第九章
お手伝いのシュウト。ギルドで俺はそう呼ばれているらしい。まぁギルドの冒険者達はお手伝いのシュウト(笑)と侮蔑を込めて呼んでいるらしいが。まぁそれには一応理由がある。
理由は俺が一週間でDランクの民間人が依頼した雑務を全てやり遂げてしまったから、なんだとか。いや、三週間でここを出る予定だったからまずは武器と防具。それを買うにはお金がいるから雑務任務を黙々とこなし続けた結果、こんなことになった。
いやね、どうやら俺の体は日数が経つ度に成長するんじゃなくて鍛えることで成長していくらしい。今じゃ成人男性の二倍は身体能力ある気がする。そのせいで日が進むごとに作業が効率化していって、遂に楽な雑用依頼を消化してしまったってわけ。最終日には四十件の依頼をまとめて受けて受付のお姉さんがマヌケ面してたっけ。
冒険者は俺のことを弱虫とか貧弱とか呼んでいるらしい。でも普通Dランクの雑用依頼は新人がたまにやる程度で、ギルドは溜まってた依頼が無くなって大喜びしてるんだとか。シロさんからも一目されて今度お食事でもと誘われたが、金ピカの鎧を着た女性冒険者の視線が怖かったので今度お話するだけにしておいた。
そして肝心の資金の方はかなり稼げた。単純な稼ぎでは何と約二百万円。あの家一件分の収納が出来る袋を二個買ったので持ち金は百万くらいか。
五十万の袋は二個も買うか迷ったが、冒険する人にとっては必需品だろう。入れた物の重さが無くなるし予備に一つ持っておきたかったし、まぁしょうがない。
今はサラから聞いたオススメの店とやらに向かってる。この砂漠では珍しい木製の小屋と聞いていたが……。
そう考えながら歩き続けてるとレンガみたいな物で出来た家の目の前に到着した。入口にぶら下がっている看板には剣と盾のマークが刻まれている。
……おっかしいなぁ。地図にはここって書いてあるけどこの店木製じゃないぞ。何処からどう見てもレンガに囲まれてるし、一体何処が木製なんだ……?
まさか看板が木製ってことは……サラのことだしなぁ。そうかもしれない。
どんな間違いだと思いながら扉を開けると、湿気の篭った熱気が俺の顔にまとわりついてきた。サウナにでも入ったような暑さ。正直今すぐにでもここから出たかったが、我慢して奥に進む。
カウンターみたいな所に着いたが誰もいない。奥からも物音一つしないし照明も薄暗い。もしかして閉店してるなんてオチはないだろうな。
それにこの店は少し気味が悪い。ライオンみたいな装飾品が付いている大剣に、胸の所から悪魔みたいな顔が出ている鎧。気味が悪い物ばかり置いている。ここの主人とはとても仲良くは出来なさそうだ。
「すいませーん。武器と防具を買いたいんですけれどもー」
「おぅ。客か」
ダメ元で言ってみたら奥から渋いおっさんが物音も無く、タオルで汗を拭きながら出てきた。熊みたいに大きい体格に仏みたいな細目が印象的なおっさん。やせ細った怪しい人でも出てくると思っていたので少しだけ安堵する。
「武器は何がいいんだ? ……防具は軽く動きやすい方がお前はいいな。その見た目にしては鍛え上げてあるが、重装備はお前には早い」
細身で悪かったな。前の世界ではこれが標準だよ。てかこのおっさん接客する気なさすぎでしょ。客をお前呼ばわりですよ?
「武器は剣がいいです。あとはお任せします。素人が決めるより貴方が決めた方がよさそうなので」
「そうか。予算はいくらだ?」
「九十万くらいですかね」
少し驚いたのか線みたいな目をおっさんは少し開いた。まぁ十代後半の少年が大金持ってたら驚くだろう。おっさんは奥に入ってガサゴソし始めた。
「わかった。じゃあ剣に防具で九十万となると……これだな」
おっさんがそう言いながら二つの木箱を持ってこちらにやって来た。開けてみると灰色のローブと長ズボン。もう片方の箱には自分の足くらいの長さの黒いロングソードが怪しく黒光りしていた。ちなみに俺の身長は175センチだ。遠くから見ると格好いいと言われて少し涙目になった記憶が蘇る。
「剣はいいんですけど、このローブと長ズボンは何ですか?」
防具じゃなくない?触ってみるとサラサラしていて触り心地は最高だが、獣に噛み付かれでもしたらすぐに破けてしまいそうだ。こんなのより飾ってある十万円の鉄の鎧の方が強いだろう。
「それは……声を大きくしては言えないが亜人の地方で偶然貰ったものでな。見た目に反して耐久性は鉄より高く軽くて動きやすい。更に魔法に大して耐性があるから魔物の放つブレスなどを食らっても燃えたりしない。他にも色んな効果が付属しているとんでもない代物だ」
「ただ亜人から仕入れた物だから売れないんですよね?」
「その通りだ。これだけ便利な防具は五百万はくだらないだろうが売れなきゃ意味がない。これがこの店で出せる最高の防具だ」
そりゃ凄い防具だ。でもちょっと怪しい。何で俺が亜人を憎んでいないことを知ってるのだろうか。
「お前あいつにここを紹介されただろう。そもそもここに飾ってある剣や防具が亜人の物だからな。この店に来る奴らは亜人をそこまで憎んでいない奴ばっかなんだよ」
ケラケラとからかうように笑うおっさん。というか俺の心サラッと読みやがったよコイツ。サラの知り合いだけに。……声に出さなくてよかったと思う。危ねぇ。
「じゃあこのこの剣も亜人の代物なの?」
「これを作ったのは人間だがそいつは精霊族と結婚していた奴でな。曰く二人は最後村八分の末に殺されたらしくて、その傍らにあったのがその剣のようだ」
「この剣返しますね」
何その呪いの剣。そんな物売りつけるなんてこの人どうかしてる。絶対触らない。絶対触らないからなっ!
「まぁ最後まで聞けよ坊や。そのせいかこの剣には精霊が宿っている。精霊が宿ってる剣なんか人間が持ってるとしても片手で数えるほどだ。これは一千万はくだらない代物だが安い買い物だとは思わないか? 」
「呪いみたいなので死ぬのはごめんだから遠慮しておくよ。てかそんな危ないもん捨てろよおっさん」
坊やなんて呼ばれたの初体験だよバーロー。さっきのローブもそんなんじゃないだろうな。これは凄い防御力がある鎧ですよ。ただし身に付けた者は死ぬ、みたいな。何その本末転倒な鎧。
「買ってよ。僕は役に立つよ」
「ほら、この剣もそう言ってるし買ってやれよ」
このおっさん何言ってんの。剣が喋るはずないじゃないか。HAHAHA。
「聞こえてるんでしょ? 僕強いんだよ? 役に立つよ?」
あぁ。このおっさんこんな可愛らしい子供みたいな声真似も出来るんだ。全く世の中わからないね。見た目熊なのにこんな声真似が上手いなんて。
しかも剣がカタカタと動いている。ははぁん。どっかに糸でも付けて動かしてるんだろ。全くこのおっさんお茶目だなぁ。
「そろそろ認めろよ。現実逃避しても無駄だぞ坊や」
「うるせぇ。剣が喋るとか馬鹿か。どうやって声を出してるんだよ口も喉もないのに」
「これは自分の思ったことを相手に直接伝える魔法だから口は使わないよ」
「てめぇは少し黙れ剣!」
剣を指先がコツコツと何ども叩く。痛い痛いとか聞こえてくるが知るものか。この剣喋るんだ! よし買ったなんて展開俺は認めたくない! 何その無茶ぶり!
「さぁ。買ったんだからもう帰った帰った。俺は忙しいんだ」
おっさんに店から無理矢理追い出され、人々が行き交う道端で呆然と立ち尽くす。手には灰色の服に喋る剣。何この理不尽な光景。
剣をそっと地面に置いて宿屋へダッシュ。我ながら凄いアイデアが浮かんだ。早速実行する。
「僕はある程度人の心が読めるから置いていこうとしても無駄だよっ」
まぁ大金叩いて買ってしまったんだから今すぐに捨てはしない。実は喋るだけで切れ味最悪とかなら隙を見せた瞬間に投げ捨ててやるが。
そのまま変な剣と喋りながら俺は宿に帰った。剣は心が読めるらしいので声には出していない。少なくとも剣と喋ってる可哀想な人にはならなそうだ。
宿屋に入って受付でニコニコしているサラに鍵を貰い自分の部屋へ行く。途中何か視線を感じたが気のせいだろう。
早速学生服を脱いで灰色のローブと長ズボンを着用。鏡に向かいあってクルッと回ってみる。知り合いのコスプレイヤーの気持ちが少しわかった気がした。何処かむず痒いがちょっと気分が上がる。まぁ友人の前ではこんなこと恥ずかしくて出来やしないが。
暑苦しいと思ったが案外着心地は良い。サラサラした生地だから清涼感があって学生服よりもこっちの方が良さそうだ。他にも何着か服は買ってあるが基本はこれ着よう。
「シュウトさん。少しいいですかー?」
最初に俺が舐めるように観察していた茶髪のお姉さんがノックもせずにいきなり入ってきた。彼女の目には鏡の前でクルクルしている自分。
「……ノックぐらいして下さいよ」
「フフッ。似合ってますよ」
彼女は短髪の髪を撫でながら子供でもみるように笑い、欲しくもないフォローを入れてきた。顔から火が出そうだった。頑張ればマッチくらいの火を起こせそうだ。
「……それで何か用ですか?」
「えぇ。ちょっと受付でトラブルがあってね。シュウトさんなら協力してくれるかなーと。お人好しですし」
「そこはかとなく馬鹿にしてる?」
「とんでもない。褒めてるつもりですよ? サラに晩飯奢ってる女たらしって素晴らしいですよね」
「ほぼ初対面の人にそこまで言うか!? あれ? 俺達会うの二度目だよね?」
「……さぁ。わかりませんよ」
そう言って部屋から出ていく彼女。えっと、トラブルがあったんだっけ? まぁ断る理由もないのでお姉さんを追い越して受付へ足早に向かう。後ろから笑いを堪えるような声が聞こえるが何なんだろうか。トラブルってなんだろうな。酔ったおっさんが絡んでるとかそんなんかな?
――▽▽――
「サラさん。お仕事が終わったら一緒にお茶でもどうですか? 出来れば今すぐにでも婚約したいのですが」
「……えーと」
結果から言うと受付でサラがプロポーズを受けていた。いつからこの受付はプロポーズの受付になったのだろうか。
受付のテーブルに身を乗り出している若い男。髪型は青い短髪。長身。そして中々のイケメン。うぜぇ。そしてあの案内娘はこの状況がわかってた上で俺を呼び出したと。くそ、来なきゃよかった。
周りの十数人の野次馬はかなり盛り上がっている。この中に割って入るのも気が引けるし知らんぷりして宿出ようかな。少なくとも危なくなったら野次馬が止めるだろうし。
うん。俺が止める必要ないよな。周りが何とかしてくれる。しかも相手は中々のイケメンだから別にいいんじゃないか? なんて自分を正当化して、顔を灰色のフードで隠してなるべく気配を消しながら入口に向かう。
あんなのに構ってられるか。もし割って入ってサラを巡って決闘なんて展開になったら目も当てられない。俺は誓いの言葉を言おうとした新郎新婦に割って入りたくはないぞ。
しかし入口まであと少しのところで案内娘が後ろから俺のフードをひっぺかしやがった。後ろに振り返って何をする、と言う前にサラと目が合う。しばしの沈黙。
俺が頑張って微笑を浮かべるとサラも返してくれた。わかってくれたのかと思って出来るだけ自然に入口に手をかけると、後ろから甲高い声が聞こえてくる。
「コラー! シュウトー! 待ちなさーい!」
サラの大きな声で野次馬の大半が俺の方に視線を投げかけてきた。お、トライアングル完成しちゃうのか? なんて声が聞こえてくる。ふざけんな。そんな昼ドラ展開を俺は求めていない!
そして親の敵を見るような目で俺を睨んでくる青髪短髪君。マジで勘弁して欲しい。いやね、もうお家帰りたい! 馬鹿! 案内娘の馬鹿!
「大変なことになっちゃったねシュウトさん」
「あのなぁ……」
案内娘が向日葵のような笑顔をこちらに向けてくる。表情と行動が一致してないよこの人! 鬼だ!
「お前は誰だ。邪魔をしないで貰いたいんだが」
ほら、青髪君怒ってるよ。もう嫌だ。とりあえずだんまりを決め込んでおく。余計なこと言って面倒なことになったら本気で死にたくなる。服装も高価そうな装飾品が付いてるから相手にしたくないなぁ。
「ほらシュウトさん。ビシッと言ってやって下さい」
「案内娘よ。何で俺!? 野次馬の中にいる屈強な体つきのおっさんに任せろよ! あれは何を言っても止まらない奴だよ絶対! 力ずくで宿から追い出せよ!」
「実はあの人結構強いらしいんですよね。ギルドではAランクらしいですし」
「俺Dランク! AとDだったらAの方が圧倒的に強いじゃん! 何その噛ませ犬! 俺は引き立て役ですか!?」
どんだけ無茶ぶりすれば気が済むんだコイツは! というかAランクとかますます危機感が上がったわ!
「あぁもう。愛のパワーでサラッと倒してくださいよ。サラだけに」
「自分で言って自分で笑ってるけど面白くないからねそれ!? 寒いからね!?」
言い合いだけでもう疲れたよ俺は! 俺が肩で息してるのに案内娘は息も乱してないよ! 何この歴然とした差は! 理不尽だ!
「お前は俺をからかっているのか……?」
青髪君がどうやら完全にキレたようです。殺気みたいなの出てますよー? 周りの野次馬汗流しながら黙り込んじゃったよー? じゃあ何で俺はこんなに余裕があるのかって?
腕喰いちぎった狼の殺気の方が百倍怖かったので大丈夫だよ。あれと比べると何か必死だなぁ、としか思えない。凄い頭の良い子供を相手にしてるみたいだ。
「中々の殺気ですね。私には届かないみたいですが」
「案内娘なのに暗殺者みたいな台詞言ってるよこの人!?」
「でもお手伝いのシュウトさんでも怖気付かない殺気ってどうなんでしょうね」
「え、えーと……お手伝い殺気!」
周りが静まり返ってる中変なポーズを決めてこんなこと言うもんだから、俺がシラケたみたいな空気になった。地味にショック。ていうか俺テンションおかしくなってるよな?
「お手伝いのシュウト? あぁ。最近Dランクの簡単な依頼をあさっていた奴か。黒目に黑髪と言っていたし、お前だったか。道理で腑抜けた面をしていると思ったよ」
青髪が鼻で笑いながら俺を見下したような目で見てくる。凄い偉そうだな。まぁ魔法使いは基本お金持ち出身で更に希少な魔法を使えるから偉そうにしててもいいらしいけど。
「そうですよ。あのお手伝いのシュウトです。この人が――」
「お前は話をややこしくするな。流石にランクと決闘とか洒落にならん。別に無理矢理誘ってるわけでもなかったし好きにしてくれ」
舌打ちするなよ案内娘。今になってやっと冷静さが戻ってきた。案内娘のおかげで調子を狂わされたがノリでAランクと決闘とか笑えない。無理無理。いきなりボスに戦い挑んで勝てるわけねぇよ。コツコツ雑魚敵から倒さないとボスは倒せない仕組みになってるんだよ。
それにもし間違えて四枝が欠損して再生でもしたら凄い騒ぎになりそうだし。新種の亜人と勘違いとかありそうだからしばらくは目立つ所で派手なことは出来ない。
だから俺は宿屋を出る。何。戦略的撤退ってもんだ。青髪に背を向けて出口へ一直線。
「逃げるのか。流石はお手伝いのシュウトだな。腰抜けが」
「何とでも言え。勝てない試合なんかしても意味ないよ」
ひらひらと後ろに手を振りながら宿屋を出ていく。冷静っぽく返していたがかなり頭にはきている。が、今はそんなことしてる場合じゃない。出来るだけ早く強くなって亜人の国へ行く。さっさと世界平和にして元の世界に帰るんだ俺は。