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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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六十一章

 カルサと別れて職員室に着くと職員が各々(おのおの)自分の武器を構えていた。ロングソード、弓矢、槍、魔力媒体紙、総勢二十五名。


 険しい表情でこちらに武器を構えている者もいれば、まだ何も知らされていないのかおどおどした表情の者もいる。



「皆さんそんな険しい顔して――」

「黙れっ! ……大人しく元師の部屋へ行って貰おうか」



 ロングソードを持った男が激昂げきこうして剣を突きつけながらも、職員室を出るように首で促した。大人しく職員室を出ると警戒しながら教師達も付いてくる。



「ん? 元師の部屋ってこんなに大人数入れましたっけ?」

「……我々は外で会話を聞いている。少しでも不審な動きをしたら殺す」



 取り付く暇もない教師の様子にため息を吐きながらも元師の部屋に入る。元師は長い机に頬杖をついて穏やかな目でこちらを見ていた。そして机の上には俺が宿で預かっていた少女が寝ている。14Cで拷問されていた亜人か異世界人と思われる少女。



「これはどういうことですかな。黒の旅人の弟子殿」

「さぁ」

「…………」



 元師の穏やかな目が鬼のような目に変わったが、殺気とかでも出して必死に俺を怯ませようとしているのだろうか? 思わず出てしまった笑みに元師は長机を蹴り飛ばすことで答えた。


 バレてしまったからにはしょうがない。そもそもあの子を助けた時点で危ない気はしていた。門には目をかたどった水の監視魔法がうろついているのだし、そもそも学生達が亜人が居なくなって何も言わない筈がない。


 先のことを考えればあの少女のことは放っておいてこのまま人間側で地位を高めて戦争に言及できる地位まで辿り付きたかったが、この考えは後の祭りというやつだ。正直な話、少女を助けた時は何も考えていなかった。


 インカを助けた二年前から成長しないな、オイ。



「貴様は亜人を庇った。それに回復魔術師様の癒しも断ったらしいな。お前が亜人であるという証拠は出揃っている」

「いや、亜人じゃないですけどね。見てわかりませんかね?」

「……どうやら貴様は物事を軽く見ているようだ。これを見たまえ」



 元師が机で寝ていた少女をこちらへ放り投げた。両手で受け止めて元師の方を見ると机の上にある黒い水晶を指で叩いていた。その水晶は黒い煙でも中に閉じ込めているのか、怪しげに黒い何かが蠢いていた。



「これは黒の旅人が渡してくれた道具だ。これは何の道具だと思うかね?」

「さぁ」

「これは魔法封じの道具だ。私が魔力を込めれば――」



 元師が水晶を手の平に持つと水晶からもやもやと黒い煙が立ち込め、俺の身体へ蛇のように絡み始めた。身体的拘束をしながら魔力を吸い取る闇の魔法か?



「動けないだろう? 上流貴族ですら太刀打ちできない拘束だ。いくら黒の旅人の弟子でも」

「はい」



 本気で魔力を込めた光の障壁を周りに張ると黒の煙は一瞬で雲散うんさんした。ついでに光弾を創造して水晶に向かって飛ばすと、黒い水晶は跡形もなく砕け散った。


 水晶の破片が足元に落ちる音が静かな室内に響き渡る。元師は手をわなわなと震わせながら必死でこちらを見ている。



「な、な」



 元師はゆっくりと手の上で粉々になっている水晶を見て、床に広がった細かなガラス体を見て、また俺を見た。そしてよろよろと腰を抜かして地面に座り込んだ。


 手を差し伸べた思いっきり払われた。ですよねー。



「何なんだお前は!」

「いや、黒の旅人の弟子ですけど。そもそも荒瀬さんが作った道具が俺に効くと思ったんですか? まぁ効く物もあるとは思いますけど、これくらいだったら何ともないですよ」

「おい! 出て来い! こいつを八つ裂きにしろ!」



 唾を吐き散らしながら元師が叫ぶと後ろから武器を持った教師陣が出てくる。取り敢えず少女を強固な光の障壁に閉じ込めると、俺の胸からロングソードが生えてきた。次に三本の槍、背中に弓矢が突き刺さり、最後には火球が俺の足を焼いた。


 鮮血が部屋に飛び散り腰を抜かしている元師の顔にもべっとりと血が飛び散った。後ろの教師陣は安堵の息を吐いて武器を持つ手を離した。



「は、はは。な、何だ。驚かせよって!」



 元師が顔に付いた血を拭いながら俺を忌々しげに睨んで俺を蹴った。刺さった武器が揺れて擦れる音と共に激痛がした。



「痛っ! お前脛すねを蹴るな脛を!」

「ひぃ! この死にぞこないが! まだ死んでいないのか!」

「あー全く。こんなに串刺しにしてくれちゃって。血って中々落ちないんですよ?」



 ロングソードを引き抜き、槍を引き抜き、背中の弓矢は適当に引き抜く。引き抜く度に血が嘘のように出るが気にせず全部引き抜いた。身体が再生される生々しい音。口に残った血を吐き出しながらも元師を見る。


 元師は腰を抜かして血溜まりとは違う溜まりを作っていた。教師陣も反応はあまり変わらないようだ。


 久々に人前で身体を再生したな。今まで怪我をしてはいけないという強迫観念みたいなものがあったから、今は凄い晴れやかな気持ちだ。まぁ油断して怪我したことは何回もあったがな!



「さて、それじゃあ亜人が囚われている場所吐いてもらおうか。元師殿?」

「…………」

「気絶してるよ」



 元師のだらしない格好にうんざりしていると、さっきロングソードを持っていた男がいち早く意識を取り戻して俺に斬りかかってきた。腰の剣を引き抜いて受け止めるとロングソードが間抜けな音を立てて砕け散った。


 剣を捨てた男の頭を掴んで机に思いっきり叩きつけると、男も気絶したらしくだらりと腕をぶら下げて血溜まりに顔から落ちた。



「さて、それじゃあそこの君。案内よろしくね!」

「ひいぃぃぃいっぃっ!! か、鍵は元師様が持ってる! だから助けてお願い! 私来週結婚するの!」

「そうですか! 四枝が残ってる状態で結婚したいなら、嘘はつかないことをオススメするよ」



 元師の胸ポケットから鍵を取り出して女教師に確認を取ると、彼女は涙と鼻水がぐちゃぐちゃの顔を縦に振った。


 他の教師が逃げないように魔力を吸い取る闇の結界を部屋に張っておく。すぐに効果が表れて教師は血溜まりの中で膝をついた。



「それじゃあ行こうか」

「……はい」



 消え入りそうな声を聞きながら元師の部屋を出ると十人くらいの教師がいたが、すぐに闇の沼を出現させて無力化する。


 明かりの少ない廊下はとても不気味に見える。俺の未来もこうならないことを祈るばかりだ。



 ――▽▽――



「ここです」

「そう」



 錆び付いた扉の中からは咽び声とむせているような声が聞こえる。扉の前に居るだけで気分が悪くなるような空気に思わず顔をしかめると、隣の女教師の肩がビクリと跳ねた。



「た、助けて」

「勿論約束を守ってくれてたら助けるよ。でも本当にここだけなんだね?」

「私ここ以外に知りません! 本当です!」

「そう。ありがとう。もう行っていいよ」



 そう言うや否や彼女は脱兎の如く走り去っていった。足早いなと思いつつ扉を開くと、むわっとした吐き気をもよおす臭いが襲ってくる。


 中には明かりが無いので光魔法で部屋の中を照らす。すると部屋の隅々まで見れるほどの明かりが確保出来たが、目がチカチカするので少し待ってから部屋を見回した。


 部屋に並べられている亜人は手足を縄で縛られ、目隠しと口を開かないようにされていた。服は汚い布切れであまり服の機能を果たしていない。そんな亜人達が無造作に床に転がされていた。お手洗いにも行かせてもらえないのかとにかく臭いがキツい。


 大体の亜人は身体を身じろぎもしなかった。もしかして皆死んでるんじゃないかと思ったが、一応息はあるようだ。



「あら、随分と明るい」



 声がした方へ狭い足場に四苦八苦しながら進むと、そこには口が塞がれていない亜人がいた。彼女は黒い長髪と黒い肌を持っていて、口元は二本の牙が上顎うわあごと下顎からにょっきりと出ている。神本で特徴を調べると蜘蛛の亜人だった。



「助けにきました」

「悪趣味と言わざるを得ません。あぁ。殴るなら口にして下さい。きっと貴方を気持ちよくさせてあげますよ」

「毒が気持ち良いとは思えないけどな!」



 目隠しを外すとクリッとした真っ黒な目が現れた。あぁ。目は二つなんだと安堵しながらも手足の拘束も外す。手首と足首の細さに危なげを感じながら拘束具を異次元袋に仕舞う。それにしても顔は蜘蛛。身体は人間か。これは不気味さがヤバいな。俺の顔に出なければいいが。


 手足の拘束を解いた瞬間に俺を組み伏せようとしてきたので取り敢えずお腹を殴り、怯んだ所で正面から押し倒して組み伏せる。というかよくそんなやせ細った身体で機敏な動きが出来るな。



「やっぱり嘘ですか。今度は何処に連れてかれるのですか」

「いや、嘘じゃないです。証拠に俺の腕噛んでいいですよ」



 正面に押し倒した状態から腕を蜘蛛女の口元に持っていくと、上下にある二つの牙が俺の腕を噛み破った。若干の痛みに耐えながらも様子を観察する。


 噛まれている間に氷を火で炙っているような音を聞きながら蜘蛛女は何かをすすっていた。血でも吸っているのかと思いながらしばらく放置し、牙が離れたので腕を見ると腕の肉がドロドロに溶けていて骨がこんにちはしていた。まぁすぐに治るから良いけどさ、と思っている間に腕が綺麗な状態に戻る。


 次は逆と言わんばかりに左腕を引っ張ってきたので軽く顔にピンタしておく。痛いわ不気味だわ溶けてるわで気分が最高に落ち込んだわ!



「僕の腕をお食べ! はもう勘弁してくれ。正直な話不気味だから」

「何故動けるのです? 私の麻痺毒は確かに身体の中に入ったと思うのですが」

「いや、再生するところ見ただろ? 俺不死身だから。だから毒も聞かないの」

「……蜘蛛族は視力があまり無いのです。今目の前にいる貴方も輪郭りんかくがぼんやりと見えるだけですので」

「へー。そうなんだ」

「それよりも不死身の貴方の方が不気味だと思うのですが」

「うるさい。取り敢えずじっとしていてくれ。いや、別に逃げてくれても構わないんだけどさ」

「これが夢でないことを願うばかりです」



 蜘蛛女は心あらずと言った感じで膝を抱えて座り込んだ。俺はその様子を確認しながらも他の亜人の拘束を解きに行く。



「こいつは……狐の亜人か?」



 ドロドロの茶色い液体に浸った尻尾から僅かに金色の毛が確認できる。取り敢えず拘束を全て外すと案の定俺に体当たりをかましてきた。取り敢えず臭いので腹パンして怯ませておく。


 こっちはあの蜘蛛女と違って人間に近い。人間に狐耳と尻尾を付けたような感じだ。ただ人間の耳がないので少し驚いたが。



「助けにきた」

「……汚らわしい、人間が……」

「あー、蜘蛛女。俺の腕を噛んでくれ」



 そう言った瞬間に膝を抱えていた蜘蛛女は真っ黒な瞳を輝かせ、素早く俺に近づいて腕を噛んだ。しゅわしゅわという音と共に肉が崩れ去って蜘蛛女はそれを啜り、また骨だけになった。そして即時に再生した腕に狐女は地面に手をつきながら口をあんぐりと開けた。



「まぁ俺は人間なんだけど、この通り不死身でね。今さっき人間にバレちゃったから、どうせだし亜人に恩を売っておこうと思ってね」

「……ここから、逃げられる、なら」

「あぁ。別に俺が信用出来ないなら今すぐ逃げてくれても構わない。どうせ捕まって二度手間になると思うから勘弁してほしいけどね」

「……力も、ない身体で、逃げられる、とは、思えない」

「そう。それじゃあこれ飲んでくれる?」



 異次元袋から回復と疲労回復のポーションを取り出して渡す。しかし蓋を開ける力もないようだ。手で頑張って開けようとしているが空く気配がない。そして無言でこちらにポーションを差し出してきた。


 よく俺に体当たりできたなと思いながらも、蓋を開けて狐女の口に流し込む。その間に蜘蛛女が俺の腕を噛んできたので頭を叩いておく。



「……これは」

「それで喋れるくらいには回復しただろ? どうせ他の子も解放した瞬間に暴れると思うから君に解放をお願いしたいんだけど」

「馬鹿だなお前は。今ならお前も殺せる」

「あぁ。そうしたら君を動けなくしてまた蜘蛛女に腕を食わせて他の亜人に信じてもらうから別にいいよ。面倒だから止めてほしいけどね」

「……全員解放したら皆でお前を殺す」

「自分で作戦言っちゃったよ! え? 馬鹿なの?」



 汚れて重たそうな尻尾を地面にバタバタさせながら狐女は不機嫌そうに他の亜人の拘束を解きにいった。亜人の数は四十名弱はいる。恐らくだが全員女性だ。男性の戦争奴隷も救わないとな。


 これからどうするかを考えながら亜人が解放されていく光景を見る。やはり同じ亜人だと安心するのか解放された瞬間に泣きむせぶ者が多い。蜘蛛女も俺の腕を三本食って多少は元気になったらしく、解放を手伝っている。


 三十分くらいで亜人全員が解放された。そして俺に向けられる敵意。もし動けたら喉を食いちぎってやると言わんばかりに牙を剥き出しにしている虎柄の亜人。キチキチと左右に割れた口元を動かしながら獲物を狙うように複眼を動かしているカマキリのような亜人。


 今動けるならお前を殺してやる。そんな意思がしっかりと伝わってくる殺意を笑って誤魔化しながら狐女と蜘蛛女を近くに呼ぶ。



「皆さんの視線が怖いんですけれども……」

「当たり前ですよね。私も貴方が不死身じゃなかったら食い殺してます」

「私もこの牙でお前の首を噛みちぎって血で喉を潤したいよ」

「怖いわ。いや、捕食者の眼でにじり寄るのは止めてね!? 本当に怖いから!? あー、おほん。さて、皆さん! こんばんは。修斗と申します!」



 興味なさげな視線と殺意の目線を無視しながら話を進める。虫の亜人だけに無視ってね!



「皆さんの殺意は無視します! 虫の亜人だけに! あっはは! あはは……。皆さん笑えない状況だとは思いますが、取り敢えず笑ってください」

「その汚い口を閉じろ。貴様の喉を食いちぎってやる」

「……お、そこの子虎さん。元気いいですねー。こんなふざけた人間、殺してやりたいでしょう? でも貴方達はそんなことも出来ない。元気がないからです。なのでまずはここを出ましょう!」



 その言葉に座り込んでいた亜人の大半が俺を驚愕の籠った眼で俺を見た。だが少数は希望を捨てているのかずっと俯いている。


 そんな中で近くの蜘蛛女が俺の耳に顔を寄せて囁いた。



「どうやって出るのですか? 外は人間が溢れかえっていると思うのですが」

「この建物の人間は全員戦闘不能にしてある」

「成程。手はずがいいですね。その人間を食らって休養してから母国に戻ると」

「そういうと思ったよ。人間を食べるのは禁止。だから十名づつ俺と外に出て俺の家に待機してもらう」

「……不満が出ますよ」

「そのための俺だよ」



 不敵に笑うと蜘蛛女は顔にシワを寄せた。うっわ怖い。でも胸は凄い大きい。いやいや流石に今はそんなこと考えてる暇はない。



「はい。じゃあ1、2、3、4、5、6、7、8、9、10! この人たちは俺に着いてきて下さい。蜘蛛女と狐女はここに残っておいてくれ」

「貴方は馬鹿――」

「障壁を張っておく。だから馬鹿っていうのは止めろ狐女! 地味に傷つくんだよ!」

「……フン」



 入口にかなり重めに設定した光障壁を張り、亜人十名を連れて扉から出た。

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