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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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六十九章

「本当に汚らわしい獣ですね。恥を知りなさい」

「止めろ」



 足を振り上げてコムリの顔面を蹴ろうとしているモセカの動きを、闇の触手で絡め取って止める。芋虫巻きになりながらもモセカは地面に転がりながら不思議そうに顔を上げた。と言っても髪が長すぎて顔は見えないが。何かテレビ画面から出てきそうだな、オイ。



「何故私を拘束するのです? この獣こそ拘束するべきでしょう」

「あのさぁ……。お前はこいつが脱出計画を画策しているのを知っていたが、俺には黙っていたんだろう? それでのうのうとそんな台詞を吐ける図々しさが俺にも欲しいね」



 トカゲ亜人がコロコロと嬉しそうに喉を鳴らしているのを横目に、芋虫巻きのモセカを押すように転がす。ワニ亜人はやけにキラキラした目で俺を見ていた。


 と言っても一ヶ月近く一緒に暮らしていた奴らに逃げられて不快じゃないわけがない。少し苛立ちを覚えていることを自覚しながらもトカゲ亜人にキツめの視線を送る。



「というかコムリが脱出作戦を考えていたって本当なのか? トカゲ亜人」

「あぁ。しておったぞ。儂にもその話が舞い込んできたしの。……そこのわにには話されてなかったみたいじゃが」

「何故だ!」

「あぁ。大丈夫。検討がつくから」



 地団駄を踏んでいるワニ亜人に手を振りながら生暖かい視線を向ける。お前は多分この中で一番信頼出来るわ。だって馬鹿っぽいもん。


 ワニ亜人の様子に少し脱力して苛立ちが抜ける。まぁ、百年戦争してたんだししょうがないか。



「んじゃコムリと梟は着いてくる意思無いか。残念。少し信頼していたんだが」

「…………」

「どうやら一方的な信頼だったようだな、人間」



 コムリはただ悩むように押し黙り、梟亜人は首を傾げながらも辛辣な言葉を浴びせてくる。まぁさっきの分の怒りも入っているんだろう。踏まれた羽を片方の羽で痛そうに抑えているし。



「っし。じゃあトカゲ亜人。お前の国に俺を招待出来るか?」

「ここからは距離が遠いし恐らく無理じゃろ。しかし鰐の国が受け入れてくれれば儂の国も受け入れてくれるかもしれん。この子もいるしの」



 茶色い鱗で覆われた手で隣の不死身少女の頭を撫でながら彼女はそう言った。不死身少女はくすぐったそうにしながらもそれを受け入れている。



「私の国なら大丈夫だ。私よりシュウトは強いからな。国で私より強いのは兄と父だけだ。三番目なら文句は言われない!」

「……まさかお前偉い立場の人間だったりする?」

「確か鰐の国は完全実力主義だったはずじゃ。その中でも王族はとびきり身体能力が高いと聞く」

「……何で王族が戦争なんか参加してんだよ。色々と不味くね?」

「全員こいつみたいなもんじゃからな」

「国として成り立ってるのが不思議だわ!」



 何かファイティングポーズを取っているワニ亜人にまた脱力する。すると黒い塊がゴロゴロと俺の足元に転がってきた。闇の触手に囚われたモセカだった。彼女はのっそりと重たげに頭を上げる。



「私を無視して話を進めないで貰えるとありがたいのですか」

「お前の国は最後だ。ついでに虫の国の将軍の話も断らせてもらう。お前は信用出来ない」

「……酷いです」

「……いや、その割に声は明るいな。何なのお前」



 やけに嬉しそうにしているモセカを気味悪く思いながら拘束を解く。そしてコムリと梟亜人にシッシと手を振ると、梟亜人は痛そうに羽を抑えて歩いていった。何だ。飛べないのか?


 踏んだのは俺なので後ろから羽を掴んで治療しようとしたが、鋭い目で忌々しげに睨まれて蹴られた。面倒なので大きい水球に梟亜人を閉じ込めてから翼を治療した。


 治療が終わって水球から出すと梟亜人は濡れた身体を引きずるように歩き、少し歩いてからこちらに振り向いた。



「お前の力は自分勝手だ」

「よく言われるよ」

「…………」



 梟亜人は身体を震わせて水気を吹き飛ばし、翼を大きく広げて俺を踏み台にして空へ飛んでいった。そういやどうやって飛んでるんだろうなアレ。魔法か何かか? 


 痛む肩を抑えながらコムリを見るが、彼女は未だにその場から動かない。話しかけても怯えるだけだったので面倒くさかった。



「ワニ亜人。こっからお前の国までどのくらいかかる?」

「すぐそこだ」

「そうか。じゃあもう行こうか」



 怯えるコムリを置いてワニ亜人に付いていくと、後ろの奴らもゾロゾロと付いてきた。さて、すんなりとワニの国で認められるといいんだが……



 ――▽▽――



 ワニ亜人に先導されながらも深い森の中を赤いバイクに乗りながら進んでいると、途中でブラックグリズリーという魔物に出会った。この世界に来て初めての熊である。人間の領域では色々な場所に行ったが、熊に出会う森なんて行ったことなかったしな。


 魔物は三匹なので亜人三人が先行し、俺は後ろに乗っていた不死身少女を下ろしてから腰の剣を手に取ってバイクを走らせた。



「そい!」



 逃げるトカゲ亜人に気を取られているグリズリーを後ろからバイクで追い越して首を斬り飛ばすと、グリズリーは四枝を痙攣させながら地に伏した。黒色の毛並みが血に濡れて独特の臭いが辺りに広がる。


 点々と空中に散っていく血を払いながらバイクのブレーキを踏んで周りを警戒するが特に心配はないようだ。ワニ亜人はグリズリーと力比べするように腕を掴んでいるし、モセカは白い糸で相手の動きを封じて食事中だ。不死身少女は木の隅でちょこんと隠れている。



「何と綺麗な切り口。見事じゃ」

「まぁな」

(僕のおかげだけどね。シュウト剣術下手くそだもん)

(うっせ)



 綺麗に切断されたグリズリーの首を掴んで感心しているトカゲ亜人。何やら満足そうにしている二人にも出発するように指示する。とてとてと歩いてきた不死身少女をバイクの後ろに乗っけてからまた森の中を駆ける。


 バイクは基本的に魔力を燃料としている。街ではガソリンらしき物で動く機械が一般だったが最近では魔力を燃料にしている物が多い。荒瀬さんが貴族の独占していた魔力を世間に広めたからだ。


 バイクのハンドルの間に付いている水晶体が魔力を貯める場所で、魔力を入れると夕日のように薄く光る。魔力を入れる度に後ろの不死身少女が服を掴んで水晶体を見ようと覗き込んでくる。金の瞳に映る薄紅の光に少し見入ったがすぐに視線を前へ戻す。前ではワニ亜人が跳びながら移動していた。


 ワニ亜人の力は熊と力比べ出来るほどだ。その力を使って足をバネのように跳ね上げて走っているワニ亜人はバッタに見える。飛んだら地面がへこむってどういうことだよ。俺は魔法使って身体能力上がってるからわかるが、ワニ亜人が魔法使っている感じはしない。魔法使ったらどうなっちまうんだよ。


 モセカは木に糸を付着させて飛びながら移動している。見ていた格好良かったので俺もバイクに乗りながら闇の触手で真似したら出来た。後ろの不死身少女が服をぎゅっと掴んで怖がっていたのでもうしないが。


 途中で死にそうな顔をしていたトカゲ亜人をバイクに乗せたりしたが他は大したトラブルも無く、二時間くらい魔物が出る森を走っていたら遠目に見えるワニ亜人がブレーキを踏むように足を止めた。勢い良く木にぶつかっていったが何やってんだアイツ。


 俺もバイクのブレーキを踏んでワニ亜人が突っ込んだ木を背にするように反転しながらバイクを止めると、不死身少女に頭をポカポカ叩かれた。怖かったらしい。


 気にせずに後ろの亜人たちを待っていると、モセカが気怠げにトカゲ亜人をお姫様抱っこしながら木の太い枝から降りてきた。



「疲れました。褒めて欲しいものです」

「ご苦労さん。そういやトカゲ亜人って体力ないのな」



 するとトカゲ亜人は酒に飲まれた暴漢のような様子でモセカから降りて距離を詰めてきた。



「お主らがおかしいだけじゃからな!? あいつは王族じゃし、こいつも糸があんなに出せる時点で上位の蜘蛛じゃ! 儂は無駄に年取っただけの一般兵じゃから!」

「お、おう」



 今まで余裕ありげな態度を崩さなかったトカゲ亜人だが、今日はそんな余裕のある表情を崩してキレ気味に俺へ詰め寄ってきた。



「全く……。まぁいいわい。ところでもう鰐の国には着いたのか?」

「多分着いたんだろ。あのワニに聞け」



 頭に手を当てながら折れた木から出てきたワニ亜人を指差す。すると彼女は緑色の鱗に覆われた手を上げて元気そうに近づいてきた。



「ここを少し歩けば私の国だぞ」

「そうか。案内してくれ」

「付いてこい!」



 快活な笑顔を浮かべて子供のように足を進めるワニ亜人。バイクを異次元袋にしまうのに手間取りながらも、先に行ったみんなに付いていく。モセカだけねっとりとした視線を向けながら待っていた。怖いわ。


 俺が動くとピッタリと隣に付いてきたので反省しろと思いながらも、少し気になっていたことをモセカに尋ねる。



「そういや亜人の国ってどのくらい大きいの?」

「各種族によります。確か獣側は犬の国が一番大きかった気がします。ワニの国はあまり聞かないので小さめでしょう。ちなみに私の国は虫の中では五本指に入ります。五本指です」

「二回言わなくていいから」



 わざわざ指を出して説明してくるあたり自信があるんだろう。顔をぐいぐい近づけてくるモセカの頭を抑えながらもワニ亜人についていく。


 すると門らしき物が見えてきたので、フードを被って首の輪っかに紐を結んで固定しておく。まぁ最初から人間だと気づかれても良いことないだろうしな。顔は隠しておくに越したことはない。



「着いたぞ。ここが私の国だ」



 ワニ亜人が手を広げている先には丸太で作られた門があり、その両端には監視塔のような物が設置されていた。その監視塔にワニ亜人と同じ骨格をした亜人が訝しげにこちらを見下ろしていた。



「よし、行くぞ」

「……何で今から突っ込むみたいな体制してるんですかね?」

「無論だ。門を突き破るため」

「話し合いは?」

「倒した方が早い」

「そこは話し合えよ! 言葉が作られた意味ねぇじゃん!?」

「言葉が作られたのは武勇を語るためだろう?」

「よしお前! そこに座れ! 俺が言葉の素晴らしさを説いてやる!」




 俺の言葉を意に介さずに土を蹴って門に突撃していったワニ亜人にため息を吐きながらも、後ろで待っているモセカたちに指示を送りながら異次元袋を投げ渡しておく。



「念のための食料と道具だ。さっさと終わらせてくるからここで待っててくれ」

「私も行きましょう」

「悪いがトカゲ亜人一人だと不安なんでな。モセカもここに残ってくれ」

「すまんの」

「モセカが何か言ってきたら遠慮なく俺にチクれよ。」

「もう許してください」



 げんなりしているモセカを見ていたら木が折れる音と共に爬虫類特有の甲高い悲鳴が上がった。見ればワニ亜人が門を吹き飛ばしていた。俺も後に付いていく。



「何だ!?」

「へっへっへ。正面から突っ込んでくるとはいい度胸だ! ぶっ殺せ!」



 門番がやけに楽しそうに口を歪めながら武器をとる姿にうんざりしながらも、身体を風で浮かしてすいすいと進んでいく。使い古された鎧を着た亜人を風で吹き飛ばして道を確保する。木と葉を結んで作られた家々を壊して進むワニ亜人に思わず大丈夫か? と声をかけると後で直すと返された。いや、最初から壊すなよ!? 何でわざわざ手間を増やすの!? 


 そんなことを言いながら進んでいると前の亜人が風の推進力で進む俺にタイミングを合わせて尻尾を振るってきた。


 振るわれた緑色の尻尾を掴んでそのまま受け流すように投げ飛ばすと、地面を削りながら亜人は飛んでいった。後方から飛んできた矢は強風を引き起こして勢いを弱めて落としておく。すると弓を持った兵士が豪快に笑いながら追いかけてくる。いや、諦めろよ。


 軽い戦闘を続けながら十分くらいワニ亜人に付いていくと、いかにも王城に見える石で作られた城が見えてきた。先に付いていたワニ亜人は門番十数人と対峙していたが、攻めあぐねるように足を止めていた。


 見れば門番は一箇所に固まって大盾と地面に固定するように構え、その隙間から槍を出して隙を伺っているようだ。遠目からなら鉄の塊に見える陣形は三百六十度を守れる陣形だ。それを回り込めない門の前で構えられては責めあぐねるのは理解出来た。


 近づかずに矢を打つのが得策だが上にも盾は構えられているのであまり効果は見込めそうにない。勿論近づいたら力強い複数の槍が身体を串刺しにするだろう。いくら馬鹿力のワニ亜人も十数人の同族を吹き飛ばすのは難しいようだ。



「ま。こういう時のための魔法なんだが」



 力が抜ける効果のある闇を地面に伝わせ、その闇は鉄の塊を包み込むように広がっていく。門番たちは視界が遮られてパニックになると思っていたが、指揮官が優秀なのかそんなことは起こらずにジリジリと後方に引いていった。


 あのまま留まってくれたら楽だったんだがな。残念。猪突猛進しかしないと思っていたがそんなことは無いらしい。


 後ろに引いていった門番を慎重な足取りで追いかける。ワニ亜人が嬉々として突っ込んでいったが大丈夫だろうか。と思っていたら案の定鈍い音と共にこちらへ転がってきた。


 ワニ亜人を吹き飛ばしたのは所々に金が装飾されている鎧を着た男だった。鎧の上からでもわかる鋼のような筋肉に、身体を覆い隠すほどの大盾と身長と変わらない長槍を持っている。熊と対峙しているような迫力に多少ビビりながらも吹き飛ばされたワニ亜人を介抱する。


 しかしワニ亜人はあの大盾に弾き飛ばされても骨は折れていなかった。ワニ亜人の頑丈さに驚きながらもこの伏兵をどうするか考える。無骨な鎧の装飾に乗っけたような金の金具が付いているので恐らく将軍か何かだろう。


 するとワニ亜人が引き絞るように声を張り上げた。



「兄! 私だ!」

「あ? おいおい。お前かよ! 襲撃かと思ってたじゃねぇか! 声くらいかけろ!」



 どうやらこいつがワニ亜人の兄らしい。まだ少し警戒しながらも構えていた槍を下ろした。彼が後ろ手を振ると後方の兵も警戒を解いた。



「良く帰って来れたな」

「シュウトに助けられたのだ!」

「……ん? このひょっちい奴のことか?」

「そうだ。確かに身体はひょろっちいが力は凄いぞ。私が手も足も出なかった」



 小動物を見るような目で見ながら亜人の男は兜を外した。ゴツゴツした緑色の頭で目は恐ろしく切れ長だ。熊のような体格も相まって食われないか心配になる。



「こいつが評価するならそれなりの奴なんだろう。取り敢えず付いてこい」



 ひょろっちい呼ばわりしたワニ亜人の頭をグリグリしながらも、のっしのっしと歩く亜人たちに付いていった。


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