五十一章
修斗はギルドで謎の女組織の内二人を戦闘不能にし、その後ゲレスを窮地から救って宿へ向かった。
「あ、どうもでした」
色々と話してくれた宿屋のおっちゃんに頭を下げて自分の部屋に戻る。昼から夜まで主人の話しを聞いて亜人戦争の空気はある程度わかった。おっちゃんは億足も入っていると言っていたが、身体にいくつもの傷跡があって年配だったので億足でも無さそうだ。
まず戦争が始まる前にどちらかが必ず宣戦布告をする。戦が起きそうな場所から民間人は避難し、宣戦布告から一週間後に戦争は始まるらしい。過去に民間人が大量殺戮されたことを互いに学んでこうなったんだとか。なら戦争を止めろよと言いたい。
それで戦争地域は国境の白壁の近い場所が大体で、たまに海からも攻めてくるらしい。人間は魔導船で、亜人は魚人が海を渡って海兵戦になるとのこと。
各々の戦い方について、亜人は自らの身体の能力――驚異の身体能力や口からのブレスなどを活かして戦い、人間は主に魔法を使える貴族が活躍して騎士はその壁役といったところらしい。前回の戦争は海から攻めてきた数多くの魚人に裏を取られて前線の補給路を絶たれ、前線が崩壊して負けそうになったそうだ。
そこに黒の旅人が現れた。彼は亜人の中でも一騎当千を誇る七将と呼ばれる者達を戦闘不能にして、その後の前線ではバラバラに孤軍奮闘する貴族をまとめあげる策士として活躍を果たした。その後は自ら魔導船の舵を切って海を魚人の血で染め上げ、補給路を復活させて亜人を撤退させたらしい。前線に居たらしい宿屋のおっさんは興奮しながらそう語っていた。
つまり人間は現状亜人の国より国力は低い。まぁ荒瀬さんがいれば何とかなりそうな気がするけどな!
だけど少し腑に落ちないことがある。神は平和になるきっかけを作れと言っていた。もしこのまま人間側が亜人側を倒して平和と言えるのか。それでもいい気はするが、正直微妙だ。和平交渉で平和になるのがベストな気がする。
(人間に和平交渉を提唱出来るのは……荒瀬さんだよなぁ)
(シュウトも有名になれば聞いてくれるんじゃない?)
(敗戦寸前だった窮地を救った人には勝てないだろ)
(んじゃまたシュウトはアラセに頼るんだ?)
床にシートを広げて剣に油を垂らして研いでいると、こいつは嫌味ったらしく言いながらピカピカと光った。
(あぁ。でも人間側だけ和平を説得しても意味無いだろ? 俺は亜人側を説得しに行くよ。もうちょい力つけてから行くと思うけど)
(へぇ。あ、根元に油が溜まってるから拭いてよ)
剣の根元を軽く拭くと剣は自分で刀身から風を吹かせて油を乾かした。そのドライヤーみたいな風を感じながらシートを片ずけて固い床に寝転ぶ。
ちなみにゲレスは光の縄で腕と足を縛って柔らかいベッドに寝かせている。だから俺はベッドに飛び込むことが出来ない。
いや、疲労回復のポーション飲ませて帰らそうとしたんだけど、毒と思ってるのか飲んでくれないんだよ。そのことで剣にグチグチ責められて心が折れそうです。
だけど他の部屋で休ませたら寝首をかかれそうだし、かと言って治安の悪い街に疲労困憊のゲレスを放っておくのも後味が悪い。だからこんな形になってしまったのだ。
飯も自分で食わないしこのまま二日もすれば衰弱死するかもしれない。取り敢えず明日改めてギルドに行って引き取ってもらう……それは流石にリスクが大きいか。あの集団は男を嫌っているようだし、不幸補正も相まって絶対に誤解される自信がある。
(ねぇねぇ。変態のシュウトに朗報があるんだけど)
(変態言うな。何だよ)
(あの子、トイレ行きたいみたいだよ?)
(……あぁ。お前心読めるんだっけ)
(あれ嘘だよ? ただ様子を観察して何を考えてるか想像してるだけだし)
(嘘かいっ!)
(でも我慢してるのは本当だと思うよ? 何かモジモジしてるし)
床から起きて仰向けのゲレスの様子を伺ったが別にモジモジしていなかった。相変わらず野良犬みたいな双眼をキッとこちらに向けている。というか良く起きていられるよな。多分コイツは疲れすぎて瞼が重いどころではないと思うんだが。
(……その話し嘘じゃないだろうな?)
(既に女の子を自分の部屋のベッドに縛りつけてるんだから、嘘でも大丈夫! もう堕ちる心配はないよ!)
(うるせぇ!)
痛烈な言葉を吐きかけてくる剣にうんざりしながらも、異次元袋から疲労回復のポーションを二個取り出して机に置く。そして一回深呼吸した後にゲレスへゆっくり話しかける。
「お前、トイレ行きたい?」
「………し…ねっ」
「強がんなよ。それとも俺に抱えられてトイレ行きたいか? 赤ちゃんかよお前」
「……誰がっ」
「だったらコレを飲むか、俺に抱えられてトイレに行くか選べ。ゲレスちゃんは一人でトイレにいけないんでちゅかー? 子供でちゅねー」
「…………」
ゲレスは悔しそうに表情を歪めながらも、飲ませろと言わんばかりに口を開けた。よ、よかった。自分で言ってて恥ずかしい言葉が功を奏したようだ。
腕を縛っている光の縄を解いたがゲレスに手を動かす力が無かったので、赤色のポーションの蓋を開けてそのままゲレスの口元に持っていく。彼女はポーションの色に不安を覚えて少し戸惑っていたが覚悟を決めたように再び大口を開けた。
歯医者ってこんな気持ちなんだと思いながらもポーションを少しづつ口へ流していく。五分かけてやっと半分くらい飲ませ、あと少しだと思ったら彼女はむせたのか俺に向かってポーションを吐きかけてきた。
「苦っ!」
「フンッ!」
口に入ったポーションの味に驚いているとゲレスは俺からポーションを奪って一気に飲み干した。よくあんな物一気に飲めるな。そしてゲレスは空の瓶をこちらに投げつけ、ベッドから飛び降りた。
投げられた瓶を受け止めてゲレスを見ると打ち捨てられた魚のように床へ転がっていた。いや、足はまだ縛られてるんだしこれは間抜けすぎるだろ。俺も椅子の足が折れて転んだし人のこと言えるほどじゃないけど。
「これをさっさと解け!」
「もう俺を襲わないって約束する?」
「あぁ!? いいから解けよクソ野郎っ」
「それが人に物を頼む態度かなー? つーか、詰めが甘すぎんだろ。足が縛られてることくらいわかるだろ?」
「…………」
何故か急にしおらしくなったゲレス。転んだことがかなり恥ずかしかったのだろう。だから俺は何も見ていない。ゲレスは転んで恥ずかしいから動けないんだ。……はぁ。
―――▽▽―――
適当な服を渡してゲレスを宿から出した後に二時間寝ると夜中になっていた。危険な集団がいるし嫌な予感もしたので早めにイザラスを出るか迷ったが、深夜の内に出ていこうと考えをまとめてバイクを押す。
自分を中心に半径二十メートルの風の流れを感知出来る魔法を使いながら門を目指す。道をジグザグに進んでいると案の定誰かが物陰に隠れながら後を付けてきていることが分かった。一人は確定。怪しいのが四人だろうか。
一人は素人なのか俺に食い入るように動いていたので風の流れが読みやすかった。その他四人は上手く通行人に紛れて風の流れを消している。まぁ俺が後ろを振り向いたらビビって足を止めてる時点でバレバレだけど。
バイクを押しながら門番に旅人の証を見せて門を潜る。その時に異次元袋から火を付けると煙を撒き散らす球を三個取り出して、その全てを着火して地面に転がす。
後ろから驚きの声が上がるのを無視してバイクに乗り魔力を流す。それに呼応するようにエンジンが唸りを上げながら後ろから風を噴き出して車体を動かす。後ろを見たが追っ手は見えない。撒いたか?
しかし街が遠く見始めた所で不意にバイクが減速し始めた。タイヤを見ると黒い触手のような物がタイヤに絡みついていた。水状にした光魔法をタイヤに垂らしたが一方的に光魔法が消えてしまって効果が無かった。
仕方ないのでバイクから降りるとそれに合わせたように地面に黒い穴が現れ、そこからぬるりと女性が出てきた。真っ黒な服を着ていて趣味の悪い骸骨のアクセサリーが目立つ女性。
彼女は後ろに纏められた三つ編みを触りながらこちらをじっと見ていた。何だ、コイツは。
「あ、どうも」
眉をピクリとも動かさないところを見るに話し合いで解決は無理そうだ。俺が背を向けても反応を示さない。何だコイツは? 足止めが目的か?
取り敢えず剣を抜いて刀身に手を這わせて戦う。というのはフェイクで、相手が身構えてる内に光を纏わせた剣でバイクの触手を素早く切り落として逃走を図る。今度はバイクが丸ごと闇に飲み込まれそうになった。
「逃げないからそれだけは止めて! このバイクだけは!」
「……似てる」
何かを呟いた三つ編みの彼女はバイクを返してくれた。あ、意外といい人なのか?
「あ、ありがとう。それでえーと、何が目的なんですか? 多分あの組織の人だと思うんですけど」
「…………」
「荒瀬さんの情報はあれ以上は本当に知りませんしね。あ、部下の復讐……いやでも殺したりはしてないし」
「…………」
「…………」
会話が終わった。何だこの会話のドッチボール! しかも相手は取る素振りすら見せなかったぜ!
「まず僕たちは会話のキャッチボールをした方がいいと思うんですよね」
「……本当に似てる」
「はい! それはドッチボールだよ! せめて脈路のある言葉を返してくれ!」
「…………」
「よし来い! お前の言葉を寸分狂わずキャッチしてやるぞ!」
「…………」
「リーリーリー。俺こんなにバイクに近づいてるぞー。このまま何も言わないと逃げちゃうぞ――あ、闇で飲み込もうとするのは止めて下さい!」
傍から見たらおふざけにも見えることをしていると彼女はポケットから何かを取り出した。武器と思って警戒したがただの貝だった。
あれは確か風の魔力を体内に集中させる貝だったな。恐らく念話の補助に使ってるんだろう。ちなみに念話は風の魔法の上級魔法だ。俺も使えるが見えない人には使えない。荒瀬さんにやっても返事がなかったしな。
彼女は貝から耳を離すとため息をついてこっちを見た。さっきから良く俺の顔を見てくるな。何か変な物でも付いてるのかな?
「……もう少し遊びたかったけど、急用が出来た」
「そりゃ残念。って遊びで来たつもりだったの? だったら何であんな人数で……」
「……あの五人は勝手に着いてきただけ。荒瀬様の弟子と聞いたからリーダーの代わりに見に来た。それだけ」
「へー。じゃあ貴方も荒瀬さんの弟子だったり?」
荒瀬さんの名前を出すと彼女は少し固まってから思案し、ゆっくりと答えた。
「私達の、恩人。それと貴方は荒瀬様に似てるから、私達と敵対関係にはならない。貴方は亜人戦争について調べていたと諜報部隊から聞いた。良ければギルド来る?」
「急に口数が増えたな……。うーん、今から戻るのもなんだし遠慮するよ」
「遠慮はいらない」
「遠慮というか……まぁ色々あったんで」
「諜報部隊から第3隊と戦闘になったと聞いた」
「まぁそれもあるけども。……うん、じゃあまた今度尋ねることにするよ。アグネスに人を待たせてるから」
彼女は断られたことが悲しかったのか眉を少し下げた。最初の無機質な表情は何だったんだ。試されてた……のか?
「良ければアグベスまで付き添う?」
「急用はどこに行った!? ……それにしても敵対関係にならなくてよかったよ」
「第3隊のゲレスはやけに怒ってた」
「あれは向こうが悪い。断言出来る」
「……仕置きしておく」
「あ、それは止めて! 俺も悪いところあったから!」
割と怒った顔で貝を弄り始めたので必死に止めておく。あの事件は二人の中で完結させた方がいいに決まってる。じゃなきゃ俺が一生追いかけられるハメになるからな。
すると彼女は残念そうに貝をポケットにしまった。そして俺のことを見上げるようにじっと見てきた。その目尻には涙が溜まってたので何事かと慌てた。
「え、どうした?」
「貴方を見てると荒瀬様を思い出す。そろそろ行かないと」
「そんな似てるとは思わないけどなぁ。ほら涙を拭いて。今度荒瀬さんに会ったらちゃんと言っておくからね」
「ありがとう。それじゃあ」
ハンカチを持って彼女は地面に空いた黒い穴に落ちていった。完全に持ち逃げされたがまぁいいや。
横転しているバイクを立たせて魔力を流してシートに乗ってバイクを走らせる。ギョェェェという声が遠くから聞こえたのでバイクの速度を密かに上げながらアグネスへの道を走る。
会話文多いな。まぁ多めにみて下さい