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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第七章 終結
40/43

-39-



「ニル様!」


 塔からゆっくりと降りて行く背中を追い、ユンファは、必死に声をかけた。あの時迫っていた兵士達は、闇によって一人残らず死んでいる。


「ニル様!がんばって下さい!おねがいです!私がそばにいますから!」


 走り縋るユンファに足を止め、ニルーー闇の王は振り返った。


『ユンファ…我はニルヴァーナの声に応えただけ。敵を滅ぼすのがニルヴァーナと我の望み。お前は心配しなくて良いのだ。』


 やさしく、柔らかく微笑む様は、ニルの微笑みより柔らかく、妖艶だ。その瞳が精霊の影響で紫に揺らめく。


「ニル様…!」


 必死に呼びかけるユンファの髪を優しく撫で、闇の王は楽しそうに口元を歪めた。


『良いのか?ユンファ。ニルヴァーナの心配ばかりしていると、お前の大切な家族を護れぬぞ?』

「……!」


 はっとして階段の途中にあった窓から外を覗くと、兄が雷に打たれる姿が目に映った。


「兄さん…!」


 天魔は特殊な存在とはいえ、その本質は魔物だ。喚び出された魔物は召喚者のはっきりとした意思が届かなければ、途端に制御を失ってしまう。結果、敵ならず味方までも傷つけ、攻撃性が増して防御を怠ってしまう事になる。


「兄さん、しっかりして!」


 ユンファの呼びかけに、兄ははっと我に返って兵の群れから一旦空へと逃げた。群がる兵を倒さんと夢中になっていたのだ。その身体に無数の傷があるのを見て、ユンファはぎゅっと胸元を握りしめた。


(傷付かないで…お願い…)


 また(・・)死んでしまったら、もう、どうしたらいいのか分からない。




『哀れな子供だ…』


 闇は薄く笑うと、塔の階段を再び降り始めた。


「あれだ!仕留めろ!」


 下から駆け上がってくる兵士が見えると、闇は楽しそうに笑った。


『後から後から湧いてきて、退屈しない。』

「一気に殺せ!」

『そうか。なら、苦しめてやろう。』

「!?」


 闇がゆったりと微笑むと、兵士達が途端に武器を取り落とした。


「どうした!?」


 後ろの方にいる者はまだ姿が見えない。闇の姿を見た者は皆、身体から力が抜けていくのを感じた。


「なっ、何が…?」


 次々に膝から崩れ落ちて行く。その側を通りながら、闇は優しく教えてやる。


『敵を一思いに殺してやるのは慈悲だろう?我は優しくないのでな。苦しみ、恐怖する姿が好きなのだ。』

「ぐっ…が、はっ!?」


 血が抜けるような感覚の後にやってきたのは、内側から瞬くように突き抜ける痛み。腕、心臓、腹、目、と場所を変えて次々に襲ってくる痛みに、兵士達は恐怖し、混乱した。


「なっ、なんだこれは!」

「がっ…だ、誰か…!」


 苦しむ悶える仲間を見て、後ろから来ていた兵士達が後ずさる。


「なんだ…?」


 そんな仲間達の間を悠然と歩いてこちらへ降りてくるのは、妖しく美しい女だった。


「あれが、ニルヴァーナ=ハディエス…?」


 女は、戦場であっても思わず魅入られる程に美しかった。だが、様子がおかしい。戸惑う兵士達に微笑んだその女の目は、濃い紫色が蠢いていた。


「!や、闇の精霊だ!退却!退却!」


 気付いた兵士が叫べば、我先にと皆逃げていく。それを見た闇は声を上げて笑った。


『あーはっはっ!逃げ惑え、恐怖しろ!…じっくりと死に至らしめてやろう。』


 すっと目を細めて兵士の足を止めてやろうとした、その時だった。


「ニル!」

『!』


 聞こえた声音に、闇の中でニルが震えた。


 ――アシュリー…?


『あやつか…。厄介な。』


 逃げる兵士達をかき分け、アシュリーが目の前に走り寄ってきた。


『光の愛し子よ。残念ながら無事なようだな。』


 忌々しさを込めて笑うが、アシュリーはニルの両肩を掴んでその目を覗き込んだ。闇は嫌がって身を捩るが、アシュリーは押さえ込む。その耳元へ口を寄せて声を吹き込む。


「ニル。もう大丈夫だ。俺が来たよ。」

『っ!離せ、ニルヴァーナは…』


 ーーアシュリー…遅いわよ。


『っ!』


 ほっとしたニルの柔らかい声が響けば、闇は不機嫌そうにしながら気を失った。




「ニル!」

「ニル様!?」


 側で兵士を威嚇していたフィフィだが、兵士達はこちらには見向きもせずに逃げていってしまった。


「ニル、しっかりしろ!」


 アシュリーは崩れ落ちたニルを抱えて、必死に声をかけている。


「どうしたんですか?」

「…闇の王が支配していたから、意識がこっちへ戻りにくいんだ。」

「えっ…」


 ぎくりと身を強ばらせたフィフィには視線を移さず、アシュリーはニルの固く閉じられた瞼を見つめていた。


「でも、戻さないと。」


 アシュリーはニルの肩を揺さぶった。


「ニル!起きろ!俺だ!」


 ニルの瞼が僅かに震えた。


「俺がいれば闇を抑えられるだろ!しっかりしろ!」


 その台詞に、何故かフィフィはもやもやした。


(なんだろ…?)


 悩むフィフィの前で、ニルがゆっくりと瞼を開いた。


「ニル……」


 ほっとしたアシュリーの顔に、ニルが苦笑しながら指を這わせた。


「…遅いわよ…」


 言われた言葉に、アシュリーが呆れて笑った。


「ごめん…けど、間に合った。」

「……まあ、ね。…貴方も無事みたいね…」

「……まあ、ね。」


 二人の姿に、フィフィはなんとなく距離をとった。


(なんだろ……?)


 なんとなく、なんとなく…落ち着かない。無事で良かったと、思うのに。


(あ…)


 アシュリーと目が合った。その目はすでに戦場にいる者の目で、フィフィはさっと身体を緊張させた。


「君は出来るだけ走り回って敵の数を減らして。あと、殿下には無闇に近寄らないように。巻き込まれたら危険だから。」

「…はい!ご無事で!」


 そう言って駆け出した。


(変な事気にしてる場合じゃない!)


 弓を握りしめ、エウェラの加護を求める。


『さあ、気を引き締めなさいよ。自動で護ってなんかあげないわよ?』

「当たり前だろ!」


 敵味方入り乱れる場へ、フィフィは突っ込んでいった。






 ヴィルジウスはふと、塔を振り返った。


「………闇が収まったな。アシュリーが戻ったか。」

「殿下!」


 さっきまで悶え苦しんでいた敵兵は、ヴィルジウスが呟いている間に態勢を立て直し、あっという間に無防備なヴィルジウスを取り囲んで一斉に武器で突いてきていた。


 さすがのヴィルジウスも油断したのかと思われた。だからつい、危機を伝えようと叫んだのだ。


「!」


 だが、ヴィルジウスはそれが聞こえなかったのか、少しも敵兵を見ていない。四方八方から串刺しにされる、その瞬間だった。


「っ……、…」


 ヴィルジウスに武器を向けた者は全て、吹き飛んでいた。血飛沫を上げながら。


「魔力の妙な流れも引いたな。……植物の件は無事、解決できたようだ。」


 平然とものを言うヴィルジウスを遠目に見守りながら、クライストの師団員達は内心震えていた。


(やはり…あの方は、“戦神”だ……)


 誰の助けも要らず、そして、誰も傷つける事など出来はしない。それが時々、恐ろしく思えてしまうのだった。


「殿下!」


 戦く師団員達の間をリディオスが走り抜けていく。


「さすがは…リディオス様…」


 戦場で、しかも戦闘中に近づけるのは、この男ただ一人だ。




「リディ。アシュリーが戻った。」

「そのようですね。」

「遅いな。」

「………」


 労うつもりが欠片もない台詞に、リディオスの眉が動いた。


「すぐに敵を払うでしょう。」

「…お前はよくアシュリーを庇うな。」


 からかうような声音でヴィルジウスが言うと、リディオスはしらっと答える。


「貴方は庇う所がありませんので。」

「酷い黒騎だな。主をけなすとは。」

「けなしておりません。お強いと褒めているのです。」

「ああ言えばこう言うな。」

「主人に習っておりますので。」


 くくくっ、とヴィルジウスは可笑しそうに笑った。


「まあ、無駄口はこれくらいにして、さっさと片付けるか。」


 ぶん、と重い斧を軽々振り回す。それに応えてリディオスも剣をくるりと回して構え直した。


「御意。」


 戦神と、それに従う黒騎が足を進めれば、敵味方構わず、皆思わず道を開けてしまっていた。




 フィフィは戦場を走り回って広く援護していた。エウェラに身軽にしてもらい、矢に力を込めて敵の数を減らして行く。


(あそこも危ないな…!)


 目に留まったところに集中して矢を放つ。エウェラの力を借りるのにも大分慣れてきて、上手く使えるようになってきていた。


(よしっ!ここはもういいか…?)

「フィース!」

「!?」


 懐かしい声が聞こえ、はっと視線を巡らす。しかし、眼前には――。


(やばっ、魔物…!)


 フィフィなど丸呑みに出来てしまいそうな、大きな魔物が口を開けて迫っていた。


(し、死ぬ…!)


 さすがに駄目だと思ったその時。


「っ!?」


 フィフィに迫っていた魔物が、さっと何かに吹き飛ばされていった。


(えっ…?)


 ふわり、とフィフィの側へ降り立ったそれは、間違いなく天魔だった。


「えっと……」


 しかしフィフィの見た事のない天魔だった。


(ユンの…家族、なんだよな?)


 じっとこちらを見つめる赤い瞳に、フィフィは笑いかけた。


「助かりました。ユンのところに戻ってあげて下さい。」


 その天魔は、真っ白な馬の姿で、額に長い角があった。その角は象牙のように美しいが、同時にまざまざと死を見せつけられているようで、見る者に不気味さを感じさせる。長い尾の先は赤く染まり、それも、美しくも禍々しい姿だった。


(でも…)


 天魔は、優しい瞳をしていた。そっとフィフィの側へ寄ると、その角をフィフィの腕に擦り付けて、ふわりと宙へ駆けて行った。


(……ユン…)

「フィース!何をしているんですか!」

「っ!?」


 間近で声がしたかと思うと、フィフィの真横で剣戟の音が響いた。


「っ…!」


 すぐ横に柔らかな髪が躍る。振り返ればフィフィに襲いかかっていた敵兵が、ルキセオードによって倒されていた。


「ルキ!」


 危機が迫っていた驚きと、ルキセオードに会えた喜びと、助けてもらった申し訳なさ。色んな感情が交じって、フィフィは名前を叫ぶに留まった。そんなフィフィを振り返ったルキセオードは、険しい顔をしていた。


(うっ…怒ってるな…)


 思わず後ずさるが、ルキセオードは大股にその距離を詰めた。濃い緑の瞳に強い光が煌めく。


「一体何をしているんですか?自身の命も守れないようなら、ここへ来ないで下さい。」

「うっ…わりぃ…」


 いい訳も出来ず、声を漏らす。ルキセオードは数秒睨んだ後、一つ息を吐いてフィフィに微笑した。


「…無事に戻ってくれて良かった。」

「…おう。ルキも無事で良かったよ。」


 笑い合って、すぐに頷き合ってその場を離れた。



 フィフィとルキセオードには、それで充分だった。




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