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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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第七章

 表通りと比べると薄暗くて少しカビ臭い裏路地に足を踏み入れ、水たまりの存在に少し驚きながらも前の子供を抱えた誘拐犯を追いかける。


 ボロボロの布切れを組み合わせたような服装からして、誘拐犯は裏路地を拠点としているホ-ムレスか何かだろうか。子供を抱えているにも関わらず走る速度は俺とあまり変わらないようで、中々追いつけなくて若干焦っている。


 しかもこの裏路地は意外と広いようだ。そして相手にとって裏路地は庭みたいなもの。追いかけてる中何度振り切られそうになったことか。それに石が敷き詰められている足場が何故か湿っているので曲がり角で何ども転びそうになった。


 こんなことならさっさと魔法の練習しとけばよかったと軽く後悔。ぶっつけ本番で魔法が出るかはわからないし、あの子供も巻き込んでしまったら元も子もない。そこらに落ちているいびつな形をした瓶を投げてはみるが相手は動く標的なので簡単に当たってもくれず。非常に困った。


 誘拐犯と鬼ごっこして十分くらい経っただろうか。体力に自信はあるもののかなり疲れてきた。地面が湿ってるから転ばないように気をつけることも忘れそうだ。ハンデを背負っている誘拐犯もそれは同じようだが中々諦めてくれない。どんだけショタコンなんだよ、あの野郎!


 瓶は普通に投げても当たってくれない。というか疲れてるので誘拐犯に届く自信がない。なら瓶を地面に滑らせて転ばせるのはどうだ? 子供が怪我しそうだがこの際仕方ない。地面を滑らせるように瓶を三本ほど誘拐犯の足元目掛けて投げる。


 地面が少しデコボコしているので二本は外にズレてしまい、壁に当たって甲高い悲鳴と共に砕け散ってしまった。だが内一本はゴリゴリと音を立てながら誘拐犯の足元に迫っている。


 だが誘拐犯はジャンプして瓶を避けた。避けた瞬間に息切れしながらも、勝ち誇ったような汚らしい笑みを浮かべる誘拐犯。だが息切れしていて軽くはないお荷物を持ち、湿っている地面に着地したらどうなると思う?


 案の定誘拐犯は足を滑らせて派手にコケた。これでコケなかったら諦めてたかもしれない。いや、本気でキツい。脇腹痛いです。マジで追いかけなきゃよかったなぁ。


 受身も取れずにコケた誘拐犯はどこか怪我でもしたようだ。酸欠の体に鞭をうちながら誘拐犯に近づいて、汚い腕から子供を引きはがす。捨て台詞の一つでも吐いてやろうと思ったが、そんな余裕はなかったのでちゃっちゃと逃げることにした。慌てている子供をお姫様抱っこして光の見える方へ走る。



「くそっ! 待ちやがれ!」



 誘拐犯は遅れながらも俺を追いかけてきたが、足でもくじいたのかさっきより遅い。悔しいのか顔を真っ赤にしている。そんな怒るなよ。笑いを堪えるのに耐えられなくなるじゃないか。クックック、と随分自分は調子に乗ってるようだ。クックックなんて心の中でも言ったの初めてだよ多分。


 露店が密集した明るい場所に出て後ろを見ると、不気味な路地裏が見えるだけだった。ホッと一息ついて子供を地面に降ろしてその場に座りこむ。体からドッと汗が吹き出てワイシャツを濡らす。蒸れて気持ち悪い。周りの視線がグサッと俺の心に刺さるが疲れているので立ち上がる気にもなれない。


 しばらく息を整え、立ち上がると子供が目の前から消えていた。ちょっと目を離した隙に家に帰ったのか。お礼くらい言って欲しかったが、こっちも自己満足のためにやったんだろうから文句は言えない。


 まずは宿に帰ってシャワーを浴びよう。ズボンも蒸れて気持ち悪い。あんなに走ったのは体育の持久走いらいか? 


 元の世界のことを思い出しながら背負ってるバッグから地図を取り出して宿へ歩を進める。ここは……市場の近くか。それなら宿もそこまで遠くはないな。


 そういや何で裏路地あんな湿ってたんだ? この街は周りが砂漠地帯だから水にあんまり余裕が無いと思うけど、なんで水たまりが出来るくらい水があったんだろうか。雨も降ってないし。


 裏路地のことを考えていたら宿に到着していた。この地図使い古されてるみたいで行きつけの店や名所に印とかついてるのはありがたいんだが、俺には何かの暗号文にしか見えないので少し読みにくい。まぁ借りてるんだし文句を言うのはお門違いなんですけどー。


 受付に鍵を借りてシャワー室へ向かう。シャワーといってもレバーを捻ると排水管みたいな所から冷水が落ちてくるだけだが、この街の気温は高いので丁度いい。ただ量を細かく調整できないし水を使いすぎると追加料金を払わされるが。


 それでも汗を流せればいいので贅沢は言わない。というかそろそろ服買わないとヤバいかなぁ。一応洗ってはいるが乾かすのに時間がかかるからその間バスタオルだし。廊下歩いてるとひそひそ声が聞こえてきそうだし。


 汗を流した後服を外に干してバスタオルを服変わりにして部屋に戻り、本を夕飯まで読む。この街は天気が良くて空気も乾燥しているせいか、服はすぐ乾くので夕飯までには服を着れる。


 乾いた服を着て夕飯の時間に食堂行ったら何故かニコニコしてるサラがテーブルで待ち構えていた。奢らせる気満々じゃねぇか。


 俺が席を通り過ぎると後ろから頭突きされた。理不尽だ。周りのウエイトレスも苦笑いしている。笑ってないで止めてくれ。毎日奢るとなると計算し直さなきゃいけなくなるんだよこっちは!


そう言おうとしたのも束の間でサラは自分の腕をがっしりと掴み、席に座らせて不機嫌そうに相席についた。な、何だコイツ。何か今日不機嫌じゃないか……?



「今日は疲れたからお肉いっぱい食べる!」



 知るか。自分で払って食えや、とも言えずに結局同席してしまった。俺って案外女に弱かったのかな。友人にもあんまり逆らえなかったし。くっそ。このままじゃ俺紐の緩い財布と周りに思われそうで嫌だ。




――▽▽――



 この街ではやっぱり水は貴重らしい。気温は高いし空気も乾燥しているから雨もあまり降らない。だからここに生息している生物も水を確保するために様々な特徴を持っている。地面を深く掘って湿った土を食べて水分を補給したり、水を作る器官を備えていたりと、とにかくいっぱいだ。


 俺が止まってる宿はシャワー付きで食堂限定だが、水が飲み放題。水が貴重なこの街で何故こんなに水を多く客に提供出来るのかというと……。



「私が水の魔法使いだからなんだなっ!」



 昨日の機嫌の悪さは何処へいったのか、サラは朝からテーブルを叩いてそう豪弁していた。どうやら彼女が魔法で水を作り出しているらしい。しかもサラはこの宿のオーナーだとも言い張っている。ウエイトレス三人に確認したがどうやら本当のようだ。サラは疑われたのが嫌だったのか頬を膨らませていたが。


 あれから一週間が経った。それまでずっと情報収集という名の街巡り。ギルドに行ってお金を稼いでもよかったがまだ余裕あるから、という名目のサボり。……いやっ! でも一週間頑張ったおかげで情報も結構集まって魔法も使えるようになったんだぜっ!


 魔法ですよ魔法、ファンタジーですよ。ただ少し特殊というか何というか。まぁ今度生物が何らかの理由で凶暴化したモノ、魔物にでも試してみる。普通魔法は小さい時から英才教育を受けないと使えないのだが、俺は生憎異世界人だから関係なかったようだ。


 簡単に言うと俺は魔法を念じるだけで使えるらしい。まぁ制約やら何やらがあるから今のところは微妙なんだけども。


 そして今日からギルドで依頼を受けることにした。まだお金に余裕はあるが日本人気質なのか、余裕がないと落ち着かないので少し早めにギルドに行くことになった。



「サラの家ってお金持ちだったのか……」

「家は貧乏ではないけど裕福でもないよ。ま、才能ってやつだねっ!」



 どうやら血の滲むような(自称)努力をしたらしい。この見た目からそんな風には見えないが。というかそしたら魔法独占してる貴族に何か言われそうだけどなぁ。



「ふーん」

「何その普通の反応は! みんなはもっと驚いてるのに!」



 俺の目の前に小さい水球を浮かべながらサラは怒っている。だって俺も魔法使えるしな。まぁ自分の手から水が出てきた時は嬉しさより嫌悪感の方が大きかった。腕喰いちぎられて再生するって方がよっぽど嫌悪感溢れることだけど。



「おーい。そんな遠い目をされてもサラちゃん困っちゃうぞー?」

「んー、悪い。朝飯にするか」



 一週間奢り続けたせいかもう奢ることに抵抗がなくなってきた。そろそろ末期だろうか。さぁ、朝飯食ったらギルドに行って仕事探しますか。


 朝飯をさっさと食べてギルドへ。露店を見て回っていると見覚えのある子供を見つけた。一週間前に路地裏で誘拐されたあの子だ。俺を見るなり暗い路地裏にすっ飛んでいった。俺ってそんな怖い顔してたかな。ハハハ……。


 相変わらず民家とあまり変わらないギルドの扉を開いて、受付へ行って旅人の証を渡す。お姉さんに怪訝な顔をされるがすぐにこちらに返された。



「ランクを図るために試練を受けてもらいますがよろしいでしょうか?」

「あー、最低ランクからなら受けなくても大丈夫ですかね?」

「……大丈夫ですね。ではランクDと認識させて頂きます。早速依頼を受注しますか?」



 受付から紙の束を受け取って流し読みする。なになに……。薬草を三本納品ねぇ。一面砂漠の何処から取ってこいと。お、買い物とかもある。他にも荷物運びや屋根の補強とかまで。


 やっぱり最低ランクで受けれる仕事は誰でも出来るような仕事が多いんだな。魔物を倒す依頼はあまり見かけない。まぁいきなり挑んで逃げ帰ってくるのもなんだし、まずは簡単そうな雑務依頼を受けるか。



「んじゃこの食料の配達依頼を受けます」

「……わかりました。この依頼を受注します。」



 お姉さん。その変な人を見るジト目はなんだ。かなり失礼じゃないか? いや、チキンなんでクレームとか送らないけどさ。



「ではこの矢印が向く場所へ向かって下さい。目的地に着くとグルグル回ります」



 そう言われて黒い矢印を手渡された。手のひらくらいの大きさの矢印。……成程。駆け出し冒険者の心を和らげようと冗談を言ってるのか。どうノリツッコミしてやろう。


 ……この矢印は貴方の方を指してグルグルと回っています。つまり私の目的地は貴方な……わけないだろ!とか。いや、初対面だしもっとソフトな感じの方がいいか……?


 下らないことを試行錯誤していたら矢印がふと水中を泳いでる魚みたいに浮遊して、ギルドの出口を指し示していた。え、何この矢印。早く来いとばかりに体を捻ってるんだけど。


 手を振るお姉さんに慌てて手を振り返しながらギルドを出て矢印を追いかけるが、矢印の進む速さが地味に早い。早歩きでやっと追いつけるくらい。何で人混みを避けながら競歩させる必要があるんだ。これだけでもう疲れそうだ。矢印もう少し自重してくれ。


 やっと依頼者の家に着いた。扉の前でぐるぐると忙しそうに回っている矢印を押さえつけてバックに放り込み、扉をノックする。



「はーい。どちら様ー?」

「冒険者ですけど。食料配達の依頼を受けにきましたー」

「あら、早いじゃないか。じゃあそこにある食料を夜までに……ココへ届けてくれるかい?」



 食堂のおばちゃんみたいな人が出てきた。来るのが早かったのか驚いていたが、すぐに地図を持ってきて運ぶ場所を指さした。ここからはあまり遠くないからまぁ楽勝だろう。


 しかし食料が結構多かった。しかも重い物が上に積み上げてあるのか下の木箱がミシミシと悲鳴を上げながらへこんでしまっている。随分と適当なんだなぁ。……今音を立てて壊れやがりましたけど。


 でも軽いものが多そうなので夜までには間に合いそうだ。箱を多く積み重ねて持ち上げる。おばちゃんが何か驚いていたが気にしない。この暑い中重労働を長く続けていたら熱中症を起こしそうだ。さっさと片付けてしまおう。


 壊れた箱? これも仕事だと言って意気揚々と自分が適当に直したよ。随分と歪な形の箱になったけどな! 届け先の兄ちゃんが直してくれて本当に助かった……。

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