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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第五章 蠢く罠
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-24-



 アシュリーが斬られるところなんて、見たくない。

 最悪だ。

 自分のせいで。

 アシュリーが。



 一瞬目の前が真っ暗になった。が、次いで聞こえた悲鳴に我に返った。


「うわあぁあああぁ!あ?」

「うるさいっ!」


 怒鳴るアシュリーの声が聞こえにくい。それ以上の大きな音が耳に容赦なく入ってきていた。風だ。


(お……落ちてる…!?)


 二人は、もの凄い勢いで落ちていた。アシュリーは逃げる事も、手を離す事もせず、自ら飛び降りたのだ。正確にはしがみついている。結果、斬られるのは避けられたものの、今だ命の危機には変わりない。


「な、何やってるんですか!」

「う、うるさい」


 心無しかアシュリーの声が弱々しくなっている気がする。


(もしかして…)

「アシュリー様!?」

「なに…」

「気を失っちゃ駄目です!起きて!」

「うるさ…」

「起きて!」


 必死にアシュリーに叫びまくる。アシュリーの掴む手が弱くなってきたので、逆にフィフィが抱え込んだ。


(どうすんだよこれ!あたしじゃ何も出来ねぇよ!)


 なんとか出来るかも知れないのはアシュリーだ。そのアシュリーは今、意識を保つのに精一杯。


「アシュリー様しっかり!死にますよこのままじゃ!」

「うるさ…い」

「アシュリー様ぁああ!」

「っ……」


 落ちている。もの凄い勢いで頭から落ちている。城は天まで届く高さ…ではない。地面がみるみる近づいてくる。死ぬ。確実に。


「誰かーっ!アシュリー様ー!」

「う…さ…」


『誰かってなんなのよ!』


「へっ?」

(誰だ?なんだ?)


 思わず落ちながら空を見つめる。


『貴女ねぇ!この私がついてるのにさっぱり忘れてるってどういう事よ!』


「あ。」

(忘れてた。完全に。)

「怒るくらいなら助けてくれよ!アシュリー様気絶しそうなんだけど!」


『情けないわね…。助けてあげてもいいけど。』


「早く!死ぬから!」


『せっかちねぇ…』


 その言葉が聞こえた途端、急激に落下が止まった。ぴたりと止まったわけではないが、風の抵抗を感じない程、のんびり話しが出来る程に、ゆっくりとなった。


(すげぇ…最初からエウェラに頼れば良かった…!)


 思わず涙ぐみそうになった。


『私のありがたさ、分かった?』


「分かった!もの凄く分かった!あんたは神だ!」


 嬉しいついでにしっかりとアシュリーを抱え直した。


『神じゃなくて大精霊よ。頭悪いの?貴女。』


「可愛くねぇ…」


『なんですって?』


「なんでもありません……アシュリー様!もう死ななくて済みましたよ!」

「うるさい。ほんとに。」


 落下が止まり、アシュリーは徐々に意識がしっかりしてきたようだ。言葉がしっかりしてきた。


「大精霊エウェラ…お救い下さり、感謝する。」

(え、エウェラって偉いんだ…)


『今聞こえた助手の声は聞かなかった事にしてあげる。アス。強くなる事ね。護りたければ。』


「…肝に銘じます。」


 苦笑しながらそう答えたアシュリーは、フィフィが今まで見た事がない表情だった。


『じゃあね。後はあなたがなんとかしなさい。』


「言われなくても。」

(っていうかこの声、アシュリー様も聞こえてたんだ…)


 もぞり、とアシュリーが身じろぎした。何かと思って顔を合わせると、ぎくりと身を強ばらせた後、さっと視線を外してアシュリーが言った。


「…ちょっと腕緩めてくれる?」

「あ。すいません。」


 落ちないように少し緩めると、ほっと息を漏らしてアシュリーは詠唱を始めた。



「——汝は我を護る翼。大地に降り立つその時まで、我らを護り給え——」



 ふわり、と足下が軽くなった。と同時に抵抗を感じ、ともすれば空に立てそうな気配がする。


「これ…」

「立って。」


 言われて、ゆっくりと態勢を変えてみる。ぶよぶよしたマットに立つように不安定だったが、それでもなんとか立ってみると、意外にもしっかり立てた。


「すげぇ…」

「ほら、もう地面に着く。」

「あ、ほんとですね!良かった…今回ばかりは駄目かと思いました。」

「ほんとに…」


 それから少しして、二人は無事に地面に降り立った。




 その後、アシュリーとフィフィはもう一度城の最上階へ転移し、サージェス達と挟み撃ちにしてハークヴェルの兵を叩きのめした。しかし残った数人の魔術師が骸ごと転移して逃げてしまったのだ。おそらくはハークヴェルへ逃げ帰ったのだろう。


「………………」

「どうしたんですか?」


 アシュリーが消え失せた転移陣を睨みつけていた。訊くと、顔をしかめて言った。


「……彼らは無事でいられるのかと思って。」

「彼ら?」


 無事を祈る相手と言えば、クライストだろうか。


「ニル様達なら…」

「違う。ここにいたハークヴェルの兵だ。」

「は?」


 敵を案じるなんて、アシュリーはこんなにお人好しだったのか。そう思って思い切り見つめてしまった。


「…嫌な予感がする…」

(……またか…)


 アシュリーの予感はとんでもなく当たっていそうで、怖い。


「じゃあ早く戻りましょう。」

「は?」


 軽い言葉にアシュリーが睨んできた。


「だから、早くなんとかして、さっさと帰りましょう。」


 フィフィだってクライストの国民だ。自国が侵略されようというのに放ったらかしに出来るわけがない。自分が生まれ育った国は、やっぱり好きだ。フォルクローゼだっている。絶対に、助けたい。


「……………」


 二人は目を合わせて、小さく頷いた。


「ウィルレイユ殿。」


 振り返ると、ラナス国の王に続き、兵、国民、とおそらくは全員が集まっていた。こうしてみると本当に小国なのだと思う。クライストでは全員がこの場に集まるなんて事は出来ないだろう。何せ、人口が多過ぎる。


「ウィルレイユ殿…そなたには…いや、クライストには、力をお貸し頂き感謝する。そなたらの力がなければどうなっていたか…情けない事ではあるが、本当に救われた。」


 アシュリーは一歩前へ出て、躊躇いなく跪いた。それにまたさざめきが広がる。いつの間にかアシュリーとフィフィの後ろにはサージェス達が戻ってきていた。ヴィーグとジルキスも無事なようだ。フィフィと目が合うと軽く手を振った。


(軽いやつら…)


 だが、それが緊張を和らげているから助かる。


「ヴァグル陛下。こちらこそ、お力をお貸し頂き感謝する。おかげで一人も欠ける事なくすみました。」

「……ウィルレイユ殿…」


 ラナス王は何か言おうとしてしばらく悩み、結局は首を振って諦めた。


「…さて、では我々は…」

「今はここに留まっていては危険です。」


 心を見透かしたようにアシュリーが言うと、ラナス王はため息を吐いた。


「正直なところ、我らではこの植物は手に負えん。そなたには策があるのだな?」

「あります。ですから今は避難して頂きたい。」

「国を出ろと申すか…」


 ざわざわと、不安と不満が入り交じった囁きが交わされる。アシュリーはただじっと待った。


「我らが国を出れば、その隙に国土を奪われるやも知れぬな?」

「その可能性はあります。が、植物に浸食されているのはここだけではない。それに今この土地を占拠しても、植物に侵されるだけで、得るものはない。あまり心配されずともよろしいかと。」

「……万一、という事はある。」


 王は国民の住む場所を確保する義務がある。故にラナス王はしぶっていた。そんなラナス王に、アシュリーはしばし考えを巡らせて、あまり気の進まない顔で言った。


「ご心配であれば、ここへ天魔を置きましょう。」

「何?」

(天魔ってなんだ?)


 ラナス王の顔色が変わった。怒っているようにも見える。


「一匹いれば十分でしょう。この植物が消え去るまでの間です。如何ですか。」

「天魔だと……!」


 まるで、おぞましい物を見るかのようだった。恐れているのが分かった。


(そんなに怖いもんなのか…?)


 ラナス王は苦悩していた。アシュリーはただ静かに答えを待つ。そして、大きな溜息は吐かれた。


「………契約は我が言葉で行わせて頂こう。それで良いか。」

「構いません。」


 言うと、アシュリーが立ち上がった。フィフィは黙って様子を見る。


「ここへ転移陣を開いてもよろしいか。」

「…致し方あるまい。」


 許可を得て、アシュリーは詠唱を始めた。するとウィスペルが耳飾りから飛び出し、アシュリーの正面へ飛んでいった。


(なんだなんだ?)


 戸惑うフィフィは、見守るしかない。



「——汝は“うつろい”。我はアシュリー=ウィルレイユ。我と誓約を同じくする者へ道を繋げ。彼の者はユンファソルシア=ミット。天が産み落とした命である——」



「ユンファ…?」


 思わず声に出して呟いていた。何故今ユンファをここへ喚び出すのだろう。戸惑う間にも陣は光り輝き、ウィスペルが陣の上をひらひらと飛び回っていた。


(あ…光りが…)


 まただ。光りが呼吸しているかのように強弱を繰り返す。陣の輝きが増していく。溢れる光りの中に、突如、人影が浮かび上がった。


(ユン!)


 フィフィがユンファの姿を確認した途端、光りは砕け散って消え失せた。そしてそこには、まだ幼い魔術師が、緊張した面持ちで立っていた。




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