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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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六十八章

 スコーピオンの体液で固められた砂で出来ているスコーピオンの塔を、真っ暗闇の中で散策する。暗闇の中でも困らないように目へ魔法をかけているので、何かにつまずいたりはしない。ただ人間の指や血まみれの武器や装飾品なども良く見えるのはご勘弁願いたいが。



 血に濡れた装飾品を回収しながら上に向かう最中に全身鎧で傷一つ無い物があったので、中の人を燃やしてやろうと思ったら中身は空っぽだった。……恐らく戦闘不能になって動けなくなった所を、子供のスコーピオンに鎧の隙間から入られて食われたのだろう。壁に刻んである引っかき傷のような物を確かめながらも、手を合わせてから装飾品を回収する。


 前回はクイーンスコーピオンやらが居たので光源があったが、今はただの真っ暗闇でスコーピオンが擦れ合う音がするだけだ。にしてもスコーピオンの数が多いな。クイーンスコーピオンは世代交代がうんたらと言っていたが、前回来た時よりも明らかに数が多い。


 もはや貴重とは思えないアクアスコーピオンを殺して落ちている物を回収しながら最上階に到着。ドアノブの無い扉を押して開くと、亜人たちは光源を囲むように座りながら食事をしていた。天井に光を創造すると亜人たちは眩しそうにパンを持った手で光を防ぎながらもこちらを見た。



「……臭い」

「しょうがないだろ。剥ぎ取ってたんだから」



 亜人の国で人間の貨幣かへいが使えるとも思えないので、お金になりそうな現物は採取しておいた方がいいだろう。切り取ったスコーピオンの尻尾を出すと、蠍亜人がお尻から生えている大きな尻尾をそっと抑えた。取らねぇよ。



「もう固いパンは飽き飽きです! ご・は・ん! ご・は・ん!」

「おう、手伝いを立候補してくれるとはありがたいな」

「うぇえ!?」



 異次元袋から大きな机を取り出してから嫌がるリス亜人の首根っこを掴んで前に立たせる。机の上にサンドラで買ってきた新鮮な食材たちを並べ、リス亜人に包丁を握らせる。



「お前は野菜切ってこの鍋に入れとけ」

「はーい」



 リス亜人は基本的に文句を垂れ流しながら仕事をする。なのに一つ返事で包丁を手にする姿に思わず口が動いた。



「何だ、偉く素直だな。変なもん食ったか?」

「なんすかその言い草!」



 ぶつぶつ言いながら包丁で野菜をざく切りにしていくリス亜人。コムリとモセカに状況を聞きに行こうとした時、頭に何かぶつかった。



「いやー手が滑っちゃいました。包丁包丁……あっ」

「……お前は飯抜きだな」

「ごめんなさい! すぐ抜きますから!」

「すぐ抜けばいい問題じゃないからな!? 俺じゃなかったら死んでるわ!」

「いやー流石シュウトさん! よっ! 不死身の男かっこいい!」

「お、褒められたら傷が治ったわ」

「ふふ、私にもついに治療魔法が……あいたぁ!?」



 包丁の柄でリス亜人の頭を殴っておく。こいつがやらかしたのは二度三度では無い。前も火種を管理させていたらアイツは手を滑らせて熱された鉄棒を俺の顔面にぶつけている。不幸補正か? 最近無いから忘れてたわ!


 頭を抑えて唸っているリス亜人にため息をつきながらも、血に濡れた包丁を水で洗ってからモセカに手渡す。残念そうに黒髪を揺らしながら野菜を切っているモセカを横目に、コムリへ二日間で何かあったか聞きに行く。



「この二日間で何かあったか?」

「スコーピオンの相手をした時の臭いが取れない。特に子供たちが体液まみれだから風呂を作ってくれ」

「了解。他は?」

「悪いが特に無いな」



 スライムで作ったバスタブにお湯を入れ、一応周りも見えないように囲っておく。紳士だろ? とサムズアップするとコムリは胡散臭そうに半目で金色の尻尾を揺らした。


 そうこうしている間にモセカが野菜を切り終わったので野菜が入った鍋に火をかけ、アクを取ってから適当な肉をブッ込んで味噌っぽい味のする調味料も溶かしておく。


 そして出来たお肉野菜スープを食う奴にだけ並ばせる。……結局全員食うのかよ。お前らさっきまで食べてただろ。



「美味です。毎日作ってください。私のために」

「そういうの止めろ」



 変なアプローチをかけてくるモセカにそう言いながら湯気の立っている器を渡す。でもこういうアプローチなんて人生で一度もかけられたことも無いから割と……あ、流石に蜘蛛は無理です勘弁して下さい。


 最後尾で肩を上下させてわくわくしているであろうリス亜人に、お前の分は無いと言ったら最初は駄々をこねて最後には泣き始めたが、どうせ演技だろと思って放置していた。


 そうしたらリス亜人は無言でスコーピオンの塔を出て行った。大声で泣きながら俺の悪口を言っていたので場所はすぐにわかったものの、まさかこんなことをするとは思ってなかったのでかなり焦った。



「全く……」



 泣き疲れたのか背中で寝ているリス亜人を背負いながらスコーピオンの塔に戻る。というか良くスコーピオンに捕まらなかったな。追いかけている俺は良く突っかかられたのに。


 塔の最上部に帰るとスコーピオン相手に戦闘の訓練をしたらしい子供の自慢話を延々と聞かされ、子持ちの亜人が子供を寝付かせる頃に俺は荒瀬さんから貰った手紙を、周りを確認した後に開いた。さて何が書かれているやら……。


 手紙は十分ほどで読み終わった。いらない部分を飛ばして五分使ったわ! 手紙を折りたたんでからふぅ、とため息をつく。手紙の内容は大体こんな感じだった。




 お前が指名手配されたのは知っている。お前が亜人側に付いたのも知っている。お前が世界平和を目指しているのも知っている。


 亜人側が戦争に勝った場合、奴らは本能に従う奴が多いから世界平和は無理だが、人間側が勝ったら俺が人間側の上層部を説得して世界を平和に出来る。


 取り敢えず修斗はそのまま亜人の国に向かってくれ。恐らく近い内に会うだろうから、その時にまた詳しく話そう。



 こんな感じだった。



「……うーん?」



 何か願ったり叶ったりの展開だな。俺は亜人と人間を共存させる世界平和を目指すためにここまで来たが、結局方法もわからずに未だ糸口を掴めていない。だが荒瀬さんはそれが出来るという。人間側の上層部を説得か。忘れていたが荒瀬さんは人間側の英雄なのだ。簡単に無下にされないだろう。


 うん。でも俺は亜人を裏切る形になるのかな? いや、でも人間側が勝ったら後は荒瀬さんが何とかしてくれるし大丈夫なんじゃないか?


 思わずホッとしてしまい力が抜ける。手紙を異次元袋にしまって蝙蝠亜人に挨拶してからその日は寝た。



 ――▽▽――



「さてはて、どうしたもんかね」

「私に任せろ。一人ずつ担いで壁を登る」

「いや、これは登れねぇだろ……」



 緑色の重そうな尻尾を犬のように振りながら拳を握っているワニ亜人に突っ込みながらも、赤いバイクから降りて目の前にそびえ立つ巨大な古壁を見上げる。五十メートルくらいか? 本当にデカイな。


 何故俺は奴隷のいるミジュカでは無く壁の前にいるのか。確かに今はミジュカに向かって亜人奴隷を救うことが第一だが、如何せんこの人数ではミジュカに入るまでに捕まってしまう。なのでまずは亜人の国に行って子持ちの亜人を返すべきだと思い、俺は亜人を引き連れて人間と亜人の領地を隔てる壁の前まで来ている。ここまで来るのにはそれなりに苦労したが、死人一人出さずにここまで来れた。良くやった俺と褒めてやりたい。



「しかしこの程度の硬さなら壁を砕きながら登れると思うのだが」



 黄金色の中心にあるアーモンド型の黒目を忙しなく動かしながらも、興奮気味にこちらを見るワニ亜人に呆れながらも壁を登るように指示する。するとワニ亜人は嬉しそうに服を捲って緑色の鱗を露わにさせてから壁へ向かっていった。確かに一部の壁は表面が抉れたりして登りやすそうだが、それも途中までで上の方はへこみなどは見当たらないだろう。


 戦争用に壁を登れるような設備はあるが、勿論許可が無ければ使えない。壁を監視する兵士も三十分おきくらいに回ってくるのでモタモタしていられない。



「全員円になって手を繋いでくれ。あとはしゃがんで騒がないように」



 亜人たちに手を繋がせて俺だけ円の外に出てから、目を瞑って想像する。エレベーターのように地面を上へ上げるような感じだ。そのまま目を瞑って想像していると地面が少し揺れ、亜人たちが怯えるように小さな悲鳴を上げた。


 足場が不規則に揺れるので安定するように想像し、揺れが収まった所でそのまま上へ上へと地面ごと上昇させる。塔のように伸びていく地面を見て少し安心しながらも、壁を登っているワニ亜人を眺める。


 イモリのように壁を登っているワニ亜人に声をかけると、彼女はこちらを見て動きを止めた。そして壁を登る速度を上げていたが、途中で落ちても困るので水で作った手で引き上げておく。


 そして壁の頂上に到達したので全員を壁の上へ行くように指示する。ちなみに壁の横幅は二十メートルくらいで、今乗っている地面とはそこまで離れていないので簡単に渡れる。それにしてもこんな物を一体どうやって作ったんだろうか。日本でも作れないぞこんなの。


 蛇亜人やムカデ亜人が高所恐怖症らしく青い顔をして地面にしがみついていたが、適当に引き剥がして壁を渡らせた。そこから少し歩くと亜人側の壁へ出た。



「よし、それじゃあここを降りるぞ」

「どうやって降りるんだ?」



 地面に剣を突き刺して目印を付けていると、コムリが尻尾を頼りなさげに揺らしながら聞いてきた。どうやら彼女も高所恐怖症らしい。まぁ地上でしか生活してないんだし当然かもしれない。



「こうやるんだよ」



 コムリの両手をしっかり掴んでそのまま壁から飛び降りる。後ろから悲鳴が上がったが気にせずに魔法を展開する準備をしつつ、亜人の領地の風景を観察しておく。といっても森しか見えなかったけど。



 地面が近づいてきたところで体から空気を出して落ちる速度を落としながらも、落ちるところにスライム状のクッションを創造する。少しの衝撃を感じながらもスライムに着地。コムリは気絶していたがどうせすぐに帰ってくるので放っておき、剣のある場所に瞬間移動する。



「さ、次はお前な」

「うむ、わしか。楽しみじゃのう」



 アルマジロトカゲの亜人も同じようにして壁から下ろし、それを繰り返して全員を壁の下まで連れてきた。蛇の亜人とムカデの亜人には絞め殺されかけたが、何とかなった。いや、多分肋骨折れたと思うけど。



「んじゃここからは案内お願いしますわ」」

「貴様は! 壁から階段で降りれたのに! 何でだ!」



 地面に座りながら割と本気で怒っているコムリに謝り倒していると、梟亜人が空中で羽ばたきながらいきなり俺の手を鳥足で掴んだ。何だ何だと思いながら梟亜人にされるがまま付いていく。



「いきなりどうした?」

「壁の警護班は鳥の亜人が担当していて、その中に私の父親がいる」

「本当か? ……あぁ。全く、助かるね。本当に」



 俺の言葉を気にも止めずに翼をはためかせて進む梟亜人に、思わず頬を引きつらせる。引きずられながらも後ろの亜人たちを見やると、その大半は必死な顔で森に向かって走っていた。身体の大きいムカデ亜人は地面を這うように逃げ、蛇の亜人は立ち去っている最中だった。蛇亜人の子供は目を丸くしてこちらを見ていたが、すぐに母親と一緒に森へ消えた。


 唯一の良心であった蝙蝠亜人も子供を抱え、こちらを軽蔑するような目で見ながら森の奥へ消えていった。あの小生意気なリス亜人はもう姿も見えない。



「離してもらおうか」



 鋭い爪が食い込んで血だらけの腕を見やりそのまま視線を梟亜人に向けたが、彼女は小首を傾げたまま動かない。そのまま手を引くと腕の肉が削げて少し痛かったが、そのまま手を払うように引き抜く。


 梟亜人は羽ばたいて空中に待機しながらも足の鉤爪で目を抉ろうとしてきたが、その鉤爪を鷲掴みにしてそのまま地面に叩きつけた。頭を地面に叩きつけたので動けないとは思うが、一応飛んで逃げられないように片翼を踏みつけながらも後ろを見やる。


 残っている者は数人いる。コムリとモセカ。ワニ亜人にトカゲ亜人と不死身少女。四人も肩入れしてくれれば少しは国に良い印象を持たれるだろ。


 ……まぁ他の奴らには普通に逃げられたが、しょうがないか。最悪全員に逃げられてもミジュカで亜人奴隷を救えばいい。ただ今度はちゃんと亜人の国に保護を受けさせてもらうように取り付けなければいけないが。


 まぁ四人も残っただけ上出来ですよねー、と現実逃避をしていると、モセカが地面に座っているコムリの金髪を掴んでこちらへ歩いてきた。そしてコムリをこっちへ放り投げた。その際に少し短めの金髪がはらはらと宙へ舞った。



「この獣が逃亡を画策かくさくしました。許せません」

「いや、じゃあ何でこいつはここにいるの? そこまで馬鹿じゃないだろ」

「恐らく腰が抜けて動けないのでは?」

「……流石にそれは無いだろ」



 腰が抜けて動けないとか、と思っていたがコムリは何か諦めたような目をしているから少し信憑性が増してきた。いや、でもやっぱ無いわ。必死だったら腰抜けても這いずって逃げるだろうし。



「ほら、立てるか?」



 土で汚れている白の翼から足を離して梟亜人を引き起こし、コムリも立たせる。まぁ悲観することはない。多分。


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