七十五章
ミーセに殺されたところから始まります
(死ぬかと思った)
(いや、頭が無くなったから死んだよね)
(何回荒瀬さんに殺されたと思ってるんだ。頭が無くなったくらいで死ぬわけないだろ)
(あ、うん、そうだね。シュウトだもんね)
斬殺、撲殺、水死、圧死、転落死、凍死、焼死、感電死、爆発死……数え切れないな。逃げる俺を殺しまくりやがった荒瀬さんは今頃どうしているのだろうか。手紙にはあぁ書かれていたが、荒瀬さんが来ない可能性も考えながら行動しないとな。
ミーセは俺の首を落として油断したところに腹パンして気絶させた。というか毎回誰かを気絶させるたびに内臓破裂させるのは心苦しくなってきた。治すのも面倒だしな。首をサッとやって気絶させたいもんだぜ。
その後は文字通り魔改造された人間を連れて施設を脱出した。ミーセは連れて行こうか少し迷ったが、剣曰くヤンデレらしいので置いていくことにした。どこにヤンキーデレの要素があったんですかね……。まぁ裏切られたことには変わりないので別にどうでもいいが。
にしても何故あいつらは俺が実験体を救出している時に手を出してこなかったんだろうか。俺は風の魔法で息をしている生き物を全員探知し、実験台の人間を根こそぎかっさらった。その他にも使えそうな物も異次元袋にぶちこんだ。
しかし待機していたトカゲ亜人は手を出してこなかった。……ここは研究機関の一端でしかないのか? だとしたら面倒だな。
(で、この合成生物たちはどうするの? みんな死にたそうだけど)
(そりゃあこんな姿になってたら故郷に帰れないだろうしな)
(ふーん。まぁどうでもいいけど)
(……そう言いながら若干刀身から冷気を出すのは止めて頂けますかね。というかお前が人間のことで怒るなんて珍しいな)
絶望しきった面を並べた四足歩行の人間たちを見ながらも、この人たちをどうするのかを考える。数百匹いる彼らのほぼ全員はこのままなら自殺すると言っている。まぁ、それに関してはどうしようもない。
「それじゃあみんな一先ずここから降りてくれ」
下水道へ繋がる石蓋を持ち上げてスライムの滑り台を螺旋状に創造して狼の胴体を持った人間たちを滑らせる。そこまで手間取ることもなく全員下水道に降りた後に明かりを付け、メモ用紙と筆ペンを取り出す。
「お前らが死んだ後に首だけは遺族に引き渡す。希望者は名前と場所を言ってくれ。特に希望がなければ燃やしてそこら辺に埋めとくから」
「……俺はライカだ。場所はアルケス村。遺族は多分もういねぇからそこに埋めてくれ。頼む」
「わかった。次」
「ミカよ。イザラスのマサキって男が私の彼氏。居たらその人に渡して頂戴。……あの人は手が早いから他の女が居たら適当に埋めていいわよ」
「そうか。次」
自分の家がわからない幼い子供以外は全員希望を言った。全部の場所に行くのは面倒だが俺だけなら瞬間移動が出来るからな。そこまで手間はかからないだろう。
メモ帳を一通り確認してから異次元袋に放り、四角形の闇で作った箱を創造してから先頭にいる男性に手招きする。
「よし、それじゃあここに入ってくれ」
「……まとめて殺してもいいんじゃないか?」
「下水道で後始末する俺の身にもなれ」
「すまなかった。助けて貰ったのにそこまで気も回らずに……」
そうブツブツ言いながら両足で頭を抱えている男を扉の中に入れて、念のため外にいる人たちに防音が出来ているかを確認する。
確認が終わった所で男の元に戻る。真っ黒な空間に恐れを抱いているみたいだったので軽く肩を叩くと短い悲鳴を上げた。そして気分の下がるような声で呟く。
「やっぱり死ぬのって痛いのか?」
「ん? あぁ。君、身体はどのくらいの大きさだった?」
「何だいきなり。そんなことを聞いてどうするんだ?」
「村に行った時に体格を知っていると君の戸籍を探しやすいんだ。ほとんどの村は戸籍を管理してるだろうしな」
「……俺は冒険者をしていたから身体はがっちりしていた。今やその面影はないが……」
狼の手足で顔をべたべたと触りながら男はため息を吐いた。下水道を歩いた手足で顔を触るとか、やはり長年あの身体だと価値観やらが欠落するのかね。
「そうか。多分少しはその身体を取り戻せるから心配するな。次に目を覚ますときお前は元に戻ってるよ。はい。前を向いてねー」
「おい、一体どういう――」
騒ぎ立てる男の首をすっぱりと剣で切り落とす。そして床に落ちた生首をすぐさま拾って身体が治るように想像する。ボコボコと首から骨が生え始め、それを伝うように肉が骨を包んでいく。一先ず人間の形っぽくなった。今は手足の指などは無く、粘土で作った人形みたいだが。
これを筋肉質な身体に変え、最後に細かいところも創造していく。三分くらいで完成したが、何か結構なマッチョメンになってしまった。まぁ強い身体ならいいだろと言い訳しながらも、男の身体に異常がないかを確認する。
「さて、起きなかったら俺も遂に殺人者か……」
彼の心臓は動いてるし息もしている。少し想像を凝らせばどんな怪我でも大体治せるこの治療魔法はかなり優秀だが、一度死んだ人間にそれを行うと意識が戻らずただの植物人間になる。これは二年前くらいに一度試したことがある。
だが首を切り落とした直後に治療なんてしたことはないので、セーフかアウトかはわからない。取り敢えず右手の人差し指に微弱な電気を纏わせて男の顔に当てる。
「うぉう!」
「……さて、成功か。良かった良かった」
「おい、これは……まさか死後の世界なんてあったのか」
「はいはい。それじゃあさっさとこれを着て隅に座ってろ」
男にさっさと服を着させて隅に追いやり、次の人を招き入れる。その作業をただひたすらに繰り返した。
――▽▽――
丸一日かけて下水道の中作業を終え、グロッキーになりながらも何とか元の身体に戻った人間たちを引き連れて下水道の出口へ帰ってきた。
今更だが人間領まで彼らに犬車にでもなって貰ってた方が脱出がかなり楽になったんじゃないかなと思った。頭に布を被せてこいつら火事に巻き込まれちまって顔が醜いんです、とか言って幻惑魔法を門番にかける。か、完璧じゃないか。
(後の祭りである)
何も話さなくなった剣を訝しげに思いながらも適当に策を練る。……全員一気に瞬間移動出来ないかな。でもまだ人と一緒に瞬間移動やったことないんだよね。多分出来るとは思うが、流石にぶっつけ本番は怖い。
一先ず俺だけ地上に出て住宅街の隅にある家畜場から猪っぽい動物を拝借し、少し実験してみる。猪の背中に軽く手を当ててまずは少し遠くにある木まで瞬間移動。
「うん。いけるな」
いきなり景色が変わったことに驚いたのか猪が少し暴れた。それを抑えながらも次は人間領のイザラス――亜人を隔てる壁近くの村へ飛んでみる。
すると見覚えのある裏路地にちゃんと移動出来た。何やら怪しい取引をしている男たちが俺を見て目を真ん丸にしていたが、気にせずに亜人領へ戻る。
瞬間移動は出来るが人目が少し気がかりだ。それに一人づつ瞬間移動させないと場所が足りなさそうだ。瞬間移動した先に人がいたらどうなるかわからんしな。
問題が解決したので早速人間たちをばんばん元に住んでいた場所へ瞬間移動させていく。
助けた人達の数名からは名前を聞かれたので、黒の旅人の弟子だと答えておいた。その他は自分の身に何が起きたのか実感せずに放心していた。まぁ、それが普通なのかもしれない。
そして全ての人間を送り届けた後にワニ亜人とモセカが待機しているテントに戻り、ミーセを置いてきたことを告げる。一応、研究機関に戻りたいとミーセから言ってきた、ということにした。ワニ亜人は残念そうに、モセカは憤慨していた。
ホテルでぐっすり寝ていたらしい不死身少女を迎えに行き、次はモセカの国へ向かうことになった。ゲテモノ料理とか食わされないだろうな……。