五十七章
インカに金だけ渡して放置することにした修斗は、その後早朝に魔物の分布を調べて授業に備えた。
「歩くな、走れ。まだ一時間しか走ってないぞー」
「死ぬ! 死ぬ!」
「マルケス、大丈夫。人はそんな簡単に死なないよ」
朝の八時半。授業が始まった直後に生徒を外に連れ出して、校舎の外周を俺と一緒に並走させた。そして走らせてから三十分くらいで歩く奴が出始め、一時間でほとんどの生徒が歩きだした。
歩いている奴はまず状態を見る。顔の色、足の筋肉、息の乱れなどだ。余裕がある奴は風で背中を無理矢理押して走らせ、様子がおかしい奴はそのまま歩かせる。場合によっては保健室に搬送だ。今のところは誰も居ないが。
「おい。そこの筋肉野郎。お前の筋肉は飾りか?」
「違います! 俺の筋肉は、飾りじゃ、ありません!」
もう何周抜かしたかわからないブレザーを着た生徒に並走しながら野次を飛ばすと、彼は息絶え絶えの状態で言い返してきた。それにしても藍色のブレザーの網目が綺麗だな。職人でさえこんなものは作れないだろう。……誰が作ったんですかねぇ。
「ほう、ならお前は後衛が危険な時にそんな爺さんみたいな走り方をするのか?」
「いえ、走ります!」
「なら胸を張って足を動かせ! 疲れてるように走れば休憩が入ると思ったのか根性なしがっ!」
そう言い散らして生徒の後ろから追い風を吹かせてから追い抜かす。荒瀬さんの散々な特訓を受けた影響か、特訓になると俺の口が悪くなる。暴力だけは振るわないように気をつけよう。荒瀬さんと特訓した時は童貞野郎と罵声を浴びせられ、手首を切り飛ばされたりした。
当時は本気で荒瀬さん殺そうと思ったが、今では感謝の念さえ浮かんでくる。この世界は厳しい。あの特訓が無かったら貴族に指を切断された時に痛みに悶えて兵士に捕まっていただろう。
忌々しい貴族のことを忘れるように全力で走っていると前で歩いている三人組を見つけた。喋りながら歩いているのにイラっときたが後ろから声をかける。
「おい、そこの自称まじゅつし三人組。仲良く歩いてどうしたんだ?」
「疲れたんです」
「そうか。じゃあちょっとこっちに来い。状態を見るから」
こっちを睨みながら投げやりに言ってきた生徒を呼び出して足の筋肉、呼吸の乱れを一応調べる。結果、対して疲れていないことが判明する。
「全然疲れている様子は無いな」
「そうですか」
「でもお前は疲れているんだな?」
「そうです」
「そうか。なら三限まで教室で休んでいろ。ご苦労だったな」
その言葉に生徒は少し目を見開き、その場に立ち尽くした。そして残る二人に顔を向ける。
「お前らも疲れているのか? なら休んでいろ」
「え。で、でも」
「自分の身体のことは、自分が一番わかるはずだ。俺は人が疲れているか診断は出来るが、それでも完璧にはわからない。だから自分が疲れたと思ったのなら休めばいい。ただ俺に報告はしろよ。勝手に休むことだけは許さない」
そんな言葉は予想していなかったのか三人の生徒はその場に立ち尽くしてしまった。少ししても動かなかったので、走るなら走れと言ったら無言で走り出した。やはりここまで残っているだけあって根は良い奴らだな。初回でクラスの半分以上が消えたの驚いたけどな! 今じゃ17Bの生徒は男子十四人、女子八人しかいねぇよ! 14Cはもっと悲惨なことになるんだろうな!
その後水分補給を挟んでまた一時間程走り、もう歩いている奴しかいなくなった頃に授業の終了を告げた。何故か誰もタオルと水を持ってきていなかったので生徒にタオルと水筒を貸して地面に座らせる。いやー、俺もこんなに走ったのは久しぶりだったな。
「お前らの体力の無さには失望したわ。体力の重要性がお前らにはいまいちかもしれんが、騎士は言うまでもなく必須だ。魔術師は魔力だけを伸ばした方がいいと思ってる奴もいるだろう。だが魔力伸ばしなんてやろうと思えば三十分で出来る。その余った時間で体力を上げない理由はない」
返事をする気力も無いのか全員が座りながら俯いている。中にはまだ水を飲んでいる奴もいる。水分補給は途中に挟んだから脱水症状の奴は居ないはずだ。まぁ様子がおかしい奴は居ないし大丈夫だろ。
「三十分したら授業を開始する。それまでに準備をして教室に移動するように」
ぐったりしている生徒にそう言って俺は教室に向かった。三十分後には十一時だから……授業やる時間減ったな、オイ。まぁ今すぐ教室行けって言っても反発されるだけだし、しょうがないか。
――▽▽――
「死ぬ! 今度こそ死ぬ!」
「うっせぇぞマルケス。お前は魔法の授業になった途端に目を輝かせてたじゃないか」
「こんなに連続で魔法を打たせるなんて狂ってる! 魔力切れで死んじゃうよ!」
ズレた眼鏡を直しながらも金髪のマルケスが、神に慈悲を求めるように上を見上げながら叫ぶ。三、四限の魔法の授業は取り敢えず生徒の魔力底上げを狙った授業を行なった。まずは魔力がないとどうしようもない。
だがここの生徒は魔力を半分ほど消費したら危ない領域だと思っているらしい。俺は魔力切れの気持ちは分からないが、魔力切れの前に極度の眠気と倦怠感に襲われると神本に書いてあったから絶対に大丈夫だろう。
それと瞳の色が色あせてきたら危険の一歩手前という認識がある。これは貴族の魔術師と戦った時に発見した。その魔術師は最後に髪まで白色になって死ぬ寸前に陥ったからな。多分瞳の色が薄くなるまでなら大丈夫だろ。
「カタワ。お前はもう止めろ。それ以上使うと死ぬぞ」
「…………」
そう言うとカタワは俺の作った闇の壁に魔法を放つのを止めて椅子に座り、ダルそうに机へ身体を預けた。瞳が灰色だったぞアイツ。逆に凄いわ。
「そこの女子。詠唱ははっきりと喋れ。じゃないと威力は弱まるぞ。それと紙は真っ直ぐ向けろ」
「炎よ、球形とにゃりて……」
「……詠唱ははっきりとだ」
「炎よ、ききゅっ! ……ふぅ、よしっ! ほにょ……」
「わざとか? ん? わざとなのか?」
「ち、違います」
どっかで見たことあるような女子生徒にため息をつきながらも他の生徒も見ていく。
「雷よ、我が手に集いて……」
「我が手に集わせるな! 感電するから!」
「先生。僕は出来ます」
「……ちょっとやってみてくれ」
「雷よ、我が手に集いて万物を焼き尽くす刃となれ。雷刃」
その詠唱の後に納豆の糸のようなか細い電気が男子生徒の手に巻き付いた。この時点で大体察した。しかも顔がめっちゃ赤いじゃん! 結局やせ我慢かよ!
「先生。私怖い! 魔力切れ怖い!」
「なら倦怠感を感じ始めたらすぐに知らせろ。そこから先は俺が見るから」
赤髪の女子生徒にそう告げて他の生徒の様子を見る。今のところカタワしか限界まで魔力を使ってないな。あ、今カルサが終わったっぽいな。ドッサリーナもあと少しかな。
「きゃっ! 先生頭がクラクラしちゃう!」
「倦怠感か?」
「ううん! カタワ君見てクラクラしちゃっただけ!」
「お前はさっさと魔法使え! ちんたらしてると俺が魔法使うぞ!?」
「きゃー先生に私魅了魔法かけられちゃうー! 助けてー!」
「うぜぇ」
すると後ろからその女子生徒を押し退けて緑髪のショートカットの女子生徒が現れた。昨日模擬戦をしたカルサ・ミッケーニだ。彼女は足を痛めていたので一、二限は見学していた。
「下らない話は止めて、授業に集中して下さい」
「おっと、悪いな。カルサありがとう」
「な、何ですか急に……」
「いや、最初はカルサのイメージ最悪だったんだがな……」
やたら詠唱を噛む生徒、無茶な魔法を使う生徒、構ってちゃんにカタワとドッサリーナとマルケス。
「お前と数人がどれだけまともなのかわかった。これからも是非授業を受けて欲しい」
「何なんですかその弱気な態度は……貴方はそれでも講師なのですか!?」」
「まぁ臨時講師だしね。それにこの一ヶ月は実技中心でやるからこういう空気に度々なる。すまないが耐えてくれると助かる」
「……フン。私はもう終わりました。早く進めて貰えないかしらね」
カルサは鼻を鳴らした後に緑髪を翻して席に座った。実際彼女は魔法を結構な数打って息切れしていたから魔力を使ったのは事実なんだろう。若干眠そうだったし。
「さて、カルサの言い分も正しいことだし、残ってるみんなは魔力空っぽにしよっか」
「私の名前はカルサ・ミッケーニです!」
「はいはい」
カルサをあしらいながらも、目の前でボーッとしているマルケスの頭を闇魔法を纏わせた手で掴む。マルケスは女のような甲高い声で叫んだが、次第に大人しくなって最後にはその場にへたり込んだ。
「せ、先生。それは……?」
「ん? 闇魔法で魔力を吸引しただけだよ。あと十分で授業終わるし、さっさと済ませようか」
手をわきわきさせながら聞いてきた男子生徒ににじり寄っていく。男子生徒は逃げようと後ろを向いたが、後ろは俺が置いた闇の壁。逃げ場は何処にもない。
「い、嫌だ! 死にたくない!」
「いや、マルケス死んでないだろ。はい、捕まえた」
「ぎゃああぁぁあぁ……」
風船が萎むように男子生徒が地面にヘタリ込む。ピクピクしている男子生徒を見てドン引きの生徒達。
「さぁ、次はドッサリーナだよ。こっちにおいで……」
「助けてカタワ君! 助けてカタワ君!」
「きゃー! 先生に魔力吸い取られちゃう! 私吸い取られちゃう!」
「自分で魔力使っておいて良かったわ……」
そんな声を聞きながら授業が終わる頃には生徒の魔力をほとんど空にした。少し話は変わるが、魔力には一人一人に波長のようなものがある。簡単に言うと血液型のようなものだ。A型の人にB型の人の血を輸血すると拒絶反応を起こすように、魔力も他人の魔力が体内に入り込むと大体拒絶反応を起こす。
だが俺は他人の魔力を取り込んでも拒絶反応は起きない。逆も同じだ。原因は湖で魔力を得たせいなのかもしれない。そこら辺はよくわからん。
「はい、じゃあ授業を終わります。ダルイとは思うが昼飯はちゃんと食うように」
「悪魔だ……」
マルケスはそう言い残して机に突っ伏した。実は魔力回復ポーションを使って魔力を回復しても魔力最大値は上がる。でもコストが馬鹿にならないからやらないけどね。
――▽▽――
五、六限は昨日と同じで生徒と一緒に外へ魔物を狩りに行く。少し違うのはPT別に戦闘はするが、基本的には二十二人まとまって行動することだ。魔力を空っぽにしたばかりなのでもしものことがあるかもしれない。まぁゴブリンとスライムとコボルドしか出ないので俺としては緊張感が足りなく感じる。
(不死身のシュウトに緊張感なんてあるの?)
(俺を何だと思ってるんだ。あの女子殺人集団に会った時は俺もビビってたわ)
周りの五PTも大した緊張感もなく喋りながら歩いている。しかし魔力を吸い取ってまだ二時間なのでダルそうにしてる奴は多い。ちなみにPTは四人一組みで、カルサとカタワは一人で行動している。後列にいる二人にPTを組まない理由を聞いてみる。
「カタワは何でPT組まないんだ? ドッサリーナがいるだろう」
「鬱陶しい」
「何で?」
「子犬のように擦り寄ってくる。下心がない分余計鬱陶しい」
「そうか。カルサは?」
「前衛のレベルが低すぎるんです! 前にPT組んだ時は私しか前衛していなかったわ! みんな私だけに頼ってばかりでPTを組む意味がありません!」
成程な。まぁ二人共このクラスの中では浮いてるもんな。カタワは最近まで普通だったらしいがあの複合魔法を放った時から浮き始めたらしい。さっきの昼休みにドッサリーナがプリプリと怒りながら言ってた。
「まぁお前らもいつかPT組むようになるんだし、取り敢えず一ヶ月間先生とPT組もっか」
「何で私が貴方達と……」
「わかった」
「お、カタワいいね。我儘言ってるのはだーれかな? だれかなー?」
軽くふざけながらカルサに視線を向けると、彼女は恨めしげにこちらを見た後につんと目を逸らした。よし、決定だ。
(念願のPTを組めたぞ!)
(やったねシュウト! あと二十八日は一人ぼっちじゃないぞ!)
(でも俺には……剣がいるだろ?)
(…………)
(数日前まで乗ってたじゃねぇか、オイ!)
嘆いている間に草原が広がる見晴らしの良い広間に到着したので、生徒に緊急用の打ち上げ花火を渡して各次PTで魔物を狩るように伝える。とはいっても今回は俺が目視出来る範囲で戦闘を行わせるので打ち上げ花火を渡さなくても大丈夫だとは思うが。
「んじゃ俺達も戦闘しますか」
「いくら魔力がないとはいえ、ゴブリン如き私の敵じゃないわ!」
「俺もゴブリンに遅れを取るほど魔力は枯渇していない」
「ほう。じゃあカタワは混合魔法禁止な。カルサは……」
「きゃあぁぁあぁ……」
カルサの頭を後ろから掴んで魔力を吸い取ると、カルサはしなしなと地面にへたり込んだ。
「ほら、ゴブリンが三匹前方から来たぞ。カルサは前衛。俺中衛。カタワは後衛な」
「了解」
「この、講師、頭おかしいですっ!」
ボロ布を纏ったゴブリンを見据えながらカタワはポケットから紙を取り出し、カルサは立ち上がって頭を振った後にゴブリンに向かって走り出した。おー、凄い根性だなカルサ。
まず前衛のカルサがレイピアをゴブリンの目に向かって突いた。だが明らかにレイピアの速度が遅く、ゴブリンは簡単に橫に避けて汚らしい声を上げながら棍棒を振り上げた。
「天の雷よ、目の前の敵に突き刺され。雷槍」
丁度いいタイミングでカタワの放った小さい雷の矢がゴブリン三匹に刺さり、痙攣しながら動きを止めた。その隙にカルサのレイピアがゴブリンの両目を抉った。その内に俺が首を撥ねてトドメを刺す。
「カルサ、行けるか?」
「こ、答えるまでも、ない、ですね」
少し吸いすぎたかね、こりゃ。カルサは誰がどう見ても満身創痍という言葉が似合うご様子だった。少し危ないと感じたので残りのゴブリンを雷槍で焼き殺してから、こっそりカルサの魔力を戻しておく。
「悪いな。ちょっと吸いすぎたみたいだな」
「私はまだいけます!」
「そうか、わかった」
その他は大したトラブルも起きずに五、六限は終わった。それにしてもカタワとカルサはマジでレベルが違うな。他のPTはゴブリン数匹だが、カルサとカタワだけで二十匹くらい狩ってたぞ。