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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第五章 蠢く罠
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-21-



 ハークヴェルの、あの重々しい雰囲気からやっと解放され、フィフィは国境を越えるなり大きく伸びをした。


「んー…!身体が軽くなった気がする…」


 馬上で伸びをする、という危険極まりない事を平気でやってのけ、ついでに感想まで呟くフィフィに、サージェスが苦笑した。


「あの雰囲気は独特ですからね。師団員も慣れない者は、辟易しております。」


 言われて後ろを振り返ってみると、何人かはうんざりしたように振り返っていた。これには苦笑した。重苦しくて敵わない。


「こっからはラナス国だな。」


 確認すると、サージェスが前方を見据えて言った。


「ええ。見通しが良いとは言えませんが、クライスト、ハークヴェル間の渓谷よりは良いでしょう。」

「…へ?」


 なんだか嫌な物言いに、フィフィが前方へ目を向けると…。


「げ。」


 子供がすっぽり隠れてしまうくらいの背丈の低木が、所狭しと育っていた。


「フィアニス様…思うのですが、ギルドの依頼で国を出る事もあったのですよね?」


 怪訝そうに訊ねられて、フィフィはなんとか笑い返した。


「……俺さ、いっつもばか騒ぎする奴ばっかと組んでたから、途中の道ってあんま覚えてないんだよな。どこに何があるとか。」

「……それでは毎回大変でしたでしょう。」

「うん。けど、地形によっての戦い方は覚えてるから、そこは大丈夫だけどな。」

「そ、そうなのですか…」


 そんな曖昧な情報で、よく今まで無事にこれたものだ。サージェスにそんな風に思われているとはつゆ知らず、フィフィは上機嫌で馬の手綱を取っていた。


(道に迷ったりしないのだろうか…)


 馬車の中で会話を聞いていたアシュリーも、同じように思っていた。


(けど…フィフィなら迷ってる事に気付かなさそうだな。)


 なんて、失礼な事を。




 鬱蒼とした視界は腰辺りまでで、その上は見晴らしがとても良い。


 しかしそれに油断は出来ない。ようするに見えない高さでかがんでいれば、いくらでも潜んでいられるのだ。


 だが心配したような襲撃はなく、のどかな時間が過ぎ去って、日暮れ頃にはラナス国の門をくぐった。


 しかし、ここがおかしかった。




「誰もいない…?」


 そう、本来なら門番がいる筈なのだ。これはどこの国でも同じ事。それなのに誰もいないとは。


「アシュリー様、フィアニス様。少々お待ち下さい。」


 そう言って、師団員の何人かが門周辺を調べにいった。


 そう待たずして戻ってきて、一様に首を傾げる。


「……一人もいません。兵だけでなく、街人も…」

「街人も?」


 サージェスにそう訊ねられ、師団員は一斉に頷いた。


(こりゃあ、なんかあったな…)


 思わずフィフィの口元がにやりと笑みの形を取る。


「どうする?」

「そうですね…近くに怪しい気配はありません。ともかく街まで進んでみては如何かと。フィアニス様はどう思われますか?」

「俺も、賛成!」


 頷いてから、フィフィは馬車を覗き込んだ。アシュリーと目が合う。


「いいですか?」

「……いいけど…」


 歯切れが悪い。首を傾げるフィフィに、アシュリーは不機嫌そうに言った。


「何か、変。嫌な予感がする。」

「そりゃあいるべき所に一人もいないのはおかしいですよ。何かあったに決まってます。」

「分かってる。それだけじゃなくて…」


 はあ、と大きな溜息を吐かれた。


「なんですか?」

「…君、俺が大魔術師だって、わかってないの?」

「……………」


 つまり。目に見える状況ではなく、何か魔術絡みで怪しい動きを感じる、と。


「分かってますよ?」

「だから、その間はなに。」


 えへへと笑うフィフィに、ぎろりと睨むアシュリー。そんな二人を遠巻きに見て、師団員達は、ちょっと不安になった。


「…それでは参りましょうか。」


 見兼ねたサージェスの一声で、一団はラナス国の大きな街へと足を踏み入れる。そうして、一団が門を通り過ぎた。



 瞬間だった。



 誰もがはっと感じる事が出来る程の魔力が動いた。


「!?」


 振り返ると、門を境に、まるで空間を断ち切るように不可視の壁が広がった。地面から空へと、虹色に色彩を変えて広がっていく。


 肌が、ざわりと総毛立った。それほどまでに大きな魔力が、この壁を瞬時に創り出したのだった。


「………これ、は…」


 唖然としたサージェスの声が空しく空気に消える。


「……境界壁きょうかいへきだ。」


 アシュリーが馬車からゆっくりと降り立った。


「境界壁?」


 フィフィの問いには耳を貸さず、アシュリーはサージェスへ向いて言った。


「馬車は置いていく。」

「…畏まりました。」

「取りあえず人を捜す事にする。」

「はっ。」


 サージェスがそう返事を返すと、師団が一斉に礼をとる。それを見やってアシュリーは踵を返して歩き出した。置いていかれそうな雰囲気に、フィフィは慌てて後を追った。


「アシュリー様!」


 並んでそう声をかけると、アシュリーは視線すら動かさずに答えた。


「急がないとまずい。」

「えっと、なんで…」

「ラナス国よりハークヴェル側へは道が断たれた。」

「断たれた?…って、事は戻れないんですか!?クライストに!」


 思わずアシュリーの前に出て道を塞いでしまった。アシュリーは呆れた視線を流してきたが、フィフィは気にならない。


「境界壁をどうにかしないと無理だ。」

「どうにか出来ないんですか?」


 アシュリーはフィフィを押しのけて再び歩き始めた。その勢いにちょっと押されたものの、フィフィはぴったりついていく。


「考えろ。この境界壁はハークヴェルの仕業だ。なら、狙いはクライストの陥落だ。」

「だったら!すぐに戻った方が——」


「ハークヴェルの魔力の源はあの植物だ!」


 珍しく怒鳴ったアシュリーに、驚いて怯んでしまった。


「源を断たなければ、クライストどころか植物に浸食された国全てがハークヴェルに下る。」

「…………っ!」


 アシュリーは苛立っていた。すぐにでも戻って護りたいのと、すぐに根源へ辿り着いて植物を消滅させたいのと、二つの衝動に駆られて、葛藤しているのだ。


 それが分かって、フィフィは考えを巡らせて、今一度アシュリーに声をかけた。


「…サージェス達だけ送り出す事は出来ませんか?」


 先程とは声音が違う。それに気付いて、アシュリーがフィフィと目を合わせた。しばらく見つめ合って、アシュリーが頷く。


「…出来ると思う。けど、人を捜すのが先だ。」


 どうして人を捜す事が優先されるのか、フィフィには分からない。だが。


「はい、分かりました。」


 言われた言葉に即座に頷ける程に、アシュリーを信頼していた。アシュリーの言葉は、信じられる。絶対になんとかしてくれる。


 そう、思えるのだ。






 門から十分程行くと街があった。がらんとしていて、人の気配が感じられない。


 試しに家々を訊ねて回ってみるが、人っ子一人見当たらなかった。


「アシュリー様……」


 フィフィが見つめる先には、見覚えのある色彩が見えた。あの、花だ。花には風が纏わりついており、アシュリーとニルの術が作用しているのが確認出来た。


「……ラナス国は半分が海に面してる。……そのせいだろうな。」


 ハークヴェルからの門は、ちょうど海側、陸側の間にあった。その延長線にあるこの街までも、すでに浸食されていたのだ。


「……これより海側へ行っても誰もいないだろう。陸側を探す。」

「はい。」


 アシュリーを筆頭に、一団はピスティル・オス共和国への道沿いにある、ラナス国の城へと足を進めた。


 これだけ浸食されているのだ。危機感を覚えた国民が城へ逃げ込んだり、他国へ逃れようとしている筈だ。そして王も。並の魔術師ではあの植物を食い止めるどころか、魔力を喰われて使い物にならなくなってしまうだろう。


「アシュリー様!前方に城が見えます。」


 城を見据えたアシュリーを見て、フィフィが一歩先へ踏み出した。


「俺、先に偵察に行ってきます。」

「は?」


 目を丸くしたアシュリーに、フィフィはにんまり笑ってみせた。


「俺は貴方の護衛ってだけじゃないんですよ?助手でもあるんですから。」

「ちょっ…」


 引き止める間もなくフィフィは走り去って行く。思わず手が伸びてフィフィを掴もうとしていたが、まあ、届く筈もない。そんなアシュリーを見兼ねたサージェスが、後ろから控えめに声をかけた。


「…我々師団を信頼して下さっているのでしょう。」


 意外そうに振り返るアシュリーに苦笑して、サージェスは師団員二人を先へやった。


「……犬みたいだ…」


 紐でもつけておきたい、とアシュリーは切実に思った。


(だいたい助手の仕事じゃないだろ…)


 はあ、と溜息を吐く。面倒さえ起こさなければ放っておきたい。フィフィは、色々と騒がしいのだ。






 態度は軽々しいものの、隠密よろしく、静かに走り行くフィフィの後ろに、師団員二人が追い縋る。


「お供致します、ルセ様!」


 そんな二人をぎょっとしながらフィフィは振り返った。


「な、なに!?」

「ですから、お供致しますと…」

「そんな畏まった態度とらなくても!」


 慌てたフィフィに、二人も慌てる。


「そういう訳には参りません!」

「そうですよ、ルセ様!アシュリー様の側仕えなのですから!」

「や・め・ろ!せめて俺らしかいない時は!」

「「…………」」


 二人はかなり困った様子で顔を見合わせた。


「しかし…」

「じゃあ畏まったら罰な。」

「「ええっ!」」


 仰天した二人を見て、面白くて笑ってしまった。






 城は、クライストやハークヴェルと比べるのが間違いの様な気もするが、とても小さかった。砦のようにも見える。しかしこれが小国の城なのだと、師団員二人に教わった。


「……なんか、静かだな…」


 見上げる城は、寒々しい空の色と相まって、生き物を拒んでいるかのような雰囲気があった。


「よし。入る。」

「「お待ちを!」」


 一歩踏み出したところで二人に肩を掴まれた。


「なんだよ。」

「もう少し危機感は持てませんか?」


 呆れた様子で言われ、フィフィは不満げに口を尖らす。


「元賞金稼ぎが、命を落とす様な真似するわけないだろ?」

「今は違いますから。」


 苦笑された。ぱしりと肩を掴まれた手を叩き落として睨みつけた。


「なめんなよ。お前らもサージェスの部下なら、びくびくすんなよ。行くぞ。」

「「あっ…」」


 城の門扉をくぐってすたすた進むフィフィの後ろに、二人は仕方なしにくっついて行くしかなかった。


(アシュリー様と似たり寄ったりの自分中心っぷりだな…)


 呟いた二人の背後で、殺意が揺らめいた。



「「!?」」


 振り返りざま、剣を引き抜いて振りかぶった。間一髪で避けた暗殺者は、二人の追撃を受けてあっけなく命を落とした。


「なんだ!?」


 先へ行ったフィフィが矢をつがえて門扉の外に狙いをつけていた。一人目を始末した師団二人の後ろには、どこに隠れていたのか、ぞくぞくと殺意をみなぎらせた奴らが来る。


「刺客ですね。」

「落ち着いてんな…」


 飄々ひょうひょうと言ってのけた師団員に乾いた笑いが浮かぶ。引き絞った手を離すと、フィフィの矢は真っ直ぐに迫っていた刺客へ飛んでいく。


「俺は上へ行って人を捜す。あんた達は…」

「ヴィーグです。」

「は?」

「俺はジルキスです。」

「は?」


 二人はにやりと笑ってフィフィを見やった。


「俺たちは貴方の応援に来たわけですから、お供しますよ。」

「いやでも」

「アシュリー様は大丈夫です。サージェス師団長がいらっしゃいますからね。」

「……………」


 ぽかんとするフィフィが可笑しかったのか、大勢の刺客が迫っているにも関わらず、二人は楽しそうに笑い出した。それを見て、フィフィも思わず口が笑みの形を取る。


「……じゃあさっさと行くぞ!」

「そうこなくちゃ!」

「行きますか!」


 駆け出したフィフィを追って、ヴィーグとジルキスも走り出した。その三人を追い立てるのは、無数の殺気。上まで上り詰めてしまったからどうなるかなんて、今は考えない事にした。


 必ず、アシュリーや王師第一師団が辿り着く筈だ。






「アシュリー様、あれを。」


 険しくなったサージェスの声音に、アシュリーは眉をひそめた。


「……愚かだな…ゼルヌ陛下は…」


 アシュリー達を滅ぼす為なら、ラナス国など取るに足らないという事か。はたまた周辺国から非難されようとも、それを潰すだけの何かがあるのか。


 そのような考えも力も、愚かなだけだ。


「サージェス、手加減は無用だ。」

「心得ております。」


 サージェスが一歩踏み出した。師団がそれに応えて剣を抜き、構える。


「アシュリー様とフィアニス様を、命を賭してお護りせよ!」


 空気を震わす声が響き渡る。それを見て、アシュリーが目を閉じた。


「一部隊、行け!」


 サージェスの命に呼応して、五人が前方へ突っ込んでいった。アシュリーの詠唱がそれを援護する。斬り込んでいく彼らの周辺に不可視の壁を創り出し、彼らの身体を重力から解放する。


 道を開ける役目を果たす為に一部隊が激烈に動けば、その後を二部隊が進んでいく。そこには、当然アシュリーもいる。その背後を護る三部隊も苛烈だった。



 クライストに仇なす者には、誰一人容赦しない。




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