六十章
カルサとカタワを模擬戦で打ち倒し、回復魔術師に舌打ちされながらも模擬戦の時間は続く
その後も数人の生徒が模擬戦を申し込んできたが、正直な話弱すぎた。剣で打ち合いしたら相手の剣が砕け散ったり、魔法合戦になったら相手は五分も持たなかった。ちなみに相手の剣はちゃんと弁償した。家宝とかじゃなくてよかったわ。
(ったく。余計な出費させるなよ)
(シュウトにはわからないだろうけど、武器を壊すのって凄い気持ちいいんだよ。シュウトが夜にお出かけするのと同じくらい)
(それ以上言うな!)
剣を腰の布に引っ掛けてから回復魔術師に図体の大きい生徒の治療をお願いすると露骨に舌打ちされた。ちなみに彼女は瀕死の人間を十人は健全な身体に回復出来るらしいが、欠損した腕などは再生できないそうだ。くっつける事は出来るらしいが。
そしてまた挑戦者が現れたので相手をしようとしたら、回復魔術師からヤンキーのような目線が飛んできた。回復魔術師には魔力切れでさっさと退場して欲しいのだが、直接そう言うわけににもいかないので曖昧な表情を返しておく。
回復魔術師が居なかったら最悪怪我しても赤い塗り薬で誤魔化せるから気分的にも楽なんだよな。切り傷や多少の怪我なら一瞬で治癒するからなアレ。
ちなみにあの赤い薬、荒瀬さんから貰った黒い異次元袋にも入っていた。黒い異次元袋は条件さえ満たせば勝手に中から道具を吐き出してくる。カルサと初めて戦った時に使った、火を付けると青い炎を巻き上げて鳥の姿になる黒い玉もその内の一つだ。アレは炎の温度が全くない幻影みたいな物なので、どうせこの先使わないだろうと思っていたからあの時に使った。
その他にも条件が緩い道具は大体取り出している。逆立ち二時間や魔物一万匹討伐の条件が達成されたことをどうやって判定しているのだろうか……。よくわからん。
「……あの。模擬戦お願いできますか!」
「もっ」
「あぁ。悪いね」
弓を背負っている双子の男子生徒に手を上げて応じながらも近づく。一人はとても元気そうで、もう一人はさっき言葉を遮らたのが恥ずかしかったのか下を向いている。
「あの、二体一でもいいですか? ハンデがないと勝てそうにないです」
「別にいいよ。ちょっと結界張るから待っててね」
その提案を了承すると暗い方は目に見えてホッとしたような動作をした。だけど俺はずっと一人で戦ってきたから、むしろ多対一の方が得意かもしれない。そのことを知らないだろう少年に思わず微妙な笑みをしてしまった。
大勢が相手ならこっちが派手な魔法使えば大体残滅できるから楽なんだよね。それにこの二年で痛覚が麻痺してきたのか、遠距離で矢を射られて身体に刺さってもそこまで痛くない。指先斬ったくらいだと気づかないまである。
そんな俺と違って矢が他の生徒に刺さったら大変だ。なのでスライム状の障壁を周りに張るために少し頭の中でイメージを固めてから右手に水球を創造する。そしてそれを真上に投げると水球は空中で爆発してドーム状の結界が作られた。周りに人もいるため障壁内は半径十mくらいしかない。
スライムの障壁は結構な厚みがあるから矢が通る心配はないだろう。どっかの洞窟で倒したビッグスライムは弓矢通じなかったし。
すると双子の元気な方はドーム状に広がった障壁を見て鼻息を荒らげ、元気のない方はそれを戒めながらもキョロキョロと周りを見回している。本当にここの生徒は反応が良いよな。大きい街で使った時は「黒の旅人の弟子なら驚かない」って空気があったからな。
「はい。じゃあ模擬戦開始なー」
双子に手をかざしながら五mくらいの大波を地面から出現させ、そのまま双子を橋まで押し流す。首の骨を折らないようにソフトに運んだから怪我はしないはずだ。
スライム障壁あたりまで流した所で津波を消失させる。地面が水浸しになったが下は石で出来ているからそこまでぬかるんではいない。
双子は砂が口の中に入ったのか唾を吐きながらも、泥まみれの制服を嫌そうに摘んだ後に俺へ恨らめしい視線を向けてきた。そして大人しい方は素早い動作で弓を番えた。
「ごぼがぼぼっ!」
……何だこの音は? 背後からの奇妙な音に振り向くと回復魔術師がスライムの中で暴れていた。艶のある白髪がふよふよと浮かせながらもナイフを振り回している。
……何をしているんだろうか。スライム障壁を張った時に人を巻き込んでいないのは確認している。実はこの人はスライム大好きで、わーい! スライムだぁ! とか言ってスライムに突っ込んだのだろうか。そんなわけないか。そんなわけないよね。
ナイフを危なっかしく思いながらも左手を突っ込んで無理矢理回復魔術師を引きずり出す。ついでに後ろから頭を狙って飛んできた矢を右手で掴んで止める。矢を掴むくらいならもう余裕に出来る。まぁ避けた方が効率良いけどな!
このスライムはゼリーのような感触なので回復魔術師はするりと抜けた。手を離すと回復魔術師は地面に倒れてぜぇぜぇ言っていた。少し待ってから話しかける。
「何をやってたんですか? あ、スライムが好きなら模擬戦終わったら作りま――」
「そんな、わけ、ないだろ!」
まだ呼吸が整っていないのか豚のように息を荒げながらも必死に言葉を返してくる。いや、どれだけスライム嫌いなんだよ。必死すぎる。
「あー、大丈夫ですか?」
息が整った所で右手で回復魔術師の手を掴んで立たせると、回復魔術師は服の砂埃を払って俺の目をじっと見返した。
「……あんたこそ指大丈夫? ごめんなさいね、斬っちゃって。すぐ癒してあげるから」
「えっ」
回復魔術師は若干申し訳なさそうにしながら手を差し出してきた。え? 俺もしかしてこの人に斬られてた? おいおいおい。……スライムに手を突っ込んだ時か?
呼吸が止まりそうになるのを抑えながらも袖で左手を隠し、何とか誤魔化せる口実を探す。言動から察してまだバレていないはずだ。
何とか誤魔化せ。そうしないと面倒なことになる。
「ほら、早く手を見せなさい」
「回復魔術師さん。ここは矢が飛び交う戦場です。外に出てから回復しましょう」
「いや、私は紛争地帯で回復魔術師やってたからね。それにあの子達も手を止めてるし」
双子は俺と回復魔術師が喋っているのを見て手を止めているようだ。射ってもいいんだよ! そうお願いしても双子には伝わるはずもないので取り敢えず出任せで言い訳する。
「回復魔術って何か怖いんで嫌です」
「……そんなこと初めて言われたわよ。というか世界に二人しかいない回復魔術師である私が癒してあげると言ってるんだから、さっさと手を出しなさい」
「うわー自意識過剰すぎじゃないですかー。女って怖いわー」
「……喧嘩売ってんの! えぇ!? 例え黒の奴の弟子だろうが売られた喧嘩は買うわよ!」
「回復魔術師が言うような台詞じゃないな!? 怖いよ! 全然癒してくれそうにないよ!」
「うるさいわよ! というか何でアンタにそんなこと言われなきゃいけないの!? 本当になんなの!? もう二度とここに来ないわよ!?」
「それは勘弁してください、お願いします。あ、回復魔術師さんお疲れですか? 肩揉みますよ」
「アンタのせいでしょうが……」
回復魔術師は疲れたようにこめかみを抑えながらも息を整えた。そしてすっと目を細めて素早く俺の左手を掴もうとした。さっと左手を背中に隠す。
「アンタもしつこいわね……。こんなに嫌がる奴なんて亜人くらいよ」
「え、亜人も治療出来るんですか?」
「拷問する時や捕虜にする奴は治療するわ。奴ら、拷問される時よりも回復する時の方が抵抗するのよ。その抵抗する姿を見る度に回復魔術師で良かったと心底思うわ」
「あー、そうですか」
今まで親しげに話していた空気が一瞬で崩れ、回復魔術師は獰猛な笑みを浮かべて話している。どれだけ亜人を憎んでるんだよ。同じ意識がある生き物にそこまで出来ることが単純に怖い。
「話が逸れたわね。さぁ、手を見せなさい。痛くないわよ」
「遠慮します。自分には心に決めた人がいるんで」
「何アンタ、童貞なの?」
「……さー、模擬戦の続きをやるぞー」
「うわ、完全に童貞の反応じゃん。もしかして私に手を触られるのが恥ずかしかったのかな?」
回復魔術師はこちらの反応を伺うようにニヤニヤと笑いながら、俺の顔を覗き込むように見ている。若作りした年増は黙ってろ。マジで。
未だにニヤニヤしている回復魔術師をよそ目に俺は剣を手にとって双子に合図する。すると双子は再び矢を番え始めた。さぁ、模擬戦の再開だ。
双子は鈍く光る鉄の弓を番え、こちらに矢を放ってくる。綺麗に頭へと向かってくる矢に感心しながらも素手でキャッチして地面に置く。十本ほど防ぐと双子は顔を見合わせて矢を放つのを止めた。
そして彼らは少し喋った後に左右へ広がり、俺を挟むように陣取って弓を番えた。死角からの攻撃なら当たると考えたのだろう。
前の明るい方が矢を放つ。それをしゃがんで避けると後ろから風を斬る矢を察知。すぐに振り向いてそれを剣で弾き飛ばす。
「は?」
弓を構えながら唖然としている前の明るい方に近づいて腹パンをかまし、怯んでいる内に矢が入った容器を奪って蹴り飛ばす。その間に後ろから弦を引く音が聞こえたので光の障壁を後ろに展開しながら体制を立て直す。
弦が震える耳触りの良い音と共に矢が胴体を狙って飛んできたが、光の障壁によって矢は弾かれる。腹パンを食らった明るい方は動けそうに無かったので、そのまま暗い方に近づくと彼は弓を背負って懐から装飾の施されたナイフを取り出した。そこらのチンピラが持っているようなちゃっちいナイフでは無さそうだ。
だがナイフでは剣と打ち合うことはほぼ不可能だ。だから相手は急所を狙って突っ込んでくることしか出来ない。なので剣を片手に構えながらじっくりと、静かに近づいていく。
冷えた空気を感じながらも無言で相手が動くのを待つ。静かに息を吐いて剣の柄を掴んでいる右手を握りなおす。
明るい方の呻く声が聞こえる。復活されるのも面倒なので、更に圧力をかけるようにじっとりと相手の様子を伺い目線を鋭く、鷲のような狩り人の眼に。
「うわぁあぁぁ!!」
いきなり気が触れたように大声を上げながら動いた彼は、ナイフを両手に深く持って突っ込んできた。その突撃を半歩右に引いて避け、彼の足を引っ掛けて転ばせる。
転んだ彼は受け身をとって素早くこっちに振り向いたが、その顔に向かって剣を突きつけた。すると彼はいきなり前に出てきた剣に怯み、すぐに降参した。
「お疲れ。いや、今の受身はかなり良かったよ」
「……どうも」
手を差し出すと暗い方はそれに応じて立ち上がる。すると蹴り飛ばした方もお腹を痛そうに摩りながらもこちらに近づいてくる。
「矢を素手で受け止めるなんて反則ですよ! おかしいですよアレ!」
「障壁みたいなものでも防がれました。どうやっても勝てないと思うんですけど」
「いや、流石に生徒に負けたら教師の立つ瀬がないわ。でも二人共かなり良かったよ。近接戦闘もまぁまぁ出来てたし、弓の腕も良いじゃないか」
「へっへっへ」
「……あまり素直に喜べません」
明るい方は誇らしげに胸を張り、暗い方は顔をしかめながらも考える素振りを見せた。こうも性格が丸っきり正反対なのによく喧嘩しないな。
「魔術師相手に弓矢はどうしても弱い。だから矢に属性付与でもさせればいいんじゃないかな」
「えー、無理言ってくれますね先生―」
「お前らが思っている以上に魔術は簡単だからな。頑張れよ」
そう言ってスライム障壁を解除する。そのまま消すことも出来るが使い道があるのでボール状にして異次元袋にしまっておいた。
回復魔術師がニヤニヤしながら近づいてきたが適当にあしらってまた模擬戦を繰り返して日が暮れるまでそれは続いた。
「あー、疲れた。すっごい疲れた。もう動きたくない」
「先生。まだ私が残っています」
もう日がほとんど沈んで辺りもかなり薄暗くなっている。もう周りの人もほとんどいないので帰ろうとした時に、カルサが俺の背中の服を掴んだ。
「お前は……もう勤務外時間だよ」
「一番最初に私が模擬戦を申し込んだのに、後から来た人にだけ助言をしたのは納得が行きません! それに私にだけ魔法使って剣で打ち合ってないじゃないですか! 他の人とは打ち合ったのに!」
「いや、怪我したら痛いじゃん? カルサと打ち合ったら俺怪我しちゃうじゃん? 嫌じゃん?」
「大人しく私に斬られて下さい! 先生なんですから!」
「お前は先生を何だと思ってるんだよ!? 学園の先生全員斬り殺す気か!?」
「大丈夫です。先生だけですから」
「うっわ。全然嬉しくねぇ。もっと違う雰囲気でその言葉を聞きたかったわ」
カルサは俺の言葉を聞いた後に少し沈黙し、その後は無言でレイピアで突いてきた。怖っ! 薄暗いから怖さ倍増だわ!
「先生。セクハラば止めて下さい」
「それじゃあお前はパワハラを止めろよ!」
「先生。それだと私が上司ということになりますよ」
「あ、ごめん」
「わかればよろしいのです」
ふふんと自慢げに顔を綻ばせながらもカルサはレイピアを収め、帰り支度をしていた。じゃあ俺も職員室に行ってから帰るかね。
「先生、職員室に行くんですか?」
「あぁ」
「私も図書室に用があります」
「へー」
「……何ですかその興味なさげな返事は! 怒りますよ!」
「もう既に怒ってんじゃん!」
異次元袋を背負って職員室に向かおうとすると、無言でカルサが背後から付いてくる。それにしても距離が近い。……丁度レイピアが身体を貫通する距離だ。
「……無言で付いてくるのは止めろよ。せめて隣を歩いてくれ」
「っ! またセクハラですか!」
「いや、刺されそうだから」
レイピアを手に取る音が聞こえたので、即効で謝ってそのまま一緒に校舎へ戻った。