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エピローグ

 エイシャントの花の影響が消えた戦場では、瞬く間に魔物が消えていった。魔力は正常に流れ、魔術師達に使われては消費され、それが新たな魔物を生み出す事はなかった。魔物は倒されれば瘴気となって消えていき、ついには戦場からいなくなる。


 魔力と、骸と、魔物を失っていくハークヴェルに勝ち目はない。同じ帝国といえど、クライストには“戦神”“天魔”“闇の王”“光の王”がついている。それに加え、途中からフェルウェイルの援軍が入った。本当に、圧倒的勢いをもってハークヴェルは敗北したのだ。


 そして――。


 その戦場を、誰よりも駆け回って密かに活躍していた人物がいた。争いの後に分かった事だが、その人物は魔術師でないにも関わらず術を駆使し、多くのクライスト兵を助けた。

 その名はフィアニス=ルセ。光の王に愛されし大魔術師、アシュリー=ウィルレイユの助手兼護衛だ。この闘いで、大精霊エウェラの絶対的加護を受ける者として、広く名を知られる事となった。


 しかし残念ながら、その活躍は戦場にいた者でも、あまり知らない。






「終わった……?」


 さざめきが残る戦場で、フィフィは敵の気配がなくなっているのを感じて辺りを見渡した。兵の動きも緩やかで、怪我人などの救護に当たって走り回っている。


「えっと…取りあえずアシュリー様のところに行くか…」


 膝に手を当て、呼吸を整えて、フィフィはアシュリーの姿を求めて闘いの傷跡が残る大地を蹴り、駆け出した。




 争いの静まった周りを眺め、アシュリーは息を吐いた。


(疲れた……)


 ぐったりとその場に膝をつく。その隣で、ニルが小さく笑った気配がした。


「それじゃあ、私はユンと先に殿下の所へ行ってるわ。」

「ああ……」


 力無く返事をしたアシュリーの頭を眺め、ニルはまた笑った。


(アシュリーにしては動き回って活躍したわね。)


 少しばかり到着が遅くなって、ニルの闇が暴れてしまったが。


(まだまだ闇には勝てないのね…)


 自らの弱さを噛み締める。だが、そう気を落としてばかりいるわけにもいかない。事態は収拾された。世界の危機は、守られたのだ。


「貴方の助手を呼んでおきなさいよ。」

「うるさい…」


 息も絶え絶えだ。ニルはさっと踵を返し、ユンファの姿を求めて歩き出した。




 前を飛んでいくウィスペルを追いかける。疲れ切った足を動かし、フィフィはただただアシュリーの姿を探していた。


(つっかれた……自分の力じゃないのに、思いっきり動き回ったからかな…ほんと、だるい…)

『そりゃそうよ。貴方が使う力って、ほとんど能力強化じゃないの。自分で負担を増やしてるのよ?』

(エウェラ…助かったよ。ありがとな。)


 口に出して言うのもおっくうで、フィフィは心の中で感謝を伝えた。


『…まあ、良く頑張ったわね。』


 その言葉に、口元が緩んだ。


「……ん?」


 ふと、視線の先に見知った頭を見た気がした。


(は?まさか…いやでも、あいつならあり得る!)


 フィフィは全力でその人物に向かって走り出す。ウィスペルが置いて行かれてぽかんと宙に浮かんでいた。




 アシュリーはウィスペルの気配を感じてそちらへ歩いていた。ずるずると幽霊のように移動するその様は、まるで大魔術師だなんて思えない程ヨレヨレだ。


(早く休みたい…面倒臭い…)


 と、ウィスペルが戸惑っている感じがした。


(なんだ…?)


 思わず顔をあげたその先で、フィフィが猛然と走っていくのが目に入った。


(………は?)


 敵もいないこの状況で、何故あんな全力で動いているのか。


(なに…?)


 目で追っていると、フィフィが一人の…兵士だろうか、その人物に掴み掛かっていった。


(………なに?)


 アシュリーにとってフィフィは、相変わらず、全くもって、未知の存在だ。




「何やってるんだ!?」


 叫んで駆け寄ると、その人物は振り返ってフィフィの姿を認めるなり、嬉しそうに笑った。


「フィー!無事か!」

「無事か、じゃねぇだろっ!」


 走ってきた勢いのままその襟首を掴み上げる。身長差があるので吊り上げられないが、苦しめてやろうとぐいぐい腕を突き上げる。そんなフィフィを笑って見下ろし、彼は言った。


「怪我もあまりないようで良かった。」

「良くねぇ!フォン!あんた何やってんだ!?」


 フォンーフォルクローゼは満面の笑みで、ぐいぐい締め上げるフィフィを思いっきり抱きしめた。近くの地面に、剣の突き刺さるザクリという音が聞こえた。


「ぐおっ!?」

「フィー!……どこも怪我はないか?」

「………」


 その身体が小さく震えているのに気付いて、フィフィは締め上げるのは止めてやった。表情と心情が合っていない。これは、フォルクローゼが不安で仕方なかった時のクセだ。


「無事なんだな?」


 周囲に自分は男だと思わせているのを一先ず忘れて、フィフィはフォルクローゼの身体を抱きしめてやった。


「無事だよ。多少の怪我はあるけど、かすり傷程度だ。大丈夫。」

「………そうか…」


 よしよし、と宥めるように大きな背中を撫でると、フォルクローゼの震えが収まっていった。


「フォンも無事だな?」


 聞き返すと、フォルクローゼは少し身体を離してフィフィによく顔が見えるようにした。そして、小さく微笑む。


「無事だ。」

「まさかとは思うが、剣を持って戦ってた、なんて事はないよな?」

「いや、その通りだが?」

「………………」


 フィフィの笑顔に凄みが加わった。


(この…っサファイアの支配人が、なんで剣持って戦うんだよっ!)


 苛々と背中に回した両手できつく服を握りしめれば、フォルクローゼはごまかすように首を傾げた。


「フィーにばっかり任せていられないだろう?」

「任せろよそこは!王師が頑張ってただろ!?」

「その王師に褒められたよ。支配人にしておくのがもったいないと。」

「だからなんだよ!」


 フィフィが叫ぶとフォルクローゼは抱きしめていた腕を離し、頭にぽんと手を置いた。


「だから、フィーが戦ってると思うと放って置けなかったんだよ。」

「…………」


 優しく頭を撫でられるのは何年ぶりだろう。フィフィは諦めて溜息を吐いた。


「…あたしは、フォンが戦わなくていいように強くなったんだぞ。」

「…そうだったな…でも、離れていると不安だよ。賞金稼ぎをやめてくれたのは良いけど、こんな戦場の真ん中にいたんだから。……サファイアの警備じゃ嫌か?」

「嫌っていうか……」

「フィーに施設の業務が出来ないのは分かっているよ。もともと、大人しい性分じゃないしな。」

「…………」


 俯いてしまったフィフィの頬に手を当て、顔を上げさせて目を合わせる。フィフィがその腕にそっと触れた。


「でもフィー。お前はもう充分強いだろう?まだ足りない?」

「………フォン…」

「俺の側にいて、俺を守ってくれるくらいには強くなれたんだろう?」

「……そう、だな……問題ないと思うよ。…いや、自信ある。」

「じゃあ…」


 しかし、フィフィは首を横に振った。


「ごめんフォン。あたし、フォンの他にも守りたい人が出来たんだ。」


 真っ直ぐに見つめる瞳に、フォルクローゼは驚いて瞬きした。


「…それは…」


 言葉が出てこないのか言いよどむフォルクローゼに、フィフィはにっと笑った。


「あたしは城で出会った人達の事、守りたいんだ。それで、もう少し側にいたい。色々教えてもらいたいし、もっと皆の事知りたいって思うんだ。」

「……フィー…」


 戸惑うフォルクローゼに、フィフィは笑う。


「出会って、別れて。そんなのが当たり前だったからこんな風に思わなかったけどさ。…なんていうか、戻りたいって思ったのは、フォン以外じゃ初めてだから。だから…もうちょっと大事にしてみたい。」


 真っ直ぐな目に、真っ直ぐな言葉。真っ直ぐな、その気持ち。フォルクローゼは諦めて溜息を吐いた。


「……なら、仕方ないな。…フィーがそう言うなら、俺も我侭言わないよ。」

「…ごめんな、フォン。」

「謝るな。フィーの気持ちは自由でいたほうが良い。心が自由なのがお前なんだ。」

「…………そっかな…」

「そうだよ、フィー。自由でいてくれ。でも、俺の事を忘れないで、元気な顔を見せてくれよ。」

「…めんどくさいけど、仕方ないな。」

「酷い妹だなお前は。」


 苦笑されて、フィフィは嬉しそうに笑った。




(なんだ?あれ…)


 話しが済むまで少し待っていようと思ったアシュリーは、フィフィが誰かに抱きしめられるのを見た。それを見た自分が強い衝撃を受けているのが、かなり不思議だ。


(なんだ…?)


 胸がざわざわして落ち着かない。その原因を色々考えてみるがよく分からない。


(あの男は…フィフィの性別を分かってるのか?)


 分かっていようがいまいが、自分には関係ない事だと思うのだが。


(親しい知り合いなのか?)


 それも、どうだっていい筈だ。なのに、どうして二人があんな状況になっているのかが分からなくて落ち着かない。


(なんで…?)


 よく分からなくて目の前がぐるぐるしているような気がする。フィフィが誰とどういう関係があろうが、自分にはまったく関係のない事だ。


(関係ない。どうだっていい………)


 それなのに、目が離せない。


(なんで?)


 よく分からないまま戸惑っていると、フィフィが男と別れてこちらへ気付いた。


「アシュリー様!」


 自分の名前を呼ばれ、駆け寄ってくるフィフィを見たら、急に気持ちが落ち着いてきた。


(なんで…?)


 そう思う気持ちも、さっきみたいにぐるぐるしたものではなく、どこか温かい。


「大丈夫ですか?」

「まあ、なんとか。」


 フィフィが走り回れる程元気なのを確認すると、なんとなく自分も元気を出さないといけない気がする。


「行くよ。」


 短く言って歩き出すと、当然のようにフィフィが横を歩き出すのを視界の隅に収め、アシュリーはそれにほっとしていた。


「終わりましたね。」


 呟いた言葉に顔を向けると、にっと笑われた。


「…そうだな…」


 疲れきっている筈の身体も心も、何故か重く感じなくなっていた。


(さっきまであんなに重かったのに。)


 それが何故だか分からないが、分からなくても良い。ゆっくり歩く二人の頭上を、突如大きな影が走っていった。


「なんだ…?」


 フィフィが呟く。思わず振り仰いだそこには、ラナス国を護っていたユンファの姉ー天魔が悠々と空を飛んでいる姿があった。


(帰ってきた…!)


 ちらりとフィフィを見てみれば、嬉しそうに天魔の姿を追っていた。


「ユン、喜びますね!ラナス国の人達も自分の国に帰れたんですね…」

「……そうだね…」


 嬉しそうな顔を見たら、空の青い事に気付いた。


「…瘴気も晴れた。」

「あ、ほんとですね!」


 瘴気に覆われ、曇っていた空は、眩しい程清々しく晴れ渡っていた。その空を、美しい天魔が愛しい妹の元へとゆっくり飛んでいく。


(…なんでだろう。あの後ろ姿を見てると…)


 隣を歩くフィフィの顔が見たくなった。


「アシュリー様、城に戻ったら寝てもいいですか?」

「………」

「アシュリー様?」


 言われたらもの凄く眠くなってきた。


(疲れたな…)

「アシュリー様ー?」


 顔を覗き込まれる。


「…俺も、寝る。」

「あはは、やっぱ疲れましたよねぇ。」


 小さく頷いて、アシュリーは足を進めた。フィフィはそれについていく。




 いつの間にかフィフィがついてくる事は、アシュリーにとって自然な事になっていた。












 『大魔術師と助手』は、これにて終わりです。


 これを読んで下さった皆様…ありがとうございました!本当に書く力になりました。拙いものにも関わらず、温かく見守って下さった事、本当に感謝致します!なんとなくでも楽しんで頂けていたなら、嬉しいです…!


 実は当初は、エイシャントがメインのお話しだったんですが、書いていたらフィフィとアシュリーメインになりました。恋愛…なのか?な二人です。




 それでは最後に改めまして。


 『大魔術師と助手』を読んで下さった皆様、本当に感謝致します。ありがとうございました。

 

 未熟な作者の成長を助けてやろうかな、と思って下さったら、是非ともご意見をお聞かせ下さい!呟きでも構いません。


 よろしくお願い致します。




 ではこれで、失礼させて頂きます。本当に本当に、ありがとうございました!



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