表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第四章 護衛のお仕事
21/43

-20-


(っ…!無理矢理、血を抜かれているみたい…!)


 遠くなりそうな意識を必死に留め、指先に意識を集中させて幹に文字を刻む。ニルがなぞると、そこに文字が刻まれた。


 特に道具を使って削るわけではなく、ただ、魔力を込めてなぞるだけで、そこに術を刻める。それが書術だ。ニルはその技術が格別に高い。それ故に、若くして大魔術師として迎えられたのだ。


(…《構成を歪め…あるべき形を崩せ》…)


 植物を作り出す力が正常に働かないよう、存在が安定しないように書き記す。


(…《魔力の流れを戒めの風へ》…)


 溜め込んでいた魔力が、アシュリーの術の助けになるように、これも書いていく。そうすると少しだけ、ニルの身体を弄る動きが弱ったように感じた。だが、依然として魔力が抜けていく事は止められない。


(…貪欲な術ね…。私は結構魔力が多い方なのに…)


 目の前がくらくらする。頭を振って耐える。きつく目を閉じて、気合いを入れて開けた。


(…《連なる全てはこれに従う》…)


 フェルウェイルから広がったであろう全ての植物に、同じ効力を発揮するように刻み込む。指先が震えた。視界がぼやける。


 最後の一文字を書き終えると、ニルは意識を失った。




「——ニル様っ!!」


 ニルが倒れたのを見て、ユンファが駆け出そうとした。


「いけません!」


 とっさにルキセオードがその腕を引っ掴んで止める。


「はなしてください!ニル様が!」


 倒れた途端に力ある水がニルを覆った。蠢く様は、本当に生き物であるかのように見える。


「ユンファ様、私が行きます。貴女があのようになれば、悲しむのはニル様ですよ。」

「っ……!」


 諭されて、呆然とニルを見つめるユンファの背をぽんと叩き、ルキセオードはすぐさまニルの元に駆け寄り、抱えて結界から飛び出した。水は粘度があり、ニルを逃がすものかと絡み付いてくるようだったが、結界を出てしまえばただの水と化した。


「ニル様!ニル様、しっかりしてください!」


 全身ずぶ濡れとなったニルに縋りついて、ユンファは今にも泣きそうになりながら必死に声をかけた。


「…ユンファ様、大丈夫ですよ。気を失っているだけです。」


 ルキセオードの落ち着いた、柔らかな声音が耳に届いて、ユンファはただ無言でニルを見つめた。小さく、呼吸をしている。


「…よかった……」


 心の底から安堵して、ユンファは幸せそうにニルを抱きしめた。


(……このお二人は……お互いがとても大切なのだな…)


 ニルのユンファに向ける、切ないくらいの愛情や、ユンファがニルに向ける、怖いくらいの依存心。見ていると、こちらの心がかき乱される程の。


 しがみつくユンファを宥め、ルキセオードは立ち上がった。


「さあ、このままにはしておけません。戻りましょう。乾いたものに着替え、ゆっくり休ませて差し上げなければ。」

「………あ…はい。」


 不安気に揺れる瞳は、おどおどしながらもニルとルキセオードを見た。そして、しっかり頷いて、ユンファは城へ帰還するための陣を創り出した。自分と、ニルを抱えたルキセオードが陣に入っているのを確認すると、主に習って歌うように詠唱する。


「——汝は“移ろい”。われはユンファソルシア=ミット。主ニルヴァーナ=ハディエスのゆるしをもって、わが支配を受け入れよ。せいやくに従い、その力を示せ——」


 幼い声が精霊を喚び、縛り、使役する。そんなユンファは、やはり唯の子供にはなり得ないのだと、ルキセオードは悲しくも思い知った。




 ニルを抱きかかえて陣のある部屋からニルの回廊へ移動する。ユンファはその先を行って回廊を開き、途中出会った女官にニルの着替えを頼んだ。


 女官はニルとルキセオードを見てぎょっとしていたが、すぐに走って行ってくれた。


 ルキセオードはニルの執務室へ入ると、一先ず厚手の布でニルを覆った。椅子へもたれさせ、女官が来るのを待つ。


「あの…ルキ様…」


 ユンファがニルの側で膝立ちになりながら、顔をルキセオードへ向けて、落ち込んだ様子で声をかけた。


「……ありがとう、ございました…」


 その様子を見て、ルキセオードは胸が詰まった。主が倒れた時、思うままに助けられなかった事が悔しくて、ふがいなさを感じているのだろう。あの時ばかりは、ユンファは子供なのだと意識せざるを得ない。


「…そうご自分を責めないで下さい。」

「え……?」


 どうして自分の気持ちが分かったのか、不思議そうにルキセオードを見つめる。見つめ返す瞳は、心が解れる程に温かかった。


「こればかりは仕方ありません。例えユンファ様が成人されていても、体格がありますから…やはり、男手が必要だったでしょう。」


 言われて初めて、ああそうか、と思い至った。確かにそうだ。今は子供だからと嘆いても、結局大人になってもニルをここまで運べたか分からない。


「そう…か……そうですね…」


 なんだか唖然としてしまったユンファを見て、思わず笑ってしまう。


「そうですよ。」


 そう返したところで、回廊に訪問者ありと知らせが入った。


「ああ、先程の女官でしょう。それでは私は…これにて失礼致します。」

「はい。ありがとうございました、ルキ様。」


 幾分明るくなった顔を見て、ルキセオードはほっと胸を撫で下ろしたのだった。





 ハークヴェル帝国からラナス国へと移動する前夜。フィフィは宿の部屋で、窓を開けて夜空を眺めていた。たくさんの星が瞬いて、優しい光が降り注いでいるようで、ほっと落ち着く。


 出窓に肘をついて眺めていると、隣の窓が開いて、アシュリーが夜空の遠くを見ていた。


「アシュリー様。」


 声をかけると、ちょっと驚いて身を引いた。


「…何してるんですか?」

「…別に。」


 二人ともそう言ったきり、夜空を眺め続けた。


 ぱさり、と夜空の向こうから羽音が聞こえた。するとウィスペルが耳飾りから飛び出して、アシュリーの前でふわり、ふわりと飛び始めた。


「…何してるんですか?」


 もう一度そう聞くと、ちらりと目線だけ向けられた。


「…帰って来た。」

「帰って?」


 何か送り出しただろうかと首を捻ると、羽音が近づいてきて、姿が見えてきた。


(あ……)


 アシュリーがニルへ送った精霊だ。仄かに光を纏っているのが分かった。


「ニル様からですね。」


 アシュリーはそれには答えず、さっさと鳥と共に部屋の中へ引っ込もうとした。


「あ、待って下さい。今そっち行きますから。」

「は?」


 不可解そうにするアシュリーににやりと笑いかけ、フィフィは出窓に足を置いた。


「えっ?」


 驚くアシュリーに目もくれず、フィフィは軽く勢いをつけて窓を飛ぶ。


「よっ、と。」


 一瞬後にはアシュリーの部屋の出窓へ足をつけて、するりと部屋入り込んだ。さて、と振り返ってみると、アシュリーが大きな溜息を吐いていた。


「なんですか?」

「なんで回って来ないの?」

「だって飛んだ方が早いじゃないですか。」

「……君は、やっぱり変。」


(変って…)


 思ったものの、へそを曲げられてニルからの報告を聞けなくなったら嫌だ。ここは黙っておいた。


 アシュリーが椅子に座ると、フィフィも近くの椅子を引き寄せて腰を降ろす。特にフィフィがちゃんと座るまでは待たず、アシュリーは精霊の魔力を解き放った。


 すると精霊は精石へと姿を変えながら、陣が水平に広がり、光と風が二人を包み込む。目を閉じて、集中すると、ニルの声が響いた。



『——無茶な事言ってくれたわね。戻ってきたら…覚えてなさいよ!』



 一言目から怒っている。ちらりとアシュリーに目をやると、目が思いっきり泳いでいた。


(なに無茶言ったんだろ…)


 ちょっと笑ってしまう。



『植物の“生長の阻害”と“全体への伝達”は上手くいったわ。


 溜め込んだ魔力は貴方の“遮断”へ流した。“停止”は上手くいかないみたいね。海の精霊が力を貸しているみたい。


 それから、他国への警告は陛下が。すでに噂は回っていたようで、思ったよりすんなり頷いたそうよ。


 あとはハークヴェルね。こちらは今の所目立った動きはないようだけど…あいつ(・・・)がこそこそ笑っているから、まあ、何か企んでるのは間違いないわ。用心しておく。


 早く片をつけてくれないと、殿下が大暴れするわよ——』



 ニルからの伝言は、それで終わった。


 溜息を吐くアシュリーに、フィフィは訊ねた。


「で、結局よく分からなかったんですが、どういう事でしょう?」

「………」


 面倒くさそうに見やるアシュリーににっこり笑ってみる。と、案外素直に教えてくれた。


「あの植物はニルがなんとか広がらないようにしてくれた。ただ、海の加護が邪魔して“停止”の術がうまく働いてない。そのせいで魔力を喰らうのは完全に止められない。」

「とりあえず今以上は浸食されないんですね。」

「そう。あとはハークヴェルの状況だ。」


 そこまで言ってアシュリーは少し逡巡しているようだった。


「どうかしました?あ、部屋に魔術かけなくていいんですか?」

「“静寂”ならかかってる。そうじゃなくて……」


 僅かに視線を落として、アシュリーは言った。


「本来なら俺が言う事じゃないけど、話しておく。」

「あ、はい。」


 神妙な面持ちだ。自然と座り直した。


「…ニルの名前…ハディエスというのは、闇の精霊を示す言葉だ。まあ、単純に言えばハディエスという一族は、闇の精霊に愛されてる。」

「あ、愛…?」


 失笑だ。なんだその一族は。


「一族は生まれながらに闇の精霊に憑かれてる。だから、争い事や企みの気配がすると、闇の精霊が喜んでいるのが感じられる。ニルが言ってたのは、そういう事。」

「ああ…あいつっていうのは、その精霊の事ですか。」

「そう。」

「で、やっぱ何か企んでるんですね。ハークヴェルは。」


 アシュリーは頷いた。その目に剣呑な光が灯る。その目に、魅入ってしまった。


(アシュリー様が言う、“クライストに仇為す”状況になりつつあるって事か…)


 これは自分の得意分野かも、と思うと嬉しくなって、思わずにんまりと笑った。


「…何がおかしいの?」


 アシュリーが、いきなりにんまりし出したフィフィに怯えていた。それにさらに笑みを深めて、フィフィは颯爽と立ち上がる。


「いえいえ、なんにもおかしくありませんよ?明日はようやくここから出れるわけですし、張り切って寝ます!」

「え?なんで張り切るのに寝られるの?」


 アシュリーがまともに突っ込む中、フィフィは笑顔でアシュリーの部屋を後にする。


(暴れると思うと、嬉しいな!)


 スキップでもしそうな程うきうきしながら、フィフィはご機嫌で寝台へ潜り込んだ。


(早く出発したいなー…)


 しかし、そこまで興奮して、寝られるわけがないのだった。




「……なんなの?」


 朝、宿の前に集まって、開口一番にそう言われた。

「………」


 アシュリーを始め、皆呆れた顔で見ている。


「気にしないで下さい。」


 つまりは、眠れなかった。それで、ひどい顔だ。


「…サージェス達の手を煩わせないように。」


 アシュリーにそう言われてむっとするが、自業自得なので仕方ない。


「はい。」


 大人しく頷いて、ひょいと騎乗した。


 進み出してすぐに、サージェスに気遣われた。


「大丈夫ですか?フィアニス様…」

「大丈夫だよ。三日寝なくたって賞金首捕まえられたんだから。」


 そこは自身を持って笑うと、少しほっとしたようにサージェスが笑った。


「それでは護衛の方、よろしくお願い致します。」

「おう!」


 頼むと言われて、ちょっと気合いが入った。






 ハークヴェル帝国を出ると、ラナス国へ入る。ラナス国はその半分が海へ面していて、植物の浸食がひどいと思われた。救出する事も考えないといけない、とアシュリーが言っていた。


 そこを抜けるとピスティル・オス共和国。王、というよりも、国民の代表といえる者が纏めている。帝国には及ばないが広い土地があり、落ち着きと活気があってなかなか人気がある。


 そこを抜けるとイイェル国で、レシテに負けないくらい小さな国だが、こちらは荒くれ者が集まっているので有名だった。まあ国が小さいのでそう大した脅威にはならないし、第一荒くれ者が団結するわけもない。

 が、国王はなかなかのもので、荒くれ者が暴れようものなら即座に出向いて叩き潰す。という行動力の持ち主だった。故に、以外にも安全な国だったりする。


 そこを越えたら、目指していたフェルウェイル国に着く。国王レイフィスにはすでに話しが通してある。当然、今までの調査報告は済ませていた。



「レイフィスってフェルウェイルの国王の事だったんですね!」


 今更だが、その事が分かってすごくスッキリした。そんなフィフィを見て、アシュリーは諦めて首を振った。


 フィフィには何事も、一から説明しないといけないかも知れない。


「君って賞金稼ぎだったんだよね?他国には行かなかったの?」

「そりゃあ行ってますよ?けどその国の王が誰かなんて気にしませんよ。」

「……そう。」


 それもそうかも知れないな、とアシュリーは思った。ただ狙って相手を追いかけていくだけなのだ。そこには国同士の利害関係など意味がないのだろう。


「君って面倒くさい。」


 思わず零れた言葉にフィフィが食い付くかと思いきや、なんだか笑われた。


「…………」


 笑う理由が聞くにも聞けず、馬車の窓越しに黙って見ていると、フィフィがそれに気付いてこちらを見た。


「…いや、なんか…アシュリー様の嫌味に慣れました。」

「は?」

「ちなみにアシュリー様も面倒くさいですよ。」

「は!?」


 言うだけ言って、フィフィはさっさと前の方へ移動していった。


「………どっちが嫌味だか。」


 小さく溜息を吐いて。

 

 その後自分が笑っているだなんて、気付きもしなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ