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城の長い廊下を淡々と歩く。
無機質なところもあり、中庭に面した暖かいところもあり、長くいたらおかしくなりそうだと、フィフィは兵士に視線を移した。
「あ…俺がつく大魔術師ってどんな人?」
あたし、と言いかけて慌てて直す。兵士は気付いた様子もなくフィフィの話に答えた。
「アシュリー様ですね!あの方は、大陸屈指の大魔術師です!!」
「ふーん。で、性格は?」
得意げな様子をさらりと流し、フィフィは気になるところを訊いてみた。
しかし兵士は、途端に勢いを失う。
「性格は…」
嫌な予感がする。
「なに?」
「…いえ……そうですね…非常に関心が薄いといいますか…」
「何に。」
「その…色々なものに……」
何と言ったらいいのか、と兵士は考え始めてしまった。
(とんでもないナルシストじゃねーよな…?)
不安に思って聞いてみる。
「自分にしか興味がないとか?」
「いえ!そのような事はございません!」
即答だ。
「ならその曖昧な言い方はどっから来るんだよ。」
「はあ…申し訳ございません…何分色々と難しい方でして…」
「難しいって…頑固親父かよ。」
「いえいえ!あの方はまだお若いですよ。フィアニス様と同じ年頃ではないかと。」
「んじゃ気難しいんだな。」
「気難しい…そうですねぇ…そういうところもお持ちですね…」
「はっきりしねーなぁ。」
「はあ…申し訳ございません…」
すまなそうにする兵士を一瞥し、フィフィは話を止めた。一体どんな人物なのか、非常に不安がある。
(いくら城の人間だって言っても、変人だったらさっさととんずらするか。安定収入は諦めるしかねぇな。)
そんな事を思っていると、目的の場所についたようだ。兵士が廊下の端へ避け、姿勢正しく直立していた。
「こちらがアシュリー様の回廊になっております!」
「へー。」
兵士が指し示した方を見て、フィフィは戸惑った。そして、先程の兵士の台詞を思い出す。
「…ん?……回廊?」
「はい!大魔術師様お二人には、皇帝陛下より、回廊が与えられております!そして、こちらがアシュリー様の回廊になります!」
「………は?」
フィフィはもう一度その“回廊”を見る。廊下から続く扉を少し開けると、中にはまだ通路が続いており、今まで歩いてきた廊下から少し外を覗くと、その“回廊”とやらがL字型にまだ続いているのが容易に分かった。
「……で?案内はここまでってか?」
若干威圧的なフィフィの言葉に少し気圧されつつも、兵士ははっきりとした口調で答えた。
「は、はい!お二人の回廊には、それぞれに属する者しか立ち入る事を許されておりません!」
「あた…俺も属してねぇだろ!?」
「はっ!ニルヴァ—ナ様に渡された書類をお持ちですから、危険はありません!」
「危険ってなんだよ!」
物騒な言葉に慌てて食い付くと、兵士はそれを聞かなかった事にして続けた。
「ともかく、お進み下さい!私はニルヴァ—ナ様より、ここまでの案内を任されております故、これにて失礼させて頂きます!」
言うだけ言って兵士はくるりと踵を返し、逃げるように離れて行く。
「おいお前!」
怒鳴るように呼ばれて兵士はさっと振り返り、敬礼した。
「御武運を!」
「はいっ?」
そのまま急ぎ足で逃げて行ってしまった。
「っ…………」
脱力してそれを見送る形となったフィフィは、ニルヴァ—ナから手渡された書類をまじまじと見つめた。
(ほんっとにコレがあれば大丈夫なんだろうな〜……見ても分かんねぇ。)
書類と睨み合う事、数分。
(行くしかねえ!)
ぐっと拳を握りしめ、フィフィは回廊の扉を開けた。
ギイィ———、と嫌な音がする。
(うわっ、幽霊でも棲んでそうだな!)
若干ビビってしまう。だが、顔も見ずに帰るわけにいかない。それに上手く行けば安定した高収入が待っているのだ。
「アシュリー様!!ギルドから、助手として来ました、フィアニスです!!」
これでもかという程の大声でアシュリーなる人物を呼ぶ。
こんな広そうな回廊、隅々まで探す気は毛頭ない。大体、あまり人は入れないようだから、これだけ騒げばきっと出てくるだろう。
「アシュリー様ー!!」
肝を据えて、出来るだけ大股で歩いていく。
「アシュリー様ー!助手のフィアニスでーす!!」
何度も叫んで自分でも煩いと思い始めた頃、通路に並んでいる扉の中に、少し大きなものを見つけた。
「………?」
明らかに他とは違う。というよりは、石の壁に扉のように切り込みが入っていて、中央に光る石が埋めてあった。
(怪しいよなぁ…。ここにいんのか?)
じっくりと観察し、その割りにはあまり考えずに、その石に手を当ててみる。
(………)
「何も……っ!?」
何も起こらないと思った矢先、石は眩しく瞬き、扉がすうっと消え去った。
その先は、真っ暗で何も見えない。
「………へぇー……すげぇ…」
しげしげと消えた所を観察し、そっと足を踏み入れた。
真っ暗だったそこは、フィフィが踏み入れた瞬間、左右の壁に次々と火が灯っていき、下へ続く階段をはっきりと見せた。
「……アシュリー様ー!?」
階段の奥へと叫ぶ。しばらく待つと、微かに何か音がした。
(…変な実験とかしてて突然化け物とか出てきたらどうしようかな…)
なんて事を思いつつ、ゆっくりと警戒しながら石段を降りてゆく。
「アシュリー様ー?いますかー?」
声のボリュームを落とし、慎重に足を進める。
「アシュリー様ー?」
階段は長いようで短く、簡単に突き当たりへ行き着いてしまった。目の前には、木製の扉。
(…これ…開けるんだよな?)
不安を抱えながらも、この向こうに何かいる、という確信があった。
(よしっ!)
意を決して、扉を押した。
こちらは、回廊の入り口の扉が嘘に思える程軽く、滑らかに動いた。それに感心しつつもフィフィは中を伺い見る。
「…アシュリー様ー?」
部屋は薄暗かったが、かろうじて部屋の様子は分かった。
どうやらいくつか大きな本棚があり、本は床に散らかっているようだ。中央には大きな机があるのが分かった。
(ようするに散らかしっ放しなんだな、アシュリーとやらは。)
「……ぅ…」
(!?)
部屋の中央からうめき声が聞こえた気がした。人の気配もする。
お目当ての人物かと思い、そうっと無造作に散らばる本を避けつつ机によると、誰かが机に突っ伏しているようだった。
(ん…?)
その“誰か”の耳元が、弱々しく光っている。
興味を惹かれて覗き込んでみると、耳飾りの宝石が、僅かに光を放っているようだった。
(すげぇ…光る石なんてあるんだな…)
その幻想的な光景を思わず観察してしまう。その視線に気付いたかのように、光がこちらを“見た”気がした。
(んっ!?)
まさか、と思った瞬間だった。
「!?」
飾りの宝石から眩いばかりの光りが飛び出したかと思うと、凄い早さでフィフィの周りを飛び出したのだ。
「なっ…!?」
とっさに逃げようとするが動きが早過ぎて進路が見えない。光はフィフィの眼前を眩しい光で埋め尽くす。
おまけに鈴を振るような音が、どんどん大きくなっていって、ひどい耳鳴りがしてきた。
(眩し…それに、耳が…!!)
眩しさのあまり視界を奪われ、耳を塞ぐ為に身体を動かせば、それにすら耐えられず、バランスを崩した。
まばゆい光。
ひどい耳鳴り。
フィフィは完全に目を閉じ、耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込んで動けなくなった。
その時、積み上げられた本の山を崩してしまったのだが、フィフィはまったく気付けない。だが机に突っ伏していた人物は、その大きな音で目を覚ました。
(!?…人?)
「ウェスペル止めろ!」
明らかに侵入者を威嚇している使い魔に命令を下すと、光は一瞬驚いて固まり、ちらりとふてくされたようにして耳飾りの宝石に戻った。
「ああ、ありがとうな。お陰で安心して寝れたよ。」
そう言って機嫌をとると、嬉しそうに、可愛らしい鈴の音で答えた。光りも大人しくなっている。
そして、部屋の灯りが瞬時に灯った。
(で、この人は…?)
侵入者と言えど、城からなんらかの許可が出ている筈だ。でなければこの回廊へ入る事すら出来ないのだから。
しかしウェスペルの事を知らないとなると、王家からの許可を受けた者ではないだろう。
つまり“賓客”ではない。
(可哀相に。もろにウェスペルの攻撃を受けてるとなると、ニルの仕業か…?)
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