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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第二章 助手のお仕事
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-07-



 アシュリーの元へと戻ったフィフィに、正式に主人となったアシュリーはさも面倒臭そうに言い渡した。


「…主に関わる人達に紹介するから。」

「……はぁ…」


 表情から口調から雰囲気から、体全体以上のものから嫌がっている気配が感じられる。元から歓迎されてはいないが、こうもあからさまだと、怒りを通り越して呆れてくる。


 一言伝えたアシュリーは、そのまま黙って地下からの階段に足をかける。ちらりと振り返る動作から、付いて来いという意味だと悟ったフィフィも黙ってついて行く。

(観念してくんねーかなー…)

 そう思うも、アシュリー相手ではなかなか難しそうだ。


 アシュリーは地下を出てからは一度も振り返る事なく、(というか存在を忘れていないだろうか?)廊下をすたすたと歩いて行く。


 歩いているうちにフィフィはある事に気付いた。

(…すっげぇ視線。)

 侍女らしき人達から官吏のような人達まで、誰もがアシュリーに叩頭しつつ、物珍しげにアシュリーとフィフィを見ているのだ。

(あたしは分かるけどなんでアシュリー様まで?)

 一歩、いや、五歩程前をゆくアシュリー本人は全く気に留めていない…というよりも目に入っていないようだ。

(この人…目の前しか見えないタイプか…?)


 この予想は、アシュリーが2つ目の角を曲がる時に確信に変わった。

 壁に激突しそうになったのだ。

 激突しなかったのはアシュリーが珍しく我に返ったからだが、まだ出会って間もないフィフィにはそれが珍しい事だとは分からない。

(どんくさ…)

 大魔術師として城に召し抱えられているアシュリーだが、いざという時役に立つのだろうかと、フィフィはぼんやりと思った。



 アシュリーがフィフィを紹介する為に一番始めに訪れたのは、鍛錬場だった。夜が開けきる前にも関わらず、とフィフィが訝しんでいると、鍛錬場に人影があるのに気付いたのだ。

(こんな朝早く…打ち合い?)


 人影は二つ。激しい打ち合いの音が聞こえている。近付くアシュリーは足を止めず、何事か呟くとウィスペルが鈴を鳴らすように身を振るわせた。その音が届いたのか、人影達は打ち合いをやめ、こちらを向いた。


(あ……)

 弱い日の光に照らされ、その二人の正体が分かった。闘技場で見た二人だ。

 ニルの教えでは、上から下まで黒尽くめの男がリディオス。淡い金髪に濃い肌の色、紺青色の耳飾りをしているのがオルクスだった筈だ。


「お前が早起きとはな。」

 少し意地悪く笑ったのはオルクスだろう。王師軍隊長だと聞いて、勝手に初老だと思っていたが、若い。それになんだか剣士という気がしない。魔術師のような雰囲気を持つ男だ。


「仕方ないだろ…」

 不服そうに返すアシュリーに、リディオスだろうと思われる男が無表情に言う。

「ニルにしてやられたな。」

「……!」

 その言葉にショックを受けるアシュリー。それを見てオルクスは可笑しそうに笑う。

「やっぱり…ニルがあの方に出るよう言ったんだな!」

「それは違うぞ。殿下が出ると仰られたのだ。…それにしても、やり過ぎたのだ、お前は。あのままやれば陛下からお叱りを受けているところだったぞ。ニルヴァーナに感謝するが道理。」

 諭すオルクスに反論出来ないアシュリー。


 しばらくそれを眺めていたリディオスは、飽きたように先を促した。

「それで?」

「え?」

「後ろの弓術士は連れて歩いているだけか?」

「あ……」

 おいおい、とフィフィは呆れる。本気で忘れられたのか。

「…俺の助手になったフィアニスだ。」

「よ、よろしくお願いします。」

(そんだけか!!)

 という突っ込みが入れられないのが歯がゆい。すると、オルクスが苦笑しながら付け足した。

「フィアニスは弓術士で、護衛も兼ねると聞いているが?」

「…そう。」

「そう言えばニルからエウェラの加護を授かったようだな。」

 リディオスが言うと、アシュリーは思い出したようにはっとフィフィを振り返った。

「そうだ!」

 驚くフィフィの手首を掴むと、その手の平を覗き込む。


「なん…ですか?」

 するとあとの二人も覗き込んで来た。

「あのー?」

 若干冷や汗混じりに問うフィフィ。

「正式な図形だな。」

樹力じゅりょくが混ぜてあるな。」

「ニルはどういうつもりなんだ…?」

「どういう事になってるんですかね。」

 フィフィのやや強めの口調に、オルクスは下から覗き込むようにして言った。

「エウェラの加護を受けている、という事だ。」

「は?」

 全く分からず問い返すフィフィに、オルクスは楽し気な笑みで答える。


 そして、フィフィから離れて本来の目的に戻った。

「挨拶が遅れたな。私は王師軍隊長オルクス=ファイセラ。頻繁には会わんだろうが、よろしく頼む。」

「フィアニス=ルセです。こちらこそよろしくお願いします。」


 王師は、王直属の軍だと聞いている。それを、一見若く見えるオルクスが束ねているとは…フィフィは失礼にならない様に気を付けながら、つい眺めてしまう。口調や態度から充分な貫禄のようなものを感じるのだが、しかし、若いと思う。


「俺は黒騎のリディオス=ローグだ。」

「フィアニス=ルセです。よろしくお願いします。」


 黒騎とは、太子の騎士だ。クライストでは古くから、王位継承者の為の騎士がいる。

 騎士は必ず王位継承者から色を授かり、それを名乗る。ヴィルジウスの騎士は、黒を授かった。故に黒騎というのだ。

 リディオスはニルヴァーナの教え通り黒尽くめだった。黒い髪、黒い鎧、黒い服、黒い靴。腰に下げている剣の柄、鞘までが黒い。所々銀の飾りがあるが、ほとんど目立たないくらいのものだ。

 表情は動かず、口調も淡々としている。馴染みにくく、近寄り難い雰囲気があった。


「あとはルキセオードか?」

 問いかけるオルクスにアシュリーはただ頷いた。それを見兼ねたようにリディオスが言う。

「改めてニルヴァーナとユンファにも紹介しておけ。」

「…分かってる!」

 心底不服そうなアシュリー。リディオスとオルクスはそんなアシュリーを面白そうに眺める。

「ルキはどこにいる?」

「あいつならまだ部屋にいるだろう。」

「寝てるんなら後で…」

「お前と違って我々は早起きが仕事だからな。まだ部屋にいると言っても、問題はなかろう。」

「………」

 オルクスの言い草に、不機嫌に輪が架かるアシュリー。が、溜め息を一つして、それを抑えた。

「じゃあ…」

「ああ、ではな。我々も戻るとしよう。陛下がお目覚めになる頃だ。」



 二人の元を去りながら、フィフィはアシュリーに言ってみた。

「…アシュリー様。」

「…………なに」

 思いっきり嫌そうだ。

「助手がそんなに嫌なんですか?」

「……いても仕方ない。」

「…ならニル様はなんで助手をつけたんでしょうね?」

「…そんなの、ニルが世話焼きだからに決まってる。」

(…もしかしてニル様…アシュリー様にお目付役が欲しかっただけ…か?)

 そう考えて、フィフィはニルの不敵な笑みを思い出した。

(………あり得るかもな…)

「…貴方の仕事内容を聞いても?」

 するとアシュリーは若干驚いたようにこちらを振り返った。

「……聞いてどうするの。」

「自分の仕事の参考になります。」

「…………」

 始めて会った時からそうだが、フィフィにはアシュリーの反応するポイントが不思議だ。なんだか掴めない。


「……魔術に関する問題の処理。」

「ですよねそれは分かるんで詳しくお願いします。」


「………小さな問題は書面で解決法を返す。事の重大さによっては俺が直接行ったりする。呪薬を渡すだけの事もある。その場合は兵士に受け渡しを頼む。…くらいかな。」

「……なるほど、分かりました。ありがとうございます。」

「………それで?」

「はい?」

「それで、今言った事に対して、何をするつもり?」

(…驚いた。意外としっかりしてそうだな…)

 こんな形でも、アリュリーがフィフィに向き合ってくれるのが嬉しく思えた。

「そうですね…書面で解決出来る問題なら俺の出番はないでしょう。ですが貴方が出向く場合は…」

 この城へ来てから初めて、アシュリーはまともにフィフィの目を見ていた。それが嬉しく思えて、思わず頬が緩む。


「全力でお守りします。」


 迷いない言葉。真っ直ぐな視線。

 フィフィの強い意志を感じた気がした。


「…………………そう…」

 それだけ言ってまたさっさと歩き出す。だが、ウィスペルが驚いて耳飾りから飛び出してきた。

 さかんに顔を覗き込まれ、アシュリーはウィスペルを睨む。

「……なに?」

 そう言われると、ウィスペルは納得したように二人を見比べ、耳飾りへ戻っていった。

「どうかしましたか?」

「……………何も」

 それだけ言って、前を向いて歩き出す。フィフィは首を傾げつつもついて行った。



 階段を上がって城の二階となる部分へ行く。今度はしっかり周りを見て歩いている様子のアシュリーは、どこにもぶつかる事なく目的の部屋へ辿り着いた。


 他の部屋の扉より少し立派な、しかし、どこかさっぱりとした装飾の扉を叩くと、中からはっきりと返事が返ってきた。

「ルキ、アシュリーだ。今いいか?」

「アシュリー様?…お珍しいですね。」


 すると、扉がゆっくりと開かれ、一人の青年が姿を現した。濃い緑の瞳が印象的な、凛々しさを感じる青年だ。早朝にも関わらず、着替えは済んでいると見えて、フィフィは先程のオルクスの言葉を思い出して関心した。武人は早起きなのだ。


「おや、そちらの方は…?」

 穏やかだが意思の強そうな声音は耳通りが良い。

「今日から俺の助手になったフィアニスだ。」

「フィアニス=ルセです。よろしくお願いします。」

「そうでしたか…ああ、御前試合は拝見させていただきました。殿下相手にあれほどの戦いが出来るとは、なかなか出来る事ではありません。尊敬致します。」

「いえ…試合じゃなかったら無事じゃ済まなかったでしょうけど。」


 ルキと呼ばれた青年は、あの試合だけでヴィルジウスの力量をほぼ正確に量ったフィフィを、驚きも露に見つめる。そうされると、フィフィも驚いて言葉が出ない。


 言葉が続かない二人に居心地が悪くなったかのか、はたまた部屋に戻りたいだけか、アシュリーは踵を返そうとした。

「じゃあ、紹介しに来ただけだから…」

「……さようですか。…フィアニス様。名乗りが遅れて申し訳ありません。私は王師、黒騎を除く全軍の指揮を任されております、従騎のルキセオードと申します。以後、お見知りおき下さい。」

 ルキセオードの礼に、こちらも深く礼をして返す。アシュリーはさっさと踵を返して歩き出しているので、フィフィもそれに従った。



「…オルクス様も、リディオス様も、ルキセオード様も若いですよね。クライスト城には優秀な若者が集められてるとか?」

 そう問うと、アシュリーはなんでももない顔でさらりと言った。

「優秀だったのがたまたま若かったってだけだろ。」

「そうですか。…若いと言えば、ユンファは最年少ですよねぇ」

「……そうだな…」

 ふと、考え込むような声。しかし問いかけるとすぐに元の調子に戻った。


「ユンファはどうしてニル様の助手に?」

「…君は知りたがりだな。」

「知らない情報が多過ぎるので。」

「俺は騒がしいのは好きじゃないんだ。」

「騒いではいないつもりですが。」

「…………」

 フィフィの存在を無視する事に決めたらしい。ようするに不毛な言い合いも苦手というわけだ。

(苦手な事が多いよなぁ…)

 フィフィはちょっと心配になった。


「アシュリー様!」


 呼ばれてアシュリーは足を止め、声の主を探す。すると兵士がこちらへ小走りに駆けて来ていた。

「どうかした?」

「はっ。ニルヴァーナ様より、フィアニス様を借り受けたいとの伝言でございます。」

「……フィアニスを?」

「俺を?」

 問い返すアシュリー達に若干戸惑いつつ、兵士は伝言を続けた。

「はっ…。なんでも重要な事柄だとか…」

 アシュリーは一瞬フィフィと視線を合わせた。

「……行ってくれば?」

 その言い方に反論しようと思ったが、先に兵士が声を上げた。

「では、御承諾の意をお伝えして参ります!」

「あっ…」

 フィフィが何を言う間もなく走り去って行く兵士。アシュリーなど、すでに歩き始めている。

「…じゃーお言葉通り行ってきますねー」


 思い切り投げやりな言葉をかけると、さすがにアシュリーが振り返るのが見えたが、フィフィはさっさとその場を後にしてやった。





 ところで、まだ数日間の付き合いだと言うのに、ニルヴァーナという大魔術師からの呼び出しには何かあるのではないか、という不安が沸き上がってくる。そして、それが確信に近いものだというのが怖い。

(そうだよな。まだ一週間も経ってねーじゃん…)

 だというのに。

 ニルがどういう人間なのか、大体分かる気がする。

 先程の兵士に案内されてニルの回廊まで来ると、フィフィは目を閉じて出来るだけ深呼吸をした。


「あれ?」


 見ると、回廊の扉の前にニルの小さな助手がいて、こちらに手を振っていた。

「ユンファ様。フィアニス様をお連れ致しました!」

 兵士が敬礼をする様が異様だ。だが、その顔には柔らかな表情が浮かんでいる。それに答えるように、ユンファも笑顔を返す。

「ごくろう様でした!ありがとうございます。」

 もう一度敬礼し、兵士が去っていくと、ユンファは回廊の扉を開いてフィフィを招き入れた。


「さあ!フィアニス様、どうぞお入り下さい!」

「あ、ああ…ありがとな、ユンファ。」

「あ、わたしのことはどうぞ、ユンとよんで下さい!」

 純粋な笑顔が愛らしい。答えてフィフィも笑った。

「じゃあ俺の事はフィーって呼んでいいぞ。それに、同じ助手同士なんだし、ユンのが先輩なんだからさ。敬語なんて使う必要ないって。」

「せんぱいなんて…わたしはほんのこどもなんです…」

「歳は俺が上。助手歴はユンが上。ほら、同等だろ?」

 そう言うと、ユンファは嬉しさいっぱいの顔を上げた。

「……!じゃあ、ともだちになってくれますか?」

 “友達”という言葉に面食らうフィフィだったが、すぐに頷いた。

「そりゃもう、喜んで!」

「……ありがとう!!」

 喜んではしゃぐ姿がまた、愛らしい。


(癒されるなー)

 そんなユンファに手を引かれるのが、また癒されるのだった。




 さて、そんなユンファの主が氷の女神(…この一件からは俄然悪魔のように思うが)なのだという事を、本人に会うまでつかの間忘れてしまっていた事が悔やまれる。すっかり油断していて、ついつい話に適当に相槌を打ってしまったのだから。




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