七十一章
俺の赤いバイクに並走するように馬と同じくらいの大きさの犬が四匹、ハッハと息を吐きながら走っている。犬の身体へ丁寧に付けられている皮紐の先には台車が設置されていて、台車の外に設置されている椅子にはワニ亜人が綱を握っている。残りの亜人三人は台車の中に乗っている。
犬車を買った後の移動はスムーズに進み、途中集落や街に寄りながらも南に向かいトカゲ亜人の国へ着こうとしていた。犬車を買ってから二週間ほどかかった。
森に囲まれていた地域とは違って段々と砂漠化していく道程にげんなりしながらも、地面に硬い土を出現させながら進む。バイクだけなら別にこんなことをしなくてもいいが、この足場だと台車が回らないので硬い土を足場に作っている。綺麗さっぱりなくなるから自然破壊にはならないだろ。多分な!
そろそろトカゲ亜人の国に着くので一旦犬車を止めさせてバイクを異次元袋へしまう。ついでに馬ほどの大きさの犬をおっかなびっくり撫でながらも、水を入れた桶を四個置くと犬たちは舌ですくうように水を飲み始めた。
犬の世話は基本的に亜人たちがやっているので俺はまだ犬たちが怖い。俺の身長超えてる程度にデカイし、何よりこの異世界に飛ばされた時のトラウマが地味にあるからな。もうあんな目は懲り懲りだ。
犬たちが水を飲み終わった所で背中を撫でていたら、台車からトカゲ亜人が薄茶色の鱗が少しある顔を俯かせながら降りてきた。
「あ? どうしたトカゲ亜人」
「シュウト。儂の国は学者が多くて警戒心が強い。恐らくワニの紹介状で入れてはくれるが、その後の安全は保証出来んぞ」
「昨日も言ったが今回はお前の国で不死身少女を診てもらうだけだ。それに俺も表に出るつもりはないしな。それよりもお前、本当に国へ戻るつもりはないのか?」
「う、うむ。儂、頭悪くて嫌われてるしの。だから戻らんよ」
「あ、そうなの?」
いきなりしょぼくれた声を出されて反応に困ったが、トカゲ亜人は取り繕うにこちらを見て微笑んだ。
「いや最初は儂もあの子と国に留まるつもりだったんじゃが、あの子はお主に懐いておるし儂自身もお主と居ると驚きの連続でとても楽しいんじゃ」
「お、おう」
割と見惚れるような笑顔でそんなことを言われたので、若干照れながら頬を掻くとトカゲ亜人は慌てたように距離を詰めてきた。
「……いや、知識的な意味での楽しいじゃからな!? とんでもない魔法使ったり、魔物をさばくときの知識などが楽しいだけじゃからな!? なんじゃその反応は!」
「いや、こっちだって言葉に詰まっただけだからな!? でもそう言ってくれると嬉しいありがとう!」
「なんじゃ! 儂はそういう感じで言ったつもりはない! 勘違いするな!」
顔を隠すように薄茶色の鱗に包まれた手を振りながらトカゲ亜人は否定した。何かこっちも恥ずかしくなって顔を反らすと、台車の窓から不死身少女が後ろに結ばれた金髪を揺らしながら半目でこちらを睨んでいた。
「……何か不死身少女が睨んできてるんだが」
「いいからお主は台車に乗らんか!」
照れ隠しなのか背中を叩きながらトカゲ亜人は俺を前へ前へと押してくる。割とマジで痛いのでトカゲ亜人の手を抑えながらも台車に乗り込む。
木製の台車は四人が横になれるくらいのスペースがあり、椅子もそれなりにふかふかだった。ワニ亜人どんだけ金持ちなんだよ……。まぁ俺はこの国のお金は全部自動で円に変換されるから、凄い分かりやすい。是非とも札束で引っぱたかれたいもんだな、オイ。
そして広々としたスペースがあるにも関わらず、不死身少女はわざわざ俺の正面に移動してきてまだ目を細めながら睨んできていた。よしよしと頭を撫でようとしたら手を叩かれた。
「何だ。反抗期か?」
「…………」
不死身少女はつーんとした表情でそっぽを向いたので大袈裟にうなだれた後、ワニ亜人に手を上げて犬車を出発させる。窓から顔を出して地面を創造しながらトカゲ亜人の国へ向かう。
異次元袋から飴を取り出して不死身少女に渡すが、物で釣ろうとする根性が気に入らなかったのか、口に飴を入れながらもう一つ要求してきた。
「へへっ。お代官様もワルですなぁ。ではこちらをお収め下せぇ」
「……?」
「何をやってんじゃお主は……」
どうやら悪お代官ごっこはこっちでは通じないらしい。まぁそんなことはわかっていたのでレモンのような風味のある飴を不死身少女に腰を低くして渡す。
だがその媚びた態度を不気味に思ったのか不死身少女は貰った飴をおずおずと返してきた。良い子だなと金色の髪を撫でると不死身少女は猫のように目を細めたが、すぐにハッとして犬のように唸ってきた。
うん。唸り声を上げれるだけでも良い傾向だな。前はろくな意思表示も出来なかった分、今の不死身少女は喋れないものの人間らしさが出てきた。多分言語は習得してるからいつかは喋れる日も来るだろう。
それにしてもこの不死身少女は一体何なんだろうか。最初は俺と同じで地球から飛ばされて不死身の能力を付加された奴かと思っていたが、トカゲ亜人は同族の匂いがすると言っていたので恐らく地球の人間ではない。
しかし神本にここまでの再生力を持つ亜人は載っていなかった。その正体がトカゲ亜人の国でわかればいいんだが、正直あまり期待はしていない。
むくれている不死身少女から視線を外して窓から顔を出して外を見ると、トカゲ亜人の国が微かに見えてきた。
遠目から見るとトカゲ亜人の国は石の建造物が多かった。隣で窓に肘をついて外を見ているトカゲ亜人に片手で地面を創造しながら尋ねる。
「石ばっかだな。輸入とかしてないのか?」
「家は石の方が朝冷たくて気持ち良いんじゃよ。それに何故か朝は濡れておるしな。確か儂の知人が研究していたわ。結露だったかの? それを利用して緑を増やせるかもしれんと息巻いておった」
結露なんて研究してるのか。中学校の時にやったなぁ。まぁ氷の入れたコップを置いてると表面が濡れる現象としか覚えていないが。
「へー。トカゲの国はやっぱり頭が良い感じなのか?」
「砂漠に関しての知識は一番を争うじゃろうな。それに知識に貪欲なものが多いから他の知識も備えておるが、建築系では身体の大きい象亜人なんかが勝る。それに自然界のことは虫の亜人には勝てん。奴らは作物を育てずとも食料を安定させておるからな。ただ弱肉強食の面が強いのが難点じゃが」
トカゲ亜人の後半の言葉に斜め前のモセカが誇らしげに鼻息を荒くした。いや、お前蜘蛛の顔で良く鼻息荒くしてるな。髪が長くて顔が見えないからわからん。どうやってんだ。
にしても他の亜人のことを良く知ってるなトカゲ亜人は。これで頭が悪かったら俺なんてどうなるんだ? クソムシゴミムシ以下だぞ多分。
「……俺から見たらやっぱりお前頭良いと思うんだが」
「あぁ。そもそもあの国で兵士に志願したの、儂だけじゃしな。他の者は知識を活かして兵器を作る部門だったし、そう言われるのも仕方あるまい」
「何でまた兵士に志願したんだ?」
「……儂は身体を動かすことが好きだったんじゃ」
「ワニ亜人みたいなもんか」
「……そこまでではないかの」
雪のように白い短く切り揃えられた髪を掻きながらトカゲ亜人は苦笑いした。ワニ亜人は赤焦げた髪を風に揺らしながら呑気に犬の手綱を握っている。おい、止めて差し上げろ!
そしてさっきから視界の端ではモセカが自慢げに顔へ手を寄せながらこちらを見て頭を揺らしていた。ため息を吐きながら視線を向けるとモセカは嬉しそうに声を漏らした。どんだけ話したかったんだよ。
「そう。私の国は自然の知識が多いのです、シュウト。トカゲにしては良くわかっているではありませんか」
「まだまだ勉強不足じゃがな」
「それよりも私、自然に詳しいんですよ。どうですか?」
「はいはい」
適当にあしらうとモセカはあれー、と拍子抜けしたような声を出しながら首を傾げた。
「……おかしいですね。シュウトは博識な人が好きでしょう?」
「博識な奴は好きだが、人を見下す奴は嫌いだ。だからプラマイゼロ。いや、むしろマイナスかな?」
「失礼ですがシュウト、私にはわかりかねます。何故強者が弱者の顔を立てなければいけないのでしょう? むしろ逆ではないですか? 強者は弱者に命令し、弱者は強者に従う。それが当たり前ではないのですか?」
モセカは本当に不思議そうに首を傾げながらそう言った。窓から出していた顔を一度引っ込めて言い返そうとしたが、言葉が出てこずに少し詰まったので外に顔を出しながら答える。
「……個人的な話だが、俺はそういうのは嫌だ。傲慢だろ」
「はい。ですが強者とは得てして傲慢なものです」
「俺の国は謙遜が美徳と言われてたからな。俺もそう思ってる」
「申し訳ないですが、理解できませんね」
「俺だってお前が理解できない。まぁ無理して理解して貰わなくても構わないけどよ。ほら、もう着くぞ」
台車から出していた顔を引っ込めて乗車している亜人たちにそう言った。
――▽▽――
石で出来た簡素な門の前で犬車は止められ、全員軽く調べられてから門を通過していった。勿論俺は外で待機である。犬車には剣があるので合図が来るまで待機だ。
(来ていいよ)
(うい)
剣には魔力で作った透明の糸を結んで場所がわかるようにしてある。なのでそれを辿るように瞬間移動する。
「よし、成功!」
「本当に無茶苦茶じゃな……」
呆れ顔のトカゲ亜人に手を上げながらも周りを見渡す。石に囲まれているここはトカゲ亜人の家らしい。内装は少し薄暗くてジメジメしているが、家具は木製だった。少し手狭な広さから見て一人暮らしのようだ。
「それで、これからどうするんです?」
「ふむ。シュウトには悪いがここで出来ることはこの子の調査くらいじゃろうな。もしシュウトの正体がバレたら儂らまとめて牢屋へ直行じゃ。この子は見た目は人間じゃが同族の匂いがするから粗末な扱いは受けないはずじゃしな」
トカゲ亜人が外から買ってきたのか飲み物を俺に差し出しながらそう言った。不死身少女はそんな話をなどつゆしらずのんびりとお菓子を食べていた。
「何故シュウトの正体がバレたら牢屋行きなのです?」
「いや、お主らの国こそどうなっているんじゃ? 普通そんなもんじゃろ。それにワニの国は真っ直ぐだからまだしも、お主の国はそういう国ではあるまい? 本当にシュウトが歓迎されるのか?」
「貴方には関係ないことです」
「まぁ、別にいいがの」
「私の国は真っ直ぐだ!」
「わかった。お前は真っ直ぐだよ」
モセカとトカゲ亜人の間でピリピリした空気が流れる中、俺はワニ亜人の相手を相手をしていた。うん。お前は真っ直ぐだよ。幾度となく壁にぶつかってるがな!
「なので儂はこの子を連れて知人を訪ねてくるが、大丈夫かの?」
「あぁ。頼むわ。一応二人も連れていけ」
「安心せい。この子に痛い思いはさせん。……が、逃げる時に力が必要になるかもしれんしな。悪いが付いてきてくれ」
「用心棒というわけだな。わかった!」
「まぁ、いいでしょう」
ワニ亜人は尻尾をぶんぶんと振りながら受け答え、モセカは渋々といった様子で答えた。また俺は留守番か。
「役にたてなくて悪いの」
「まぁ、もう目的は達成出来てるからいいよ」
「確かに。ワニの国では認められたしの。一先ずはそこに住めば安定するじゃろうし」
「あぁ、そうだな」
荒瀬さん曰くこのまま亜人の国にいれば会えるらしいので確かに安定だわな。期限が書いていないのでいつ会うのかが不明なのが不安だが。そもそもあの貴族があの手紙を渡されたのは大分前だって言ってたし。
まぁ約束を破ることはないだろうし、そこは別にどうでもよかった。亜人たちが出て行ったのを確認してから瞬間移動で外に戻り、少し離れた場所でまた野営をした。