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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第一章 大魔術師の助手兼護衛
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-05-



 片付け(とは言っても散乱していた本を、本棚に沿って積んだだけ)が終わったフィフィは地下の部屋にいるのも飽きて、ここへ来た時に降りてきた階段を、今度は上がる。 

 消えていた階段の灯りは、フィフィが一段目に足をかけると再び灯った。


「この仕組みすげーよなぁ…」



 昇りきり扉を開けると、背後で一瞬にして灯りが消えた。


「すげー…」


 感動しつつも地下を出る。そして、来た時に見かけた通路の扉を、一つ一つ開けてみる事にした。念の為にあの書類は持っている。


 一つ目の扉を開ける。

「………本棚?」

 本棚が並ぶ部屋だった。

 

 二つ目の扉を開ける。

「…台所?…埃だらけじゃねーか…」

 もう何年も使っていない感じの台所だった。


 三つ目の扉を開ける。

「…あいつ地下しか使ってないのか?」

 またも埃だらけの部屋。小さな机と、椅子が数個置いてあった。


 四つ目。

「わあ、廊下かよ…」

 取り合えず閉める。


 五つ目。

「……ただのだだっ広い部屋か?」

 かなり大きな部屋だ。しかし調度品は何もない。ここも埃が積もっていた。


 その次はもう、回廊を出る扉だったので、先程の廊下へ続く扉へ戻る。興味本位で廊下を進んでみる事にしたが、若干不安に思って扉は大きく開け放っておく。

 廊下は必要性を疑うくらい短く、すぐに突き当たりの扉に行き当たった。


「また扉…」


 ちらりと入ってきた扉を確認する。開いているのをしっかり見ると、目の前の扉の取っ手に手をかけた。


「っ!?」


 まるで触れたのが分かったかの様に扉がひとりでに開いた。音もなく。開ききるとぴたりと止まった。扉から見える部屋は、いたって普通に見える。


「…………」


 もう一度、最初の扉を確認した。


「………どうするかな…」


 ここを止めたとして、あの地下へ戻ってもする事がない。かと言って先程の道筋にある部屋は埃だらけ。もう日も暮れるだろうから、回廊の外へ出ても兵士に不審がられるだろう。よって。


「行くか。暇だし。」


 フィフィは未知の扉からの誘いを受け入れた。


 部屋は大きめで、壁には大きな絵が沢山飾られていた。どれも風景画のようだが、あいにくフィフィは芸術に興味はない。部屋を見回すと、奥へ続くアーチがあった。扉はついておらず、閉じ込められる心配も無さそうだ。アーチから覗くと、そこはこぢんまりとした部屋であり、大きな扉の様な窓と、大きめの寝台が置かれていた。他には何もない。

 窓へ寄って扉を開けた。


「……へぇ…」


 視界いっぱいに広がるのは宵の空。藍色の空の下、地平線の際は暁色と水色の空がまだ残っている。そこだけ見ているとまだ明るさを感じるが、天を見上げればもう星が瞬いている。フィフィはこの、不思議な宵の空が大好きだった。


「良い場所だな…」


 思わず頬が緩む。窓の外は充分な広さに張り出しており、フィフィはそこから下の様子を確認した。この部屋の外はどうやら中庭になっているようだ。今も見周りの兵士が見えた。


「…気に入った!文句言われる迄はここに居座ってやる!」


 満面の笑みで一人頷き、良く整えられた寝台へ倒れ込む。寝台はフィフィを優しく受け止め、やがてその重さを受け入れる。


「あー…すっげぇ良い気持ち…」


 目を閉じれば仄かに…植物だろうか。良い香りがする。手探りで自身の装備を確認した後、フィフィは速やかに睡魔に身を委ねたのだった。




 その頃、またも城内を小さな子供が走っていた。しかしこの時のユンファの表情はとても慌てていた。行き交う大人達も少し心配そうだ。ユンファとすれ違ったリディオスは、たった今自分の主から聞いた事を思い出し、密かに溜め息をついた。


「まったく…我が主は物好きだな…」




「“しるべ”よ!主のもとへしもべをいざなえ!」


 慌てて人物画に叫ぶと、絵の人物も少し心配そうに手を差し出し、道を通した。ユンファは道から走り出て主を探す。


「ニルさま!たいへんです!」


 さっと見渡すが主の姿は見えない。とっくに主の就寝時間だと気付き、それでもたった今聞いた事を伝えなければと思い、ユンファは寝室の扉に駆け寄ってそっと叩く。


「ニルさま…おやすみしてるのにごめんなさい。どうかおきてください…」


 縋る様な声に反応したのか、又はまだ眠りが浅かったのか、ニルはすぐに扉を開けてくれた。昼間は結わえている髪を下ろしていて、そうするとまるで女神のように見えた。


「…ユン…どうかしたの?転ばなかった?」


 ふわりと顔を包まれて思わずうっとりしそうになるが、ユンファは一生懸命気を引き締めた。


「はい!大丈夫でした。それよりニルさま、たいへんです!」


 幼い助手の切迫ぶりに、ニルは微笑みそうになるのを我慢する。


「一体何?落ち着いて話してごらんなさい?」

「は、はい…」


 言われた通り、ユンファは落ち着きを取り戻す為に深く呼吸をした。


「…たった今へいかからの使いが来て…明日のごご、アスさまのじょしゅをしんさする“ごぜんじあい”をするそうなんです!」

(…そうきたのね…)


 ニルは思わず舌打ちする。


(即刻解雇出来ないからって、もっともらしい理由を付けたのだわ…)


 驚きと同時に怒りも湧いてくる。


(アシュリーの我が侭に悪のりしてるんだわ、あの方は…!)

「ニルさま…」


 はっと我に返るとユンファが怯えた顔で見ている。


「あ…ごめんね…ユン。貴女に怒っているんじゃないのよ?」


 そう言って抱きしめると、幼い手が縋り付いてくる。


「ちょっと…アシュリーにお仕置きしてやらないとね…」


 物騒な言葉にユンファは慌てて主を見上げる。


「お、おしおきですか?」

「ええ、そうよ。あの馬鹿にはお仕置きというものが必要なのよ。誰もが甘やかすものだから、ああいうひねくれた性格になるのだわ…」


 言いながら小さな頭を抱しめる。その時のニルの目がちっとも笑っていなかったのを、ユンファは見る事が出来なかった。






 そんな事も知らず、フィフィは朝の眩しい光に目を覚ました。


「…まぶし……」


 ぼそりと呟いて布団の中に潜り込む。そうすると完全に日の光が入らないので、安眠出来ると言うものだ。実に心地良い眠り。フィフィは満足そうに溜め息を吐くと、再び睡魔の誘いに応じた。


 そんなフィフィが見当たらない事を、アシュリーは喜んでいた。


(宣告は必須だけど…御前試合までに見つかれば問題無し。慌てふためいてボロ負けしてくれれば文句無しだ!)


 上出来、と呟いてうきうきと書類を進める。大魔術師といえど、仕事は魔術での応戦だけではない。国中の魔術に関わる問題と向き合わなくてはならないのだ。ペンを持つ手元にはウェスペルがいて、楽しそうに書類と主を見比べていた。が。


「!?」


 急に部屋の温度が下がったような気がして、アシュリーは慌てて部屋を見渡した。


「あっ…」


 あるものを見つけ、途端に青ざめるアシュリー。ウェスペルまでもがさっと耳飾りに逃げ込み、震えている。


「な…なに…?」


 必死に平静を装おうとするアシュリー。だがそれも氷の女神には通用しない。


「一体どういうつもりなの?」


 腕組みをして冷気を発するのはニル。穏やかな口調がさらに冷気を呼んでいる。そんな威圧感に、アシュリーの虚勢はあっと言う間にひびが入った。


「ど、どういうって、何が?」


 目を見れず、しかしかろうじて椅子から立ち上がる。


「シラを切るつもり?貴方が彼女にしようとしている仕打ちよ。」

「仕打ちなんて…必要な事だろ?」


 そんなに必要だとは思っていないのが、目を合わせず縮こまっている事でバレバレだ。


「助手がどうして御前試合をしなくてはいけないの?それも、負けたら即刻クビだなんて……」

「俺の助手が、ただのぼんくらじゃ困る。足手まといになるだけだし、迷惑なだけだ。そうだろ?」

「あら、じゃあ彼女が勝ったら助手は決定ってわけね?」

「そんなの、勝てるわけない。」


「……へぇ?」


 しまった、とアシュリーは口を覆ったがもう遅い。ニルの目はひたとアシュリーを見据え、ちっぽけな罪悪感にぐさりと深く突き刺さった。


「勝てないって決まってるわけね。それをあの方に唆したわけ!」


 そう言われ、アシュリーは必死に言い返した。


「ニルが言ったんじゃないか!体術を補うだろうって。だからそれぐらいの実力がなきゃ、絶対に認めないからな!」


 意外な事にニルは反論しなかった。だが、次にした深呼吸がアシュリーの不安を煽る。

 そして。


「…………分かったわ…」


 低く唸る様な台詞。思わずごくりと唾を飲む。

 ニルの抑えた態度に膨れ上がる不安。だが、それが分からない焦燥。


 アシュリーは知らず、ニルを不安げに見つめていた。それを受け止めたニルが不敵な笑みを浮かべる。


「…今更そんな顔をしたって駄目。」


 むっとして反論しようとしたが、先程とは違うニルの微笑に凍り付いた。


「節度が分からない悪い人には“お仕置き”よ。アシュリー」


——過去この言葉を聞いて、いい思い出になった試しがない。


 ニルは凍り付いたアシュリーに一瞥をくれると、転移方陣を使わず、地下からの階段をずんずん昇って行った。




 フィフィは心地良い微睡みの中にいた。ふかふかの寝台に、ふわふわの布団。静かな空間。

 しかしそんな空間に何かが侵入してきたのを感じて、若干不機嫌になる。


(一体なんだよ?)


 そう思っただけで、特に警戒はしなかった。


「起きなさい。フィアニス!」

(ん?)


 凛とした強い口調。フィフィは僅かに瞼を持ち上げたものの、暗闇が現実へ向かう事を拒む。


(まあいっか。)


 そんなフィフィに、女神の逆鱗が落ちたのは言う間でもない。


「起きろと言ってるのよ!」

「うわあぁっ!!?」


 布団をはぎ取られただけならまだしも、身も凍るような冷気が一気に襲いかかってきたのだ。


「なっ…!?」


 驚きに目を白黒させるフィフィに、ニルは容赦なく言い放った。


「午後から貴方は御前試合をしなければならないわ。そして勝たなければ駄目よ。」

「………はい?」

「返事は“はい”よ。何が何でも勝つのよ。もしくは方々に実力を認めさせなさい。いいわね。」

「待って下さい!なんの話ですか?」

「御前試合と言った筈よ?わたしが手を貸します。だから、勝ちなさい。」

「勝つって…あー、御前試合?って、俺が勝てるようなもんなんですか?」


 一瞬止まった。


「…だから手を貸すと言っているのよ。」

「ほんと待って下さい。大体何の為に?」


 嫌な予感がする。


「貴方の主の我が侭よ。後はそれを面白がっている方々の要求よ。」

「俺は恰好の暇つぶしですか。」

「自覚したなら良い事だわ。もう時間がないの。さっそくわたしの回廊へ来なさい。」

「いやいやいや!俺はしませんよ!?要するにたかがギルドの賞金稼ぎじゃ勝てない試合なんですよね?」


 そう言ったフィフィに、ニルは真剣な面持ちで近付いた。そして、ゆっくりと言葉を発する。


「……いい?これはもう、決定事項なの。勝つ覚悟を決めなさい。勝てなければ貴方は…即刻クビよ。」

「………………は?」

「さ、行くわよ。」

「は!?」

「——アシュリー=ウィルレイユの力場において、我、ニルヴァ—ナ=ハディエスが道を紡ぐ。我は主の友なりて、誓いを共にするものなり。その誓約において我が力を許し給え——」


 歌う様な魔術の声音。それに誘われて視界は揺らいでいく。


 事をしっかりと噛み砕いている暇もなく、フィフィは強制的に移動させられたのだった。




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