五十二章
ゲレスを介抱して街を出ようとした際に、謎の女に足止めを食らう。
茶番を披露して彼女が荒瀬を慕っていること知り、地味に意気投合しながらも別れ、アグネスの道を走り出した
何ども俺を追いかけてくるうざったい盗賊を振り切り、小石などで固められた道をゆっくりと走る。二日近くバイクで走っている間に盗賊に襲われている商人隊を二回助け、奴隷商人も一回助けた。絶対盗賊に顔を覚えられたなコレ。まぁ生き残った商人に顔を覚えられるよりはいいだろうけど。
助けた奴隷商人が奴隷を上げるなんて言ってきたが、丁重にお断りした。元の世界に帰った後のことを考えると怖くて奴隷なんて持てない。日本に帰ったはいいものの犯罪犯すなんてことにはなりたくないしな。
そこから五時間ほど走ると砂岡などは消えて代わりに草原を良く見るようになった。盗賊なども見かけなくなったが、代わりに魔物が腐るほど見える。見える魔物は緑色のスライムとか、豚が眉間にシワを寄せたような顔のゴブリンとか、俺でも知ってるポピュラーな魔物が多い。
そしてその魔物と剣などで戦っている青年や少女がちらほらと見える。服装がやけに制服っぽいところを見るに、もうそろそろアグネスに着くはずだ。二日野宿でほぼ寝てないから早く宿屋でぐっすりと休みたいなぁ。
石道をバイクで走りながら欠伸を噛み殺してそんな戦闘光景を眺めていると、七匹のゴブリンに苦戦しているPTを遠くに見つけた。
そのPTは男女が二人ずつで構成されたPTで男二人は槍と大剣で前衛、女一人が片手剣に小盾の中衛、もう一人は魔法を使えるらしい後衛のようだ。防具は着ておらず藍色の制服らしきものを着ている。ゴブリンの強さは俺が知ってる限りでは弱い。防具が無いとはいえこの構成なら難なく倒せると思うんだが……。
まだ駆け出しなのかと思いながら見ていると子供のような身長のゴブリンの中に、成人男性くらいの奴が二匹いた。あれは……何だろう。ゴブリンの上位互換みたいな奴か?
後衛の少女は魔方陣の描かれた紙を持って応戦してるが、まだ魔法に慣れていないのか詠唱しても小さい炎しか出ていない。そもそもこんな草原で炎魔法を選ぶのもおかしいしな。雷を使おうぜ。俺はそれで気絶したけどな!
青年二人と少女一人の方もただのゴブリンの攻撃はちゃんと受けれているが、大きい奴の攻撃には盾を弾かれてしまっているし、大剣の方は刀身で受けながら後ずさっている。いつ崩壊してもおかしくない状況だが幸い魔物の武器は全て木製だし、余程痛めつけられない限り死にはしないだろう。
草原はバイクでは少し走りにくかったのでバイクごと浮遊しながら近づいて様子を見ていると、前衛の男が棍棒を持った大きいゴブリンに腹を橫から殴られて数メートルほど吹っ飛ばされた。頭を地面に打ってよろけている男に片手剣の女がその男に急いで駆け寄る。そしてその少女が相手をしていたゴブリン二匹が前衛の男へ駆け寄った。
前衛の男は二匹のゴブリンの攻撃をしゃがみながら大きい盾を構えて耐えていたが、後ろからゴブリンに頭を叩かれて崩れ落ちた。前衛が瞬く間に崩壊した。
少女の一人は腰でも抜けたのかその場に座り込んでしまった。残りは片手剣をもった彼女だけだがもう詰みだろうな。まぁ彼女が吹っ飛んだ男に駆け寄ったせいで前線が崩壊したわけだしなぁ。でも攻撃を捌ききれなかった前衛も悪いし、目の前の敵を放って味方に駆け寄る彼女も悪いし、詠唱もまともに出来ない少女も悪い。
(シュウトはずっと一人だもんねー。抗弁するのは一人ぼっちを卒業してからにしようねー)
(剣がいるだろ)
(……むふー。わかればよろしい)
剣は本気で照れているようで証拠に腰にかけてある刀身が熱を帯びていた。ちなみに悲しがると水を流す。本当に勘弁してほしい。
片手剣の少女が棍棒で殴られたことを確認しながらバイクの先端に光の壁を作り、バイクの後ろに強風を球状に圧縮させる。そしてその圧縮を解除し、棍棒を振り上げて追撃しようとするゴブリンに向かって思いっきり突撃した。軽い衝撃の後に綺麗に草原をすっ飛んでいったゴブリンを一瞥しながらも、バイクに乗ったまま布を払って剣を取る。
ゴブリンは突然の乱入に驚いたようだがすぐに汚らしい声を上げながら襲ってきた。バイクを浮かしながら戦うのは久々だが何とかなるだろう。
バイクに取り付こうと飛びかかってくるゴブリンは車体を回転させて弾き飛ばし、動かないゴブリンは光の障壁を張ったバイクで突撃して戦列を乱させる。そして固まっている大きいゴブリンに向かってバイクを走らせて、剣でゴブリンの首を刈り取る。首と別れた胴体は不気味な青の血を噴き出しながら草原に倒れた。
二匹目も同じように刈ろうとしたが剣をしゃがんで避けられたので、車体を横にしてそのゴブリンを後輪で轢き飛ばす。そして倒れた所にウイリーで近づき前輪でゴブリンの顔を踏み潰した。前輪を上げるとゴブリンの頭蓋が陥没していた、にも関わらずまだ生きていたので申し訳なく思いながらも剣で首を切り落としてトドメを刺す。
大きいゴブリンが殺されたことに危うさを感じたのか周りのゴブリン達は各自逃げ始めた。別にゴブリン退治の依頼ではないのでそのまま逃がし、少年少女の方へ目を向ける。
すると彼らに恐怖の篭った目で見られていたので、一先ずバイクから降りて笑顔で声をかける。
「大丈夫?」
「あ、は、はい。有難うございます。大丈夫です」
「えっと、君達はアグネスの学生さんかな?」
「はい。助かりました先生。何か凄いですねソレ。俺見たことありません」
頭を抑えながら受け答えしてくれる青年と話しながらも、棍棒を腹に受けた少年の様子を見る。つーか先生じゃねーよ? まぁ別にどうでもいいけどさ。
「君、ぐったりしてるけど大丈夫?」
「……大丈夫、です」
「うん。まぁお腹だったし大したことは無いと思うけど、苦しそうだし運んであげな。というか君達四人で帰れる?」
「出来れば先生に寮まで着いてきてもらえると有難いです。まさかオークが二匹も出るとは思わなくて……」
「あぁ。それじゃあ付いていこう。ちなみに俺は先生じゃなくてただの旅人な」
門でややこしいことになりそうだったので早めに訂正しておく。アグネスの門番チェックは厳しいからな。前回来た時は初めてということもあってか一時間近く待たされたし。
取り敢えず五人で草原を歩きだしたがすぐに青年が一人倒れたので、バイクに乗せて休ませておく。人一人乗せたバイクを押すのは凄いと褒められたが、多分この青年が軽いだけだ。
そんな所に今度は赤ちゃんくらいの大きさの芋虫が現れた。回り道しようと思ったが面倒だったので魔法を使える少女に芋虫を焼却するように頼む。
「炎よ! 球形となって焼き尽くせ炎球!」
魔方陣が描かれた紙から申し訳なさそうに炎がちょろっと出た。チャッカマンの方が火力あるぞ、オイ。
「いや、詠唱するの急ぎすぎだろ君。確か炎球の詠唱は、炎よ、球形と成りて我が手に集え、だろう? まぁ詠唱をアレンジしても出来ることには出来るけど、最初は例に従っとけよ」
「はい! 炎よ! 球形とにゃりて……行け! 炎球!」
最初より詠唱が滅茶苦茶だが何とか成功したようで、炎球が紙の魔方陣から生成されて芋虫へ飛んでいく。見事に着弾したものの魔力が低かったのか芋虫は燃えなかった。
「炎よ、炎球と成りて我が手に集え、炎球。聖なる水よ、我に恵みの雨を与えたまえ、水雨」
わざわざ詠唱して炎球を創造して芋虫にぶん投げ、草原が燃えないように上から雨を降らせておく。すると少女がやけにオーバーリアクションで鼻息を荒らげていた。何やってるんだこの人。詠唱破棄してないよな?
「旅人さん、媒体無しで魔法を打てるんですか!?」
「……あぁ。頭の中に魔方陣浮かべれば出来るよ」
「凄い! 媒体破棄って詠唱破棄より難しいんですよね!?」
「慣れれば簡単だよ」
適当なことを言いながら興奮して詰め寄ってくる少女を落ち着かせる。そもそも俺は頭の中に創造すれば何故か魔法使えるからな。こうなった時のために多少魔法のことを神本で勉強しといて良かったわ。
にしても媒体破棄か。あの真っ黒な女の子も使ってなかったから忘れてたわ。凄い凄いと言いながら犬のように擦り寄ってくる彼女を片手剣の少女に預けようとしたら、そいつも鼻息を荒らげていた。どんだけだよ。
青年に目を向けると苦笑いしていた。そんな中で俺を助けてくれたのは少し深い草むらから飛び出してきたゴブリンだった。わざわざ一匹で飛び出してきたのを見るに、はぐれゴブリンっぽいな。そのせいか青年と同じくらいの体格だ。
「炎よ!」
「おい。草原ですら炎は危ないのに草むらに放つ気か? 少しは考えろ。よし青年。出番だ」
「あ、はい」
これが相手なら訓練がてらにいいと思い青年に相手をするように推すと、背中の盾と槍を両手に彼が前に出た。少女はしょんぼりした顔をしていたが特に慰めはしない。別にもう会うとは思わないしな。だったら厳しいこと言っといた方がいいだろうし。
青年は盾を構えたままジリジリとゴブリンに近づいている。ゴブリンは安易に飛びかかって棍棒で打撃を与えようとしたが、青年は盾でしっかりと受け止めてその隙に右手の槍でゴブリンの胴体を突いた。
だがその槍はあまり力が感じられずゴブリンの胴体を浅く突き刺しただけだった。ゴブリンはゲラゲラと騒ぎながら青年を攪乱させようと素早く動き始める。
群れから離れていることだけあってそのゴブリンの動きは青年の集中を乱す程度には早かった。そして青年は最後には慌てて目線を泳がせ、その隙にゴブリンが棍棒で青年の槍を叩き落とした。
「下がってこい、交代だ。武器も持ってこいよ」
バイクをその場に止めてゴブリンに小石を投げて注意を逸らす。そして逃げ帰ってきた青年から槍と盾を貸して貰って前に躍り出る。
「ゲギャ!」
顔を半分くらい覗かせながら盾を構えると、また惑わそうとしてるのか軽快なステップを踏み出したゴブリン。普通に遅く見えるので盾の構えを解いて槍を一気に突き出す。
胴体からは外してしまったが槍はゴブリンの右腕を捉えた。痛みに喚いているゴブリンと一気に間合いを詰めて盾で突き飛ばし、ゴブリンを転ばした後頭に槍を突き刺す。槍はあんま使ったことないが、こんなもんだろ。
「素早い敵を槍で相手するのは厳しいかもしれないが、時には相手をしなきゃいけないんだ。盾を構えてじっと隙を伺うのもいいが、思い切って槍を突き出した方がいい時もあるぞ。槍は相手にプレッシャーを与えないとただの亀になっちゃうからな」
「はい。有難うございます! 勉強になりました」
(ふん。槍なんてただじっとしてるだけじゃん。僕みたいにスマートに)
(はいはい)
(ムキーッ!! 何したり顔になってるの!?)
怒る剣を宥めながらも青年に盾と槍を返してゴブリンの死体を草むらに投げ入れておく。というか何でこんなことしてるんだろう俺。
「あー疲れた」
かなりの頻度で出てくる魔物を倒しながら進むと十字架が描かれた門が見えてきた。一回来たし今度は早く通してくれるかな、と淡い期待を寄せながらも門の前で鎧を着た門番に話しかける。彼らはカードを見せたらすんなりと通されていた。いいなぁ。
「どうも。受付はあちらで大丈夫ですか?」
「はい。しかしその前にここで身体チェックを行います。魔法袋などは受付で確認しますのでそちらへ提出します」
服ごしに身体をぺたぺたと触られた後に異次元袋を受付に提出し、旅人の証も渡しておく。今回は十五分ほどで終わった。少しホッとしながら十字架の門を潜ると健気に彼らは待ってくれていた。そして見知らぬ初老が一人そこに混じっていた。
素知らぬ顔で通り過ぎようとすると慌てて引き止められた。もういいよー。面倒くさい臭いがするもん。しかも二日は野宿で寝た気がしないから早くベッドで寝たいのに。
「一体何のご用でしょうか?」
「今日は私の生徒を助けていただいて有難うございました」
「大袈裟ですよ。単なるお節介です」
「いえいえ、彼らは制限エリアをうっかり出てしまったらしく、オークに襲われて死の危機を感じたと言っておりました」
「はぁ」
「大変助かりました。私も重ね重ねお礼申し上げます」
何だかペコペコと謝っている初老の男。何だ? 俺がお礼をせがむとでも思ってんのかこの人? こっちは眠いんだよ。ベッドが俺を呼んでいるんですよ。
「それにご指導もして貰ったとか」
「はぁ、もう眠たいんで帰っていいですか。二日寝てないんですよ。別にお礼とかせがむつもりも一切無いんで自分はもう帰ります。では」
言った後で失礼なこと言ったなと後悔したが、眠気には勝てなかった。宿屋が俺を呼んでるぜ!