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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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七十四章

二話更新

 隣のミーセに話しかける間もなくその人面狼はこちらに飛びかかってきた。斬るのに少し抵抗があったので剣の切れ味を無しと心の中で呟きながらも、人面狼の腹を下から掬い上げて真上に吹き飛ばす。


 上に飛ばされた奴は背中を天井にぶつけて子犬のような悲鳴をあげ、力なさげに地面へ落ちた。人間のような舌をぶらぶらさせながらも人面狼は左右から二体、正面から一体走り込んでくる。



「そぉらっ!」



 一声上げながら右から懐に飛び込んでくる人面狼の顔面を、剣身の腹で受け止めながら左に吹き飛ばす。左から飛びかかってきた人面狼は右から吹き飛ばされた奴に巻き込まれてそのまま壁にぶつかった。


 そして剣を振り抜いたまま一回転して正面から涎を撒き散らしながら突っ込んできた人面狼の顔面を靴裏で押すように蹴り飛ばす。蹴られた人面狼は肌が地面に擦れる音を響かせながら地面を滑り、少し先の壁にぶつかった。



「ミーセ。こいつらは……」

「シュウトっ!」



 骨が折れているだろう人面狼の背中を足で転がして仰向けにし、ミーセにこいつらが何なのかを後ろを向いて尋ねる。そうした瞬間に背中に何かが乗っかっり、ミーセが俺の背中を見て焦りの色が混じった声を上げた。



「まだ……動けたのかよっ!」



 背中に乗っている人面狼の毛皮を引っ掴み、そのまま思いっきり鉄の床に叩きつける。こいつは確かに背骨が折れていた。にも関わらずこんな素早く動けるものなのか?


 一歩、二歩と後ろに下がりながら人面狼たちを確認すると、地面に叩きつけられた奴は不自然に身体を動かしながら骨がズレるような音を響かせ始めた。壁にぶつかった奴らも今は元気に唾を鉄の床に垂らしてこちらを見ている。



「恐らく此奴らは生物兵器じゃろう。自己再生能力か。厄介じゃのう」

「そもそも何で人間の顔をしてるんだ?」

「そりゃ、多分人間の戦争捕虜と魔物を元に作っているからの」

「……マジかよ」



 胸糞悪い気持ちを吐き出すように息を吐いてから剣の切れ味をいつも通りに変更する。関節人殺しかよ。まぁあれはもう正気には見えないしこれはノーカンってことで。


 飛びかかってきた人面狼の頭を斬り飛ばし、血がかからないようにしながらも四匹の首を早々に斬り飛ばした。


 舌をだらんと伸ばして白目を向いている生首たちに心の中で祈りを捧げながらも、獣臭い血だらけの剣を持ちながら進もうとして一度立ち止まる。ミーセがしゃがみながら死体を調べていた。



「どういう原理で再生してるのかさっぱりわからんのう。だが頭を斬り落とせば生命活動は停止するみたいだの」

「そうかい」

「同族殺しはやはり嫌かの?」

「現実を突きつけるのは止めてくれませんかね……。意思疎通が出来る奴は誰でも殺したくないだろ」

「ならこいつらはセーフじゃの!」

「はっ」



 やたら笑顔で元気づけようとしてくるミーセを鼻で笑いながらも、首で先にうながすとミーセは何とも言えないような顔をしながら先に進んだ。


 そして少し歩くとまた前から四足歩行の獣を感知する。だが今回は唸り声が聞こえない。聞こえてくるのはさめざめと泣く女性のような声。


 少し早歩き気味にその声の元へ向かうと、さっき斬った奴らと同じ風体の人面狼が一匹鉄の壁に寄りかかっていた。人面狼は前足で顔面を覆いながら耳に響く泣き声を上げている。



「……反吐が出そうだな、オイ」

「…………」



 大方今度は人面狼に意識があるのだろう。もう侵入したことはバレていて、俺が人間ということも相手はわかっているんだろう。その上で生物兵器の実験でもしているんだろう。


 深く被っていたフードを取り払って監視カメラなどの有無を確認するが、やはり無い。舌打ちを一つしてからゆっくりと人面狼の元へ向かう。



「おい、大丈夫か?」

「ひぃっ! お願い! 来ないで!」



 顔を隠している前足を無理矢理手でどけて確認すると、彼女は十代後半の顔つきをした女性だった。……前回の戦争に女性はあまり参加していないはずだ。攫われたのか?



「俺の顔を見ろ。俺は人間だ」

「嘘! ここは亜人の国だもの!」

「耳も尻尾も無い。肌も……ほら、肌色だ」



 灰色のローブを脱いで薄着になって彼女に見せるが、彼女は疑心暗鬼に陥って信じてくれそうにはなかった。灰色のローブを着て彼女の狼の手を握る。



「君は今まで何をしていたんだ?」

「シュウト。時間が無いんじゃ。さっさと殺さんか」

「ひいっ! 嘘つき! 嘘つき!」



 いきなり後ろから現れたミーセに彼女は酷く錯乱し、身体を丸めて縮こまってしまった。ミーセに批難の視線を送るがミーセは素知らぬ様子で縮こまっている彼女を冷たい視線で見下した。



「邪魔をするなよ、ミーセ」

「シュウトは強く賢い。そして儂を含め多くの亜人を人間領から解放してくれた。だから儂はお主を尊敬しておるし、恩を返したいとも思っている。だが、お主だけじゃ。人間は、嫌いじゃ」

「そう思ってくれているのは嬉しいが、生憎俺は馬鹿なんでね」

「……ふむ」



 ミーセは俺の目線に臆することなく少し顎に手を当てて思案した。そして縮こまっている彼女に一瞬目線をくれてからため息を吐いた。



「……お主の行動理念がわからん。元は人間じゃがその異常な能力を人間に知られて人間領から追放され、今は儂らを手土産に亜人領に認められようとしておる。だが次は人間を助けようとしておる。お主は人間と亜人。どちらの味方なんじゃ?」

「……どっちも味方だ!」

「お主、堂々とスパイ宣言してることに気がついているのかのぉ……」

「そもそも何で意思疎通の出来る人間と亜人が戦争してるんだよ。お互い関わらないとか和平を結ぶとか、平和な解決方法があるだろ?」

「それはこの地を百年間遡って王にでも言ってくるんじゃな」



 ……その手があったか!



「……そのアイデア、いただきっ」

「何を言ってるんじゃこのアホは……」



 ミーセが残念な子を見るような目でこちらを見ているのをスルーして考えを巡らせる。そうか。過去に戻ればいいんだ!



「というわけでこの子は貰っていきますね」

「おい。反逆行為じゃぞ。ワニの国にも置いて貰えなくなるぞ」

「でもワニの国なら置いてくれそうな気もするけどな」

「……はっきり否定出来んのが悔しいのう」

「やっぱりこれが全てなんだよなぁ……この世界は」



 くるくると剣を回転させながらミーセに向かってはにかむと、ミーセは珍しく焦ったような表情だった。



「シュウト。早くそいつを殺すんじゃ。手遅れになるぞ」

「……何だお前。やけに執着するな」

「執着してるのはお主のほうではないか! 何故見知らぬそやつを助けるのじゃ! あの少女を助けるのではないのか!」

「いや、あいつも助けるに決まってんだろ? 別にどっちか捨てなきゃいけない状況でもないだろ、これ」

「このわからず屋がっ! 何故わからんのじゃ! その子を助けたら亜人と敵対するんじゃぞ!?」

「まぁ確かにトカゲの国は諦めるしかないな。そもそも不死身少女を取り返す時点でその覚悟は出来てたしな」



 よっこらしょと縮こまっている人面狼を背中に背負う。ミーセはわなわなと口を震わしてこちらを睨み据えた。



「一先ずあの不死身少女を助けに行くぞ」

「くだらん! これ以上付き合ってられんわ!」

「そうか。今までありがとな」

「……待て」



 人面狼を背負いながら進もうとすると、ミーセがこちらに短剣を向けてきた。その目は人面狼を見る目同様、酷く冷たい目だった。



「裏切り者には死を、ってか?」

「いや、先に裏切ったのは儂じゃな。お前が可愛がっている実験体を送ったのも儂じゃ」



 その言葉に一瞬頭が凍ったが、目の前で振られた短刀で無理矢理思考が呼び戻される。子持ち亜人、モセカ、お次はミーセか。一先ず人面狼を床に下ろしてからミーセと対峙する。


 目の前で遅く振られた短刀を素手で受け止めてそのままミーセの身体を引っ張って体制を崩させ、膝を相手の鳩尾にめり込ませる。地面に落ちた血濡れた短刀と回復する右手をよそ目に咳き込んでいるミーセを軽く小突くと、彼女はすんなりと床に倒れ込んだ。……戦闘が弱いのは相変わらずか。



「こりゃ人間不信になりそうだ。いつからだ?」

「……救われた時から裏切るつもりだったんじゃが、ゴホッ、その認識は、壁を超えた辺りから徐々に変わっていった」



 ミーセは鳩尾を蹴られて地面に倒された時も話を続けていたので。俺もおずおずと座ろうとするとキッと睨まれたので立っておく。



「逃げた亜人を追うこともせず、勝手に助けて勝手に裏切られて勝手に傷ついて、こいつは何も考えていない心底の馬鹿じゃと儂は確信したわ。」

「悪かったな」

「ワニの国でも王の嫁と腕相撲をして認められたそうじゃな。ワニが愉快そうに話しておったわ」

「ちなみに机が壊れて引き分けな」

「お主らしいわ」



 カカッと苦しそうに喉を鳴らしながらミーセは震える手を地面に付けて起き上がり、両拳を顔の前に構えた。繰り出される拳をすいすい避けながらも話が続く。



「その後は犬車の中で皆と過ごした。儂自身他の亜人が好きじゃったし異文化の知識に触れるのも好きじゃった」

「ボードゲームは随分と盛り上がってたな」

「あと倒していないのはお主だけじゃ」

「オセロはそろそろ負けそうだがな」

「お主はいつも端を取るから卑怯じゃ」

「そりゃねぇぜ」



 話に集中しすぎて適当に避けすぎたためか、いつの間にか地面に落ちて短刀をミーセに拾われてしまった。



「楽しかった。儂は確かに楽しいと感じていたんじゃ。馬鹿なワニ。高慢ちきなモセカ。感情を取り戻した数年前の実験体。そして人間のお主。楽しかったんじゃ」

「じゃあ何で不死身少女、実験体とやらを誘拐したんだ?」

「そもそもあの実験体は数年前の物じゃから、今ここに送っても処分されるだけじゃよ。あの子は今高級住宅街のホテルでぐっすり寝ておる」

「……なら何でこんなことを。俺だってお前らと一緒で楽しかったぞ」



 そう言うとミーセはくしゃっとした笑顔を浮かべながらこちらに短刀を向けてくる。何か図式的におかしくないかなと思いつつ斬撃を避けていく。



「儂はこの国の研究者であり兵士じゃ。偉大な父や母が築き上げた国を守る義務がある。お主が人間のスパイでないという確証が欲しかった」

「確証って……何でそんな物がいるんだ? お前は信じてるんじゃなかったのか?」

「儂は信じておる。お主にスパイなんて小難しいことが出来るとは思えんからの」

「そこはかとなく馬鹿にしてるよな、オイ。……じゃあ何でだ?」

「第三者から見ればお主は怪しさ満点じゃ。将来のためにもお主の信頼を底上げする必要があった。だがお主はっ――」



 急に斬撃の速度が上がり危なげなくそれを避ける。ギリギリとミーセの握っている短刀の柄が悲鳴を上げる。



「お主は人間を選んだんだ! 改造された醜い人間より儂らは下なのかっ!?」

「……待て。亜人を裏切らない確証を持ちたいこともわかったし、お前の気持ちもある程度は伝わった。いいか。その短刀を」

「うるさいっ!」



 ミーセは短刀を逆手に持って姿勢を低くした。何か危ない臭いがしたので魔法を想像しようとした瞬間に後ろから何かに押された。後ろを見ると人面狼が背中に飛びかかっている。


 その隙に目の前に移動していたミーセが俺の喉元に短刀を刺し込み、そのまま捌くように横へ短刀が引かれる。ペンキがこぼれるように赤い血が首から床へ落ちた。


 その後もミーセは何ども喉元を短刀で抉り続けた。反撃しようにもいつの間にかに五匹へ増えた人面狼に後ろから抑えられている。



「……身体に指示を送る脳を切り離せば、身体は動かない。儂が研究した末の結果じゃ」



 朧げに聞こえるミーセの声を聞きながら意識が闇に落ちていく。落ちていく。

一日二話はもうやりたくない。それと勢いで乗り越えた感が否めないが許してください

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