五十三章
アグネスの近くで弱っている学生を助け、戦い方を指南しながらアグネスへ到着したシュウト。
面倒な検問を潜ってやたらペコペコしてくる初老を退けてシュウトは宿屋へ向かい、部屋でぐっすりと睡眠を取った
宿屋で四時間くらい寝たら頭がすっきりしたので取り敢えずインカを探しに行く。確かここは軍隊を育成する学校と商人を育成する学校があり、インカは軍隊養成学校に入学したはずだ。
本音を言えば商人の学校に行って欲しかったが、俺にそこまで言う権利は無い。女将に残り物の野菜炒めと辛味の効いた肉を貰い、人気の少ない食堂で皿に盛られたそれを食べながらインカのことを考える。
まぁ上手くやってるだろ。多分。別にお金には困ってないだろうし、日本と違ってこの世界は孤児が多い。寂しい思いはしているだろうが……というか俺が今更行っても意味無い気がしてきたわ。
(もう知らんぷりしちゃえば?)
(流石にそれはねぇよ……。面倒見るって言ったし、せめて自分でお金稼げるまでには育てるよ)
(シュウトって頭おかしいよね。他人なのに何でそこまで――)
(俺の世界は親が居て当たり前、とは言えないが大体は居るんだよ。その世界に居た俺が面倒見るって言ったんだから、そんくらいはしないとな)
(そう言うんだったら何ですぐに追いかけなかったの?)
空の皿をフォークが叩いて虚しい音がすぎる。いつの間にか食べ終わった野菜炒めに驚きながらも、辛味の風味が漂う肉にフォークを突き刺す。
(……まぁどういうルートで向かったのかわからなかったしな。これ食い終わったら軍隊養成学校に向かうとしますかね)
(ふーん。まぁシュウトが気持ち悪いことはもうわかってるしね)
(うん。お前何なの? 叩き折るぞ?)
(やってみろー。どうせ出来ないくせにー)
肉を食べ終わってから水を一杯飲み干し、空の食器を女将に渡す。代金を渡そうとしたが断られたので、わざわざ肉を焼いてくれたシェフらしき人にお辞儀をして宿屋を出た。
夕日が傾き始めてオレンジ色に染まっている街道を見渡す。通行人は殆どが少年少女で中にはインカと同じくらいの子供も居る。その中の半分は藍色の制服を来ている。
店番をしている人も俺と歳が変わらなさそうな少年で、一生懸命声かけを行なっている。それに今までの街は少なからず荒れている人物を見かけたが、ここではまだ見かけていない。教育がいいのかね。
歩きながらアグネスの様子を見ていると、剣と槍が交差しているモニュメントが目印の軍隊養成学校が見えてきた。その周りは四メートルくらいの白壁で覆われていて、人一人入れそうな門の前に槍を構えた門番が立っている。うーん。どうやって入ればいいのか。やっぱり手続きとか必要なのかな?
最悪門の見える場所で待機してインカを待とうとも思ったが、門番のいない場所で風の力を使って中の様子を見たところ、寮らしきものがいくつも見えた。だから門の前で待つのは得策じゃない。
素直に門番に聞けばいいのに何故かそのまま悩みに悩んでいると、後ろから肩を叩かれた。あ、門番に不審者と間違えられたか? いや、でも上手くいけば中に入れるぞ。
変な考えに囚われたまま叩かれた方へ振り返ると、アグネスの門でやけに褒めちぎってきた初老が立っていた。
「壁の前で何をしているのですか? 旅人殿」
「ん、確か貴方は門であった……先生ですか?」
「そうですよ。もう年も半ばを超えた爺さんですが、戦術に関することを子供達に教えています」
自分のことを爺さんと自虐してる割に姿勢は俺よりも正しくビシッとして、白髪の混じった頭もハゲ散らかしたりはせずに整っている。
「あのー、もしかして貴方はこの軍隊養成学校の教師ですか?」
「えぇ。そうですよ」
「じゃあ少し聞きたいことがあるんですけど……」
インカのことについて大まかに話すと彼は少し眉間にシワを寄せながらも、こちらを見定めるような目付きで探りながら口を開いた。
「インカさん。確かにいますね。シロエアからいきなり入学させて欲しいと頼み込んできた」
「……そうですか。少し会いたいんですけど、どうすればいいんですかね?」
「そうだね。ところで話は変わるんだが、私は戦術を子供達に教えている」
「さっき言ってましたね」
何だか嫌な予感がしてきたので初老の言葉に耳を傾けながらも、頭の中では何を言われてもいいように警戒しておく。シロさんのことを呼び捨ててる時点で多少地位は高いことがわかってるし。
「だが私が魔物と戦ったのはもう五年も前になる。そこで私は新しい風を生徒に吹き込みたいと思っている」
「はぁ」
「そして私は副講師を雇うことが出来る。普通は周りの講師から副講師を選ぶのだが、新しい講師を勧誘することも許可されていてね」
「……言いたいことはわかりました。俺は大人しく門番さんと話をつけてきます」
「ふむ、だがそれだと君の犯罪履歴や素性などを調べなければならない。ここから所在地が遠ければ一ヶ月はかかるよ」
彼は愛想の良さげな笑顔を向けながらえげつない事を言ってきた。一ヶ月は長いよ……。そもそも犯罪履歴とかってわかるのか? それなら門でやってるだろうし……。
「でも新しく講師を雇うにしても犯罪履歴を調べるでしょう?」
「私はこれでも古参でね。まぁ犯罪するような奴が学生四人を助けて指導しながらここに来るとも思えないし、私のコネで犯罪履歴の調査の過程は飛ばせるよ?」
「コネって言っちゃったよこの人!?」
「立場は有効に使わなければ意味がないのだよ、わかるかね?」
やけにしたり顔の初老に呆れながらもどっちがいいのか考える。さっき言っていた犯罪履歴等は彼の嘘である可能性が高そうだ。あるとしてもその犯罪履歴等を調べるのは門で行うに決まっている。
しかし絶対に嘘と断言できるわけではない。もし本当だったら一ヶ月ここに待機しなければならない。しかもその間収入はゼロ。お金に余裕はあるが無駄遣いする理由もない。
「そもそも、何で俺を講師に誘ったんですか? 今時珍しい旅人ですよ?」
「君は謙遜が好きだね。媒体破棄なんて荒業を出来るのは黒の旅人くらいしか私は知らないよ。そして今時珍しい旅人がサンドラを拠点に活動してスコーピオン騒動に貢献し、最近は行動範囲を広げてミジュカでランクを更新したそうじゃないか。そんな彼は講師をやる資質があると思わないか?」
ベラベラと自分の経歴を喋り上げられて不愉快だったので静かに眉を潜めると、初老は空気を変えるようにコホンと咳払いをしてゆっくり語り始めた。
「私は生徒達に新たな世界を見てもらいたい。君はインカさんに会いたい。お互いに不利益はないはずだよ? ハッハッハッ」
「……胡散臭いな、オイ。言っておくが媒体破棄はセンスの問題だから教えるのは無理だ。俺が教えられるのは魔法と多少の戦闘だけだし、教え方も上手いわけじゃない。それと期間は一ヶ月。この条件以外だったらお断りする」
「充分すぎるね。では明日これを持ってまた来てくれ」
初老に何か書かれた紙を手渡され、彼は去っていった。その紙にはガル元帥と記された判子のような物が押されている。元帥って偉い……よな? あまり聞き慣れていない単語だからよくわからないが、まぁ偉い人だろう。
(胡散臭い爺さんだったね)
(あぁ。というか俺の情報ダダ漏れだな。案外注目されてるってことか?)
(でも、シュウトが教師か。不幸補生が楽しみだねっ!)
(……あー、クソ。ここに来てからトラブルが全くないから完全に抜けてたわ。そういうことは先に言ってくれ)
(楽しみだねっ)
ピカピカと懐中電灯のように点滅しながら人の不幸を笑う剣をよそに、日が落ちていく風景と学生達を見ながら俺は帰路を歩いた。
――▽▽――
「お話は元帥から伺っております。こちらへどうぞ。……おーい! 俺の代わりに番を頼むぞ!」
翌日。早朝から街を出て魔物を狩った後に俺は改めて軍隊養成学校に赴いた。門番に紙を見せるとその門番は俺を案内しようと先導した。
中に入ると辺りは芝生で覆われていて、寝っ転がったら気持ちよさそうだなと思った。現に小さい子供が寝っ転がっている姿がチラホラと見える。息を切らしているから訓練でもしていたのだろうか?
プレハブのような四角い建物が複数並んでいる場所を過ぎると、馬鹿デカい時計と建物が見えてきた。どうやらあれが目的地のようだ。木製のプレハブと違って真っ白な石で出来ていて、その周りには丸っこくて青い物体が浮遊している。
その丸っこい物体はどうやら監視カメラみたいなものらしい。大きさはバスケットボールくらいで、見た目は完全に眼球そっくりだ。俺を怪しいと思ってるのか執拗に俺の周りを飛び回っている。夜にはあまり来たくないな。
その建物に入ってロッカーが陣列している場所を通り、真っ白な廊下を少し進むと門番は扉の前で立ち止まった。
「こちらが元帥の部屋になります。では私はこれにて」
「ご苦労様です」
門番は礼をした後に規則正しく右回りに反転して帰っていった。何か高級感漂う木製のドアをノックし、返事の後に中へ入る。ちなみに丸っこい眼球は今もなお付いてきている。潰してやろうかと睨みを効かせると俺の周りをグルグルと回り始めた。完全に舐められている。
「おはよう。おや、随分と周り賑やかだね」
部屋に入ると元帥が横に広い机に肘をつきながら楽しげに笑っていた。部屋には結構珍しそうな魔道具が色々と置いてある。
「おはようございます。それと何ですかコレ。さっきからかなり鬱陶しいんですけど」
「ただの監視魔法だよ。ちなみに操っているのは私だ」
見た限りでは水魔法っぽくて魔道具なんかも使ってなさそうだったので、炎の球をぶつけて相殺させる。室内で火遊びは危ないが一年近くも使えば、もうライターを扱うのと変わらないものだ。
「やはり君は詠唱破棄も出来るのか。君と黒の旅人がいれば次の亜人戦争は快勝だろうな」
「……そりゃどうも。それで俺は何をすればいいんですかね」
「うむ。君の授業のコマ数はこちらに記してある。その時間の一時間前には隣にある職員室に待機するように」
元帥から用紙を受け取って見通す。この学校の授業は一限から六限まであり、週に六日学校がある。授業が終わったら各自外に出て魔物との戦闘や、模擬戦などをするらしい。
「……臨時講師にしてはコマ数が多いと思うんですけど。周りの講師は大丈夫なんですか?」
「二人が魔物に怪我を負わされてしまったから大丈夫だよ」
「ってことはこのコマ数二人分かよ!」
「一人は魔法講師でもう一人は戦闘講師だ。君には馬車馬のように働いて貰うよ!」
「……まぁそれはいいとして、俺は一人で授業をするんですか?」
元帥はさも当然のように首を縦に振った。副講師と言う言葉は何処にいったのだろうか? 憎たらしい笑顔に頬が引き攣るのを感じながらも用紙の裏面を見て俺の担当のクラスを確認する。
「俺が教えるクラスは……14Cと17Bか。ここって生徒の年齢いくつぐらいなんですか?」
「数の通りだよ?」
「だと思ったよ! 絶対イチャモンつける生徒が出るぞコレ!」
「それも何とかするのが講師の仕事だよ? さぁ、一限目の一時間前だ! 職員室に行きたまえ!」
担当のクラスの名簿とインカのクラスと詳細が書かれた書類を受け取って追われるように職員室に向かった。ノックした後に室内に入ると講師らしき人達の視線が刺さってくる。
「あ、一ヶ月臨時で講師をさせて頂きます、シュウトカマヤです。短い間ですがよろしくお願い致します」
何であんな子供が、なんて声がチラホラと聞こえてくる。この反応は予想できたので戸惑うこともなく自分の名前が書かれた木製の椅子に座る。
でも周りが皆違う服装で助かった。皆スーツで俺だけローブとかだったらどうしようかと地味に悩んでいたし。
椅子に座って少し待ったが誰も話しかけてくる気配が無かったので、クラスの名簿を適当に流し読みして時間を潰した。