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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第二章 助手のお仕事
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 和やかな雰囲気のところへ、何やらばたばたと兵士達が駆け込んできた。見れば雨に降られてしまったようだ。皆一様に外を見て怪訝そうな顔をしている。


「どうした?」


 思わずルキセオードがそう訊ねると、兵士達は顔を見合わせてから言った。

「それが………突然空が妖しくなったと思ったら、急に大雨が降り出したんですよ。」

 少し耳を澄ませば、外がかなりの雨に降られているのが分かる。


「…今日はそんなに天気悪かったっけ?」

 フィフィが首を傾げると、兵士が即答した。

「いえ、先程までは晴れていたんですよ。晴天、とまではいきませんでしたが。」

 なおも不思議そうに兵士は続けた。

「それに、急に曇ったというよりは、急に雲が渦巻いたんです。」

「雲が渦巻いた?」


 ルキセオードが若干の緊張をもって言うと同時に、ちりん、とウィスペルが鳴いた。


「ん?」

 なんとなく、アシュリーが呼んでいるような気がして、フィフィは席を立つ。

「…アシュリー様から呼ばれましたか?」


 ルキセオードが思慮深い目を向けて聞いてくる。フィフィは若干驚きつつも、食堂の入り口へ向けて歩き出す。


「そうみたいだな。ルキ、今日はありがとな。」

「ええ、また時間があればお付き合い下さい。」

「ああ!」


 笑顔で手を振って食堂を出る。建物にそって造ってある廊下は、外側の壁はなく、柱で天井が支えられている。その廊下は決して長くはなかったが、そこを早足で歩いている間にも、風が急に強くなっていっているのを感じた。


「………嵐か…?」


 呟いて扉まで走る。雨に濡れたり、強風に煽られるのはごめんだ。

 扉を開けると官達の足取りが忙しそうだった。早く扉を閉めるように促され、扉を閉めるとフィフィも急ぎ足でアシュリーの元へ向かう。官達は歩き回り、時に廊下の端へ寄って話し合い、何か緊張したような面持ちだった。


(……そう言えばさっきルキもあんな顔してたな…。天気と関係あるのか?)


 思いつつも、急ぐ足はだんだんと速度を上げて、いつの間にか走り出していた。




 アシュリーは自室で書類を熱心に読んでいた。ここ数日で報告された出来事の中に、気になる事があったのだ。それに、陛下からも知っておくように言い渡されていた。


(陛下が知っておけと仰る時は、厄介事を調べろと仰っているのと一緒だ。)


 あの人はいつもああだ、とアシュリーは思った。大事な事を何でも無い事のように言って、アシュリーにそれを計るように促す。そうやってはっきりしない物言いがアシュリーは嫌いだったが、あの人はわざにそうする。難しい事はさも簡単そうに言う。しかし目は有弁で、態度や物言いより遥かに多くの事を語って——いや、押し付けてくる。


 ふと、外の空気が急速に変わるのを感じた。外、というのも城の外だ。


(—あり得ない。)


 アシュリーは外を探る。状況が分かれば分かる程、アシュリーは首を傾げた。


(これは…どういう事だ?)


 報告書にもう一度目を通す。そして、睨みつけた。

 と同時に。

 自室の扉が荒々しく開かれた。


 一瞬、嵐で壊れたのかと思った。


「えーっと…お呼びでしょうか?」

 扉を開け放った乱暴さとは全く逆の、どこか能天気さを伴う声でフィフィは言った。アシュリーは一瞬扉に視線を映したが、すぐに声をかけた。


「遅い。」

「………」


 青筋がたちそうになったが、抑えた。


「これでも走ってきたんですけどね。何かあったんですか?」


 言い返しつつも、それ以上アシュリーの言葉が続かないように先に言葉を紡ぐ。企み通り、アシュリーは反撃するよりも後の言葉に意識を持っていかれた。


「これを読んでおいて。嵐が収まったら調査に行かないといけないと思う。」


 言うだけ言って書類を押し渡そうとして—押しとどめて、フィフィに触れるか触れないかの距離まで書類を顔に突きつけた。フィフィは押しのけるようにして書類を受け取ると、首を傾げて聞いた。

「調査って、どこかへ出かけるんですか?」


 アシュリーはもう目線を別の書類へ移していた。


「出かける時は付いてくるんじゃなかったの?」


 さらりと皮肉を言われるも、出かける為にわざわざ呼ばれた事に驚いた。あれほど助手は要らない、邪魔だと言っていたのに、フィフィに仕事をさせようというのだ。


「………」


 お礼の一つも言おうと思ったが、気難しいアシュリーの事だ。そのやり取りだけで気が変わるという事もありそうで、ぐっと我慢した。


(お礼もろくに言えないなんて、変な相手に仕える事になったなぁ…)


「…これ、読んでおけばいいんですか?」

 そう聞くと、アシュリーはじっとフィフィの顔を見て言った。

「…君は、俺の何?」


 言われてフィフィは一瞬考えた。


「助手です。」

「…その間は何…」


 ぼそりとアシュリーが突っ込むが、フィフィは聞こえないふりをした。


「助手なら、それらしくして。」


 それだけ言ってまた視線を机の上に戻す。フィフィはしばらくアシュリーを眺めた後、一応、一礼をしてアシュリーの部屋を出た。部屋でゆっくり読む事にしたのだ。




——激しい雨と風は三日三晩続いた。


 その間アシュリーは一度も部屋を出た様子はなかったし、誰も部屋へ入れなかった。フィフィはする事がなかったので、クルスの部屋へ招いてもらい、礼儀作法などを教わっていた。おかげでなかなか上達したようだ。


 城内をうろついていても皆声を抑えて話していて、誰かが通りかかると去っていく。 


 フィフィは一人状況が分からず、皆が外を眺めては何か話している様子から、嵐が何か関係ありそうだとは思ったが、話してくれる人はいなかった。少しの期待を持って鍛錬場へ行ってみるものの、ルキセオードはいなかったし、兵士達に聞いても状況は分からないようだった。


 ならばと思って書庫へ行って天候関連の書を探して読んでみるも、二、三ページ読むだけで意識が逸れていってしまうので諦めた。ただ、その書は魔術と天候に関わる書のようで、ちらっと見た限りでは、魔術によって天候に影響を与える事が出来るのかも知れない、とは考えられた。


 それでやっとアシュリーに貰った(預かった?)書類の存在を思い出して、慌てて部屋へ戻って読んだ。


 書類には、ここ一年で起こったある出来事が報告されていた。海辺のとある国のとある場所からの変化。それはある現象によって場所を移し、徐々にクライストに迫っていた。


(ん………?)


 フィフィは思わず眉をひそめた。それから書類を読み直して、最初に変化があった場所では、今も変化が拡大しているという事が分かった。その後に変化があった場所でも、同様に変化が拡大していっているようだ。それは決して急速ではなかったが、誰も手出し出来ないようだった。変化を運んでいるとある現象とは、“嵐”だった。


(こんなに頻繁に…しかも定期的に起こるもんか?嵐って…)


 大きな窓を見やると、豪雨で景色がひどく歪んでいる。大きな木が風で煽られているのがなんとなく分かった。


(…これでもし、クライストでも他と同じ様な変化があったら……)


 自然な現象とはとても思えない。あまりに不自然な嵐だ。この世界に何かが起こっている—その証拠となるだろう現象だ。


 フィフィはふと、自分が身を置いていた世界を思い出していた。こんな風と雨では、無事では済まないだろう。


(城は丈夫だよな…やっぱり。)


 これだけの雨風にもびくともしない。雨漏りも無ければ風の衝撃も感じない。まるで、窓の向こうに別世界が広がっているように感じた。それは奇妙な感覚で、しかし、ほっと出来る事だった。


(あたしは今、城で働いてるんだな…)


 そう、何故か感慨深く感じた。




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