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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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五十四章

アグネスでインカを探していたら初老に誘われてシュウトは臨時講師になった。

自分と年の近いクラスを教えることに嫌な予感を巡らせながらも、シュウトは担当の教室へ向かった

 沈黙の職員室から出た後に少し迷いながらも階段を上がり、俺が担当の教室へと向かう。ちなみにこの校舎は二階建てで、十二歳以上を対象とした高等部だそうだ。俺の最初の担当は17B、完全に嫌な予感しかしない。


 ワックスでもかけられているのかと錯覚してしまうほどピカピカの廊下に感心しながらも、17Bと扉の上に書かれている教室の前に到着した。壁などに数多く設置されている時計を見て時刻を確認すると、八時ぴったし。まだ三十分も余裕があるが、一先ず教室に入ることにする。


 顔をあまり見られないようにフードを被ってから教室に入ると、三人くらいの生徒が何かを紙に書いていた。俺が中に入ると不思議そうな表情をし、教卓らしき所に座ると怪訝な顔をされた。何か可哀想な子と思われてそうで怖い。


 教卓の椅子に座りながら教室の内装を見渡す。机が四十席くらいあって前と後ろのスペースはかなり広い。机を少し寄せれば軽い魔法でも使えそうだ。そして俺の後ろには黒板のような物がある。しかしそれは俺が知っている黒板とはかけ離れているものだった。


 姿形は黒板だが、その画面には青いツブツブがビッシリと付いていて気持ち悪い。触ってみるとスライムのような感触がした。いや、何だコレ。



「すまない。えーっと、カタワ君」



 名簿と席順が書かれた用紙を見ながら青髪の少年に話しかけると、彼は書く手を止めてこちらに顔を向けた。



「なんでしょう」

「ここを担当していた先生が怪我をして、私が臨時講師することになった。少し初歩的な質問をしたいのだが、いいかな?」

「どうぞ」



 青髪の彼は俺に全く関心を示していないようで、ぶっきらぼうに答えながらペンを動かし始めた。まぁ教えてくれるだけマシだ、テキパキ質問してしまおう。



「まずこのクラスは全員魔法を使えるのかな?」

「おそらく」

「魔法、戦闘講師を担当するのだが、具体的にはどんな授業をしていた?」

「筋トレとか魔物と戦ったりとか。魔法は講師によって違うから知らない」



 カリカリとペンを動かしながら彼は淡々と答えていく。その態度に少し呆れ半分の目を向けながらも質問を続ける。



「この物体は何だ?」

「講師が何かを書く時に使う物。どうやって使ってるかは知らない」

「そうか。ありがとう。助かったよ」



 生徒達が次々と席を埋めていく中でスライム黒板を適当に弄ったが使用方法がわからなかったので、闇魔法で表面を厚くコーティングして光のレーザーを照射する棒を作り出して動作テストする。うん、上手くいった。これなら文字は書けるだろう。



「……何ですかコレ」

「黒板」



 気づけばほとんどの席が埋まっていて時間も間もなく八時半だ。白い文字を闇で吸収して消し去って教卓から立ち上がる。



「どうも、戦闘と魔法を教える臨時講師のシュウトと言います。一ヶ月間よろしくお願いします」



 唖然としている生徒達は何も喋らない。シーンとした空気が教室に響き渡る。



「……さ、出席確認するよー。名前を呼ばれたら返事するようにー」

「せ、先生! 何ですかコレは!」

「はい、質問は後にして下さいねー。詳しいことは出席確認してから話すからなー」



 金髪で奇抜なデザインの眼鏡をかけた生徒を着席させてまずは出席を取る。途中遅れて入ってくる生徒を軽く注意しながらも出席確認は無事終わった。



「はい。もう一度言いますが、私は臨時講師のシュウトと言います。何か質問がある人は手を上げて下さいね」


 さっきの奇抜眼鏡君としっかりとしてそうな目付きの少女が手を上げた。まずは少女の方を指名すると彼女は席を立った。



「貴方はそれほど強そうに思えません。本当に貴方が臨時講師なのですか?」



 いきなりその場の空気を凍らせることを言いのけた彼女は俺の返事を待たずに静かに腰を下ろした。おう、いきなり不幸補正かよ。だが周りの生徒はあまり不思議そうな顔をしていないから、もしかしたら本心なのか?



「そうですね。でしたら一限目は私と彼女の模擬戦としましょう。それで私の実力を把握して下さい。ではそこの君。質問をどうぞ」



 適当な言葉を返しながら眼鏡君に質問を勧めると、彼は興奮するように席から立ちあがった。勢いが良すぎて椅子が倒れてしまうほどだ。



「先生! これは闇魔法と光魔法ですか!?」

「そうですよ」



 そう答えると教室が少しざわついた。それを鎮めた後に目線で次の質問を促すと彼は運動後の犬みたいにハッハッと息を荒らげていた。どうやらここで魔術を習っている奴らは犬っぽいのかもしれない。いずれワンダフルとか言い出すんじゃないか?



「それに詠唱も媒体も無かったですよね!?」

「えぇ。媒体破棄と詠唱破棄ですね。媒体破棄は教えられませんが、詠唱破棄は教えるつもりですよ」



 その言葉を聞いて何だか嬉しそうにガッツポーズをしている彼を放っておいて他に質問が無いか生徒を見回してみたが、他に質問は無いようだ。教卓に手をつけながら模擬戦は何処でやればいいか考える。



「模擬戦は何処でやろうか? 外でいいのかな?」

「貴方は魔術師のようなので戦闘場でよろしいかと」

「わかった。それじゃあ皆準備したらそこに向かってくれ」



 早速異次元袋から細剣を取り出している彼女に呆れながらも外に出るように指示を出す。大体の生徒が外に出ていく中、青髪の少年がこちらに近づいてきて、いきなり耳元で囁いた。



「彼女は剣豪の名家の長女。貴方の魔法の腕は確かだろうけど、使う前に潰されるよ」

「そんな信用されないと逆に清々しいな、オイ。君にはこの剣が見えないの?」

「俺と歳が変わらなそうだし、剣の腕は彼女に劣る」

「カタワ君達より一つ年上だがな!」

「……忠告した俺が馬鹿だった」



 カタワ君は若干呆れながらも荷物を持って外に向かっていった。臨時講師は世知辛いね、と感傷的になりながら職員室に向かい、学園全体の地図を貰って戦闘場へ向かった。




 ――▽▽――



 太陽の刺すような光を手で遮りながらも、やっと戦闘場に到着した。徒歩十分ってどういうことだよ。まだ敷地はあるようだし、とんでもなく土地が広いなココ。


 ドームの天井が無くなったような見かけの建物の入口を潜ると、乾いた土が敷かれている地面。それを囲うように高さ五メートルくらいの石堀があり、その上には観客席まで付いている。戦闘場というよりはコロシアムに近いだろコレ。


 そして細長いレイピアを片手に持って戦闘場の中心に立っている彼女。名前は……カルサ・ミッケーニ、だっけか。剣の名家生まれらしい彼女は確かに他の女子生徒に比べると筋肉が付いているが、その体型はとてもしなやかで美しさを保っている。身体強化の魔法はあると思っといた方がいいかな。


 周りの観客席には生徒の他にポツリポツリと講師らしき人が居る。その中に元帥がいるのを見つけたのでじっと睨みつけると、素知らぬ顔で知らんぷりされた。うぜぇ。



「薬士の講師が怪我の面倒を見てくれるそうです」

「あ、真剣でやる気満々なんだ。いや、別にいいけれども。んじゃ、始めますか」



 太陽を背にしているカルサは静かにレイピアを上に掲げた。何かの儀式でもしてるのかと思いながらも身体を風で浮かせると、観客席から驚きの声が上がった。


 そんな難易度高くないよなコレ? 驚かれたことに若干ビビりながらも逆光の位置取りを避けるべく、踵から強風を吹き出させて一気に彼女へ近づく。


 そのままカルサの腹を蹴り飛ばそうとしたが、簡単に横に避けられて脇腹をレイピアで突かれた。取り敢えずリザードマンよりは上か、と算段を付けながらも彼女から距離を離す。



「……布のようなのに随分と丈夫ですね」



 カルサは穴の開かなかったローブに眉を潜めながらも、レイピアを強く握りながらこちらへ駆けてきた。もうすぐ剣の間合いというところで、彼女のスピードが格段に上がった。緩急のある動きには感心したが少し身体強化魔法が甘いな。俺が偉そうに言えることでは無いんだけどね!


 腹に向けられたレイピアの突きを手の甲で弾き、今度こそお腹に蹴りを入れてカルサを三十メートルほど遠くへ吹っ飛ばす。観客から見ると凄い光景だが、ただ単に蹴り飛ばした後に強烈な風で浮かせているだけだ。


 カルサは崩れた体型を整えながらも八メートルくらいの高さから少しよろけながら着地した。彼女はまだ魔法に関しては拙いようだな。着地を少しミスって足を痛めている。


 踵から風と炎を噴き出しながら遠くで足を抑えている彼女へ近づき、その間にレイピアへ向かって指先から水のレーザーを射出する。それは細いレイピアへ見事に直撃して、そのレイピアは砕け散った。


 ゴミ箱にゴミがピッタリ入ったような爽快感に酔いしれながらも、したり顔で空中に光の足場を作ってふんわりと風で浮きながら優雅にカルサへ近寄る。すると彼女は何と砕けたレイピアをこちらへ投げつけてきた。自棄糞なのかと思いながらそれを受け止めたが、彼女の手には新たなレイピアが握られていた。


 黄金と銀色のレイピアが一本づつ彼女の両手に握られている。レイピアの二刀流なんて聞いたことがないぞ、オイ。


 良く見ると互いに長さが違うようだ。少し警戒しながら近づこうとすると、剣がいきなり頭に念話を送ってきた。



(何で体術ばかりなのさ! もっと僕を使ってよ!)

(いや、模擬戦だからコレ)

(切れ味を無くすくらい出来るよ! さぁ僕を出して!)



 やけに張り切っているので仕方なく剣を抜くと、カルサは姿勢を低くしながら突撃してきた。その動向に目を凝らしながらも剣を片手で構える。


 するとカルサは素早い動きで俺の剣を二つのレイピアで挟み、手首をしなやかに回転させた。すると驚くことに俺の手から剣がすんなりと離れ、上に巻き上げられてしまった。


 丸腰の俺にカルサは恐ろしいほどの無表情で短い方のレイピアを顔に突き出した。完全に目を狙っている。模擬戦だぞコレ!


 一つ舌打ちをしながら右手に展開した光の壁でそれを防ぎ、一旦距離を取る。未だ空中に巻き上げられている剣は、回転しながら水を撒き散らしていた。あのまま地面に落とそうものなら本気で雷を落とされそうなので、クッション代わりに水のカプセルを地面に作っておく。



「やるな」

「貴方こそ。まさか武器を破壊されるとは思いませんでした。この剣を抜くことになるとは……」

「う、うん。なら奥の手はもう無しか。安心して戦えるな」

「丸腰、なのにですかっ!」



 カルサは声を張り上げながら銀色のレイピアを右胸辺りに突き刺そうとしてきた。半歩軸をずらして避けるとお次は金色のレイピアが顔面に襲いかかってくる。手の甲でレイピアの刀身を弾いてそれを防ぐが、間髪入れずに銀色のレイピアが顔面に向かってくる。


 素早く動き回りながらも俺に反撃させないよう二突の連撃を加えてくるカルサ。しかも今度は急所を的確に攻めてきている。


 その技能と戦闘スタイルは凄いと思うが、些か俺を舐めていると思っていいのだろうか。このスピードにはもう自然に目が追いつくようになってきたし、少し余裕すら出来始めていた。


 それに媒体破棄というネタをバラしているにも関わらずこの連撃……俺が雷魔法を身体に張ったら即効で御陀仏だぞ。まぁつまらない勝ち方をしても文句を言われるだけだろうし、勝敗の分かりやすい勝利で幕を閉じたい。何かあるかなと考えながら剣戟を避けていく。


 取り敢えず防戦一方の状況を打開するために片足を踏み鳴らすと、カルサの足場がいきなり盛り上がり始める。彼女は高さが低い内にそこから飛び出し、地面を転がって体制を立て直した。


 その間に両指から伸縮自在の闇の触手を十本創造し、彼女の身体を拘束するように操る。彼女はレイピアで弾こうとせずに素早い足捌きでそれを避け続けた。ついでに剣を黒の触手で釣り上げるようにクッションから引き上げて手元に引き寄せる。


 鞭をしならせるように両手を動かしてカルサを捕縛しようとするが、彼女は水中を泳ぐ人魚のようにぬるぬると動いてそれを避け続ける。埒があかないので黒い触手を指から引き離して両手から無数の小さい光の球を連射すると、カルサは驚くことにレイピアで光の球を弾き飛ばしていた。恐るべき動体視力だな。魔法がもう少し上手くなったら俺より強くなるんじゃないか?


 予想以上に持ちこたえているので光の球を発射するのを止めて、異次元袋から一つの黒い玉を取り出して上に放り投げる。カルサの視線が一瞬それを察知した途端に俺は風で滑るように走り出し、炎球をその黒い玉へ当てる。


 するとその玉は爆発して綺麗な青い炎を巻き上げ、鳥の姿になってカルサに向かっていった。彼女がそれを横に飛んで避けた先には、当然俺が待ち伏せしている。


 黒い剣で二つのレイピアを技術の欠片もないゴリ押しで上に弾き飛ばし、彼女の肩を蹴り飛ばす。尻餅を付きながらも起き上がろうとする彼女の首に剣をそっと当てる。


 弾き飛ばされたレイピアが悲鳴を上げるように音を立てて地面を滑り、辺りが静寂に包まれた。



「終わり、だな」



 少しのの後に俺がそう言うとカルサは視線を伏せた。ホッと息をつきながらも剣を引いて弾き飛ばしたレイピアを取って渡す。



「剣の腕なら勝ってました」

「剣の名家の娘なら、自分の敗北は素直に認めろよ」

「もう一回やりましょう! 次は手加減しませんから!」

「途中で急所を狙いまくってきたのは何処のどいつだ。お前は負けて、俺が勝った。さっさと足の手当をして貰って寝てろ」



 カルサの足を軽く蹴ると彼女は痛みを堪えきれなかったのか軽い悲鳴を上げた。戦闘中は痛がっている素振りを見せていなかったので大したことないと思っていたが、案外重傷らしい。



「薬士さんはいらっしゃいますかー?」



 観客席に呼びかけると白い帽子を白衣をきた叔父さん二人が出てきて、カルサの元へ向かっていった。時計を見るとそろそろ一限目が終わる頃だった

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