四十九章
ミジュカでBランクを手に入れた修斗。
その後すぐにミジュカを出て次の街を目指しました
バイクを一日走らせると砂漠地帯も終わって少しずつ水場や植物が見えてきた。百二十キロくらいのスピードでバイクを走らせながら、水場で身体を休めている牛みたいな魔物をのほほんと眺める。
そしてその景色の一部には真っ白い壁がただ漠然と鎮座している。果てしなく続く白い壁には遠くから見ても分かる傷跡が垣間見える。
この世界の大陸は丸く、その周りを海が囲っている。そしてその陸を半分に割るように白い壁があって、その壁を堺に亜人と人間が別々に暮らしている。イメージ的には①な感じだ。
そしてアグネスは丁度真ん中辺りで国境付近にある。あと一つ街を経由すれば着く予定だ。一日野宿を挟んで寝てないがあまり疲れはない。二日までなら最悪寝なくても活動出来るしな。精神的には嫌だけど。
次の街はイザラス。亜人との戦争で最前線を担う戦闘集団を生み出している街、とのことだ。治安も悪いらしいのでトラブルの匂いがプンプンするが、亜人の情報も集めないといけないので我慢するしかない。
一体どういう風に戦争をしているか戦闘集団ならわかるはずだし、それで亜人の情報もわかるはずだ。いや、神本には亜人と人間の戦争は、魔法と力が激突する戦争としか書かれてないんだよね。
そもそも百年続けてきた戦争が阿鼻叫喚で終わりを告げるってことは、それなりの兵器などを導入するはずだ。取り敢えず思いつくのは魔道具か?
魔力を何らかのエネルギーに変換する道具、魔道具。これは絶対戦争に関わってくる。荒瀬さんがサンドラで魔術師を育成したから尚更だ。生まれた時から魔力を増やす訓練をしなきゃ魔力は増えない筈だが……荒瀬さんだもんな、うん。
阿鼻叫喚の原因は強大な魔道具に魔力を詰め込みすぎて爆発し、大陸が吹っ飛ぶとかか? まぁ今は情報が無いから憶測の域を出ないので、考えても仕方ないか。
「ちょっと待ったぁ! そこのバイク!」
軽く現実逃避をしていたが、その大きな声によって現実に引き戻される。後ろを見ると顔だけ不細工なダチョウのような魔物に乗ったフードを被っている男が、俺の数メートル後ろで喚いている。百キロは出てるであろうバイクに追い付く動物とか怖いな、オイ。
明らかに野盗らしき奴らにうんざりしながらも、バイクのハンドルを捻って魔力を流しながらスピードを上げる。そしてバイクの後ろからは向かい風を吹かせて相手のスピードを落とし、五分くらいで振り切った。
これで野盗に追いかけられるのは十回目だ。いい加減にしろ、マジで。あの目が飛び出ているダチョウを見慣れすぎたし、本気で焼き鳥にしてやりたいわ。何だあのムカつく顔。ギェェェェって奇声発しながら走ってるし。
とにかくここら辺は国境の近くということもあってか、血の気が多いというか治安が悪いというか。トラブルがゴロゴロと転がり込んでくる。イザラスに入ったらどうなるか想像もしたくない。
別に唾をかけられようが馬鹿にされても怒りの感情なんて微塵も沸かない自信はあるが、そのトラブルで誰かに襲われた時にいずれ人を殺してしまいそうで怖い。いや、この世界に来てから人を殺したことはもうあるけど、一応全員治療して生きている。
だが野盗に集団で襲われて乱戦の中で命を奪ってしまったらと思うと、怖い。今まで殺してきたのは基本一体一だったから、心臓を突き刺しても死ぬ前に治療が出来た。だが完全に死んでしまった人を生き返らせるのは、多分出来ない。
リザードマンで少し試したことがあるが、殺して三十分経った死体に治療を施しても生きた死体になるだけだった。意識は戻らず、身体があるだけ。
それともう生き返りそうにない死体――爆死とかコマ切れの死体なんかも基本生き返らない。生き物の体が無いと生き返る想像が出来ないから、だと思う。
その事もあって戦闘のトラブルなんかは出来る限り避けたいが、諦めはついている。そもそも治療したといっても俺は結局人殺しだ。俺が認めなくても剣が嬉しそうに言ってくるに違いない。
「ま、しょうがないな」
この世界で人を殺しても、多分大丈夫だと思う。周りもやってる、正当防衛とでも言えるしな。でも、元の世界へ帰った時。俺はどうなってしまうのかは、いくら考えてもわからなかった。わかりたくもなかった。
――▽▽――
イザラスの門で屈強そうな男に入場を許可され、頑丈そうな鉄の門を潜る。やはりミジュカやサンドラに比べると見るからに治安が悪そうだった。通行人のほとんどが自分の得物をぶら下げて周りを威嚇しているように見える。
果物を売っている店でも店主がナイフを弄びながら店番をしているし、買い物をする女でさえ俺より逞しそうな筋肉を持っている。そして男に誘われ何処かへ消えていく。
「ねぇ、お兄さん。そんなバイクより私に――」
いつの間に前にいた小汚い布を羽織った香水臭い女に首を振って、一先ず宿を目指す。ミジュカ同様この街も来るのは二回目なので宿屋の場所は覚えている。大きさだけはデカいギルドのすぐ隣にある屋敷みたいなのが宿屋だ。
「待て糞餓鬼っ! 殺してやるっ!」
ここからでも見える宿屋を目指してバイクを押していると、パンらしきものを持った青年がスキンヘッドの男に追われていた。その手にはギラリと妖しく輝くナイフがある。その青年は自分を追う店主を見て小さな悲鳴を漏らしながらも、こっちに向かって走ってきた。そして俺の前で足をもつれさせて転んだ。
「ヘッヘッ! 俺の店のモン盗んだんだ、覚悟しろ餓鬼」
「うわぁあぁ!!」
落ちたパンには目もくれず青年は転んだ体制のまま必死に後ろへ下がり、俺の足にぶつかった。早速ですか。門でもトラブルあったんだから勘弁してくれ。
状況としてはこの青年がパンを盗み、店主が自ら追いかけたってとこか。まぁ比較的楽な部類だな。
「あーっと、すみません」
「あ? 何だお前。糞餓鬼の知り合いか?」
「そんなところです。取り敢えず貴方の店で盗みを働いたらしいので……」
ナイフを持っている店主に愛想笑いを浮かべながらも青年の服を掴んで、通行人に当たらないように思いっきり下から投げ飛ばす。青年は放物線を描きながら十メートルほど先のゴミ溜めへ頭から突っ込んだ。思ったより強く飛んでいったので風魔法のクッション機能してるかな、と思いつつ。
「これで勘弁してくれませんかねぇ。勿論、料金は二倍にしてお払いしますので。頼みます」
「ま、まぁ金が貰えるってんならいいけどよ……」
青年の飛んだ方を引きつった顔で見ながらも、店主はすぐ笑顔で金を受け取って去っていった。その様子を確認した後に落ちているパンの汚れを落として紙袋に入れて、青年が飛んだゴミ溜めへと走る。
「うぅ……」
「骨折はしてないな。クッションが機能して良かったよ」
頭を抑えながらその場に座っている青年の身体を見ながらも、服に付いているゴミを払い落とす。怪我は右腕の打撲だけだな。んじゃポーション(小)で充分だ。
「投げ飛ばして悪かったね。はい、ちょっと口開けてー」
「何を……うぇえぇえ! 苦っ!」
「不味くても飲み込んでね。二個目はないよ」
「一体何を……あれ? 腕の痛みがいきなり……」
「大丈夫みたいだね。ほらパンだ。次は上手くやりなよ」
何が起こったのかさっぱりわかってない放心状態の青年を置いて、さっさとバイクの元へ戻る。かなり乱暴な方法だが、これでもトラブルは大体通過することが出来る。中には無理な時もあるけど。
そもそも治安の悪い街で見知らぬ人を無料で助けて物をあげたら確実に物乞いに絡まれる。ミジュカならまだ大丈夫だが、ここじゃ完全にアウト。それに金持ちと思われてスリや暴漢にも遭遇しやすくなる。前回他の街で失敗したからな。
だから治安の悪い街では基本突き放す感じでトラブルに対処した方が良い。乞食に囲まれて目的を見失いそうになるのはもうゴメンだ。
バイクの元へ戻るとバイクに跨ったまま痙攣している男がいた。馬鹿なのかと思いながら男を座席から蹴り飛ばして道の端っこに寄せ、バイクを少し押し歩くと宿屋へ着いた。
やたら剣痕や凹みが目立つ宿屋の受付で一週間分の代金を払い、バイクを置かせて貰った後に隣のギルドへ向かう。にしてもギルドデカいな、オイ。
大体のギルドは一軒家を取り敢えず大きくしました、みたいな印象だ。イザラスは戦闘に定評のある街ということもあって、その家みたいな建物を三つ連結しているので他のギルドよりかなり大きく見える。それだけこの街は冒険者が多いのか。
それにイザラスのギルドは唯一下克上制度があるとんでもないギルドだ。端的に言うとギルドマスターが力だけで決まる。普通は街と街が相談し合って決めるんだが……ここは力が正義。
ギルドマスターに決闘を申し込んで勝った物がギルドマスターになれる。まぁ細かいルールはあるけども……確か前に来た時は厳ついおっさんだったなぁ、と半年前のことを思い出しながらもギルドの外観を見る。
目の前の看板にはC~D。その右隣の建物にはBと書いてある。……前来た時ランク分けされてたっけと思いつつ、C~Dのギルドの扉を開ける。
ギルドに入るとまず強烈な酒の匂いがお出迎えしてくれた。それに少し煙草らしき匂いもする。周りを少し見渡すとやっぱりガラの悪そうな冒険者や傭兵崩れが座席に座って朝から酒を呷っていた。当然の如く絡まれたのでそれを無視して受付へ向かう。
「フン、餓鬼がよく来れたな。要件は何だ?」
「旅人なのでギルドのランク登録しにきました。出来れば試験の日程なんかを決めて貰えればと思ってます」
「ほう、なら今すぐ試験を始めようか。聞いてたなお前ら! 素手で死なない程度に痛めつけてやれ!」
受付の男が座席に向かって大声で言うと周りの男達も大声で賛成し、皆一斉に席から立ち上がってやる気満々のご様子。
(……あれー。前回来た時はもっとマシだったと思うんだけど)
(まるで餌を見つけたネズミみたいな顔してるねこの人達)
(もっと猟奇的な顔してるよ!? これがネズミだったら夢の国行きたくなくなるわ!)
まぁ殺る気にならないだけマシかと思いながら男たちを待ち構える。でも酒飲んでなかった人もやる気満々だし、不幸補正じゃないよなコレ?
「キザったらしい餓鬼はここじゃ生きていけないぜっ!」
さっき煽ってきた男が勝手に文句を喋りながら一人で殴りかかってきた。やはりこの街は戦闘集団を生み出しているというだけあって、その拳は中々に力が乗っている。その拳は一先ず腕で受け流す。
続いて男の膝蹴りを手の平で受け止め、俺の服を掴もうとしてきた手を振り払う。苛つきの混じったショルダータックルも横に避け、苦し紛れに相手が放った蹴りを払いのけて転倒させる。
「もう疲れたのか?」
「あぁぁあぁ!? 舐めんじゃねぇぞ餓鬼!」
軽い挑発に男はすぐに乗って勢いの付いた拳を繰り出してきた。その単調な拳を受け止めてそのまま男を後ろの座席の方へ思いっきり投げ飛ばすと、男はボウリングのように転がりながら座席に突っ込んで動かなくなった。
「貴方がこれを試験と決めたんですから物が壊れても知りませんからね?」
受付の男に笑顔を向けた後に飛びかかってきた男をそのまま受け止めて出口へ投げ飛ばす。男は悲鳴を上げながら出口へ突っ込んでダイナミックに退場した。
これは多分、俺の不候補生はかかっていない。万が一この受付にかかっていたとしてもこの大多数が補正を受けるとは考えにくい。だったら少しストレス発散してもいいよな?
――▽▽――
「ねぇ、一体これはどういうこと?」
酒で濡れた床を魔法で乾かして荒れた座席を直し終わった所で、入口から金髪で小麦色の肌をした渋谷辺りにいそうな女性が入ってきた。受付にはぐったりとした人間が洗濯物のように干されていて、床には男がそこらじゅう転がっている。
「ミ、ミハンさん!」
入口付近で転がっていた男が女性を見た途端にいきなり立ち上がって深々とお辞儀をした。よく見ればその男は受付をしていた奴だった。それじゃあ、あれがギルドマスターか?
「あ? 男が気安く話しかけんなよ。つーか何なのこの有様。たった一匹に何でこんな荒らされてるわけ?」
「あ、あいつがいきなり、ギャッ!」
金髪の少し身長が高めの女性がいきなり男の頭を踏み潰した。よく見ると靴はハイヒールっぽいし相当痛そうだ。
「なぁ。ゴミ虫に負けず劣らずのアンタがさー、私に話しかけていいと思ってるわけー? チョー笑えないんだけど。ねぇ、もしかして自分のことゴミ虫って自覚してないの?」
「ず、ずみまぜん」
「そう、男なんて皆ゴミ以下。だからアンタは今のギルドマスターに感謝しなきゃいけないの。ゴミみたいなアンタがここで働けるのは神と出会うくらい素晴らしいことなの。それなのにこれはどういうことだよゴミがっ!」
女性は金切り声を上げながら男の耳を爪先で蹴り飛ばした。男は耳たぶ辺りが切れたのか出血している、にも関わらず女性は蹴るのを止めなかった。終いには腰にぶら下がっているククリナイフを持ち出し始めた。これは少し止めた方がいいな……。
もし俺のやったこれが大事になって展開が悪くなってもギルドマスターに俺が怒られてギルド立ち入り禁止、みたいな流れしか予想してなかった。ストレス解消とか本当に油断してたわ。これは不味い。
「あのー」
「あぁ? そう、アンタだよ。何暴れてんだよ」
「大変申し訳ない。旅人のランク試験で彼が……一体一の模擬戦を申し込んできまして、その模擬戦で自分が卑怯な手を使ったら周りの冒険者が怒り出しちゃいまして。私のせいでこんな騒ぎになって大変申し訳ありませんでした」
「男は下衆で卑怯者。そう思わない?」
「あ、そうですね」
(話し噛み合わねぇ!?)
虚ろな目をしてククリナイフを片手に近づいてくる彼女から一歩下がる。いやいや、本当っすみませんしたっ。マジでストレス解消とかやんなきゃ良かったよ! 今回は完全に自業自得だけどな!
「何で逃げるんだよぉ。下衆な男の分際でぇえぇえぇ!!」
「ちょ! 危ないっての!」
物凄い速さで顔面を抉ろうと襲ってくるククリナイフ。それをしゃがんで避けたがそこに膝蹴りが飛んできたので風を纏わせた足でバッグジャンプして距離を取る。
彼女はククリナイフをぶら下げながらこちらへ走ってきたが、風で座席を飛び越えたりして必死に逃げた。流石にギルドマスターに暴力は不味いしな!
「あはは、すばしっこいから蚊に改名してあげる」
「蚊かよ!? 次は絶対蝿っていうつもりだろ!」
「……黙れよゴミ虫」
彼女はククリナイフを再び腰にぶら下げると、大きく息を吸い始めた。
その不自然な行動に眉をしかめつつも足に纏わせている風の出力を上げる。そして彼女は小さい声で何か言ったかと思うと、俺の前に一瞬で移動した。荒瀬さんの動きにシロさんの動きも見えた俺が、全く見えなかった。
これはもしかして――
「シね」
俺の心臓に向けて彼女は手で刺突した。だが金属音のような音と共にそれは防がれた。俺の左胸にはピンポイントで光の障壁が立ち塞がっている。
この一瞬じゃ一箇所へ障壁を張るのが限界だ。それに武器を捨ててからの前方へ一瞬で移動する動作。完全にあの路地裏の場面と似ていたので心臓付近に張ってみたが、どうやら正解だったらしい。
目の前の彼女はその可愛い顔とは裏腹に、狂犬のように唾を垂らしながら瞳孔が開いた目でこちらを見ていた。そして彼女は眠るように目を閉じてその場に倒れた。
少し倒れた彼女の腹を軽く足で押してからため息を吐くと、不意に首筋へ冷たい感触が広がった。しまったと思う間に周りから真っ黒な壁がせり上がってきて俺を飲み込んだ。
「目標を確保」
「ハッハァ! 流石だぜチーカ!」
「うるさいぞゲレス。ごちゃごちゃ言う暇があるならさっさとこっちへ集まれ」
「へいへい」
二人の女性が入口から歩いてきて、一人は俺の首元に長い刃物を押し付けていた。俺を捕まえている黒いものはマシュマロみたいな感触で力ずくじゃ壊れなさそうだ。……多分闇魔法か。光魔法で何とか敗れそうだな。
「よぉ。逢いたかったぜ魔術師さんよぉ?」
長い赤髪を振り乱しながらゲレスは舌を出してニタァ、と笑った。何でこいつがここにいるんだ……?