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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第四章 護衛のお仕事
18/43

-17-



 植物のある浜辺までは、城から遠く離れていた。浜辺へ着いた時はもう陽が暮れかかっていて、空は赤く、不気味に光っていた。


「あ、あそこですかね?」

 見た事のある色彩がちらつき、フィフィはアシュリーの前を行こうとした。


 が。


「ちょっと!何してるの。」

「え、何って、先に行って見て来ようかと…」


 がしっ、とアシュリーに腕を掴まれた。ついでに思いっきり睨まれている。


「君、サファイアでの話、聞いてなかったの?」

「サファイアでの………?」


 言われて思い返してみる。


(そういやフォンとなんか話してたっけ?それに帰り際に触るなとかなんとか…でもあれってアシュリー様がなんとかした後だよな?)


 うーん、と考え始めたフィフィを見つめ、がっくりと肩を落とした。


「……何も頭に残ってないのか…」


 ごまかして笑うと、睨まれた。


「“命が惜しくば、自然の摂理から外れているものに触れるな”って言ったんだ。君も、無闇に近づくんじゃない。」


 その目は、とても静かで、深くて。


「……はい。」


 あんまりにも神秘的で、見蕩れてしまって。やっぱり耳に残らなかった。


「………後ろにいて。あれには触らないで。」

「はい。」


 素直に頷いて、ちゃんと後ろへ回った。




 ハークヴェルに辿り着いていた植物は異様な程増殖していた。完全に浜から上がり、花畑と化した植物の中に、浸食された民家が見えた。ちょっとした密林だ。


「…すごいですね…この辺りに住んでいた人は、非難したんだろうな…」


 アシュリーは黙ってじっくりと植物を検分する。


(結構力が喰われてる…。確かにすごい有様だ。けど……何かおかしいな…)


 ふと足下の幹を見て、息を呑んだ。


(……水を纏わりつかせてる…?)


 植物の根元にたゆたう水は、液体である筈なのに砂に馴染まず、生き物のように揺らめきながら植物に纏わりついていた。

 魔力を少しだけそこへ零してみる。と、途端に貪るようにアシュリーへ向かってきた。


(!?)


「アシュリー様!」


 ぞわりと総毛立つような、這う様な感触が身体に絡んでくる。と同時に力を大量に吸われている感覚があり、ぐらりと目眩も感じた。


 だが、それは一瞬だった。どん、と衝撃を感じたかと思うと、不快な感覚は消え失せた。おまけに、何か温かい感触がアシュリーを包んでいた。


(なんだ…?)


 状況が呑み込めず瞬きするアシュリーの耳に、ほっと息吐く音と、心配そうな声が聞こえた。


「…大丈夫ですか?アシュリー様。」

「………」


 聞き慣れた声に視線を動かすと、フィフィが心配そうに覗き込んでいた。


(いつの間に…?それに、これは…?)


 状況を把握して、一気に驚きが増した。


「俺を助けたの?」


「は?」


 助けた本人としては、そんな質問はあんまりだと思う。今度はフィフィががっくりと肩を落とした。


「この状況でそれ言います?なんか、やばかったじゃないですか。」


 あの水に襲われた時に襲った衝撃は、フィフィがアシュリーに激突する形でその場から退いたかららしい。その勢いに当然ついていけなかったアシュリーは尻餅をつき、フィフィは抱えたままだったのでつられた。


 状況をしっかり把握したアシュリーが慌てるより先に、フィフィが抱きしめた腕を解いた。


「まあ無事そうですよね?」


 そう確認の為に覗き込まれて、アシュリーは頷いた。そして、目を合わせずに言う。


「助かった。」


 するとにんまり笑われた。


「それは褒め言葉ですよねぇ。」

「褒めてない。」


 調子づくフィフィにしっかり言い返して立ち上がる。


「君はなんともない?」

「はい。なんとも。あれはなんだったんですか?」


 フィフィは本当になんともないようで、密かに胸を撫で下ろす。そして、あの水を眺めた末、踵を返した。


「…宿で話す。」


 思わずアシュリーを凝視してしまったフィフィだが、本人はさっさと師団の元へ戻ろうとしていた。


 その背を、まじまじと眺める。


(あ、アシュリー様が…面倒くさがらずに話すって…話すって言った…!)


 そして、思う。


(うっかり“へ!?”って口に出さなくて良かった!)


 言っていれば間違いなく、じゃあいい。とか言われそうだ。




 ゼルヌ陛下から、好きな宿へ泊まれるように計らわれていた為、一行は浜辺から少し離れたところで宿をとった。師団を含めて二十名程になる為、大きな宿となった。


「入って。話すから。」


 着くなりそう言い、アシュリーは部屋へフィフィを招き入れた。そして、扉を背に立ち、すぐに詠唱する。



「——汝、静寂を統べるもの。此の空間に響く音を固く封じ給え——」



 突然の詠唱に驚いたものの、歌う様な、囁くような柔らかい声音に聞き惚れてしまった。


(きれーな声……)


 普段の仏頂面からは想像出来ない声音だ。なんて思っていると、アシュリーはさっさと椅子に座っていた。


「今のは………?」

「この部屋の音が漏れないようにした。」


 視線で来いと言われて、はいはい、と声を出さずに返事をする。


「あ、で…あれ、なんだったんですか?」


 側へ寄って訊ねてみると、珍しく邪険にされなかった。かわりに難しい顔をしており、僅かに怖いと感じる程だ。


(だけど…)


 不覚にも、どきりとしてしまった。


(いやいやいや。物珍しいだけだって。)


 そう呟いて一人で頷いた。


「今回の事だけど」

「はいっ!?」


 思いっきり考え耽っていた為に飛び上がってしまった。


「………なに?」


 怪訝そうに首を傾げるアシュリーに笑ってごまかし、先を促す。


「いえ、何か分かったんですか?」

「…………あの植物は海の加護を受けてる。それは間違いない。」


 フィフィの様子を訝しみながらも話しを続ける。


「海の加護…ですか?」


「そう。……君の為に説明しておくと、海の加護を受けていれば火を受け付けなくなる。魔力が高くなれば海の力も多少は操れるようになる。」


(すげぇ…!アシュリー様があたしの事気遣ったよ!)


 なんて感動している間にもアシュリーは淡々と話す。


「それと別に…触れたものの魔力を喰らうよう、誰かが手を加えてる。」


(……アシュリー様に纏わりついてた、あれか)


「でもアシュリー様。フォンはあの植物を触ってたんですよね?だけどなんともなさそうでしたよ?」

「フォン?」


 誰だそれ、と訴えられる。しっかりと話し合っていたように見えたのだが…覚えていないのか。苦笑しつつも教えてあげた。


「サファイアの支配人ですよ。」


「ああ…。彼には魔力がないから無事だったんだろう。君が俺を助けた時も少しは触れた筈だ。だけど君も無事だろ?」


「……確かに。」


「…で、あれに手を加えた誰かが、何らかの目的の為に魔力を集めてると考えられる。」


「何らかの目的ですか。」


 さっぱり分からないので首を傾げた。集めてどうするというのだろう。


「…君には前に話したけど」


 アシュリーはそう前置きして続ける。


「魔力がある程度溜まると、そこから“何か”が生まれる。例で言えば今回の嵐だ。」


 そう言って、じっと見つめられて。数回瞬いた後に気付いた。


「え!?じゃああれですか!?あの植物は嵐で運ばれて、そこで次の嵐を生み出す魔力を蓄えてるんですか!?」


 大きな声に顔をしかめるアシュリー。やべ、とフィフィは笑ってごまかした。


「あ、すいません。」

「君は騒がしい。無駄にうるさい。…いい加減に学習して。」


(うわぁ。いつもながらの棘…)


「びっくりしたもんで。」


 気をつけます、とは言わなかった。何故ならうるさがっているのは今の所アシュリー一人。他に誰かから苦情が来たら気をつけよう、とこっそり決める。


「で、じゃあやっぱりその、手を加えた奴ってのはフェルウェイル国にいるって事ですかね?」


「………」


 アシュリーが黙った。


「………違うんですか?」


 フィフィは瞬く。


「最初はそう思った。確かにフェルウェイルで発生してるし、手を加えられたのもそこだと思う。だけど、フェルウェイルの人間がそれをやったかどうかは分からないだろ?」


 言われて少し考える。確かに、人は移動する。国を移動する事だってあるわけだ。


「けどじゃあ、なんの為に?わざわざフェルウェイルに出向いてこんな事して、それでまた元の居場所に戻ったわけですよね?違う国の人間だとしたら。」


「………………」


 再びアシュリーは考え込んでしまった。側でその様子を見ながら、フィフィは首を捻る。


(嵐であの植物を増やしてって、一体何になるんだ?大陸全土に広がったとして…今からでもおそよ三年はかかる。確かにやっかいな植物ではあるけど…まさか世を儚んだ誰かが道連れに——ってレベルでもないよな。それなら毒でもバラまいた方がさくっと出来るもんな。)


 フィフィは早々に考えるのを放棄してアシュリーを見やる。と、アシュリーがぽつりと呟いた。


「……嫌な予感がする。」


(……嫌な予感?)


 首を傾げるフィフィはすでに眼中にないようで、アシュリーは窓へ視線をやった。


(クライストを離れて良かったんだろうか…。このままフェルウェイルへ向かっても…?)


 ざわざわと身の内が騒ぐ。


(不安材料には警戒すべきだ。)


 そう判断して、再び詠唱した。



「——汝は我が僕。風に住まう者。我が意思、彼の者へ届け給え。汝に降る災いは、我が光が裁きを下す——」



 ふわり、とアシュリーの差し出した手に鳥が舞い降りた。


「鳥………?」


 またもいきなり詠唱し出したアシュリーを眺めていたのだが、鳥の出現にはさすがに度肝を抜かれた。


「違う。精霊だ。」


 冷静に言われて苦笑する。そりゃあただの鳥でない事くらい、フィフィにだって分かる。


「ニルに用心するよう、伝える。」

「用心…ですか?」


 訊ねるフィフィには目もくれず、アシュリーは窓を開けて鳥を外へ送り出した。そして、窓を閉めてフィフィへ向き直る。


「この話はこれで終わり。もう寝るから、出てって。」

「え?」


(アシュリー様が嫌な予感するって事しか分かってないけど?)


 言葉を呑み込んで、フィフィはしぶしぶ頷いた。


「分かりました……おやすみなさい。」


 くるりと踵を返し、さっさと部屋を出た。


 だから気付かなかった。


 おやすみと言われたアシュリーが驚いていたなんて。




 今夜の宿の部屋へ行き、外套を脱いで寝台へ放り投げた。そのまま腰掛けて、ぼんやり窓の外を眺める。


(なんか、難しいなぁ…)


 主人のアシュリーもさることながら、クライストを取り巻く状況もややこしい。フィフィには縁のなかった世界だ。


 正直、面倒くさい。


(けど、アシュリー様があれだけ考えてるんだもんな。)


 自分は考えるのも策を練るのも苦手だ。手伝える事はほんの僅かだろう。もしかしたら無いのかも知れない。


「まあ、やれる事って言ったら、やっぱり警護くらいかな。」


 小さく呟いて苦笑する。


(城に戻ったらちょっとは魔術について勉強するか。)


 そう考えて、灯されていた蝋燭を吹き消した。




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