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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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六十二章

  学園を抜ける前に亜人十人に黒いフードを着させ、一応口にだけ拘束具をつけてから宿屋に行く。見るからに怪しい雰囲気のフード集団に女将は顔をしかめたが、今まで泊まっていた時に築いた僅かな信頼に多少のお金を握らせて何とか三部屋借りることが出来た。



「ここで待機するように」



 頑丈な光の障壁を部屋全体に張って窓もクリーム色で塞ぎ、一応亜人が暴れた時に知らせるように剣を置いていく。それを繰り返して亜人四十五名を三部屋それぞれに詰め込んだ。その内十名はまだ子供で残りは大人。種別は虫と動物と鳥の亜人。人間とあまり変わらない見かけの亜人もいれば、虫や動物の部分が多い者もいる。


 一先ず食事を与えようかと思ったが、腐った卵と牛乳を混ぜ合わせたような臭いに耐えられそうもないので先に身体を洗わせることにした。


 自分の部屋にバスタブを創造してお湯を張る。土粘土で作った粗末な物だが無いよりはマシだ。


 床には水が広がらないように吸水性のよいスライムを敷き、石鹸と身体を洗うスポンジも置いておく。湯気が邪魔だが窓を開けるわけにもいかないので、そこは我慢してもらおう。


 風呂を作り終わったら各部屋に順番で風呂に入ることを命令する。といってももう動けなさそうな者や子供もいるのでそういう奴は狐女と蜘蛛女に任せた。やらないと俺が洗うと言ったらすぐ承諾した。


 俺は誰かが来たら幻惑魔法をかけるための見張り役だ。幻惑魔法はその名の通り相手に幻惑を見せる魔法だ。俺の場合普通の魔法はちょっと想像すればすぐに出来るのだが、幻惑魔法は気合を入れないと相手がかかってくれないことがある。なので少し気を張りながら見張りをしなくてはならなかった。


 匂いを落とすだけで良いのだが全員女性ということでそういうわけにもいかず、風呂で五時間を費やした。それに一人が入った後はお湯が汚いので毎回取り替えた。やっとみんな入り終わって安心するのも束の間、部屋の壁が汚水まみれであることに気づく。


 恐らく獣の亜人が身体をブルブルさせて毛に付いた水を飛ばしたのだろう。げんなりしながらも取っておいたスライムをスポンジの大きさにちぎって壁の汚れを落とす。



「お腹すいたよぉ」



 壁の汚れを落としていると虎亜人の子供が後ろから俺の服を摘んで飯をねだってきた。対応しようとするとすぐに虎亜人の大人が子供を摘むように持ち上げてずこずこと帰っていく。戦争奴隷だから子供も人間に憎しみを持っているが、お腹の虫には敵わないらしい。可愛いもんだ。


可愛い子のおねだりもあったので部屋掃除は速攻で終わらせ、飯を持ってくる準備をする。



「それじゃあご飯を持ってきます。各部屋で待機していて下さい。もし誰か来ても扉は開けないようにお願いします」

「どうせ障壁で開かないでしょう?」

「まぁ、そうですけど一応ね」



 三部屋にそう言いつけてから部屋を出ると他の客がちらほらと見えた。少し慎重になりながらも食堂に行ってシェフに料理を頼む。



「シェフ。五十人前定食って作れます?」

「……カミさんから聞いてるよ。ただ仕込みが間に合わないから簡単な揚げ物でもいいかな?」



 シェフは調理場から顔を出して手を動かしながらも答えてくれた。頭を下げてから肩にかけてある異次元袋をまさぐる。



「大丈夫です。あ、大きい皿は持ってるんで良かったらこれ使ってください。これに盛ってくれれば自分が持っていきますんで」

「お、助かるよ。……大人が一人入れそうだね。これを三つかい。久々な大仕事になりそうだ」



 馬鹿デカい皿を異次元袋から取り出すと、シェフが引きつった笑いを見せながら従業員を呼んだ。すると調理器具が擦れるような音と共に調理場が騒がしくなる。



「すいません。もし店に不利益が出たらこちらで賠償させて頂きます」

「いや、お金はさっき充分すぎる程貰ってるよ。私たちはその分仕事をするだけさ。ほらお前達! キリキリ働きな!」

「そうだな。あ、カミさん。そこに漬け込んである肉を早速揚げてくれ。お前たちは新しく肉を捌いて漬け込んでおけ。他の客が来る前に済ませるんだ」



 安心するような笑顔で調理場に消えたシェフと女将を一瞥し、俺は外の屋台で適当に食べ物を買って異次元袋に詰めた。宿に戻ると皿には数えるのも馬鹿らしくなる程の唐揚げが積み重なっていた。周りの客の注目を浴びながらもお皿を両手で持ち上げる


 障壁を解除して出来たての唐揚げを部屋に持っていくと、亜人たちは盛られている唐揚げを見てゴクリと唾を飲んだ。毒を疑っているかもしれないので、一つ唐揚げを食べてから亜人たちの前に皿を置いた。


 最初は誰も手を出さなかったが憎しみより食欲の強い子供がまず唐揚げを食べ、嬉しそうに頬をほころばせてまた唐揚げを口に入れた。すると大人たちも手を出し始める。はふはふと溢れ出る肉汁を気にせずに食べる姿を少し見た後に食堂へ帰り、それを二回繰り返した。


 虫の亜人の食べ方が少しグロテスクだったり、手が鎌状になっている亜人が慌てすぎて皿を割ったこと以外は特にアクシデントは無かった。ただ蜘蛛女が出来れば新鮮な野菜が欲しいと言ってきたので、また外に行って色々な野菜を買ってきた。すると主に虫の亜人からキーキーと口を鳴らして喜んでいた。相変わらず口がグロイな、オイ。中には人間と変わらないような奴もいるけど。


 その他にもトイレに行きたい亜人に一人一人ついて回ったり、ベッドが明らかに足りないので取っておいたスライムを薄く広げてマットを作ったりと、かなり動き回って神経を使った。



「あー、疲れた」



 そんなこんなで深夜になり、俺はようやく自分の部屋に戻れた。俺も屋台で買ってきた冷めた唐揚げを頬張りながらも、ベッドに座って神本から亜人の特徴を調べる。


 カミキリムシ、アルマジロ、わし、リス、ワニ。亜人たちの種類はかなりバラバラで計二十四種類。久々に徹夜しながら特徴を把握した。するといきなり俺の部屋の扉が開いた。



「無防備すぎですね。呆れます」



 狐女がこちらをジト目で見ながらも俺の部屋を見回してから足を踏み入れる。多少は綺麗になった黄金色の尻尾が床を叩く。



「……お前どうやって部屋から出た?」

「安心しなさい。静かに障壁を壊したので一部の者以外は気づいていませんから」

「そういう問題じゃねぇんだけどな……。いや、結構本気で怒ってるからな」

「…………」



 偉そうに無言を貫く狐女にため息を吐き、心臓をドギマギさせながら狐女がいた部屋に行くと、暗い部屋から威嚇するような唸り声が聞こえてきた。それを無視して暗闇の中で人数を確認してから扉に障壁を張り直し、部屋に戻ると次は蜘蛛女が居た。



「……お前もかよ」

「障壁が薄いところがございましたので、抜けさせて頂きました。ご迷惑だとは思いますが張り直して貰ってもよろしいでしょうか?」

「本当に迷惑だよ……。ここで暴れられたらお前ら見捨てるしかないんだぞ?」



 真っ黒な目を細めながらこちらを見返した蜘蛛女は、大きい胸を揺らしながら狐女を睨んだ。



「ご心配なく。私たちは感情を抑えられない獣とは違いますから」

「黙れ。人間に餌をねだった、誇りも無い虫どもが!」

「餌を貰っている貴方が言える台詞ではないですね」



 何故か険悪な空気に挟まれたので舌打ちしてから両者を睨むと、蜘蛛女は肩をすくめてこちらに向き直った。狐女が鼻を鳴らして顔を逸らす。


 虫の部屋にも障壁を張り直して一息ついてから部屋に戻ると、二人はベッドに対面になって座っていた。一体何をしに来たんだこいつらは。


 少し警戒しながらスライムの椅子を創造してそこにどっかりと座り込む。ひんやりとした座り心地に一息ついていると、狐女が忌々しげに口を開いた。



「私はお前が気に食わない。いきなりお前は現れて私たちを助けたが、目的がわからない。お前の目的は何だ?」

「んー、さっきも説明したと思うんだが。まぁ、俺はこの能力が今日人間にバレちゃったんだよね」



 ベッドの下に置いてある剣を持って自分の指を三本飛ばす。突き指したような痛みと共に血が吹き出るが瞬きする間に再生する。再生した指を動かすと狐女はそれを見て逆立っている狐耳をしゅんとさせ、蜘蛛女は葉のような二つの口らしきものを動かしている。


 落ちた指に手を伸びす蜘蛛女を軽く叩いておきながら、飛び散った血の後始末のことで少し後悔する。馬鹿だった! 調子乗って指飛ばすからだよ!



「だから人間側では明日には迫害される。どうせ亜人の国に行くんだったら今捕らわれてる戦争奴隷を救出してからの方が印象が良いだろ?」

「そんなもので我が国に立ち入れると思うなよ」

「貴方の国が駄目なら私の国で迎え入れます。あぁ、やはり獣は駄目ですね。助けられた恩も一つの感情で無下にする」



 蜘蛛女が嘲笑うように首を振ってこちらに同意を求めるように見た。狐女はそれを見てベッドから立ち上がって声を張り上げる。



「感情など無いに等しい貴様らが良く言ったものだ! 迷子の子供を何も言わずに喰らったのは貴様の種族だったな!」

「あれは巣に引っかかった者が悪いのです。私たちのほとんどは視力が悪いですから」

「言い争いは国に帰ってからにしてくれ。とにかく、俺の目的はわかっただろう? 俺はお前らをダシにして亜人の国に入る。お前らは助かる。わかったか?」



 顔を真っ赤にして尻尾を振り乱している狐女は悔しそうに歯軋りしながら俺を睨んだ。それを鼻で笑うと彼女の切れ長の目が驚くほど見開いた。



「それだけか? ならもう寝ろ。あぁ、部屋に戻すの面倒だな」

「キュオォォーン!! 帰ります!」

「近所迷惑だから鳴くのは止めてくれ」

「キュオ――むがっ!?」



 また叫びそうだったので枕を投げつけると、狐女は真っ赤な顔で飛びかかってきた。ベッドに押し倒されると足にサラサラした尻尾が被さってきてくすぐったい。


 と思っていたら涎が顔の上に垂れてきた。これは完全に捕食者の眼ですね! 噛まれるのは御免だったので狐女の腰を掴み、そのまま身体を反転させて脱出する。


 キュルルと甲高い声で唸る狐女をしっしと手で払いながら乱れた服を正す。



「ほら、部屋に戻れ。あぁ、そういや狐女、名前は?」

「貴様に教えるような名前は――」

「そういうのいいから、面倒くさい奴だなお前は」

「コムリだ!」



 そう言ってコムリ部屋を出ていったのでまた障壁を張り直しにいき、部屋に戻ると蜘蛛女が俺の指を食べていた。盛大にため息を吐いてベッドに座り込む。



「それでお前は何しにここに来たんだ、蜘蛛女」

「私はモセカと申します。以後お見知りおきを」



 褐色の手を重ねてモセカは深々とお辞儀した。お辞儀した際に長い黒髪が地面につき、モセカは慌てて髪を払った。身体はスタイルの良い女に見えるが、顔は蜘蛛そのものだ。クリッとした真っ黒な目に肌は黒い体毛が細かく生えている。葉のような物が二つ折り重なっている口元の隙間からは鋭い牙が伺えた。



「さて、ここに来た理由ですね。端的に言うと私は貴方を勧誘するために来ました」

「勧誘?」

「貴方は亜人の国に来るとのこと。ならば人間と戦争するはずです。その際に貴方には私達、虫の国の将軍を務めて頂きたいのです」

「……成程ね」



 虫の国の将軍か。まず俺は人間と戦争するつもりはない。元の世界に戻るために世界を平和にするのだから、亜人と人間に和平を結ばさせなくてはいけない。


 この方法をまずは考えなくてはいけない。そのためにまずは荒瀬さんに会わなかればいけないな。そして亜人と人間の領地を隔てる壁の通り方も探さなければならない。



「悪いが、保留にさせてもらうよ」

「可能性はあるようですね。良い返事をお待ちしております」



 モセカはそう言ってお辞儀をした後にベッドに寝転んだ。仰向けに寝ても尚目立つ双丘に驚きながらも血の付いた剣を布で拭う。



「お前は部屋に帰らないのか?」

「シュウトさんはお眠りにならないのですか?」

「お前ら亜人の特徴を把握しなきゃいけないからな」

「勉強熱心ですね」



 ベッドに座って神本を読んでいるとモセカが起き上がって背中にしなだれかかってくる。そして褐色の手で神本を閉じ。



「そんな本を読むよりも、実物を調べた方がいいと思いません?」

「…………」



 顔が知らない内に強張っていたのか、モセカはクスクスと笑いながら身体を離した。



「そんな顔をしないで下さい。人間から見れば私の顔が醜いことはわかっているのですよ」

「……俺は虫がそこまで嫌いじゃないから醜いとまで言わない。目は可愛いよ」

「あら、ありがとうございます。でも私の国に帰れば顔を変えることも出来ますよ。仮面のようなものですけど、人間が美しいと思うぐらいの仮面は作れます」

「そういうことを目の前で言われてもな……。人形に恋することと同じなんじゃないかソレ」



 葉が二つ重なったような口を震わせてモセカは笑い、またベッドに寝転んだ。わざとらしく強調されているボディラインをちらっとだけ見てから神本に目を戻した。明日の朝にはここを出て……どうするか。このまま亜人の領地に行くか、シロさんがいるサンドラに行くか。


 いや、他にも捕らえられている亜人を助けなきゃいけないんだ。情報を持っていそうなシロさんの元に行くべきかな。


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