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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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六十六章

 夜空が少しづつ明るくなり、屋台のおっちゃんが白い息を吐きながら準備を始めた頃に俺はギルドにおもむいた。


 手配書に引っかからないように服は赤と白を基調とした服に着替え、顔も魔法で頑張って取り繕った。鏡で見て色々な表情をとっても崩れない普通の顔を作ったが、他の魔法を使ったら多分崩れるだろう。


 人が殆どいない早朝を狙ったのも成功し、ギルドには人があまり居ない。歩いて受付に行ってシロさんに会いたいことを話すと、十一時くらいに都合が取れるとのことなので了承してギルドから出た


 暇だったのでサラが本当に誘拐されているのか気になり、宿屋のサンに向かった。受付をしている従業員に何気なく話題を振ると、貴族に嫁いだと結構明るい顔で話してくれた。案内娘も同じ頃に辞めたらしい。……少し胡散臭いな。


 早朝から変な話に付き合わせてしまったので少しお金を渡し、その後屋台を巡っていたら丁度良い時間になったのでギルドに向かった。



「えーと。大丈夫ですか?」

「えぇ。今日はどんなご用ですか」



 ギルドに着くと隅の席に案内されたのでそこで待っていたら、明らかに顔色が悪いシロさんが前に座った。顔は真っ白で生気が感じられず、表情も口を閉じて硬い表情だ。



「お久しぶりです。三年前はスコーピオンの件でお世話になりました」



 そう言うとシロさんは眉を上げてこっちの顔を値踏みするように観察し、首を傾げた。俺の顔に見覚えが無いんだろう。魔法使ってるからそりゃそうだろうけど。



「ワケありでこんなことになってますが、ちゃんとした本物ですよ。シロさん顔色が死人みたいになってますけど、ちゃんと寝てます? この後飯でも食べに行きます? 自分金欠ですけど!。」

「……お久しぶりですね。随分と派手に暴れているみたいですが、大丈夫ですか?」

「なんとか大丈夫ですよ。まぁ、その事で相談があるんです」



 今までの経歴と相談事を話すとシロさんは珍妙に頷きながら話を聞き、話し終わると少し目線を下に落としてから一息吐いた。



「……そうですね。取引をしませんか?」

「取引?」

「そうです。私も今かなり重大な問題を抱えています。それを何とかして頂くのであれば、私も協力しましょう」

「……その内容は? でもシロさんに何とか出来ない問題って俺も解決出来ないと思うんだが」

「ご謙遜を」



 シロさんは周りを改めて確認してから小さい声でその内容を話し始めた。



「彼女たちは黒の旅人が魔法を使っているから普通に生活出来ているのはご存知ですよね? しかし、今は黒の旅人が行方不明です」

「そうですね」

「しかし黒の旅人がかけた魔法は期限があります。その期限が……恐らくですが先月です」



 兎耳の亜人が持ってきた飲み物に口をつけた後にシロさんは盛大にため息を吐いた。何とも重いため息だ。



「……ん? もう期限は過ぎてますよね?」

「えぇ。黒の旅人はそう言っていました。今は恐らく残留しているであろう魔力で何とかなっているみたいですが……」



 乾いた笑みを浮かべるシロさんの顔が僅かにやつれて見えた。シロさんは一ヶ月前からその影に怯えていたのかもしれない。いつ魔法が解けてしまうかという恐怖に。だが心配することは無いだろう。



「あー、多分大丈夫だと思いますよ」

「……本当ですか!? まさか貴方も同じことが出来るのですか!?」



 シロさんががばっと身体を前に起こして俺の手を掴んでくる。いつの間にかに集まっていた数人の亜人も希望の目を向けてくる。目立つだろと思ったが兎耳の隠蔽魔法があるのか。いや、それでも何か嫌だけど。



「いや、俺も出来なくはないですけど……流石に目を離したら幻惑魔法は解けますよ。なので俺には多分無理です」

「それでは……どうやって?」

「いや、そもそも認識からしておかしいんですよ。あのお人好しの荒瀬さんが、こんな魔法を仕掛けるわけが無いんだと僕は思うんですが」



 そう言うとシロさんはしばらく固まったが、すぐに首を振ってそれを否定した。



「しかしこんな魔法。一生続くとは考えづらい。何年も持っているだけで奇跡に等しいんです」

「いや、多分荒瀬さんが魔法を解くまでは解けないですよ。荒瀬さんですもん」



 何だかんだと口で言いながら亜人や人間を見境なく助ける荒瀬さんが、解けたらなぶり殺しにされるような魔法をかけるはずがない。


 そもそも何年も自力で持つ魔法なんて聞いたことがない。荒瀬さんのことだから多分効力が切れるなんてことは無い。シロさんが裏切った時などに解除するつもりだったのだろう。



「あの人の魔法は絶対に解けません。まぁ、万が一のことを考えるのはわかりますから、ポーションと緊急連絡用の物を渡しておきます」



 机に手作りのポーションを五個置き、緊急連絡用の石も渡しておく。渡した石は海に居る魔物の額に付いている物で、魔力を流すと淡く光る石だ。その石は雄雌が深海で通じるための機能を持っていて、魔力を流すとお互いに共鳴して光る。


 遠いとその分反応が遅れるので半日位かかるが、シロさんの光の障壁で籠城ろうじょうすれば半日くらいは持つだろう。その間に俺が瞬間移動すればいい。まぁ多分杞憂に終わるだろうけど。



「魔法が解けた時はシロさんが半日耐えてくれればすぐこっちに瞬間移動で来れます。あ、一応こっちでも幻影魔法が使えるか模索もしておきます。これでもう問題はないですよね?」

「……そうですね」



 シロさんはドッと疲れたような顔で俺を半目で睨みながら椅子に背を預けた。その後ろでは狸の亜人と狐の亜人が手を取り合って喜んでいた。……険悪な関係じゃなかったんだな。



「じゃあ場所を教えて貰っていいですか?」

「ミジュカの奴隷市場に大多数が幽閉されていて、あとは細かくバラされているので紙に書いておきます。それと物好きな貴族が買い漁っているらしいですね。この貴族もミジュカにいます」

「あ、そうですか。にしても随分とあっさりしてますね」

「さっきまでいつ殺されるかビクビクしていたんです。このくらいどうってことないですね」



 すらすらと笑顔で筆を進めるシロさんを半目で睨むと、涼しい顔でそれを避けるように紙をこちらへ滑らせた。相変わらず肝が座ってるな、オイ。



「シュウトさんはあっちへ行くんですか?」

「もう取り返しがつかないんでね。そのつもりです」

「お土産待ってますよ」

「おい」



 笑顔で送ってくれたシロさんに一回手を振ってギルドを出た。もうお昼時なので屋台で串焼きを買ってから路地裏に入り、変装を解いてから昨日案内娘と会った場所へ向かう。


 いきなり錯乱した案内娘に刺されでもしないか心配になりながらも、チラっと路地裏の角から昨日話した場所を見ると、青い清涼感のある服装の人物が壁に寄りかかっていた。



「……遅かったじゃない」



 しっとりしていそうな青髪を弄りながら案内娘は壁に背を預けながら呟いた。げっそりしている顔は相変わらずだが、顔色は大分良くなって服装も綺麗なものになっている。



「大分顔色が良くなったな。案内娘? というかお前本当に案内娘なの? 髪色が明らかに違うんだけど」

「私はサンで働いていた従業員なのは事実だわ。でも命を狙われた相手を忘れるのはおかしいんじゃない?」

「あー、あの貴族が送ってきた殺し屋の奴か? 確か青髪の女が居た気がする」

「……違うわよ」



 案内娘はむすっとした顔をしたが、俺には骸骨の顔が少し動いたくらいにしか見えなかった。周りも薄暗いから余計怖い。



「……ジェスよ。女性のみで構成された殺人集団の」

「あー、そういや居たなそんな奴。……ご褒美よ! 私の腕の中で安ら――」

「やめてっ」



 そこら辺の大きいゴミを抱えてキメ顔で言うと、案内娘、もといジェスは途端に顔を赤くしてこっちに落ちていた石を投げてきた。あの時の俺、よく頑張ってたなぁ。凄い痛いの我慢しながら必死に頑張ってたわ。



「さ、それじゃあサラを貴族からただ救い出せばいいんだな?」

「何よいきなり。というか何か……無いの?」



 何かそわそわした様子でジェスはこちらを見てくる。どうやら暗殺者であることを突っ込んで欲しいらしい。


 まぁ三年前の知り合いが殺し屋だと言われても……あ、うん、としか言えないわ。あの子供っぽいサラが殺し屋だったら多少驚くかもしれないが、案内娘だしな。



「あ、あの案内娘が暗殺者だなんてびっくりしたー。気絶するかと思ったわー」

「……随分と変わったのね。前はもっとおどおどしていたのに」

「三年経てば人は変わるさ」



 野良猫のような目でこちらを睨むジェスを無視して路地裏を出ると、彼女は毒づきながらも俺を追い越して先導した。



「あ、それと宿屋の従業員にサラについて聞いた時に明るい顔をしていたから、一応本人に確認取るからな」

「……いいわよ別に。サラも助かることを望んでいるし」



 ぶっきらぼうに手を振ってからジェスは小さな建物を指差した。赤レンガで出来た立派な家だ。扉を開けて手招きしてきたのでそれに付いていく。


 内装は石の壁にポツンと机があるだけで、キッチンなども見当たらない。机の上に置いてある飲みかけの瓶。その瓶の中に突っ込まれている肉のこびり付いている串が、妙に生活感を醸し出している。そして壁には色々と物騒な物が引っさげられていた。取り敢えず一言。



「とても女の子の家とは思えないな」



 ジェスは俺の言葉を無視して椅子に座るようにうながした。椅子に座るとジェスは何処からか図面のような物を取り出し、机の上に乗っているごちゃごちゃした物を床にぶちまけてから図面を机に広げた。



「これが貴族の屋敷の図面」

「良く手に入ったもんだ」

「サラは恐らくここにいる」



 二階建ての屋敷の中で一番広い部屋をジェスは指差した。この部屋はリビングかな? 捕らわれているにしては随分と自由そうだな。


 ……こいつならそこらの守衛なんて紙くずみたいに吹っ飛ばすだろう。ここの貴族もそこまで強くはないはず。それに図面まである。



「この図面もあるしお前一人でも充分サラを救い出せるんじゃね? あと組織にも頼れば万事解決な気がするんだが」

「組織にはこの図面と、貴方がこの街にいることを教えて貰ったの。そこまでして貰えるだけでも充分だわ。それに私を少し買いかぶりすぎじゃないかしら。一人で挑んでこのザマよ」



 軽く自嘲気味に笑っているジェスを横目に屋敷の図面を一応全部覚えておく。作戦はどうすっかな。守衛に成りすますか? 夜に忍び込むか? 正面突破もいいかもしれないな。屋敷の全員を眠らせる魔法使えば一瞬で終わる。まぁ貴族は何らかの魔法結界張れば防げるからな。あんまり貴族と戦いたくないんだよねぇ。



 貴族は大体一属性しか使えないから弱点をつけば大抵は勝負にならない。ただ光と闇の魔法はお互いが弱点なので大抵押し負ける。特に光の障壁なんて張られたら物理で殴らないと絶対に破れない。


 それに魔力量では勝ってるが魔法の威力はこっちが負けてるのでどうしても長期戦になってしまうのも厳しい。その間に他の奴らが来て時間稼ぎをされて面倒すぎる。



「うーん。じゃあ俺が屋敷の人を眠らせるから、ジェスはその間にサラを救っといてくれ。俺は貴族と戦って時間稼ぎしてるから」

「はぁ? どうやって屋敷の人を全員眠らせるのよ」

「いや、魔法で」

「……貴方って黒の旅人の弟子なのよね。本当に出来るの?」

「余裕だ。じゃあ今から行こっか」



 机の↑からぶちまけた飲み物の異臭がひどかったので足早に家を出る。それじゃさっさと片ずけて亜人の国に行きますかね。

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