プロローグ
孤島の王国があった。
大昔には誰も知らなかった王国。
外界となんの接触もなく時を過ごしたその国は
何時でも花が咲き乱れており、とても美しく、平和で、穏やかな国だった。
治めるのは代々女王。
優雅で美しく、聡明で、誰からも好かれていた。
——時代が移り変わり
やがて一隻の船がこの孤島を見つけると、瞬く間に外界との交流が始まった。
文化、物資、様々なものが行き来し
いつしか王国に、外界の血が混じるようになっていった。
それは、王家にも言える事。
しかしその頃から、王国の花々は枯れていった。
憂えた誰もが親身になって世話をしても
それを拒絶するかのように、花は枯れていった。
そして、花が枯れるにつれ、孤島を囲む海が荒れていった。
徐々に外界は孤島に近付くのを止め、遂には誰も近寄らなくなった。
海は荒れ、花は枯れ、人も病に倒れるものが多くなっていった。
それでも、王家だけは病に倒れなかった。
けれどもいつも悲しみが付き纏い、次第に荘厳な城から出る事は無くなった。
失意の底で、女王は祈る。
どうかこの海が静まるよう。
どうかこの花々が咲き乱れるよう。
どうか病が無くなるよう。
どうか、どうか——
この王国が、かつての美しい姿を取り戻すよう。
そして——
願わくば、哀れな私の娘が、愛するあの方と共にいれるよう。
その晩、女王は眠りについた。
眠りは夢を誘い、彼女を虜にする。
咲き乱れる花々。楽しそうな人々。静かに波打つ海。
あの方と幸せそうにする娘。
全てが望むもの。
全てが憧れるもの。
そんな夢を毎晩見るようになっていた。
そんな夢にずっといたいと思う様になっていた。
それが現実ならいいのにと願うようになっていた。
ある朝、姿を見せない母を不思議に思った王女は、そっと母の寝室を覗いた。
眠っている母の顔を見て、王女は少し微笑んだ。
その顔が、あまりに幸せそうに満ち足りていたから。
しかし、そっと頬を撫でて凍り付いた。
女王はもう、冷たくなっていた。
それなのにどうだろう。
その肌は柔らかく、まるで生きているかのよう。
鼓動も止まり、息もしていない。
それなのに、女王は眠っているようにみえる。
その肌は、冷たく。
しかし、生きてはいない。
いつの間にか、母の周りには、失われた花々が芽吹き始めていた。