七十三章
不死身少女の正体を知るためにトガゲ亜人、ミーセに調べさせたが、亜人三人は無力化されて不死身少女は研究機関という場所へ誘拐されてしまう。
瀕死で帰ってきたワニ亜人を介抱した修斗は回復したワニ亜人と共に不死身少女を取り返しにいったが、既にそこにはいなかった。
不死身少女を研究機関に送ったミーセの友人。現在はその友人をミーセが尋問しているところ。
テントから聞こえる怒号と悲鳴を聞きながらも一人で剣を振り続ける。剣を振り上げ、振り下げる。剣を振り上げ、振り下げる。剣のご指導を受けながらも何ども繰り返しては修正を繰り返していく。次は横からの薙ぎ払い、下からの掬い上げ。それぞれをこなし終わる。
次は剣に炎を纏わせる練習だ。剣から炎が離れないようにキッチリとイメージしてまた振り下ろす。次は雷、次は風といった具合に全属性を剣に纏わせて剣から離れないように練習する。まぁ水と土と氷は実用的じゃないけどな。
(ここに来た時よりは少しマシになったね)
(随分と手厳しいな、オイ)
(事実でしょ。シュウトは全部身体強化と無詠唱魔法、不死身の力でゴリ押ししてるだけだから腕が上がらないんだよ。でもまぁ、僕の練習を毎日続けてから少しはマシになったけどね)
(ツンデレ?)
(僕はヤンデレだと思うよ)
(あぁ、ヤンキーデレデレな。確かにそうかもな)
(……僕の知識はシュウト経由で流れてくるはずなんだけどな。あれ? どうなってるの?)
何か考え事をしている剣を置き、頬を伝う汗をゴワゴワのタオルで拭う。一人で剣を素振りするのもいいが、俺としてはやはり実践を積み重ねた方が手っ取り早いと思うんだけどな。
まぁ訓練はしてるんだがここ一年くらいは誰にも負けたことがない。鼻息を荒くするとそこはかとなく剣の冷たい目線が見えた気がした。
人間領で本気で戦ったのは荒瀬さんとシロさんだけだ。あぁ、そういや殺人集団とクイーンスコーピオンにも負けたな。まぁあの時はノーカンってことで。
(油断して足元を掬われて死ねばいいのに)
(残念俺は不死身でした!)
(その減らず口も直した方がいいよ。段々あの小生意気な黒の旅人に口調も似てきてるし)
肩腕を回しながらも剣を腰に引っ掛けてテントを見ると、丁度ミーセが目の下にクマをこしらえながらもテントから出てきた。その表情は心なしか明るげだった。
「場所がわかったぞ。もう出発できるぞい」
「おっけ。モセカたちは?」
「モセカはまだ動けそうにないの。一人にさせるのも酷じゃ。お主かワニが残るしかないの」
「ワニも体調が良いとは言えない。あの二人は留守番か。お前は大丈夫か?」
「徹夜なんて久々じゃわい」
カカッと喉を鳴らしながらミーセが薄茶色の鱗に包まれた腕を伸ばすと、ポキポキと小気味の良い音が響く。お疲れ様と肩を叩きながらもテントの中に頭を潜らせる。
腕を上げられて吊るされて服が乱れているトカゲ亜人を見て少し咳払いしながらも、テントの中のワニ亜人に留守番の件を伝えると快活な笑顔でサムズアップしてきた。調子は悪くなさそうだな。
「それじゃ行きますか」
「うむ。研究所は国の中心部の地下じゃ。お主は一先ず儂の家へ転移せい。儂は正門から向かう」
「了解」
ミーセに手を振りながらも彼女の家に転移すると、視界がブレた後に少しジメジメした石の家に到着した。相変わらず質素な内装だ。木製で出来たタンスに机。キッチンらしきものはあるが水道もコンロもない。トイレは底の見えないボットン式だった。
そういやミーセは何年くらい人間領に捕まっていたんだろうか? そんなことを思いながらも適当に寝転がってゴロゴロしていると前の扉が突然開かれた。
「お主……もし儂が警備兵だったらどうしていた?」
「一人二人だったらどうにでもなるさ」
「まぁいいわい。早くフードを被れ」
呆れ顔のミーセに急かされながらもフードを被って家から出る。まだ早朝にも関わらずかなりのトカゲ亜人が外にいる。ミーセは人通りの少ない場所を選んで進んでいき、人がほとんどいない外れの道に出た。
そして道の脇にある石の蓋を俺に開けるように指示してきたので、身体強化を施した腕でその蓋を無理矢理こじ開ける。うわ、取っ手にコケが付いてて気持ち悪い!
その蓋を外した中は真っ暗闇で何も見えないが、完全に下水道じゃないですかー。あんまり入りたくねぇなー。
「ここに入るのか?」
「身を隠すのにはここが一番じゃ」
「というか下水道なんてあったのか。よく砂漠に作れたもんだ」
「生活排水などはここにまとめ、汚物は砂で固めて外に運ぶのじゃ。まぁ最初は泥で汚物を固めてから砂漠の砂をかけてるからこの中に……」
「もう止めて! 聞かなきゃよかった!」
真顔で下水処理のことを淡々と喋るミーセにうんざりとして話を中断させる。そうするとミーセはふてくされたようにさっさと梯子を降りていってしまったので、俺も梯子に足をかけて降りていく。一つ降りるたびに生臭い異臭が鼻につく。最悪だ。
「梯子についてるコケが儂の頭に落ちてきてるんじゃが。もっと丁寧に降りんか」
「悪い」
「今度は口に入ったんじゃが!」
「……悪い」
不機嫌そうに目を吊り上げながらこちらを睨んでくるミーセを愛想笑いでごまかしながらも、少し長かった梯子から降りてぬかるんだ地面を踏みしめなる。……まぁ思ったより滑らないな。
炎の魔法で手元を照らし、異次元袋からカンテラのような光源を取り出す。もしかしたら亜人がいるかもしれないので、念のためだ。
カンテラを取った後に上の石蓋を閉めてミーセの元に戻ると、彼女は下水の壁にこびり付いている緑色のコケを触りながら観察していた。
何やってんだと思いながらもカンテラ光源を手渡すと、ミーセはそのカンテラ光源の中で動いている黒い物を物珍しそうに見ていた。
「これは……虫かの?」
「人間領の主な光源だ。明かりが消えかけたらガラスを軽く叩けばまた点く」
「ほう、便利そうじゃのう。今度モセカに聞いてみよう」
楽しげにカンテラを振りながらもミーセはこっちじゃと下水道を先導した。濁った水が革のように流れている様子をカンテラ光源を用いて観察しながらもミーセに付いていく。
「……おい、死体が流れてるんだが」
「ここは殺人犯が死体を捨てる場所の十八番じゃからな」
「わぁい」
皮膚が水を吸っているのか風船のような身体を汚水に浮かばせている水死体。それに見向きもしないでミーセはずんずんと進んでいくので、死体を水場からさっさと引き上げてから俺も駆け足で付いていく。
すると進んでいる途中で吐き気を催す臭いがしてきたので思わず袖で鼻を覆う。ミーセも若干臭そうにしているが俺ほどではないらしい。
「……ひどい臭いだ」
「人口が十万人いるからのう。あれが十万人のおぶ――」
「止めてくれますかね! 真顔でそういうこというの止めてくれますかね!」
ミーセが説明しながら指差す場所には鉄製の器具に大きめな泥団子が固定されていた。フンコロガシがうっとりしそうだな、オイ。
「これを砂漠に捨てるとそこらの虫が食ってくれるからの。まぁこの仕事をやりたいという奴がいないのが問題じゃが……だがしかし」
「はい、早く進みましょうねー。この臭いじゃ喋るのも辛いんでねー」
また足を止めて説明をしようとするミーセの背中を押しながら下水道を進んでいく。その後地上に上がって場所を確認しながらも、聞きたくもない下水の知識を聞かされながら八時間ほど下水道を歩き続けた。死体は合計で四つほど見つけました! いっえーい。
もう臭いが染み付いたであろう服をつまみながらもミーセに付いていくと、やっと地上へと繋がる梯子を発見した。この地獄から解放されると肩を下ろしながらも、ミーセから先に梯子を上がっていく。ちなみにミーセの服装はズボンで尻尾の部分に穴が空いているスタイルだ。いや、別に期待してないけどね。
梯子を登りながらも尻尾の穴の隙間から何か見えないかとカンテラを動かして試行錯誤していると、ミーセの茶色い尻尾が俺の頬を軽く叩いた。女の勘って凄いなと思うのも束の間、ミーセはただ俺に足を止めろと言いたいだけだったようだ。ホッとしながら上を向く。
そしてまた尻尾で頬をペチペチと叩いてからミーセはこちらを見て上を指差した。どうやら蓋まで着いたらしい。……そういやミーセは蓋を開けられるのか?
「肩を借りるぞ、シュウト」
「いけるのか?」
「舐めるでない。儂も一応兵士だったんじゃ」
「そうか。……あの下水道を歩いた足で踏みつけられるとか、洗濯が大変そうだな」
「ふむ、なら逆になろう」
「本気で言ってねぇよ。ほら、さっさと乗れ」
梯子を両手でしっかり持つとミーセは俺の肩を踏み台に上の蓋を持ち上げた。体重のかかる両肩に目を瞑って耐える。重さより臭いに耐える方が辛かった。
ミーセが蓋を持ち上げると目を刺すような太陽の光が入り込んでくる。その光を片手で遮っているとその手を掴まれて外に引きずり出された。
「お主はモグラか」
「いや、半日近く暗いところいたら誰でもこうなるわ!」
「そうか? 儂は大丈夫じゃが」
目がチカチカするのを抑えながらも手を取られてミーセに連れられるまま歩く、あーまだ治らねぇな。これは不死身の効果発動しないのか。一回目玉を潰してみようか考えたが、ミーセが騒ぎそうなので止めた。
地面を見ながら歩いて居るとやっと目が慣れてきた。自分の歩いている床が石で敷き詰められた道で、周りの建造物が少し丁寧な造りをしていることがわかる。ここが研究室のあるところなのか?
目が慣れたことを伝えるとミーセは俺の手を離して、ふむと呟いてから周りの景色を確認していた。ここは住宅街なのか庭付きの家がかなり多い。家々もかなり大きいものばかりなので高級住宅街なのかな?
「ミーセ。ここはどこだ?」
「ふむ、ここは中央区の高級住宅街じゃな。研究で成果を成し遂げた者の多くがここで家族と暮らしておる。儂の国は中央に行けば行くほど治安も良く、金持ちも集まるようになっておるからの」
「ふーん。じゃあ研究機関とやらは近いのか」
そもそも亜人の国に研究機関、それも生物兵器を研究する機関があるなんて驚きだがな。まぁ魔法が無い分科学が進んでいるとは思っていたが、流石に生物兵器なんて物を作れるほどは進んでいるとは思わなかった。
「もう十分ほどで目的地に着くが、この臭いと服装では怪しまれる。一旦宿を取って休憩じゃ」
ミーセは俺の服を摘んで臭いを嗅ぎ、眉間にシワを寄せた。お前も臭いからな。……俺だけ臭いんじゃないからな!
「確か風呂つきの宿屋があっちにある。行くぞ」
「まぁ風呂は俺が作れるけどな」
「覗く気満々じゃろうが。か弱い儂が一人だからといって……」
「厚い石の蓋を持ち上げられる女性のどこがか弱いんですかね……」
「ほう。少し聞こえんかった。……さぁ、もう一度言ってみい」
「か弱いミーセさんのためにお風呂付き宿をトリマショウ」
「よろしい。ククッ」
ファイティングポーズを解いたミーセはくだらなそうに軽く笑いながらも歩き始めた。
――▽▽――
「さて、門番は突破したな」
「……どうやったんじゃ?」
「さぁ?」
フードを深く被りながらも気絶しているトカゲ頭の門番二人を背負いながらおちゃらけると、ミーセは冗談じゃないと言いたげに爬虫類独特の瞳を逸らした。
臭いを取るために宿屋へ泊まった後は大したこともなく一夜を過ごし、早朝に研究施設に侵入するように計画を立てた。しかし早朝に起きてみるとミーセが死にそうな顔をしていたので、深夜に計画を引き伸ばした。
俺が一人で行ってくるというとミーセに危ないと引き止められ、結局深夜まで待つことになった。まぁ、ミーセが寝てる間にちょろっと下見はしてきたんだが。
地下トンネルのような入口に門番が二人。今現在は気絶した門番を担ぎながら中へ侵入したところだ。気絶させた方法は安定の闇である。意識を吸収する闇を相手の頭に被せるだけで終わった。
鉄の扉を開けて入り門番を端っこに寄せる。天井には電気で動いている蛍光灯らしきものがある。やはり人間より科学は進んでいるようだが、監視カメラなどは見当たらないので日本よりは下なのだろう。
にしてもこんな科学的な場所は久々だな。ついつい置いてある機械的な物に手を伸ばすとミーセに手を叩かれた。手を摩りながらミーセを見返すと彼女は鼻を鳴らしただけだった。
「どこにあいつがいるのか検討はついてるのか?」
「恐らく一番奥の研究室じゃろうな。見つからんように行くぞ」
「つっても隠れるところが……」
そう話している間に奥からコツコツと足音が聞こえてきた。こういう時のために幻惑魔法を練習してきたんだが、あまり自信はない。結構集中しないと幻惑魔法は失敗するんだよな。
ミーセに動くなと忠告してから曲がり角を曲がってきたトカゲ頭の男を凝視する。あいつには俺たちを認識出来ない。背景にすぎない。何もおかしいことはない。
瞬きをせずにじっとトカゲ男の目を見ながらそんなことを想像すると、トカゲ男は俺を気にすることもなく手にある書類を見ながら通り過ぎていった。まだ解いてはいけない。距離がもっと離れるまでずっと彼の背中を見つめ続ける。
角を曲がってしばらくしてから安堵の息を吐き、そのまま奥へ奥へと進んでいく。途中で幻惑魔法を駆使しながら進んでいくと、いかにも怪しそうな厚い鉄の扉が正面に鎮座していた。
その扉は真ん中に金庫のダイヤルのような物が付いていた。聴診器を当てながらカチカチと回せばいけそうだな。やったことないけど。
「これを壊すのには苦労しそうだな」
「儂に任せろ」
するとミーセが前に出てダイヤルに手をかけてカチカチと弄り始めた。適当にやってるんじゃないだろうなとおっかなげに見ていると、一分後くらいにその扉は開いた。尋問した時に聞き出していたんだろうが、よくメモも見ずに入力できたな。
そのままミーセに付いていき鉄の扉の先に進むと、何やら怪しげな唸り声が聞こえてきた。獣の唸り声かこれは? ちょっと判別が出来ない声だな。
しかもその声は段々とこちらに近づいてきているのがわかる。……最初から泳がされていたのか? 取り敢えず前方の空気の流れを感じて近づいてきている者の姿形を確認する。
……恐らく四足歩行。尻尾も付いている。それが四体、犬のように息を荒げながら前方から走ってきている。
「前から獣が四体接近してきてるぞ」
「む、気づかれたのか?」
「わからんが、気づかれたと思ったほうがいいかもな」
「どうするんじゃ?」
「決まってんだろ」
腰の剣を取って前へ向けると、ミーセはやれやれと言いたげに肩を落としてから懐の短刀を取り出した。ミーセの得物は槍らしいが俺は未だに使っているところを見たことがない。
そして曲がり角を曲がってきた四足歩行で走ってきた獣を見て思わず剣を取りこぼしそうになった。
「……オイ、何だあれは」
身体は灰色の毛皮に包まれた狼のような身体。だが顔面がかなり人間に酷似していた。目は白目で正気には見えず、舌をだらんと垂らしながらこちらに向かってくる。
その不自然な姿形に気味悪さを感じながらも、得体のしれない獣四匹と対峙した。