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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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六十四章

亜人と不死身らしき少女を連れて門を突破し、亜人が遠くに逃げるまで門で足止めをしてから修斗はバイクで亜人たちを追いかけた。

 二週間ぶりに乗ったバイクのアクセルを捻り、過ぎ去る風を感じながら野原を走る。倉庫に置いてけぼりにされたことを怒っているようなエンジンの稼動音に耳を痛くしながらも腰の剣を抜く。


 前方にゴブリンとコボルトが集団で固まっている。こちらに気づいていないことから、亜人たちと交戦中なのだろう。ハンドルを捻りながらそのまま魔物の集団に突撃し、バイクの側面に付いている頑強な装甲でゴブリンたちを跳ね飛ばす。


 仲間が跳ね飛ばされたことでようやく俺の存在に気付いた魔物たちは、唸り声を上げながらバイクに飛びかかってくる。数匹を切れ味を無くした剣で殴り飛ばしてバイクを唸らせ、ゴブリンにしがみつかれないようにする。


 バイクを走らせる間に一匹のコボルトはしつこくバイクの装甲にしがみつき、装甲に爪を立てて歯に響く嫌な音を立てていた。



「止めろっての」



 コボルドの顔面を踵で蹴り飛ばすと子犬のような悲鳴を上げて地面を転がった。そのままバイクに乗りながら魔物たちを半分くらい倒したところで亜人の集団を確認する。


 虎の亜人は四つん這いの体制でゴブリンに飛びつき、ナイフのような鋭い爪でゴブリンを押し倒してそのまま首をちぎり喰らっている。蝶の亜人は背中の鮮やかな二つの羽から鱗粉りんぷんらしき物を飛ばしていた。それを吸ったゴブリンは首を抑えながら血泡を吐き出して地面を転がった。


 その一方ではありの亜人がゴブリンの棍棒で殴られていたり、細長い緑の手足と羽を持ったバッタの亜人がコボルトに背中を取られて羽を引っ掻かれていた。昆虫の亜人だけではない。狼の亜人も三対一でゴブリンにリンチされていたり、蝙蝠こうもりの亜人とリスの亜人は魔物から逃げていたりする。


 恐らくだが三分の二はゴブリン相手に苦戦していた。――いや、苦戦どころの話ではない。



 蟻亜人の掠れたような悲鳴が聞こえる。見れば、ゴブリンに腕を食いちぎられていた。狼亜人の苦しげな悲鳴が聞こえる。見れば、コボルドに腹を食い漁られていた。その他にも重傷を負っているものがちらほらと見える。これは……。



「……しまったな」



 いくら捕らえられていたブランクがあるとはいえ、ここまで苦戦するものなのだろうか。亜人の兵士は十人で取り囲まなければ倒せないと神本には書いてあった。戦争奴隷なのだから一般人ということも無い。それにも関わらずこのザマだ。


 ゴブリンとコボルドに怪我を負うなんて予想もしていなかった。しかもこのままだと死者が出る可能性がある。そうなるとこの先不味いことになりそうだ。


 目を閉じて集中する。今ここにいる魔物は喉に粘性の水を詰められ、窒息して死ぬ。二十秒間集中して想像してから目を開けると魔物たちは喉を抑えて地面を転がっていた。



(もう修斗に勝てる人いないんじゃない? 考えるだけで人も殺せるでしょ?)

(二年経った今でも荒瀬さんには勝てる気がしないわ。あと魔力ある奴には苦戦するんじゃねぇの。これは強力な魔力障壁貼られたら防がれるし)



 魔物を全て片付けたことを確認してから剣を腰に引っ掛ける。戦闘が終わった後の亜人たちは目に見えて疲弊ひへいしていた。……亜人たちのことをまだあまり知らなかったようだ。



「モセカと……コムリ! 怪我人の状況を確認してくれ」



 腹を食い破られていた狼亜人の方に向かいながら叫ぶと、コムリは狐耳と尻尾を忙しなく動かしながら怪我人の確認に行った。モセカは黒目をクリクリさせながら長い黒髪を弄っていた。



「こちらは重傷が一人。軽傷が五人ですね」

「怪我の状況は把握してるか?」

「重傷者の蟻はコブリンにやられて酷い状況です。甲殻が壊されて触覚もちぎられています。腕も食いちぎられていて体液も足りず、もうすぐ死ぬでしょう。軽症者は特に急ぎで治療する必要はないでしょう。痛みが無い怪我がほとんどです。ただカブトムシは角を折られて意気消沈しています。男のシンボルを折られたものだとでも言えばいいでしょうか」

「……そうか」



 狼亜人は周りにいる子供の反応からしてまだ息がある。なのでまずは緊急性が高い蟻の亜人を探すとすぐに見つかった。地面に倒れている蟻亜人を子供が揺さぶっている。その倒れている蟻亜人は骨格的には人間とほぼ変わらなかった。


 だが肩や膝にある黒い甲殻はひび割れていて、頭から生えている触覚も一本無くなっていた。そして食いちぎられてある腕が横に置かれていた。良く見ると透明の液が流れ出ているのがわかる。



「お母さんシヌ?」

「死なないから安心しろ」



 お母さんの手を握っている蟻亜人の頭から生えている触覚を一瞥して治療に入る。取り敢えず腕が残っていたのは幸いだった。もし無かったら治療が途端に難しくなる。一応他人の身体を再生させることは出来るが、ジグソーパズルを組み立てるような難しさがあるのであまりやりたくはない。しかし腕さえあれば一つピースを入れるだけだから楽だ。


 ちぎれた患部に落ちている腕をくっ付けて治るように想像すると、腕から赤い糸のような物が生えて患部に入り込むように張り付いていく。苦渋の声を漏らす蟻亜人を応援しながら再生を続け、腕は無事にくっついた。


 甲殻も無事に再生は出来たが、触覚だけが治らなかった。想像力が足りないようだ。体液が足りないのか少しふらついているが、ポーションを飲めば恐らく回復するだろう。



「大丈夫デス。触覚が無いと嗅覚が鈍くナル。けど鼻がアルカラ」

「いや、不便だろ。後で触覚の特徴を教えてくれよ。そしたら多分治せるから」

「アリガトウ」

「おい! こっちに来い人間!」



 蟻亜人の治療を終えたので狼亜人の所に向かおうとしたら、いきなりコムリに後ろから首根っこを掴まれて引きずられた。熱い! 尻が草で摩擦されて熱いから引きずるのは止めろ!



「狼の亜人が死にそうだ!」

「わかったから引きずるのを止めろ。治療出来ないから」



 コムリの掴む手を払ってから狼亜人の子供と少女二人がクーンと悲しげに鳴いている場所に向かう。虫亜人と違って獣亜人は大体人間と同じなので多分治療出来るだろう。


 だがその狼亜人は腹をコボルドに食われ、臓器が見え隠れしていた。そしてその臓器も損傷している。それに顔面も引っかき傷、打撲痕と見るからに助からなそうだった。呼吸もかなり浅く、すぐに死んでもおかしくない。時間が無かった。


 そのまま死にそうな狼亜人の近くに座って患部の様子を見ていると、近くで悲しげに鳴いていた七歳くらいの狼亜人の子供と少女が睨んできた。



「お母さんに何をする気だ! 人間!」

「おかあさんにさわるな!」



 騒ぐ狼亜人を無視して取り敢えず回復と疲労回復のポーションを顔面にぶっかけてから治療を開始する。食い散らかされている腸に手を触れて再生させ、破れている胃も再生させる。その間に少女が息を荒げながら腕に噛み付いてきたが、気にせず作業を続ける。


 そして全ての臓器の再生が終わったところで身体の再生に入る。とにかく治れと想像すると身体に空いた穴に赤い膜が張られ、五分ほどそれを続けると腹に空いた穴は健康的な肌が見えるだけになった。右腕に噛み付いていた少女はあんぐりと口を開けて腕を離していた。


 とにかく治れと思えば大抵の怪我は治る。今までもこんな感じで治してきたが治療した相手が死んだことはないし、身体に異常が出来たこともない。便利な能力だよホント。


 傷ついた顔面を治療している間に狼亜人は意識を取り戻した。俺の顔が視界に入って驚くように目を見開き、人間と変わらない手で自分の腹をまさぐって声を上げた。



「何で? 私は食われたはず……」

「治療した。ポーションを置いておくから飲んでおいてくれ」



 噛まれた腕から流れる血を払いながら異次元袋から回復のポーションを出し、後ろで動かないコムリを見る。



「次は誰かいるか? 重傷者を優先するぞ」

「あ、あぁ。後は狸と鳥、蛇と蝙蝠だ。蛇以外は重傷ではない」

「わかった。案内してくれ」



 ――▽▽――



 全ての怪我人を治療した後には、もう真っ暗になっていたので光の障壁で家を作った。馬鹿デカい豆腐のような家で内装も広い部屋が二つあるだけだが、野宿よりはマシだ。だけど俺が寝たら魔法が解けるから徹夜だがな! まぁ三日くらいなら寝なくても平気だけど。


 怪我人の治療は大体上手くいった。蟻の触覚は詳細を聞いた後で再生出来たし、ダンゴムシの背中の擦り傷やスズメバチのお尻、カブトムシの角も問題なく再生出来た。カブトムシからは滅茶苦茶感謝された。良かったなカブトムシ。


 蛇の亜人は上半身は人間、下半身は蛇といった特徴を持っていて治療に手こずったが何とかなった。その他の亜人は擦り傷程度だったので大した治療はしていない。



 それと学校で引き取った不死身らしき少女はトカゲの亜人だということがわかった。固い岩のような甲殻を持つアルマジロトカゲの亜人が、ほんのりと同族の匂いがすると言っていた。まぁ世話は引き続き俺がするけども。


 光の家に亜人を入れた後に外に出ると遠くからは多くの火の点が列をなしていたが、闇の中で一人一人魔力を吸い取って動けなくし、隊長らしき人に交渉を持ちかけて街にお帰り頂いた。動けないまま魔物の餌にされるわけにはいかないもんな。まぁ元気な姿で街に帰っても大目玉食らって死ぬだけかもしれないが、そこまで面倒見切れないからしょうがない。


 食事を摂った亜人たちが上の広い部屋で大体眠りにつき、夜行型の亜人が俺を変な目で見ているのを無視しながらも門番が持っていた大盾を異次元袋から取り出す。若干凹んでいる大盾に俺もへこみながらも手入れする。



(どうやら僕に喧嘩を売っているようだね。受けてたとうじゃないか!)

(いや、お前は毎日手入れしてんだろ)

(この浮気者! この前はハルバード! この前はレイピア! この前はクレイモア!)



 剣はカタカタと刀身を震わせながら床を這うようにこちらへ近づいてくる。それを見ていた蝙蝠こうもり亜人がギョッとしている。



(いや、全部拾いもんだし売れなかったから持ってるだけだ。しかも使ったのって拾った時だけだからな?)

(そう言う割に一ヶ月に一度は手入れしてるよね! 何なの! どう考えても性能は僕の方が上だから!)

(いや、性能は良いけど状況によって武器は使い分けるべきだと思うんだが……)

(魔法使えばいいじゃん!)

(いや、簡単な魔法は打てるけどさ。難しい魔法はたまに失敗するからな)



 リーチが長く相手を叩き切ることが出来るハルバードはバイクに乗りながら戦うことに適しているし、大盾持ちにロングソード一本で攻めるのは辛い。だからたまに剣の反対を押し切って他の武器を使うこともある。


 剣は他の武器を使うと絶対に拗ねる。それに剣はその日の機嫌によって切れ味が変わるので正直扱いづらい。機嫌が良い時は相手の鎧やら甲殻などがバターを斬るみたいに手応えがなさすぎてバランスを崩すし、悪い時は打撃武器になってバランスを崩す。まぁ魔法が付加出来るしどんな衝撃を受けても今まで壊れたことがないから便利だけども。


 布で拭いた盾をしまって大してやることもなかったので蝙蝠亜人やふくろうっぽい亜人に目を向ける。


 蝙蝠亜人は人間骨格だが両手が黒い翼に変形していて耳も頭に付いている。身体の色も薄黒く下半身は人間なのでかなり細身に見える。


 梟は下半身が鳥で上半身が人間だった。腕は白と黒の羽で包まれていて下半身は完全に鳥の足だ。少し小さい顔を傾げながらこちらを見る姿は愛護があるが、目が完全に狩人の目だった。全然可愛くなかった!


 逆に人間には見えない亜人は……ムカデ、カナブン、スズメバチ、ダンゴムシ辺りか。まぁムカデ以外の亜人は複数いるので全部がそうとは言えないが、大体は虫の身体に人間の上半身がくっついたような感じだ。蟻亜人みたいに所々甲殻と触覚がついているだけの奴も結構いるが。


 あとは蛇の亜人とかも印象的だった。蛇の胴体から人間の上半身が生えていて、胴体も人間一人絞め殺せるくらいには長かった。



「夜行性だろうから寝ないんだろうけど、明日は早くここを出ますよ。寝なくても大丈夫ですか?」

「貴様に心配される筋合いはない」



 辛辣しんらつな言葉を口にしながら小首を傾げる梟の亜人。そのシュールな光景に思わずはにかむと彼女の目つきがガチになったので軽く咳払いをして誤魔化す。



「あー、首を傾げるのは特有の癖ですか?」

「……顔が鳥の奴は大体首を傾げる。私は別に傾げなくても問題ない」

「あぁ。周りがやってたから癖がついちゃったんですか。あ、そういえば羽が綺麗になりましたね。黒と白が基調なんですか」

「あの洗剤だけには感謝しておく。だが貴様は許さない。私の力が戻ったら夜に気をつけるんだな」

「いや、別に死なないからどうでもいいですけどね」



 下らない話に付き合う暇はない、と台詞を残して梟亜人は上の部屋に向かって歩いていった。途中で抜け落ちた白い羽を拾って指で弄っていたら鳥の鉤爪で地面に押し倒された。灰色の服の防刃性がなかったら流血沙汰だったよ! 危ないよ!


 そのまま羽を手からぶんどって梟亜人は帰っていった。打った腰を摩りながら立ち上がろうとする。



「大丈夫ですか?」



 差し出された黒い翼を掴んでいいのか戸惑ったが、せっかくだから触っておく。うっわ凄いすべすべしてる! ずっと触ってても飽きなさそうだなコレ。


 スベスベ翼の蝙蝠亜人はニッコリと笑って俺を引き起こした。この蝙蝠亜人は俺が子供を治療した影響なのか俺に優しい。その優しさが砂漠にあるオアシスのように身へ染みる。涙がちょちょ切れそうだ。



「ややっ、ありがとうございます」

「いえ、彼女がすみません。普段はとても良い子なんです。けどまだ人間はどうしても……」

「いやいや、別に気にしてないですよ。あれでもまだいい方ですしね」



 確かさそりとワニの亜人は体力が回復したら俺を殺そうと周囲に呼びかけていた。その他にも把握してないだけでそういう奴らがゴロゴロいるだろう。



「私は諜報部隊だったので人間と殺しあったことがありませんから、そこまで執着はありません。ただ虎や狐や狼など戦闘に向いている亜人は人間を憎んでいるはずです。お気を付け下さい」

「まぁ死なないんで大丈夫ですよ」

「……貴方、本当に死なないんですか? 頭が無くなったらどうなるんです?」

「うーん。何て説明すればいいのやら、まぁ大丈夫ですよ。はい」



 蝙蝠亜人は心底心配そうに訪ねてきた。その顔にはとても裏があるとは思えないが……流石に疑い過ぎか。取り敢えず適当に誤魔化し、真っ暗な外に出て身体を動かしておく。


 荒瀬さん曰く、俺の身体はどんな場所を欠損しても再生するらしい。どんな場所でもだ。一応魔力が無くなるまで殺せば死ぬらしいが、数十年間かかる上にそこまで拘束する術が無いのでこの世界では多分死なないと言っていた。



(そういや元の世界に帰ったら大変そうだな)



 最近は痛覚が鈍ってきてそこまで痛みを感じないので、元の世界で転んだら泣き叫ぶんじゃないか? タンスの角に小指ぶつけてショック死とか洒落にならねぇぞ、オイ。


 そんな下らないことを考えながら身体を動かし、気づいたら朝になっていた。

不死身らしき少女の存在をすっかり忘れて描写してませんでした。

彼女も一応亜人だし⊂(^ω^)⊃ セフセフ!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄い闇使いには敗けるんじゃない? 槍もすぐ抜けるわけではなさそうだし。
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