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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第六章 花の生まれた場所
28/43

-27-


 イイェル国の朝は、無事にやってきた。取りあえずドルーグによる襲撃もないし、昨夜の野次馬達も、いつもの騒ぎと思ってくれたようで、フィフィやジルキスを探す様子もない。


「クライストに戻るまでは、もう二度と騒ぎを起こさないように。」


 起きた早々アシュリーにぐさりと釘を刺され、フィフィとジルキスは首を竦めた。


「はーい…」

「心得ました。」


 適当に返事を返したフィフィに比べ、ジルキスはきっちりと頭を下げて応えた。ちらりとフィフィが視線を戻すと、アシュリーが喰い殺さんばかりに睨んでいたので、慌てて頭を下げて言い直す。


「肝に銘じます!」

「………」


 黙って睨むアシュリーの横で、ヴィーグがお腹を抑えて笑っていた。




 イイェル国を出立して、広い草原のような道を進んで行く。青々とした草花が足下を埋め尽くし、蝶も小鳥も飛んでいた。ヴィーグ、ジルキス、フィフィのおかげで表面上はのんびりとした雰囲気があるが、内心は皆かなり焦っていた。


 今、クライストはどんな状態だろうか。


 襲撃を受けているだろうか。


 押されていないだろうか。


 苦しんではいないか。


 傷ついていないか。


 早く、早く。


 そう思っているから、知らず四人の歩みは速くなっていた。




 遠くの方にフェルウェイルと思われる城の影が見えてくる頃、アシュリーはふと立ち止まり、三人が顔を見合わせている間に道を逸れて歩き出した。


「ちょ、ちょっとアシュリー様!?どこ行くんですか。フェルウェイルはあそこですよね?」


 慌てて問いかけるフィフィの声など丸きり無視して、ちらりと振り返る事すらせずにアシュリーはすたすた歩いていく。


「ウィルレイユ様?そっちは海しかありませんよ。」

「何かありましたか?」


 ヴィーグとジルキスも不思議そうにアシュリーの行く先を見つめるが、何も変わったところは見受けられなかった。広大な海へ繋がる浅瀬が見えているだけだ。


(相変わらずわけ分かんない人だな…)


 ちらりとヴィーグとジルキスを伺うが、二人は慌てもせずにとことこ後を付いてくる。


(こいつらほんと能天気だよな…)


 アシュリーからしてみればフィフィも十分能天気なのだが。しかし気付かないのは本人ばかりだ。


 すたすたと歩くアシュリーの後をしばらくついていくと、当然ながら、浅瀬へ辿り着いた。この辺りは岩で陸が出来上がっているためか、あの植物もなかった。


「…岩で防げるんなら、ハークヴェルみたいなところは被害が少ないのかも知れませんね。」


 ぽつりとフィフィが呟くと、ヴィーグがもの凄く嫌そうな顔をした。


「…やな事言いますねーフィアニス様。」

「………」


 岩や煉瓦などは少なく、木造の建物が多いクライストはどうなっているだろうか。自分が言った台詞がかなり嫌な発言だと思い直して、フィフィは溜息をついてアシュリーを見やった。


「それでアシュリー様。一体どうしたんですか?」


 アシュリーは三人の事など全く視界にも入れず、誰にも応えず、ただ、波が足に被るくらいの位置でそっとしゃがみ込んだ。


「「「?」」」


 三人が興味深く見つめる中、アシュリーは唐突に呪を紡いだ。


「——汝は我が僕。海に住まう者。我、アシュリー=ウィルレイユの元へその姿を顕現させ給え——」


 言い終わると、打ち寄せた波が少しだけ足下へ残った。


(…波が残った?)


 自分で感じた事を不思議に思っていると、波が打ち寄せる度にそこへ残る海水は増え、形を変え、どんどんアシュリーの眼前へとうねり、捻れ、やがて小さな人のような形を現した。しかしそれは、不安定に形を崩しそうになりながら、なんとか人のような形を保とうとしているように見えた。


「海の精霊。女神の涙。君は僕と契約している筈だけど、何故そうも抵抗する?」


(えっ…これが、精霊?)


 フィフィは思わずそれを見つめた。どう見てもただの海水がもがいているようにしか見えない。


(精霊って…綺麗なもんだと思ってたな。)


 目の前にある精霊は、フィフィの想像とはまるで違っていた。


『女神が嘆いているの』


(えっ?)


 フィフィの耳に届いたのは、凛と澄んだ美しい声だった。


「どの女神?」

『あの孤島の女神』


 声はどうやら精霊のもののようだ。フィフィはまたもや精霊を凝視してしまった。


「あの孤島…もう随分昔に滅んだ国があった島?」

『女王が治めていた、女神の孤島』

「…………」


 精霊はそうだ、とか、違う、という言葉は使わない。しかし精霊と自分が思い描いているのは同じ孤島だろうと、アシュリーは思った。


「それで、どうして女神は嘆いている?」

『女王が泣いている』

「女王って…最後の女王か?」

『姫も、泣いている』

「………」

『泣いている。女神が嘆いている』

「………」

『泣いている』


 精霊の声はあまり抑揚がない。だが、繰り返す言葉からは不安な心が感じられた。


 フィフィが後ろを振り返ると、ヴィーグとジルキスが怪訝そうな顔をしていた。二人も精霊の姿を凝視している。


(エウェラくらいになるとああいうちゃんとした形になるのかな…)


 場違いな考えを巡らせながら、フィフィはアシュリーと精霊に視線を戻した。


「心配なら行くといい。解放しようか?」

「「ウィルレイユ様!?」」


 アシュリーの言葉にヴィーグとジルキスが反応した。


「精霊を手放すのですか!?」

「こんな時に!」


 二人の剣幕に驚いて、フィフィは唖然と視線を行き来させた。アシュリーはやはり、二人の存在などないかのように振る舞う。


「どうしたい?」

『女神の側にいたい』


 精霊は今も不安定に形を変えながらそう言った。


『女神が嘆いている。女王が泣いている。姫も泣いている』


 それを聞いて、アシュリーは頷いた。


「なら、行くといい。——我が名、アシュリー=ウィルレイユの名において、汝との契約を無に返す——」


「「ウィルレイユ様!!」」


 アシュリーが呪を唱え始めた途端に二人が叫んだ。が、それすらも無視してアシュリーは言い終えた。精霊には何か目に見えないものが絡み付いていたようで、それは、アシュリーが唱え終えると同時に粒子となって弾けて消えていった。


『アシュリー=ウィルレイユ。光の子。女神の恩恵があるように』

「……ありがとう」


 精霊は一言言い終えるとその場に崩れ落ち、波に攫われて行ってしまった。


「ウィルレイユ様!何故そう簡単に精霊を手放すのですか!」

「それに、今回は海が関係しているのでしょう?その海の精霊を手放すとは…」

「うるさい。」


 ぴしゃりと言い返され、二人はぐっと言葉を呑み込んだ。アシュリーはそんな二人をぎろりと睨むと、何も言わずに道へと戻り出した。


「アシュリー様!」


 慌てて追いかけて、フィフィはその隣へ並んで訊ねた。さっきから、よく分からない事ばかりなのだ。


「あの、あの精霊は何を言ってたんですか?孤島とか、女王とか、よく分からなかったんですが…」


 アシュリーはどんどん進む。だが、これくらいでめげるフィフィではない。


「それと今回の事に何か関連があるんですか?」


 アシュリーはまだ反応しない。


「アシュリー様。教えて下さい。ずーっと質問しますよ。」


 ぴくり、とアシュリーの眉が動いた。にやり、とフィフィは僅かに笑う。


「………」


 ちらりとアシュリーが背後を振り返ると、フィフィの後ろの二人もこちらを睨んでいた。


「………はぁ。」


 わざと大きめの溜息を吐いて、アシュリーはようやくちらりとフィフィを見た。ついでに二人も。


「…まず、あの精霊を海に帰したところで、そう問題はない。」


 言われて二人は顔を見合わせた。


「…貴方がそう仰るなら、もう何も言いません。」

「お心のままに。」


 殊勝になる二人をさらりと眺め、アシュリーはフィフィに視線を戻した。


「次に、あの精霊が言っていたのは、代々女王が治めていたと云われる孤島の亡国の事だ。」

「孤島の亡国?」


 首を傾げるフィフィを見て、アシュリーは一気に面倒くさそうになった。


「えっと…結構有名だったり…します?」

「子供の頃聞かなかった?」


 半眼で睨まれ、えへへとごまかした。すると見兼ねたジルキスが教えてくれた。


「フェルウェイルよりさらに北東へ向かうと、大きな島があります。そこは大昔には国があり、植物や花も豊かで楽園のようだったと云われています。その国は代々女王が治めていて、誰もとても美しく聡明で、国は穏やかに統治されていたそうです。

 最初、その島の事は大陸の人間は知りませんでしたが、一隻の船が潮に流され、偶然発見しました。それから大陸との交流が始まったのですが…」

「交流が深まるにつれて海が荒れて、やがて、近づけなくなって国交を経つことになった。その時には咲き乱れていた花もほとんど枯れてしまい……まるで交流を持った事を罰しているようだったと云われているんですよ。」


 ヴィーグがそう続けて、ジルキスが頷いた。


「へえ…」


(そんな話聞いたっけ…?)


 思い返すが全く覚えがない。


(まあ、フォンしかいなかったから仕方ないか…)


 二人とも親を亡くしていた。だから、おとぎ話など聞く機会がなかったのだ。


「…で、今は誰もいないわけですよね?大昔に滅んだんなら。その島がどうしたっていうんですか?」


 苦笑いしながらフィフィが訊ねると、アシュリーは前を向いたまま答えた。


「精霊は“女神が嘆いている”“女王が泣いている”“姫も泣いている”と言っていた。…という事は、あの島には今、亡霊がいるって事だ。」

「「「亡霊?」」」


 ぴったり声を合わせてそういうと、三人は顔を見合わせた。


「まさかアシュリー様から“亡霊”なんて言葉が出てくるとは…」

「あの方もなにげにオバケとか信じてんだな…」

「けど結構子供っぽいから、オバケ信じてるって言われても納得出来ません?」

「「ああ、そうかもな。」」

「………一体なんの話。聞く気がないなら、さっさと行くよ。」

「「「あっ、そんな事ありません!教えて下さい!」」」


 慌ててアシュリーに縋ると、かなり面倒くさそうに睨まれた。アシュリーにしては結構耐えていると思う。


(アシュリー様って意外と優しいよな…なんだかんだ面倒くさそうにしながら、ちゃんと教えてくれるし。多分、あたしもこいつらも、もしアシュリー様が何も説明しなくてもちゃんと付いてくと思うんだけど…)


 色々考えているとアシュリーの目をじっと見てしまう。そうすると今度はその目に魅入ってしまうのだった。


「亡霊は言ってみれば、留まり、膨れ上がった“想い”だ。あの島に今いる女王はそれに間違いないだろう。」

「まあ…いるとしたらエウェラみたいに人じゃなくなってるって事ですよね。」


 そう言ったフィフィに、アシュリーが真っ直ぐに目を合わせた。


「そう。彼女は人ではなくなっている。滅んだのはもうずっと昔だ。その年月としつきを人は生きられないから。」

「……では、亡霊がいるからと言って、それがなんなのですか?」


 ジルキスが不可解そうに首を傾げると、アシュリーは即答した。


「彼女の思念が今回の花に影響している。」

「「「え?」」」


 すでに息絶えた亡国の女王の思念が、一体どう関われるというのだろうか。幽霊が泣き叫んだらそれなりに周辺に被害はあるだろうが、こうも大きな事件にはならないだろうと思う。


 首を傾げる三人を振り返り、アシュリーは言葉を続ける。その後ろには青々とした草原と、綺麗な花や青空が広がって、絵のように綺麗だった。


「…精霊は“女神が嘆いている”と言っていた。という事は、あの国…あの島はその女神のものだったんだろう。」

「えーっと…守護神、みたいなものですか?」


 フィフィが問うと、アシュリーがちょっと考え込んだ。


「……彼女の守護下に、国が出来たと考えるのが自然だろうな。」


 もともと女神が守っていた島に人が住み着いた、というのだろうか。


「そして、あの国は“代々女王だった”と云われている。それが真実なら、女神はあの国に深く関与していたんだろう。」


「………それが…どう…?」


 心底不思議そうにするフィフィに、アシュリーはまたも溜息を吐いた。


「君は……ちゃんと考えてものを言ってるの?」

「いやー…考えようとするとむしろ頭がぼーっとするというか…」


 へらへらしているフィフィを見て、アシュリーの目が一瞬遠くなった。


「…もういい。」


 苦笑した。完全に諦めたようだ。


「代々女子が生まれるとは限らないだろ?」

「……まあ…一人しか生まれなかった場合とか、子供がいなかった場合もありますよね………あっ、そうか!」


 女神が。その女神が、不自然な“常識”を創り出したのだ。


「となれば当然、あの国の女王達…王家の人間には女神の力が僅かでも流れ込んでいた筈だ。」


 そこまで説明されて、ジルキスが息を吐いて頷いた。


「その力を利用されて、あの花が生まれたわけですね。」

「利用されて…?」


 首を傾げるフィフィに、今度はヴィーグが呆れた声を出した。


「フィアニス様!頭鈍過ぎですよ。ハークヴェルがあの植物に手を加えているって、説明されたでしょう?」

「あ。そうか。」


 ぽん、と両手を打って納得する。女王の力を使ってあの花を出現させ、利用したのか。


「…………けど…力を利用するには女王がいないといけませんよね。その、亡霊として。」

「ええ。」


 ジルキスが静かに頷いた。


「って事は、何か強い想いがないと亡霊になんてなりませんよね?」

「そうですね。」


 今度はヴィーグが頷いた。


「一体何をそんなに想ってたんでしょう?それに、その想いをハークヴェルは知ってるって事ですよね。」


 フィフィの問いに、ヴィーグもジルキスもアシュリーを見つめた。女王が強く想っていた事。誰かに唆されて揺れ動くような、切実な想い。


「……こればかりは俺には分からない。」


(まあ、そりゃそうか。)


 納得したフィフィをよそに、アシュリーは真っ直ぐフェルウェイル城を見つめて歩いて行く。


「レイフィス陛下にお伺いする他ない。」

「レイフィス…って、フェルウェイルの国王様?なんでその人に聞けば分かるんですか?」


 すると、ヴィーグががしっとフィフィの肩を掴んできた。


「なんだよ!」

「それも知らないんですかフィアニス様!どんな子供時代だったんですか!?」

「え…?」


 戸惑うフィフィを見てジルキスは首を横に振った。


「あの昔話も知らないのだから、これを知らないのも仕方のない事だろ?」

「あー…そうかもな…」


 疲れたように項垂れたヴィーグを尻目に、フィフィはアシュリーに聞き直した。


「アシュリー様。どう関係あるんですか?」


 アシュリーは城を見据え、ぽつりと零すように答えた。


「……最後の女王の時代、その娘である姫は、フェルウェイルの王子と婚約していたと云われているんだ。そのまま国は滅んでしまったけど。」

「…………え?」


 フィフィも、思わず城を見る。


 そこには青空に囲まれた、どこか幻想的な雰囲気を纏う城が佇んでいた。




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