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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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第八章

 食料配達を終えて固いパンをかじりながら宿への帰り道を歩く。食料配達の報酬は一万円とおばちゃん特製の固いパン。本当はギルドに戻り依頼終了を告げてギルド員が依頼者に確認して、それから報酬を貰えるはずなんですけどねー。おばちゃんマジ豪快っす。


 ただ一つ不満がある。今かじってるこのパン。固すぎて全然食べれない。


 固いパンって言っても心の中では少し歯応えのいいパンなのだろう、とか普通の人は思うだろう? でも噛んだら金属かじってるみたいにカチカチ音がなるんだぜ? いや、売る気あるの!? 食えないから!


 でも唾液でふやかせば何とかなると思いパンを口にくわえたまま歩いてみるも、十分経ってもパンは一欠片さえ俺の喉を通らない。これはアレだ。食べ物じゃねぇ。このパン砲台に詰め込んで撃ったら立派な武器になりそうだわ!


 パンに固さを追求しすぎて凶器になりつつある本末転倒なパンをかじるのを止めて、依頼内容を振り返ってみる。二時間荷物を運んで一万円。時給五千円とか凄いなオイ。


 しかも雑用の仕事はパッと見て大量にあったから、魔物と命賭けて戦わなくてもお金には困らなそうだ。だけど世界を平和にしないと俺は元の世界に帰れないからずっとこんなことをしているわけにもいかない。ここに暮らすって手もあるが、十年後に世界が阿鼻叫喚に包まれるらしいからそれも無理。俺が頑張らなきゃ無理だろう。


 世界を平和にするって言ってもどうすればいいのかわからなかったが、一週間本を読み進めてこの世界の種族や地形なんかを見ていたら何となくわかってきた。


 まずこの世界には巨大な大陸が一つしかない。その周りを海が囲っている感じ。そしてその大陸の真ん中を裂くように馬鹿みたいに高くて長い石壁がある。その向こうには亜人、反対側には人間が住んでいる。こんな極端な別れ方をしていれば関係が険悪ってことぐらいわかる。


 更に亜人と人間は戦争を繰り返している。それも百年。よくそこまで続けられたものだ。そのせいで文化は発達せずに停滞しているらしい。魔法というものがなければ文化はもっと酷いことになっていただろう。


 何で戦争が百年も続いてるのかはお互い戦争で消耗したら停戦を結ぶから。それで回復したら前回の戦争に参加した老兵達が互いに戦争を持ちかけて開戦。今は停戦を結んでいるから平和だが、タイムアップの十年後に戦争がまた起こるのだろう。


 この血で血を洗うような歴史を止めるのが俺の目的だろう。神様はぬるま湯に浸かっていた現代っ子に無茶なことを押し付けてくれるものだ。というか無理じゃないか? 戦争のことなんて歴史の教科書で習ったことしか知らないぞ俺は。


 だが可能性はある。俺は不死身らしいし、それに魔力が世界よりもあるらしいから魔法を普通よりはいっぱい使える。しかも俺の体はどうやら強化されていたらしい。今日重い箱を一気に持ち運べたのが証拠だ。最初は前と変わらない体だったが段々力が上がってきている気がする。


 まぁ最初から岩を握り潰せたり出来る力があったらヤバいしなぁ。握手したら相手の手が粉砕骨折とかしたら笑えないし、全力で走ったら地面が陥没して残像が残ったりしたら怖いし。


 いきなりそんな力を手に入れたら制御が効かなくて困るから、神様が段々と身体能力が上がるようにしてくれたのだろう。何処まで上がるのかはまだわからないが。


 まぁ要するに俺はチートってこと。ハッハッハ。自分が怖いぜーなんて軽く受け止めているが、あまり実感が沸いてないからだろう。まぁそこら辺はどうでもいい。


 取り敢えず戦争を止めるには力が必要だろう。やっぱり血の歴史を止めるには血を流す人を消すしかないだろうしな。血を流すなって言って止めれるなら百年も続いてないだろうし。


 もちろん人殺しなんかしたくないし話してはみるけど、それでも力は必要だろう。だから一ヶ月くらい資金稼ぎしたら武器とか道具買って魔物を倒して、色んな地に足を運んで顔でも広めておこうかな。戦争の有権者なんかと仲良くできれば尚更良い。


 お腹の虫が鳴いてるから俺は足早に宿へ帰った。固いパンは捨てた。食えないもんアレ。



――▽▽――



 亜人なんか死ねばいい。それがこの宿に泊まっている人の共通意見らしい。


 食堂にサラが居なかったので待ってる間に聞き込みしたらこんな結果に。平和なんて無かった。不正もなかった。それに亜人って単語を口にしただけで訝しげな目線を向けてくる人が大多数だった。


 席に座ってサラを待っていたら、最近仲良くなったウエイトレスにサラへ亜人の話題を振るなと釘を刺された。触れちゃいけない話題らしい。


 椅子に寄り掛かりながらため息をつく。民間人の亜人に対する憎しみが思った以上に強い。戦争の老兵だけが憎しみを抱いてるだけかと思っていたが、やはり百年も戦争するもんだから民間人にも憎しみは伝染しているらしい。冗談で俺亜人なんていったらリンチされそうだもん。


 亜人の方もそれは変わらないだろう。これは絶望しか湧かねぇ。Gゴキブリが家に一万匹いるのがわかった時くらいに。それも殺虫剤が効かない訓練されたGだったり。


 完全に味方がいない。民間人でさえこれだから軍には期待出来ない。亜人と仲良しになりましょう、なんて持ちかけたらその場で切り捨てられそうだ。民間人の中には亜人を憎んでいない奴もいるかもしれないが、あまり希望は持てないな。



「おっす! お待たせ!」



 何か手は無いかと机に肘をつけながら考えていたら、サラが後ろからご機嫌そうに肩をバンバンと叩いてきた。どんだけハイテンションなんだよ。痛いわ。



「……おっす。今日は遅かったな」

「今日はお水作るのに手間取っちゃってね。ちょっと疲れちゃった」



 確かに少し疲れているようだ。いつもの輝かしい笑顔じゃなくて苦笑いといった感じだし、いつもは俺かウエイトレスからメニューをひったくるんだが今日はそれもない。



「無理しないで寝た方がいいんじゃないか? 別にここに毎日来なくてもいいんだぞ?」



 その言葉がどこか気に入らなかったのか、サラは手に持っている自分の分のコップを水が跳ねるくらい強く俺の前に置いてそっぽを向いてしまった。何だこいつ。人がせっかく心配してやってるのに。



「今日はシュウトの奢りだからね!」

「いつも俺が奢ってる気がするんだが……」

「何か言いました? 私には聞こえなかったなー?」



 おもむろにメニューを俺からひったくってブツブツと何か言っているサラ。こんな餓鬼みたいな奴が本当にここの店長をやってるのだろうか。店の売上の計算とかを他の人に丸投げしている光景がぼんやりと浮かんでくる。


 注文をした後黄色のツインテールを揺らしながらサラはまたニコニコし始めた。料理を待つときはいつもこんな感じ。お子様ランチを待つ子供みたいだな。いや、馬鹿にしてるわけじゃないんだけどさ。お前小学生か?って思う時が多々あるからなぁ。


 そういえばこの異世界には米が無い。凄い今更だけどね。炭水化物は多分パンだけ。麺とかもあるといいんだが。その代わりおかずがかなり豊富だ。魚、野菜、何かのお肉、とにかく豊富でこの世界の食べ物を人生全部使っても食べれるかわからないくらい。


 とりあえずここにいるのも予定では三週間くらい。それまでにこの食堂のメニューを制覇したい。あと親切にしてくれたサラに何かプレゼントでもしてやるか。



「また遠い目してるよー? 戻ってこーい」

「あ、悪いな」

「最近私といる時いつもそんな感じだね」

「悪かったよ。ほら、料理来たぞ」



 運ばれてきたのはコーンポタージュっぽいスープにパン。サラはこっちを半目で睨みながらパンをがじがじとかじっている。俺も一口……この鉄のような固さっ! これ昼に捨てたパンじゃないか!?



「これってどうやって食べるんだよ……」

「今流行りの頑固パンだよ。流行に乗り遅れてるねシュウト。これだからシュウトは駄目な奴なんだ。バーカ!」



 と言っている割にサラのパンはまだ一欠片も削れてない。俺がスープに浸して食べている姿を見てうーうー言いながら固いパンをかじっている。人参かじってる兎みたいだ。


 暖かいスープに少し浸すと固さはマシになって食べれるくらいの柔らかさになる。頑固親父が暖かい言葉を受けて柔らかくなったと……おぉ。我ながら今のは上手いんじゃなかろうか?



「……そろそろスープに浸したらどうだ?」

「私負けないもん! こんなパンに勝てないようじゃ宿主なんて失格だもん!」



 パンに負ける宿主。一週間はこれでサラをいじるとしよう。涎だらけのパンは見てて気分が悪いから無理矢理スープの中に落としてやった。ざまぁ。



「こ、これはシュウトが勝手に落としたから私負けてないよね?」

「わかったわかった。はいそうですねー」



 サラは猿みたいにキーッと声を上げてウエイトレスに渡されたナプキンをちぎれるくらい噛んでいた。愉快愉快。


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