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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第七章 終結
38/43

-37-



『お前風情が…何を言うか!』


「っ!」

「レイフィス!」

「陛下!」


 女神が怒鳴った瞬間、レイフィスの足下から大量の水が噴き上がり、その身体を包み込んでしまった。


「っ……!」


 水は球体となって床からわずかに浮き上がり、その中でレイフィスが、大きな空気を吐き出してしまう。


「陛下!」


 アシュリーが慌てて水球に両手を突っ込むが、レイフィスをいくら引っ張っても水球から引き出す事は出来ない。


「あんた!女神!何するんだ!?」


 詰め寄ったフィフィを冷ややかに見下ろし、女神は怒りに震える声で言う。


『私がネイリの心を分かっていないような事を言いおって…!私が…!ネイリの側にいた私が!あの子の心を踏みにじるような…!』


 女神がレイフィスを睨みつけると水球の水が蠢き、レイフィスがどんどん空気を吐き出してしまう。


「止めろ!」


 思わずフィフィが女神の肩を掴むが、女神はフィフィを睨みつけた。


「っ!」


『フィアニス様!』


 睨みつけられた途端、フィフィの足下から植物の蔦が伸び上がって喉を締め上げる。


「っ…く…!」

「女神!貴女がそうやって無闇に人を苦しめるのを、ネイリ女王が喜ぶのですか!?」


『っ!?』


 アシュリーの怒声に、はっと女神の目が見開かれる。その拍子に蔦が緩まり、フィフィは思いっきり息を吸い込んだ。


「はあっ、はっ…はぁっ…!」


『フィアニス様!』


 姫が駆け寄って背中をさすってくれる。ちらりと様子を見ると、レイフィスが水球で気を失っているのが見えた。


(まずい、早く助けないと!)


『お止め下さい、ファルマリ様!』

『!』


 叫んだのは、アーヴィ女王だった。さすがに女神も驚いて彼女を見ていた。


『ファルマリ様…!どうか、レイフィス様をお放し下さい…!』

『………』


 姫の悲痛な訴えを受け、女神は苦しげに目を閉じた後、水球を壊してレイフィスを解放した。


「ぐっ…ごほっ!ごほっ!」


 床に落ちた衝撃でレイフィスが水を吐き出す。


「大丈夫ですか!?レイフィス陛下!」


 フィフィが慌てて駆け寄るのを横目で確認して、アシュリーは女神とアーヴィ女王を見つめた。


『ファルマリ様…ネイリ女王はわたくし達に、この国を守護する女神は、大変に心の美しく無垢な女性だと教えて下さいました。』

『…アーヴィ…』


 女神と向き合う母に、姫がそっと寄り添う。


『貴女はネイリ女王が亡くなった後も、ずっと我々を見守り続けて下さったのでしょう…?』


 女神はじっとアーヴィ女王を見ていた。その瞳が小さく揺れている。


『貴女が失いたくなかったのはネイリ女王の面影なのでしょうか?』

『…………』

『ファルマリ様…貴女が失いたくなかったのは…わたくしと同じ、この美しい国ではなかったのでしょうか。』

『………っ、アーヴィ…』


 泣き出しそうな女神の瞳に、エイシャント最後の女王は微笑みかけた。


『その証拠に貴女は、わたくしの事もレイシアの事も、きちんと名で呼んで下さいます。ネイリ女王と重ねるところがないのでしょう。そして…』


 女王は、そっと側に佇む娘の手を取った。二人で頷き合い、女神へと微笑む。


『エイシャントは滅びたのです。』

『っ…!』


 女神が震えた。その側に、二人がゆっくりと歩み寄る。


『ファルマリ様。私達の国はなくなりました。…もう、国はないのです。』

『アーヴィ…レイシア…!』


 女神が泣いた。顔を覆って震える女神の肩に、二人がそっと手を乗せる。


『ここはもう国ではない。…私も信じたくはなかった…認めたくはなかった。けれど…』


 女王は悲しげにレイフィスを見つめた。


『私達が現実を受け入れられないせいで、大勢が苦しんでいるのです。それは、エイシャント女王として、望むところではありません。』

『アーヴィ…お前は…』

『ファルマリ様。私と娘は亡霊です。いつまでもうつつにいて良い存在ではありません。』

『!』


 はっと女王を見つめる女神に、二人は優しく微笑んだ。


『ここはもう国ではない。たくさんの時が過ぎ、誰のものでもなくなったのです。』


 その言葉を聞いた途端、座り込んで休んでいたレイフィスが慌てて飛び起きた。


「ちょっ、レイフィス陛下!まだ…」

「女神!アーヴィ女王!」


『!?』


 フィフィが止めようとしても無駄だった。レイフィスは三人に駆け寄り、そこへ膝間づく。


『レイフィス様…!』

『一体何を…?』


 膝間づいたまま呼吸を整え、レイフィスは顔を上げた。


「…もしよろしければ、この島を私に下さいませんか?」

「っ!?」


 すぐそばにいたアシュリーも、流石に驚いてレイフィスを見つめた。


「陛下?何を…」

「ずっと気になっていたのです。滅びたエイシャント…ここに生きていた貴女方を、どうにかしてその気配を残せないかと。」


『………』


 三人とも顔を見合わせ、どうしたものかと考えを巡らせている。そんな三人に向かってレイフィスは再度頭を下げた。


「どうか、私にこの島を訪れる権利を下さいませんか?フェルウェイルにはエイシャントの血を受け継ぐ者もまだおります。」


『…………』


 女王は、にこりと笑って女神を見た。


『……?』

『ファルマリ様。貴女がお決めになって下さい。』

『……私が?』


 目を見張る女神に、姫もにっこり笑った。


『ええ。この島をの守護神である、貴女がお決めになって下さい。』


 もともと女神はこの海域に住んでいた。そこに長い歳月をかけて島が出来、いつしかネイリが流れ着いた。そうして女神が、彼女が愛した島の守護者となったのだ。


『……ネイリは美しいこの島が好きだった。お前達は荒らさないと誓えるか。』


 問われてレイフィスは微笑んだ。


「はい。もしお許し頂けるのなら、この島を美しく整えましょう。」


『……何者も住まわせないと誓えるか。』


「貴女がそうお望みなら。」


『ここでの争いは認めぬ。』


「そのような者は近づけないと誓います。」


 レイフィスは少しも躊躇わずに誓いを立てていく。その強い瞳を見つめて、女神は最後に、どこか縋るような声音で言った。


『…この地を美しく穏やかな、安らぎある場所にしてくれ。』


 それは、ネイリの愛した景色。ネイリと共に守ってきた景色だ。


「…はい。ファルマリ。貴女にとって安らぎある場所になるように。」


『………』


 女神の目から涙が溢れ、床に落ちて弾けた。それは海の玉。とても澄んだ色の石だった。


『…レイフィスと言ったか。』


「はい。」


 真っ直ぐに見上げてくる瞳は、海の青と、亡国の島を彩った鮮やかな緑が入り交じった色。その瞳が思い出を現しているような気がして、女神はそっと微笑んだ。


『お前に、私の加護を与えよう。』


「……っ!」


 驚くレイフィスの方に指先を乗せ、女神が瞳を閉じる。その側で女王と姫が嬉しそうに頷き合っていた。




「え…ど、どういう事ですか…?」


 意味が分からず首を傾げるフィフィに、アシュリーが呆れながらも苦笑して教える。


「…この島を陛下に託したんだ。女神の加護は代々エイシャントの王が受けてきた。それを陛下に与えるんだから…意味、分かるだろ?」

「……!」


 思わずレイフィスと女神を見つめた。


(じゃあ…女神はレイフィス陛下をこの島の主だって認めたんだ…)


 長い間歪んでいた色々な思いが、今、前を向こうとしていた。




『では、わたくし達はそろそろいきますね。』


 女王の言葉に、姫も頷いた。途端に寂しそうな顔になったフィフィに、姫がそっと歩み寄る。


『フィアニス様。どうか元気を出して下さい。この島の影響が消えても、貴方の国の危機が去ったわけではないのでしょう?』


「それは…そうだけど…」


 死して尚、現に留まり続けた姫が、苦しみが癒えた途端に去らなければならない。それが、どうしようもなく寂しく思えたのだ。


『…ご武運をお祈りしております…』


「!」


 姫はそっとフィフィの頬に口づけた。それを見たアシュリーは、驚いた後になんとも言えない表情になった。


(姫…あたし、女なんですが…)


 好意を持たれるのは嬉しいものの、相手と同じ性別だと思うと複雑だ。


『それでは皆様。どうか、ご無事で…』




 三人が見守る中、女王と姫は陽の光に紛れるように、その姿を溶かしていった。やがて完全に、二人の姿が消え去ってしまう。


「…やっと…楽になれたのかな…」


 呟いたフィフィの言葉に、アシュリーとレイフィスは空を見上げた。降り注ぐ明るい光が、二人の心を現しているかのようだった。


「…さあ、我々も光を取り戻しにいこうか。」

「「!」」


 レイフィスが一歩踏み出し、アシュリーとフィフィを振り返った。その瞳には、出会った時よりも強い、強い輝きがあった。


「…よし!さっさと戻りましょう、アシュリー様!」


 元気よく言ったフィフィにちらりと視線を寄越しただけで、アシュリーは女神へと向き直った。


「それでは、我々はこれにて失礼します。」


 ぺこりと頭を下げ、さっさと踵を返す。


「ちょっ、アシュリー様!それでいいんですか!?相手神様ですよね!?」


 アシュリーと、それを追いかけるフィフィを見送りながら、女神はレイフィスに微笑んだ。


『…道は望めば、いつでもここへ繋げよう。』


「今度は友人も連れてきましょう。」



 女神は優しく微笑んだ。その笑顔は、とても穏やかだった。




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