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時は流れ——
ここはクライスト帝国。
大陸の中心を統べる大国であり、その中心である王族、軍人のみならず国民さえもが国を考え、国を作っている。絶対的な信頼でこの国は成り立っていた。
その帝国一のギルドで今、運命の歯車が廻り始める——。
「高収入?そんなのいくらでもあるだろうが。ほれ、こいつなんか生け捕りにしたらかなりの大金だぞ?」
そう言ってギルドの男が指名手配書をひらひらと振る。
それをうっとおしそうに見やり、相手は言葉を続けた。
「そうじゃなくて、持続出来るものないか?」
ギルドの男はぴくりと眉を跳ね上げ、訊ねた相手を睨んだ。
「だったら城にでも行け!ここは安定職の仲介所じゃねえ。」
「じゃあ城関連のないのかよ。」
「城に行きゃあ分かる事だろうが!」
はあ、と相手は大仰に溜め息を吐く。わざとらしく落胆して見せた。
「帝国一のギルドだっていうから、期待してきたのに残念だな。結局他廻るしかないのかー。無駄足だったな。」
相手はまだ二十歳前後だろう。細身の体は鍛えてありそうだが、別段熟練した風でもない。そんな青二才に馬鹿にされるわけにはいかなかった。
「無駄足だと!?」
「だってないんだろ?城の仕事は城に行かなきゃ分かんないんだろ?なら無駄足じゃねーか。」
「おい…ナメた事言ってんじゃねえぞ。」
そう言うと、ギルドの男は何かを思い出したようで、忙しくリストをめくると、一枚の紙を嫌味な笑顔とともに突き出してきた。
「月収200万イルだ!文句ねえだろうが!」
返事はせず、相手は紙をひったくると内容を確認し始めた。
「……大魔術師の助手?該当者も内容も、全部わかんねぇじゃねえかよ!」
「面接で話すって書いてあんだろうが?どうすんだ。」
「……仕方ねーな。受理しろ。」
「偉そうに言うんじゃねぇよ!」
ギルドの男は荒々しく書類に判を押し、相手に押し付ける様にして渡した。こんな生意気なガキの相手などしていたくはない。
「さっさと失せやがれ!」
そう怒鳴ったものの、身体に触れて違和感を感じた。男の顔色が変わると、相手は舌打ちとともに紙を奪い取り、一歩離れてから不遜に笑う。
「礼は言っといてやるよ。」
捨て台詞とともにさっさと出口へ向かう。
男は何も言えないまま、扉が閉まるのを見ていた。
クライストの城では、一つの魔法陣の前で思い悩む女性がいた。
名はニルヴァ—ナ。
呼び名はニル。
儚気だが芯の強そうな瞳は赤みを帯びた紫。端麗な容姿を飾る真っ直ぐで長い髪は艶めく銀色。少し突き放した物言いをするが、困っている者を放っておけない性格から、男女から好かれる大魔術師だ。
「さて…なんて説得しようかしら…」
今も放って置けない事態をなんとかしようと、思い悩んでいる。すると廊下から声をかけられた。
「ニルヴァ—ナ様!いらっしゃいますでしょうか?」
兵士だろう。
ニルは魔法陣を諦め、扉を開けた。
「なに?」
「はっ!ギルドから、助手の希望者が来ております!」
「助手…?ああ、あれね!どこにいるの?」
「はっ!検問室で待機しております!」
「そう、ありがとう。」
それだけ言ってニルは歩き出す。兵士は数秒見送っていた。
「ニルヴァ—ナ様…お綺麗だ…!」
検問室に入ると、すぐに希望者が目に入った。厚手のマントを羽織り、緊張した様子もなく椅子に座っている。その様に、思わず笑ってしまった。すると希望者がこちらを見て立ち上がった。
「私は大魔術師のニルヴァ—ナよ。」
「…弓術士のフィフィです。助手を探してるのは貴方ですか?」
「……貴方、女性?」
「はい。よく間違えられますが、女です。」
ニルはまじまじとフィフィを見てしまった。
薄茶の髪は肩につくかつかないかくらいで、背も女性にしては高め、男性にしては低めといったところ。顔立ちも中性的で、男だと判断されるのは、少し低めの声と、落ち着いた、少し堂々とした態度からだろう。
「…男名を下さると便利なんですが。」
その台詞に、今度は噴き出してしまった。
「面白い人ね!さ、座って。話をするわ。」
言われてフィフィが腰を下ろすと、ニルは少し楽しそうに話しかけた。
「ここへ来る前は何を?」
「ギルドで色々と。主に賞金稼ぎです。」
「そう。こういう仕事は?」
「した事はありません。」
「魔術に興味があるの?」
「いえ、特には…」
「家事は出来る?」
「……はあ、一通りは…。自分が生活出来る程度には出来ますが…」
「そう。男は嫌い?」
「……特には…」
「他国には行ってみたいと思う?」
「……まあ、多少は…」
「面倒見はいい?」
「……面倒見た事ないのでなんとも…」
「そう。素直なのね。」
「…そうですか?」
ニルは何やら頷くと、にっこりとフィフィに微笑んだ。
「では試用期間を設けましょう。3週間頑張ってみて。」
そう言ってニルは席を立つ。すると、フィフィが慌てて呼びかけてきた。
「え!?ちょっ…今ので終わり?」
「あら、終わり。充分よ?」
「いやいやいや、仕事内容は?」
「ああ…本人に聞いて頂戴。」
「ん…?」
フィフィはまじまじとニルを見た。
「貴方の助手じゃないんですか…?」
「あら…私の助手じゃないわよ?私にはもういるもの。助手が必要なのはもう一人の方なの。あ、これ書類ね。持って行って。」
「もう一人…?」
そうそう、とニルは頷く。
「あ、あと男名ね。フィアニスと名乗ってもいいわ。好きな様に使って。ただし王家の方々には女名でね。」
「もう一人って?」
フィフィは今にも去りそうなニルに懸命に言葉を投げる。対してニルはにっこりと笑って言った。
「部屋の外にいる兵士が案内するから、ついて行きなさい。じゃあね。」
そう言ってニルが手を振って部屋を出ると、入れ替わりに兵士が入ってきた。
「ご案内致します、フィアニス様!」
「………」
置いて行かれたフィフィは、仕方なしに少々疲れた思考を切り替えた。
(もう男の設定でいいんだな?)
取りあえず面接は通ったようだ。
今からその大魔術師の元へ案内してくれるようだし、それなら言われた通り、本人に色々訊くのが得策だろう。
そう考えて、フィフィは兵士に向き直って頷いた。
「頼む。」
取りあえずは、ついていく他ないだろう。