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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第一章 大魔術師の助手兼護衛
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-04-

「あら、なあに?すごい顔ね。」


ニルは笑いを堪えながらぬけぬけと聞いた。


「なにじゃない。これはどういう事?」


転移方陣から現れたアシュリーは、予想に違わず思い切り不機嫌な顔をしていて、ニルは大笑いしそうになるのを堪えた。

差し出された書類の内容を分かっていながら見直してみる。


「…貴方の助手の契約書よね。これがどうかした?」

「どうかしたじゃない。なんで勝手にギルドに依頼なんかするんだ。」

「今更どんな文句言ったって無駄よ?もう契約済みなんだから。」

「俺は同意してない!」


ぐっと拳を握りしめてアシュリーは怒鳴った。ニルは慣れたものだ。


「忙しそうだから気を使ってあげたんじゃない。それに助手でもいなくちゃ、貴方の回廊って足の踏み場もないじゃないの。」

「気を使っただって?有り難迷惑って言葉知ってる?それに君は転移方陣で来るんだからあんなとこは通らないだろ?」


「貴方に用があるのは私だけじゃないでしょう?それに貴方の部屋ときたら、キノコでも生えそうよ。あれは衛生上良くないわ。」

「君が助手になるわけじゃないんだから関係ないだろ!」


「怒鳴るものじゃないわ。ユンが怖がってるじゃないの。」


わざと大きな溜め息を吐き、わざとユンファを優しく撫でる。それを見て予想通り少し勢いが落ちたものの、アシュリーはしつこく抗議する。


「とにかく助手は要らない。君の書術なんだから君が破棄させて。」

「もう契約成立なのよ。陛下も了承済みなのよねぇ。破棄させるなら貴方が陛下に申告してくれない?貴方の助手の事なんだし。」


「俺は同意してない。なのに君が勝手にやったんだ。君が破棄させるのが当然だろ?」

「私が言ったところで陛下は本人を連れて来いとおっしゃる筈よ?どうせ貴方も行く事になるの。」


「どうして俺が!悪いけど君が引き起こした事態に俺が付き合う義理はないだろ?あの助手を連れてさっさと破棄してきて。」


強情なアシュリーらしい。これしきでは引き下がらないか…そう考えて、ニルは大仰に呆れてみせた。


「貴方って人は!可愛い女の子を路頭に迷わせるの?」


その台詞に、一瞬固まるアシュリー。


「な、し、知ってて…!?…いや、そんなの関係ない!とにかく俺には要らないんだから!」

「女の子がギルドで指名手配者を追うのは普通だって言うの?」

「そ、そんな事言ってないだろ?俺は」

「そうやって生きてきたんだから死ぬまでそうしろって言うつもり?」

「だからそうは言ってないだろ!」

「じゃあ助手くらい認めてあげなさいよ。」


「いや、だから…だったら君の助手にすればいいじゃないか。」

「私にはユンファっていう助手がいるもの、ねぇ?」


にこりとユンファに微笑みかけると、心底嬉しそうに微笑み返してくれる。この無邪気な笑顔が、ニルには必要なのだ。そんなユンファを、アシュリーは複雑そうに見つめた。


「助手っていうより…」

「だからね、彼女は貴方の助手なの。ね?分かるでしょう?何も四六時中一緒にいろとは言わないわ。普段はあの回廊で、お互いに好きに過ごしていればいいのよ。ね?そして、仕事へ行く時は連れて行くだけでいいのよ。ね?これだけの事よ。」

「…………」


悩み始めたアシュリーに、決め手とばかりに笑んだ。


「それに彼女は弓術士よ。賞金稼ぎしていた期間も長いし、貴方の苦手な体術を補ってくれるわよ。もう不意打ちで情けない姿を晒さずに済むじゃない?」

「……!」


羞恥と怒りで言葉をなくすアシュリー。身体がぶるぶると震えている。


「ね?分かったら早く戻って契約書の書術を完成させないと、確実に陛下からお呼びがかかるわよ?」

「……っ!」


契約の書術は、一番最後の段階を残している。それを長く放っておくと、城の魔力に歪みが生じて守りに影響を及ぼしかねないのだ。

悔しさも加わってニルを直視出来ないアシュリーは、やがて黙ったまま、足音荒くニルの部屋を後にした。




「………」

「…ニルさまぁ…」

「な、なあに?」

「……ユンファはこわかったんですけど…ニルさまはたのしかったんですか?」

「すごく!!」


言ったかと思うと、ニルは声を上げて笑い出した。


「あ、アシュリーったら、本当に、面白いわ…!あんな屁理屈で、一生懸命考えるんですもの…!」


しばらく不安げにニルを見ていたユンファだが、やがてつられて笑い出した。


「…ニルさまがたのしかったなら、ユンファもたのしいですっ!」

「いい子ね、ユン」


ぎゅっと抱きしめると、小さな手が懸命に抱き返してくる。その仕草が愛おしくて、ニルは切ないくらいに安らぎを感じていた。




「納得いかない!」


ばん、とアシュリーは机に八つ当たりをする。フィフィはそれを黙って見やる。

この大魔術師、戻ってきたと思ったら、もう三十分くらいはこうして考えては八つ当たり、を繰り返している。


最初は適当な所で諦めさせようと思っていたフィフィだが、アシュリーの行動がどうにも子供っぽく、呆れてしまった。


(これでも大魔術師だもんなぁ。あんまり早く才能が認められたから甘やかされたんだろうな、きっと。)


勝手にそんな事を思って眺めている。


あくびをかみ殺し、部屋を眺める。

アシュリーをまた見る。

あくびをする。

部屋を眺める。

それにも飽きてくると、やる事はひとつだろう。


「……はあ…もうこうなったら、なんとか契約破棄の条件を満たすようにしないといけない。」


そうようやく決意して振り返ると。


(ん?)


穏やかな寝息をたてるフィフィの姿がそこにあった。いつの間にかウェスペルが、好奇心も露にフィフィの寝顔を覗き込んでいる。


「…………」


穏やかな光景だ。こうしてみると、さすがに女に見える気がする。


「………」

(なんだってギルドなんかに?)


大きな屋敷の奉公くらいは、大抵の娘ならやっているのに。


(そして、どうして助手なんか?)


本当に安定した高収入の為だけなのだろうか。怒りや不満をひと時忘れ、アシュリーは珍しい来訪者に思いを巡らせた。






くすくす、と笑い声が聞こえた。眠っていた自分に気付き、重い瞼を無理矢理開ける。


「………ん」

(あれ?…ああ、ここ…城か。いくら敵がいないからって、熟睡し過ぎたな。)


んー、と思い切り伸びをして、部屋を見回す。部屋の灯りは灯ったままだ。


(…ほんと、本が多いな…本棚があるのに殆ど外に積んであるし…)


そう言えば、と思ってアシュリーを探すが、あいにくこの部屋にはいないようだった。


(もう一つ部屋があるみたいだったよな…)


その扉を探す際、ふと気付く。


「あれ?」

(そういや、ここって地下だっけ。)


窓がないのだ。


(これじゃ時間がわかんねぇな…ここへ来たのが昼間だったから…夕方か夜か…)


窓がないと分かっていても、ついつい見回して探してしまう。だが、無いものは無いのだ。

フィフィは立ち上がって部屋の探索を始めた。主がいないのだから、暇な事この上ない。それに、仕事内容がはっきり分からないのだから、何もしようがない。


「どれどれ…」


まずは机の上を調べる。大きめの木の机だ。その上には灯りを灯す不思議な球体。ペンと、インク壷。元は立派な机なのだろうが、ここにも本が散乱していてアシュリーが突っ伏していた辺り、そしてフィフィが寝ていた辺りしか片付けられていない。


「………」


そのままにしておく。

部屋は広く、天井はとても高く、そこへ伸びるように背の高い本棚が並んでいる。


(あんなに高い所にあって…あいつに本が取れるのか?)


考えてみて、軽く頷く。


(大魔術師なんだから、取れるか。)


取り合えず部屋中を見て回ろうと思い…本で身動きが取りづらい事この上ない。という事態に気付く。


「……まあ、仮にも助手なんだし。片付けても文句言うなよ。」


今まだいない主に言い捨て、フィフィは片付けを開始した。




その頃、アシュリーは回廊を出て、城の廊下を考え事をしながら歩いていた。


(契約破棄の条件は…身元、仕事の態度、人格、これらに著しく問題がある場合…それから…王族の不満を買う…あとは…くそ、俺が面接すれば済んだじゃないか!!ニルのやつ…!!)


そんなアシュリーを人々は避けて歩く。中には物珍しげにみる者もいるが、それもその筈、アシュリーはあまり回廊から外に出ない。

それに加え、城に上がったのはわずか十歳の時。わざわざ王が隊を組んで迎えに行ったのだ。この国のみならず、他国でも噂となり、この世界でアシュリーを知らない者はいない。


そんなアシュリーだが、魔術を使う時以外は至って普通の若者であり、魔術以外の事には疎い。今も考え事に熱中している為、足下すらも見えていない。

この状況で真正面から来る人を避ける事は不可能だった。


「うっ…!?」


顔から見事に激突し、ついでにぶつかった人物にがしっと抱きとめられた。


「なっ!?ぐ、苦しっ…」

「なにをやってるんだお前は。」


体躯の良い身体を無理矢理引き剥がし、アシュリーは慌てて顔を上げた。


「……なんだお前か…」


げんなりして言うと、相手は眉根を寄せて言い返す。


「なんだとはなんだ。友が悩んでいるようだったから声をかけてやったのに。」

「いつでも上から物を言うよなお前は。」


アシュリーの目の前にいるのは黒尽くめの男だった。長身の体に黒い服を纏い、黒いマントを羽織り、腰に下げた剣の鞘も黒ければ、髪も目も黒い。黒という色彩は近寄り難い雰囲気を作るものだが、加えてこの男は目つきが鋭く、自分が気に入った相手にしか口を開かない。ついでに言うと、無表情。

近寄り難い事この上ない。


「リディ。突然、お前に助手をつけるって言われたらどうする?」


アシュリーがそう訊ねると、リディことリディオスは顎に指をあて、しばし考えた。


「…そうだな…追い返す。」


なんとも簡潔だ。


「じゃあオルクスあたりが勝手にお前と契約させてたら?」


オルクスというのはリディオスの親友で戦友で上司である。


「………殴る。」

「俺の場合、それはニルだから出来ない。」

「なんだ。ニルヴァ—ナにそんな事をされたのか。」

「勝手にギルドに申請して、勝手に面接して、勝手に契約したんだよ!」


怒りに両手を握りしめ、力説するアシュリー。リディオスはそれを興味深そうに眺める。


「それで、助手を追い返したくて考えている訳か。」

「そうだよ!お前も考えてくれ!」

「殴り倒して放り出せばいいだろう。」

「…出来ない。」

「ああ、武術は駄目だったな。俺がやってやろうか。」

「いや!それは駄目だ!」


物騒な発言に慌てて止めに入る。


「…何故。」

「いや…その………あっ!」


慌てた次は考え込み、何やら閃いたようだ。


「そうか……!その手があった!」


そのままアシュリーは走り去って行った。


「…………唐突だな…」


残されたリディオスは一人ぼやき、何事もなかったかのようにまた歩き出した。




書術……文字に魔力を込める呪術。書いてあるものには出来ない。

    魔力を込めて書かれた文字は”書かれた場所、もの”に効力を発揮する。

    例えば壁に書かれればベニヤでも鉄のような強度をもたせたり、重要書類に書き加えれば 特定の人物 しか見れないようにしたり出来る。

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