つめ返した。

 初めて向けられた目だった。いつもは少し馬鹿にしたような目で見てくるのに、今はそれを感じない。とても真剣な表情だった。

 ここで行かないと言えば、征哉はそれを止めない気がした。

「自分は――」

 蒼生は掠れた声を出しながら、袖でぐいっと涙を拭い去る。

 行かない理由などあるものか――

「自分は、どこまでも征哉さんについて行きます。この組織に入った時から、そう決めたんですから」

 征哉を信じる。

 それが蒼生の結論だ。

 今も昔も、それは変わらない。

「それに、壮一さんから最後まで見届けるように言われています」

 蒼生がきっぱりと告げると、征哉は鼻で笑って蒼生を一瞥し、背を向けて広間の奥へと歩き出す。

「勝手にしろ」

 言葉とは裏腹に、随分と面白そうに言い放った。

 勝手にしますよ――心の中で、蒼生も苦笑で言い返す。

 そして床に眠る美影を振り返り、

「後で必ず、迎えに来る」

 そう言い残して、征哉の後を追ったのだった。

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